Root MIO
春日深桜。
身長156cm、体重は秘匿。スリーサイズは乙女の秘密。
つややかな黒髪が自慢。若干天然気味。
趣味はラブロマンス系の小説を読むこと。
―――と、ここまでを見れば、実に女の子らしく、ルックスも整った、完璧無比な美少女である。
街を歩けばナンパが鬱陶しい、とは本人の言。滅多に愚痴などこぼさない彼女が、である。
それだけで、どれほどの頻度なのかは推して知るべし。
だが、そんな彼女にも致命的な欠点がある。
家事が壊滅的にダメなのだ。実にテンプレで、お約束であると言えよう。
それが俺の幼なじみであり、これは俺と彼女の物語である。
* * * *
キーンコーンカーンコーン……
今日の授業の終わりを告げる鐘の音が響く。待ちに待った――とまではいかないが、放課後だ。
否応もなく、テンションも上がるというものだ。待ってるじゃん、というツッコミは勘弁していただきたい。
昔の人は言いました。
『若さ、若さってなんだ? 振り向かないことさ』
つまりはそういうことである。 ……自分でも何を言ってるのか分からない。きっとこれも若さのせいなのだろう、と思っておくことにしよう。
決して考えるのがダルいとかではない。決してない。大事なことなので2回言いました。
そんなアホなことを考えながら、帰りの準備をしていると、教室のドアが勢いよく開けられた。
効果音を付けるなら『ズバンッ!』というくらいの勢いだ。
「お兄ちゃん! 放課後だよ! 帰ってゲームをする心の準備はオーケー!?」
「いや、それより妹様よ。おまえは教室のドアを壊す気か? 何か恨みでもあるのか?」
「愚問だよ、お兄ちゃん! お兄ちゃんと私を隔てるドアなんて無粋な代物、今すぐ撤去されても仕方ないと私は思うよ!」
「いやいやいや、ドアに罪はないから。むしろ壊したらおまえが悪いからな?」
「そのときは無罪を主張するよ! 疑わしきは罰せずの精神だよ!」
「ノー。ギルティ」
「わっつ!?」
ぐぬぬ、と唸っている目の前の少女は、俺の妹様である。
名前は日向莉寿。生まれつき色素が薄く、髪は黒と茶色の中間あたり。幾度となく染色疑惑と生まれつきだという証明を乗り越えてきた過去を持つ。
ちなみにこの会話中、教室の誰もがスルーしていることを先に述べておく。
要は『いつものこと』であり、今さら何を、というわけである。
「はぁ……峻君と莉寿ちゃんは、どうして毎日同じようなことをするのかな……」
ため息をつきながら、呆れたような、あるいは何かを諦めたような表情で苦言を呈するのは、我がクラス最後の良心であり、俺たち兄妹の幼なじみである深桜さんだ。
「深桜お姉ちゃん! お兄ちゃんがひどいんだよ!」
「いや、どう考えても莉寿の方がひどいだろ。いろんな意味で」
「えー? そんなことないと思うけど。深桜お姉ちゃんはどっちが悪いと思う?」
「両方(0.1秒)」
「「な、なんだってー!?」」
即答され、俺と莉寿の声がハモる。
そんなバカな……俺と莉寿が同罪、だと……?!
あり得ない方向からの、あまりの衝撃に、一瞬視界がブラックアウトしかける。が、なんとかそれを耐え、救いを求める視線を深桜に向けた。
「えーと、そんな目で見られても…。峻くんと莉寿ちゃん、似たもの同士だからね? 兄妹だし」
「Oh……」
逆にとどめを刺されました。
「嘘だと言ってよバー〇ィ!」
「奸計の悪魔メル〇トスもびっくりだよ、深桜お姉ちゃん……」
「えっと、なんで私が悪いみたいな流れになってるのかな?」
同時に視線をあらぬ方へと向ける俺と莉寿。
その反応に、全くもう、という心の声が聞こえたような気がした。
もしかしたら本当に口に出してたのかもしれないが、それを確かめることはやめておくことにした。
「ほらほら、もう誰もいなくなってきたよ。私たちも帰ろ?」
「ああ、ホントだ。よーし、莉寿、深桜、撤収するぞー」
「はーい」
「はいはい」
とまあ、いつものように騒がしくも楽しいバカ騒ぎを終え、俺たちは帰路についたのだった。
* * * *
帰り道、信号待ちをしてるとき。
「深桜、今日はうち、寄っていくか?」
「お邪魔じゃないかな?」
「そんなことあるわけないよ! 私は深桜お姉ちゃんと遊ぶの好きだよ! 一緒にレッツプレイだよ!」
「うーん。じゃあ、お邪魔させてもらおうかな?」
「おし、決定」
「やたー!」
嬉しそうな声を上げ、莉寿が深桜に抱きつく。
莉寿は深桜が相手だと、わりと抱きつき癖があったりする。
深桜ももう慣れたもので、苦笑しつつ抱きつかれるままになっていた。
「ほれ、莉寿。歩きにくくて危ないから離れなさい」
「らじゃーです!」
ビシッと敬礼しながら、パッと深桜から離れる。
その様子に再度苦笑を浮かべながら、俺たちは歩みを再開した。
そんなこんなで、無事に我が家に到着。鍵を開けて誰もいない家の中に向かって、ただいま、と声をかける。
続いて入ってきた莉寿も、ただいま、と声をかける。その声に応えるように、先に帰ってきてた俺が返事をする。
「おかえり、莉寿」
「うん、ただいま。お兄ちゃん」
これはもう、慣習になってる挨拶。
俺が先に入り、続いて入ってくる莉寿に『おかえり』と言ってやる。少しでも寂しくないように。
「ほれ、深桜も上がってこいこい」
「あ、うん。えっと、お邪魔します」
「はい、1名様ご案内ー」
「そういえば、莉寿ちゃん。さっき学校と信号待ちのとき、ゲームの準備? とか用意、って言っていたけど……何のゲームなのかな?」
「ふっふっふ、いい質問だよ、深桜お姉ちゃん!」
「あれ? 俺スルーっすか?」
ツッコミ待ちのボケを華麗にスルーされて、莉寿と深桜はスタスタとリビングに行ってしまう。
……別にいいもん。さ、寂しくなんてないんだからねっ
* * * *
というわけで、いろいろ無かったことにして、俺inリビング着替え済み。
もちろん莉寿も着替え済みである。深桜は制服のままだが……って、うん? あれ?
深桜の家、すぐそこなんだから、着替えてから来ればいいんじゃないか、ということに、今さら気が付いた。
誘った時点で深桜が気付いてないわけが無いのだが……。
そう思い、深桜の方を見る。(莉寿はゲームの用意をしていた)
軽く苦笑を浮かべたその顔は、『気にしないで』と語っていた。……よくできた幼なじみを持つと、ありがたいやら申し訳ないやら。とりあえず心の中で感謝しておく。
そんなこんなで、莉寿がゲームの用意を終えたらしく、コントローラを俺と深桜に渡してくる。
いったい何のゲームかといえば……
「……ボン〇ーマン?」
「うむ。最近のうちのトレンドだ」
「お兄ちゃんと私、CPU2人の4人対戦、なんだけど……」
その先はもごもごと口を濁す莉寿。仕方なく俺がその先を引き継ぐ
「あー、なんだ。その……俺と莉寿で組んで、CPU2匹デストロイ。そこからが闘いの始まりだ! 完」
「……ねえ、峻君、莉寿ちゃん。それって最初から2人対戦でいいのじゃないかと、私は思うのだけれど……」
「「ですよねー」」
言われるまでもなく、莉寿と口を合わせて肯定する。
だが仕方ないのだ。そうすると……今度は別の問題が出てくるのだ。
「でもね、深桜お姉ちゃん。そうすると、それはそれで、骨肉の争いが始まるんだよ」
「具体的には両者タイムアップでドロー、もしくは相打ちで決着がつかんのだ」
「あー……」
その様子が明確にイメージできたのか、納得顔を浮かべる深桜。うなずく俺たち。
「どっちにしても、決着がつかないって分かってるのに、どうして峻君達はボンバーしまくるのかな……」
「ファイ〇ーボン〇ーが好きだから?」
「莉寿、それは俺たちのフェイバリットだ」
「トライアゲイン口ずさみながらボソバーマソやってるね」
アホの所業と言う事なかれ。
昔の人は言いました。好きなものは好きなんだからしょうがない。
「んー、つまりあれかな。二人でだと決着つかないから、イレギュラーな私を入れて状況を打破しよう、的な?」
「その通りなんだよ! さすが深桜お姉ちゃん、分かってる!」
言いながら、がばっと深桜に抱きつく莉寿。……深桜に対して、どうも莉寿は抱きつき癖があるみたいで、割と頻繁に抱きついている。(大事なことなので2回言いました)
以前理由を聞いたら『だって深桜お姉ちゃん柔らかいし、いいにおいがする』とのこと。ちなみに俺がやろうとしたら全力で拒否された。いや、まあ、当たり前だが。ちょっと残念だったのは言うまでもない。
とりあえず莉寿を深桜から引っぺがして、反対側に置いて。
「よし、やるぞ、莉寿」
「らじゃー! お兄ちゃんと私、深桜お姉ちゃんの3人でレッツ・プレイ!」
なんだかんだとあったが、用意は調った。
莉寿の宣言で開始された、スーパーなボソバーマソ3勝負の幕が切って落とされた。
* * * *
――――――2時間後
ドカーン、ドカーンと画面の中で爆風が舞い踊る中。
「これで最後だ インディグn――ウボァ!」
「よっし、お兄ちゃんは殺った! あとは深桜お姉ちゃんを……って、え、あれ」
どかーん。莉寿の操るキャラが爆炎に呑まれて消えた。
その主はもちろん、深桜の置いた爆弾である。
「油断は禁物だよ、莉寿ちゃん」
「漁夫の利だけでなく、自発的に仕掛けることもあり、手伝い終わった瞬間に裏切るとかお土産ボムとか……深桜、いろいろ弁えすぎだろ……」
「イレギュラーが本当にイレギュラーだよ、深桜お姉ちゃん!」
「ふっふっふー、このゲームは数少ない私の得意なゲームなのだよ!」
珍しすぎるドヤ顔で胸を張る深桜さん。
敗者たる俺と莉寿は地に這いつくばっていた。はっきり言おう。屈辱であると!
再度勝負を―――と言いかけたところで、ふと顔を上げると、そこには―――エデンの園があった。
白だった。ワンポイントのリボンがちょこんと付いていた。俺的に直球ど真ん中だった。脳内のフォルダに即保存するの余裕でした。
だが、そんなことはおくびにも出さないで、深桜に再戦を申し込んだ、のだが。
時計を一瞥し、時刻確認をした深桜の返答は―――
「ごめん、二人とも。さすがに時間的に無理みたい。誘ってくれるのは嬉しかったのだけれど……」
「あー、家庭の事情だろ? そればっかりは仕方ないだろ。まぁ、また今度ってことでいいだろ。な、莉寿?」
「うー、分かってるけど……ううん、分かってるからこそ、残念だけど、今日は諦める……」
「ありがとう、二人とも。その心意気に免じて、峻君がスカートの中覗いたのは許してあげる」
はい、ばれてましたー。横にいる莉寿から放たれるマイナス温度の視線が痛いです。
そのうえ、深桜からは『女の子は視線に敏感なんだよー?』という、ありがたい訓示をいただきました。女子怖え。
「それじゃあ、お邪魔しました」
「またね、深桜お姉ちゃん!」
「あー、俺も行くわー」
「うん? どうしたの、峻君?」
「最近このへんも物騒だからな。お届け便だ」
なにやら最近、この近所で女の子に声をかけたり、無理矢理連れて行こうとしたり季節外れのコートをフルオープンしたりだの、脳内ピンクなアホが数件確認されているらしい。
それについて回覧板や、地域のお知らせ掲示板に『そういうアホが出没するらしいので注意するように(意訳)』という紙が張り出されていたのを思い出したわけだ。
深桜もその手のチェックは怠らない方だし、分かってはいるのだろう。
だが、うちと深桜の家は本当に近いので大丈夫だろうとも考えているのも、つきあい長いから分かっている。
しかし、えてして。この手のアホに遭遇するのは、『自分は大丈夫』という、そういう油断をしたときにこそ現れるのがお約束だ。
ということをさらっと言い含め、同行を了承させる。莉寿は「お兄ちゃんが言うとなんか凄く説得力がある」と苦笑していた。
「と、いうわけで、ちょっくら行ってくる」
「うん。いってらっしゃい、お兄ちゃん。深桜お姉ちゃんをちゃんと守ってね」
「大丈夫だと思うんだけどなあ……峻君も莉寿ちゃんも、心配しすぎだと思うよ?」
「そのへんはさっき言ったとおりだ。黙って送り届けられろ」
問答無用で深桜の意見を却下し、揃って家を出る。
あたりはすっかり夕日色。それに触発されたのか、ふと、まだガキだった頃のことを思い出した。
些細な疑問。ハジメテの約束。誓いのコトバ。
そのすべてが、コドモ故の無知な、だからこそ純粋な願い。
今の俺は、あの頃交わした約束をまだ、守れるだろうか。
「……峻君? どうしたの、ぼーっとして」
「ん、いや、ちょっとな……子供の頃を思い出してた」
「そっか。……ねえ、峻君。あの頃の約束って、まだ……有効、かな?」
「どうだろうな……ちょうどそのことを考えてた」
幼なじみ特有の思考パターンの似通いかた。
もしかしたら深桜も、この夕焼けに昔を思い出したのかもしれない。
そこに、答えはあるのか、はたまた無いのか。それすら曖昧に。
モラトリアムが、終わろうとしている。
そんな予感めいた確信を覚えながら、俺たちは歩き出した。
* * * *
「はい、到着。ね? なにもなかったでしょ?」
「何かあった方が大変だって言ってるだろ。もし深桜一人だったら、なにかあったかもしれないしな。深桜は可愛いから」
「ふぇっ?! しゅ、峻君は、わたしのこと、可愛いと思ってる、の?」
「は? 何を今さら。深桜は可愛いだろ。幼なじみ補正を差し引いても、余裕で美少女だぞ?」
「そそそそそうなんだ。そっか、峻君、わたしのこと可愛いって思っててくれたんだ」
「いや、何故そこで動揺する」
「だって、峻君が、わたしのこと、可愛いって……!」
夕日に負けないくらい顔を真っ赤にして、あうあうしてる深桜を眺めながら、『はて、俺は何か間違ったことでも言っただろうか?』と自問自答してみたが、答えは見つからなかった。
……いや、違う。
わかっていて、その上で気付かないフリをした。そうしないと、今の関係を壊すかもしれないから。
ただそれが怖くて。
今の距離感が、ベストなんだと。今の関係が―――ひどい言いぐさではあるが―――ぬるま湯に漬かっているような今の関係が、一番いいのだからと。
(まったくもって情けないな。我ながら……)
多分の自己嫌悪を表に出さないよう、ちょっと無理をして抑え込む。
そうこうしているうちに、あうあうしていた深桜も、すーはーすーはーと数回の深呼吸を経て、ようやく落ち着きを取り戻したみたいだ。
「……ふう。ごめんね、峻くん」
「いや、俺は別に構わないが……大丈夫か?」
「うん、もう平気。お見苦しいところをお見せしました」
「なぜ敬語……いや、まあ、いいけど」
「あはは……そこはこう、なんと言うか……心配させちゃったかな-、ってことで」
「んー、まあ、心配もしたが……それよりも、あうあういってキョドってる深桜が結構面白かったっていう」
「あう……それはちょっとひどくない?」
「言外に俺のせいだ、という意思を感じたのだが……」
「いえ、実際に直接の原因は、峻くんの言葉だと思うのだけれども」
「気にするな些細な過去の出来事だ」
「つい数分前の出来事だよね!?」
「完全に完璧にパーフェクトに遠い昔にあった過去だ、と思ってます。はい(前髪ファサァ)」
「ごめん、峻くん。どこからツッコミ入れたらいいか、分からない」
「すまん、俺にも分からん」
「「……」」
気まずい沈黙が場を支配する。
そして半分忘れていたが、ここは深桜の家の前。まばらにだが、通行人も居なくはない。
そんなところで、いったい何をしているのか。
と、思ったのは俺だけではないようで。深桜も状況に気付き始めたらしく、再度あうあうしだしそうなふいんk……雰囲気だ。
ふむ、こうなれば仕方ない。究極の必殺技のカードを切るしかないようだな。
即ち―――!
「よし、深桜。なかったことにしよう」
「あうあ……え、なに?」
「あうあうしかけてたのかよ……いや、まあいい。とにかく、ここはだな?」
「?」
「すべてなかったことにして、過去を封印しよう、という方向で行こうかと」
「……できるの?それ」
「少なくとも俺と深桜は助かる。メンタル的な意味で」
「……たぶん現場を押さえられていた、通行人の方々の記憶は、どうなるの?」
「気にしたら負けだ。きっと微笑ましく温かい視線をしていた、ということにしておけばメンタルへのダメージは軽減できるはずッ!」
「つまるところ、それらを全部ひっくるめて、なかったことにしよう、と」
「Exactly(その通りでございます)」
「うん、ツッコまないからね?いつの間にか私がツッコミ要員になってることも、ツッコまないからね?」
「というわけで、何もなかった。俺たちは普通に深桜の家までやってきました。りぴーとあふたーみー?」
「うん、そうだね。何もなかったね。私は峻君に送ってもらって、普通に帰宅しました(棒読み)」
完璧なまでに棒読みではあるが、深桜も『そういうことにする』と決めたようで、とりあえずツッコミはなかった。若干視線でツッコまれた気がしなくもないが、そこは日頃鍛えたスルースキルさんの出番だ。
……そういえばさっきも同じようなこと―――なかったことにしよう―――をしてる気がした、が。
そこはそれ、これはこれ。気にしちゃいけない精神でいくことにしようと決めた。
「じゃあ、なんだかとても色々ありすぎt「気にするな」あ、うん。ともかく、送ってくれてありがとう、峻くん」
「うむ、別に大したことじゃないからな」
「でも、うん、ありがとう。峻くんが心配してくれたのは、すごく嬉しいから」
「お、おう。改めて言われるとなんか恥ずかしいな」
自分でも顔が赤くなってるだろうとな、思いながら、つい、と深桜から視線を逸らす。
今は気恥ずかしくて、ちょっと直視できそうにない。
そんな俺の内心を見透かすかのように、深桜はくすくす笑っていた。
なんだか釈然としないものを感じるが―――まあいいか、と思えるのは、相手が深桜だからなのだろう。たぶん。
「あ、峻くん」
「ん?」
「たまには上がっていく? お茶くらいは出すけども」
「ありがたい申し出だけど、今日は遠慮しておくわ。莉寿を待たせるのもアレだしな」
「今日の食事当番?」
「違うぞ、深桜。今日の、じゃない。『今日も』だ」
その一言ですべて察してくれたらしい。困り顔を浮かべて、ただ一言「そっか」とだけ返事をする。
「察しのいい幼なじみを持って、俺は幸せ者だなー(棒読み)」
「全然嬉しそうじゃないよ? 峻くんてば、もう」
「はは、悪い悪い。じゃ、俺はそろそろ帰るな」
「うん。ばいばい、峻くん。また明日」
「おう。んじゃーな」
笑顔で手をひらひら振る深桜に背を向けて、軽く手を振り返す。
……実際のところ、俺は恵まれてる方なんだな、とはいつも思う。莉寿のこともそうだし、深桜のこともそうだ。
こんなに恵まれているのに、これ以上を望んだら罰が当たるんじゃないか、なんてことを普通に思うほどには恵まれて―――いや、恵まれすぎなのではないか、とさえ思う。
いつかそのしっぺ返しが来るんじゃないか、と一時期は本気で恐れていたこともある。
今のところそういったことは無い。
だが、いつか来るのではないか、とは思ってしまうのだ。
だから俺は、大して信じてもいない神様とやらにこう願うのだ。
「どうか、これ以上、俺から大切な人たちを奪わないでください」
と。
* * * *
「今日も一日、おつとめご苦労さんでした、っと」
「いや、そんな『ヤの付く自由業』みたいなセリフはどうかと思うよ?」
「あ、深桜の姉御、チーッス」
「峻くん?」
「すみません調子に乗りました。なのでその中身が詰まった鞄を下ろしてくださいお願いします」
「はぁ、まったく。そのとりあえずネタに走る癖、改めた方がいいと思うよ?」
その言葉と同様に、困ったような(というか確実に困ってる)表情を浮かべながら、上段に振りかぶっていた鞄を下ろしてくれた。
安堵しながら、深桜の苦言を受け止めるものの、これは既に性分というより深い業のようなものなのだ。
「いや、言いたいことは分かる。分かるんだが……」
「だが?」
「もはや手遅れですごめんなさい、テヘペロ……みたいな?」
こればかりは直そうと思っても、そう簡単にはいかないだろう。つーかぶっちゃけ無理ですごめんなさい。
とりあえず心の中でもう一回謝罪しておく。決して口にはしない。もし口にしようものなら……いや、考えるのはやめよう。まだ死にたくはない。
と、ここまでのあれこれを把握、そして理解していながらも、言うべきことは言っておくのが深桜らしさである。
……ん? え、なにこれ、脳内検閲されてるの? レベルで、深桜が俺の思考を完璧に把握しすぎじゃないですか? 俺のプライバシーとかどこいった?
それともこれが、幼なじみにのみ通じる、完全把握能力ってやつなんでしょうかねッ!?(厨二病発症)
「はいはい、峻くん。莫迦なこと考えてないで、帰り支度したら?」
「うむ、置き勉である。問題ない」
「宿題は?」
「明日の朝に終わらせる所存」
「先に言っておくけど、ノートは見せないからね?」
「な、なんだってー!?」
「宿題って、自分でやるから意味があるんだよ? 丸写しばっかりじゃ、身にならないんだよ?」
「ぬぐぐ……だが……」
激しく面倒だ、と言いかけた瞬間、教室のドアから、ひょこっと顔が飛び出てきた。
誰かなんて確認する必要も無い。顔出てるし。まあ、もちろん我が家の妹様である。
……ああ、今日はドア開いてるから破壊行為をしなかったのか。って、何故そこで残念そうな顔をしてるのか。
そんなにドアを勢いよく開けたかったのか。どこの破壊魔だ、我が妹様よ……。
「お話終わった?」
「ん? ああ、終わったぞ」
「本音を言えば、終わらせないでほしいかな。峻くんの将来に関わるかもしれないし」
「そんなレベルで心配されているのか……」
「お兄ちゃん、就職するから問題ない、って前に言ってたけど。今もそうなの?」
「うむ。いかに学業偏重とはいえ、専門職ならいくらでもあるからな。そこで活かせるスキルさえ身につければ万事オッケーだ」
「簡単に言うけど、それでも門戸は狭いと思うのだけれど……」
「まあな。でもそこは、やってみないことには始まらない、っていう部分も多いからな。やれるだけのことはするさ」
苦笑で返す俺を、心底心配そうに見つめている深桜にジェスチャーで『すまん』と伝える。
深桜もこれ以上は言っても無駄だと思ったのか、ため息一つと、首を縦に振る。それでこの話は終わりだ、というように、俺と莉寿、深桜の3人で連れ立って教室を出て、帰路へと就いた。
* * * *