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はじめての異世界転移

「なんじゃこりゃあああああ!!」


 それが、この世界にやってきた俺が、一番最初に発した言葉だった。




――考えてみれば、最高に下らなく、どこにでもあるような転落人生だった。

 頂点は、中学の頃。あの頃は俺が微笑みかけて胸を高鳴らせない女の子などいなかった。もちろん、何人も……あるいは同時に付き合った女の子と、恋に落ち、または下手をうってビンタされたり泣かれたりもした。だが、それもすぐに別の女の子によって心の穴は埋められた。

 

 高校に入ったものの、良くない輩とつるむようになり、勉強なんかより友達や彼女、そしてセックスフレンドと遊ぶ方が楽しいことに気がついた。

 その後、高校を2年で中退した。理由は、「これだけモテる俺だから、今すぐホストになって荒稼ぎできるに違いない」と思ったからだ。実に安易な考えだった。


 ホストにはなった。なったが、最初はヘルプで新規客の相手ばかりさせられた。手っ取り早く金が欲しかったが、すぐ「タニマチ」と呼ばれる金を落としてくれる客が現れ、俺はやはり女を操る才があるのだ、と有頂天になった。


 ホストの世界は、一度指名したホストは客側ではずっと担当ホストを変えることができないのが基本だ。いわゆる、「永久指名」ってやつだ。


――そう、俺は、そこで「桃」と出会った。


 桃は、近くのキャバクラで働いている、「嬢」というやつだった。しかし、意外なことに、桃の趣味は、コスプレやアニメ、それにゲームだった。月日が経つにつれて、嬢の間ではさほど珍しい趣味でもないと知ったのだが、当時の俺はキャバ嬢がオタク趣味をしていることが不思議でもあった。


 桃と俺は相性が良く、不思議とセックスや色恋といったものがなくとも話が弾んだ。

 俺も、友達とゲームをすることは多々あったし、「太客」という、いわゆる金を多く店に落としてくれる相手でもあったので、桃に合わせて多少のオタク知識を付けていた。

 

 いや……桃以外でも、そういう客はいたのだが、俺は「枕」、つまり客をつなぎ止めるためにセックスをすることにも抵抗がなかったし、むしろ「色恋営業」を仕掛けることが多かった。

 それほど、自分の恋愛テクニックには自信があったのだ。


 しかし、ホストの世界では、枕をするヤツは大成しないとも言われている。

 俺もその言葉通り、最初はうまくいったものの、客に他の客とも寝ていることがばれて、逃げられた。そして、瓦礫が崩れるように、崩壊の時はやってきた。


 大型掲示板に、枕をするホストとして、俺の名が書き込まれたのだった。もちろん、その掲示板には多くの客が通っていた。

 全て上手くいっているはずだったし、上手くいっていると思いたかった。

 しかし、店の兄貴分に言われたのだ。

「お前、枕しねーと客一人連れてこれねーのか?」

 と。


 今まで、客の中に、俺が言葉選びを間違うと、手首を切る客もいた。

 しかし、今なら、その客が手首を切る理由がわかった気がした。


 そうそう、桃の話だ。

 桃は、俺が崩壊してから、連絡を取ってきた客の一人だった。

 そして、「これ面白いからやりなよぉ」と、ゲームを何本も家に置いていった。不思議と、桃はアニメのDVDなどは置いていかなかった。薄々、俺が本当はアニメに興味がないのをわかっていたのだろうか。


――目を開けると、太陽は既に高く昇った後、夕日になっていた。

 ホストは基本的に朝寝て夜起きる仕事だ。それにしても、これは寝過ぎだと思った。ふと、桃の置いていったゲームに目をやると、俺は起き上がって、できるだけベッドから降りずにゲームの山に手を伸ばした。

「ぐあっ!」

 脇腹の筋が、おかしな風に伸ばされて痛みを感じたのだった。そんな苦労をしたのにもかかわらず、俺が手に取ったのは、多くの男だか女だかわからない、いわゆる少女漫画風の美形たちが一人の女の子を囲んでいる、いわゆる「女性向きシミュレーションゲーム」というやつだった。

 

 正直、全く興味はない。俺はノーマルだ。女視点で、美形とはいえ男達に囲まれる趣味はない。

 どうせプレイするのなら、まだ美少女が沢山出てくる「ギャルゲー」の方がマシにも思えたが、脇腹の筋がまだ痛む。この痛みと引き替えに手にしたこのゲームに、少々興味が沸いたのも事実だ。


 パソコンを立ち上げると、ゲームの円盤を挿入する。

 その瞬間、俺の意識はぷつりと途絶えたのだった。


――ふと目を開けたとき、俺の視界は薄いピンク色だった。

 ベッドの四隅に柱があり、天井は四角い。そして、天井からレースで緻密に編まれた薄いピンク色の布が流れている。

 いや、天井じゃないのか。確か、これは天蓋とかいう寝具だったとは思ったものの、そんなセレブなものが俺を覆っていることに少し驚いた。


 ふらふらと起き上がり、レースをくぐって、ぐるりと部屋を見渡す。

 一体何畳あるのだろうか?少なくとも、俺の10畳のマンション……これでも見栄を張って苦労して手に入れた部屋だ……ではなさそうだ。

 俺は数字に弱い。何畳あるかは置いておいて、すっげー広い部屋、という言葉が合うだろう。

 床には幾何学模様の絨毯が敷かれ、調度品もアンティークというか……正直、時代背景のよくわからない部屋だと思ったのは事実だ。


 それにしても、体が重い。そう思って体を見ると……ばいん。とした二つの膨らみがあった。

 もちろん、えんじ色のガウンのような服を着てはいる。着てはいるが、それでも二つの膨らみは、いわゆる男の夢というか……夢と欲望と、そしてロマンが詰まったあのあれに違いはなかった。


 ガウンから見える素足は、すらっと長く、しかしどこか幼いぷにぷにとした肉付きも感じられる。

 俺は、部屋を見渡した際に目に留まった全身鏡の前に立った。


――黒く、少し癖のかかっている、背中まである長い髪。

 ちょっとした歯ブラシぐらいあるんじゃねーかと思うほど黒く太いまつげに縁取られたこれまたティーンアイドルのように大きな目。

 紅も引いていないのに赤く、少し出っ張っている、口をすぼめれば「アヒル口」になる唇。

 全身を見て、もう一回視線を上から下に走らせる。


 どう見ても、俺は、10代半ば頃の、お姫様のような美少女になっていた。


――そして、叫びは冒頭に戻る。

 

 


 真っ先に、桃のことを思い出した。

 さすがに身一つでわけのわからない世界に放り出されたのだ。最悪、電話くらいあってしかるべきだろう。だがすぐに、桃のケータイ番号は既に登録されているスマホを使っているので、ケータイ番号を覚えていないことに気がついた。

 PCでも良い。PCならメールができる。しかし、ベッドの上を再度見ても、俺の10万で買ったノートPCは影も形もなかった。


 しかし、なんという幸運か。

 ベッドのこれも死ぬほどでかい枕の側に、見慣れたスマホが存在していたのだった。


 俺は、すぐにスマホを操作し、桃の番号に電話をかけた。メールやlineでは本当にやばいことが起こっていると伝わらない気がしたのだ。

 スマホを握る手が微かに震える。それほど、動揺は大きかった。

 キャバ嬢とホストの生活サイクルは似ている。だから、今なら桃にも連絡が取れるはずだと考えたのだ。


「もっしー?たけるくぅん?」

 桃の、少し舌っ足らずな声が鼓膜を揺らし、俺は少しだけ安堵した。少なくとも、電話はつながっている。

「桃、あのあの俺、すっげーやばいことになっちゃってて……」

「何言ってんのぉ?てか、あんた誰ぇ?もしかして、武くんの客ぅ?にしては声若いけど、まさか武くんつ、ついに犯罪に……!」

「ちげーよ!俺が武だよ!武が俺で俺が武でだよ!お前の持ってきた変なゲーム起動したら、この有様なんだよ!!!」

 

 俺は、泣きたかった。桃と通話が繋がった安堵と、桃にこの状況をどう説明するかの俺の脳みそと語彙力が圧倒的に足りないからだった。


「ふーん……そうなんだぁ……」

 しかし、桃は意外とあっさりと事態を飲み込んだ。外見と口調こそ馬鹿っぽいが、桃は元々割とキレる頭脳を持っているのだ。キャバでも、それでそこそこの地位に就いているといつか語ったことがある。


「武くんが武ちゃんになっちゃったのねぇ~ぷぷぷ~!」

……いや、ただの馬鹿かもしれなかった。


「冗談じゃねーんだよ!俺、どうなってんだよ!お前のせいだからな!お前が何とかしろよ!」

 俺はそう詰め寄ったが、桃は「あー」とやっぱり馬鹿っぽい声をあげた。


「武くん、もしかして髪は金髪ぅ?」

「は?いや、普通に黒だけど……あと、なんかウェーブっての?波打ってる」

「え?」

 え?は俺の方こそ言いたいセリフだ。

「もしかして、部屋はめっちゃ広かったりするぅ?」

「ああ……まあ、広いっちゃ広ぇーな」

「ふーん……」


 桃は、そこで押し黙った。

「おい、なんか知ってんのかよ?この状況を説明してくれよ!」

 俺は我慢できずにそう懇願した。


「謎は全て解けたっ!」

「いや、こっちは謎だらけなんだが……」

「武くんはねぇ、今、女性向けゲームの主人公じゃなくて……」


――そのライバルの、悪役令嬢になってるのよぉ――


 その言葉を聞いた瞬間、俺は、違う意味で魂が抜けるのを感じた。

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