黒いバッグ ⅶ
バッグはぴょんぴょんとはねてこちらにやってきた。僕は琴美の前に立ちはだかった。いよいよ化け物と対峙し、危険を冒して戦うのだと考え始めると、体が熱を帯びたように感じ、目の前のものが鮮明に見え始めた。頭では目まぐるしく、様々なことを思考していた。それらは一定の形を持たなかった。いくつものイメージ、いくつものアイディアが頭の中で浮かんだり消えたり、組み合わさったりしていた。次第に思考の中にまったく覚えのないものが混じり始めた。それは一つの風景だったり、男の顔であったりした。時には僕とバッグが対峙しているところが、あるいは僕らが何もない虚空に向かって怯えているところが見えた。
また違うイメージが見えた。二つの光の玉が闇の中で輝いていた。その二つの光のたまに黒い植物の根っこみたいなものが絡みついていた。
光が強く光を放つと、黒いものはちぎれ、消え失せた。しかしその上にまたしても違う黒いものが覆いかぶさってきた。
黒い根っこのようなものははるか向こうへと伸びており、どこかへつながっている様子だった。
僕が注目したのは黒いものが消えていくところであった。黒いものはどういうわけか、片方の光の玉からだんだんと消え失せていった。
(見よ、邪悪なものは次々消え失せていく)
男の声が聞こえた。それは力強く、大きかった。
(すべては幻覚だと理解し、邪悪なものを吹き飛ばせ)
どうやってやればいいのか、僕がと問うた時、声は答えた。
(目の前のやつをこぶしで殴るみたいにだ)
僕はそうした。根っこを心の中でぶん殴った。すると光は家の照明みたいに強くなった。そして根っこはすべて消し飛んだ。
気が付けば、僕らは何もないところに立っていた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
琴美が訊いた。琴美は泣いていた。
「何が?」
何のことかわからないので、僕は訊き返した。
「噛まれてたじゃない、バッグに」
「あ、ああ。何ともなかった」
「本当に?」
「うん。ほら、傷なんて何にもないだろ?」
そういって僕は腕を出して見せた。
「噛まれたのは頭よ。大丈夫?痛みが強すぎて記憶がなくなってるだけじゃない?」
記憶がなくなるも何も、そもそもその記憶がないのだが。しかし頭の中の記憶をよく探ってみると、様々なイメージの一つに、バッグに襲われている僕がいた。その中で僕は頭をバッグにすっぽり包まれており、首筋に牙を突き立てられていた。なるほど、無事ではすみそうにない光景だ。その場に意識がなくてよかったと思った。
「よく覚えてはないけど、でも僕はほら、バッグの中身までは見てないからさ」
「ああ、それかもしれないね」
琴美は言った。
「ねえお兄ちゃん、さっきの幻覚なんだけど、今までとは違ってたの」
「違ってた?」
「今までのは、私が死んだりとか、誰かが死んだりするまで終わらなかったんだけど、今日だけはお兄ちゃんにかみついてる途中で終わっただけなの」
「そうか」
僕は自分のイメージの中で起こった出来事について考えた。
「もしかして、清水さんがやってくれたのかな?」
「かも知れないね」
僕は言った。僕がやったことだとは言わなかった。自分がしたことだという確証が持てなかったからだ。
チャイムが鳴った。




