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ティファレシア ~風信子の絆~  作者: 紺野咲良
第一章
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06.修行『前途遼遠』

 師匠との修行の日々が始まった。

 『優しい』と感じた第一印象は、即座に裏切られることとなる。


 この人……『悪魔』だ……。


     ◇


「造形が歪んでいます。もっとしっかり思い浮かべて」

「はいっ、師匠っ!」

「足を止めない。目も閉じない、手元を見ない」

「は、はい、師匠……!」

「発動までが遅いです。もっと素早く」

「は……、はぃ……ししょ……ぅ…………」


 ……ばたり。私は死んだ。

 悠莉子ちゃんの来世での冒険にご期待ください――。


「本当にリリィは虚弱ですねえ」


 倒れるときは前のめりだと決めていた――わけではないけれど、顔面から突っ伏したために喋れず反論ができない。そもそも喋る体力すらないかもしれないけど。

 だが師匠が呆れるのも無理もない。まだ修行を始めたばかりだというのに、私がこうして倒れるのは、かれこれ三度目だった。

 動き回っているとはいえ、さほど激しい運動などはしていない。あくまで他の動作を行いながら、魔法を発動するだけ――もっと具体的に言うならば、手のひらサイズな可愛らしい火や氷などを出現させ、健康的なウォーキングをしながら指示された目標へと放つ。それだけだった。

 にもかかわらず、発動の度に全力で短距離走でもしたかのような疲労感が襲ってくる。もう少し複雑な動作や魔法で行おうとしたら、その距離が数倍に膨らむ。そんな感覚だ。

 仮にもし何かと戦うことになれば、こんな状態ではお話にならないのもわかる。が――


「も、もうすこーし……ゆっくり、のんびり……という、わけには~……?」


 息も絶え絶えに見っともなく命乞いをする。しかし想いは届かず。


「いいえ、そういうわけにもいきません。この世界の脅威はすぐ傍まで迫ってますからね」

「きょう、いぃ……?」


 寝返りを打ち、仰向けの大の字に寝そべって、空に流れる雲を眺めつつ思う。こんなにも長閑のどかそうな世界なのに、と。

 むしろ今の私には、このお師匠さまのほうがよっぽど脅威である。スパルタ教育にも限度ってもんがあるでしょうが。おにーあくまーひとでなしー。


「しかしまあ……そうですねえ。覚えておかねばならないことも多いですし。ここらで一つ、休憩がてら座学を挟むと致しましょう」


 おぉ? 時間差で命乞いの効果が現れたみたいだ。

 座学というその文字通りに師匠は座る。私は……座れるほどの体力すらないので、寝そべったままで失礼します。


「疲れていますか?」

「……もう指一本も動かせないぐらいには」

「口と心臓が動いてれば問題ありませんよ」


 さいですか。ひとまず命の心配だけはしてくれてることに安心しちゃうあたり、感覚が麻痺ってきてるかもしれない。


「ちなみに。『どこ』が一番、疲労感がありますか?」

「えぇー……? んんんー……」


 ……どこだろう? 全身が等しく鉛みたいで……考えれば考えるほど、頭も回らなくなっていくような……。

 一向に答えの出ない私に、師匠が助け船を出してくれた。


「おそらく、『頭』ではないですか?」

「――おぉっ」


 手が動く状態であれば、ぽん。と手を叩いていたことだろう。漫画などであれば、ぴこーん。と頭上に電球が現れていたことだろう。

 脳回路の酷使により危うく活動を停止しかけたけど、すっきりしたお陰でかろうじて息を吹き返した。


「そう言われれば……そっか、だから思考回路も鈍って……」

「リリィは平常時でも、頭はさほど動いていませんが」


 ばっさりと手厳しいお師匠さま。言いえて妙だと思うので何も文句はない。


「その()()()あなたでも理解して頂けるでしょうけど……この世界で冒険者として過ごすなら、現状のままでは困難を極めます」

「たはは……やっぱりですか」

「初めのうちは誰しもがそのような状態ですから。各々の身の丈にあった力を使い、それを積み重ね、徐々に慣らしていく。そんな段階を――必要不可欠な順序を踏む事が重要です」

「ふむ、ふむ……」


 いきなり上級魔法なんて使えない――当人の能力に見合った魔法しか扱えない。そういったところだろうか。

 どうもこのゲームには『レベル』っていう概念がなさそうだし。地道に魔法を使用していくことで、数値としては見えないステータスを上げていく感じのようだ。


「……まあ、ここまで不出来でお粗末な方もなかなか稀有けうですが」

「はうぅっ!」


 ぐさり。出来の悪い子でゴメンナサイ。

 でもダメな子ほど可愛いともよく言うじゃないですかっ、だから希少価値としてここはひとつどうか……!

 しかし同時に納得もした。先ほどまで行っていたことの意味合いとしては、運動を行う前の準備体操に近かったのだろう。その時点でひいひい言ってる、絶望的なまでに虚弱体質なのが私だ。

 師匠の()()()『スパルタ』と評してしまったのは少し訂正したい気持ちになる。でも()()()『悪魔』だ。これは絶対に譲ってあげない。


「ふむん……。だんだん頭を慣らしていく……のかぁ」


 頷くことで肯定の意を示してくれる師匠。

 真面目なお話をして頂いてるというのに、いつまでも横になっているわけにもいかない。よいしょ、と上体だけは起こして、足を伸ばした体勢で座り直す。


「徐々に、慣らすこと。繰り返すようですが、非常に大事な過程です。もしそれをないがしろにしてしまうと――」


 いつになく真面目な表情になった師匠が、一呼吸置き……言葉を発した。


「――最悪、死に至ります」


 ぞっとする響きが籠る。さすがの私も目を見開き、言葉を失った。


「疲労感程度は何ら問題ありませんが……もしこの先で別の魔法を発動させようとした際に、視界の揺らぎや頭痛などの異変が起こったら、即刻中断してください。――『今のあなたには身に余る力だ』という警告反応ですから」


 こくりと、ゆっくり、深く。神妙な顔つきで、ただ首を縦に振る。


「そして慣れたからといって、その恐れが完全に消え去るわけではありません。何かに強く感情を揺さぶられた際に、そのような状況に至極陥りやすいです。怒りや、悲しみ……そんな想いで心を埋め尽くされ、支配されてしまった際に」


 その瞳に、どこか哀しげな光をちらつかせ……私の目を真っすぐに見つめ、言い含めてくる。


「……強すぎる想い(ちから)は、身を滅ぼします。どうか、自分の限界を見誤らないよう……お願いしますね」


 普段と違う、憂いを帯びた師匠の微笑み。


 ――過去に、何か……あったのだろうか。


 この人のことを、私は何も知らない。

 これまでどんな人生を歩んできたのだろう。

 なぜ、自分にここまでしてくれるのだろう。

 そう――こんな無一文な上に、この世界の常識も何も一つ知らない。放っておけば行き倒れるか、今しがた言われた『身を滅ぼす』かで勝手に消えていきそうな、私に。だ。

 自らここまで酷評するのも恐ろしく虚しいが、それが純然たる事実だと自覚している。

 故に、この人にメリットなんてないのは確かで。下心や謀略などなく、誠意で接してくれてるのは疑いようもないと思う。


 ――いや、万が一、サディスティックな嗜好の持ち主なら……と考えかけて、胸の内でかぶりをめちゃくちゃに振る。

 確かにこの人なら、そういった想像も容易にできてしまうけど! わざわざそんな変態さんに仕立てあげてまで疑う必要がどこにあるというの。師匠は悪魔だとしても、変態なんかじゃないって信じてる。


 そんな私の思案もあらかたまとまった頃、おもむろに師匠が立ち上がった。そして軽く伸びをしてから、こちらへ声をかけてくる。


「再開、しましょうか」

「……はいっ」


 そっと差し伸べられた、あたたかな手を取る。互いに、打って変わった晴れやかな笑顔で――。



     ◇     ◇



 知りたくないわけじゃない。この人の――師匠の諸々を。

 むしろ私は好奇心旺盛なほうで、本音を言えば質問攻めにしたいぐらい。


 けれど……こんな私でも、わかっていることもあった。

 その『好奇心』というものは、時として『凶器』や『猛毒』とも成り得る、危ういものだと。



 知ることで、変わるものもある。

 しかし知ってしまうことで、変わってしまうものもある。


 『隠すこと』は、『騙すこと』とイコールじゃないから。

 『真実』が、必ずしも優しいものとは限らないから。


 いつか、より良い信頼関係が築けたら。

 いつか、話すに値する人間だと認めてくれたら。


 そんな、『いつか』の話でいい。



 だから今はまだ、このままで――。

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