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黒いバッグ ⅷ

 それから僕らは、ほとんど絶え間なく幻覚を見せられ続けた。あの巨大で黒く、丸い生物には全身の血を吸血されるという、恐ろしい目に遭わされた。そのほかにも巨大な蛇や大ムカデなど、さまざまな恐ろしい幻覚が僕らを襲った。


 何度も、僕はあの時起こった、光の玉の出来事を再現しようとした。けれどもできなかった。そもそも僕にはあれが何だったのかわからず、自分で起こしたのかどうかさえもわからないのだ。それが自分の意志でできるわけはなかったのだ。


 ともあれ僕らは丸一日、幻覚に苦しみ続けた。この日が休日だったのはせめてもの幸いだった。仕事や学校で離ればなれにされていたら、それこそ僕らの心はくじけていたかもしれない。けれども二人一緒にいたからこそ、僕らはなんとか持ちこたえられたのである。


 夜中の十時ごろだった。僕の家に純が訪れた。純はあの「Churchill」と書かれたバッグを手に持っていた。


「なんだそれは」

「もう一つのバッグだ。君、このバッグの中身を見るんだ」

「はあ?」

「それも僕と手をつなぎながらだ」

「何を言ってるんだ、純?」


 それが純がもってきた解決策だとでもいうのか?


「いいか、君はものすごくいい目を持っている。何もかもを見ることができる素晴らしい目が。それが僕が君を相棒に選んだゆえんでもある。君にその目を使ってもらいたい。いいか、僕が隣で君を導く。君はただ、このバッグの本物がどこにあるのかを突き止めることに意識を集中すればいい」

「本物のバッグ?なんだそれは?」

「このバッグは偽物だ。でも、本物にはつながっている。このバッグを通じてなら、必ず本物のバッグにたどり着けるはずだ。さあ、やるぞ」

「よくわからないが、要するに僕は何をすればいい?」

「バッグの中身を見ればいい。あとは僕が何とかする」

「そうか」


 バッグを見ればいいというのなら見よう。昨日僕は自身の言葉で純を信じると言ったのだし、今も信じるよりほかないのだ。


 純がバッグの口を開いた。バッグの中にあったのは暗闇だった。その暗闇の奥から、一人の男の顔が浮かび上がってきた。


 僕はその男の顔から眼をそむけたくなった。別にこれといった特徴のある顔ではなかった。しかしその顔には嫌悪感を抱いた。僕はその顔の造形が嫌いなのではなかった。その顔の表情が物語る虚無、ひいては悪しきものを嫌悪したのであった。


 僕は男の顔を凝視した。すると様々なイメージが次々に浮かび上がってきた。それらのイメージは僕の頭に浮かんでは消えていった。そのイメージは僕にはまるで制御不可能であった。僕がそのイメージをよく考えてみようとしても、それは勝手に消えていった。そして自分が考えもしない全く新しいイメージが唐突に生まれてくるのだった。


 急にバッグの口が閉じられた。


「ありがとう。もう十分に見られた」

「いいのか?」

「ああ。本物のバッグは広島にある」

「なあ、その本物って何なんだ?」

「すべてが終わってからゆっくり説明してあげよう。それよりも僕はすぐに広島に行かなくちゃ」


 そういって純は出て行った。


 そのことがあってから数日が経った。その数日の間、僕らは一度たりとも幻覚を見ることはなかった。

 純が僕の家にやってきたとき、僕らはどのようなことが起こっていたのかということを話してもらった。


「すべては幻覚だったんだ」

「どこまでが?」


「すべてが。あのバッグなど、本当はありはしなかったんだ。いいかい、本物のバッグは広島にあった。それは今度こそ僕が燃やして灰にした。だから現象はすべて止まった。さて問題は、広島にあるはずのバッグがどうして、君たちの手元にあったのか、ということだ。そこで幻覚云々の話が出てくる。これはあくまで僕の仮説なのだけれど、あのバッグは独自の力によって人々に幻覚を見せる力を持っていた。そして一人の人間に対して、あたかも一つのバッグを持っているかのように思い込ませることもできたわけだ。どうしてバッグの中身を見ない限りは無事、なんていう噂が広まったのかはわからない。けれども実はあのバッグを見てしまった時点で無事ではないのさ。あのバッグによってすでに幻覚を見せられているわけだからね」


「もしかして僕がバッグの中身を見ていないのに幻覚を見ていたのも」

「まあ、あのバッグをどこかで見て認識してしまったから、ということだね。同じ家で生活していればあり得ないことではない」


 そういえば僕はあの出来事の前に琴美の部屋にこっそり入ったはずだ。そして内緒で借りていたDVDを返したのだ。その時に黒いボストンバッグも見たはずだ。


「もうひとつわからないことがある」

「何だい?」

「僕があのバッグを見たことで何が起こったんだい?」

「簡単なことだ。見えたんだよ、いろんなことが」

「僕が広島にあるバッグのことも見たのか?でも僕は広島にバッグがあるなんてわからなかったぜ」

「まあ、君にはあくまでカメラの役割をしてもらっただけだからね。自分できちんと見ることができるようになればいろいろとわかることも出てくるさ。僕は仕事があるんで、そろそろ失礼するよ」

「ああ。引き留めて悪かったな」

「気にしなくていいよ。それじゃあ」


 そういって純は去っていった。


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