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ティファレシア ~風信子の絆~  作者: 紺野咲良
第一章
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04.開幕『蒲公英《タンポポ》』

 テレビに映るゲーム画面。実写との差がほぼ無いレベルのコンピューターグラフィックスは、息を呑むほど美麗だ。

 しかし同時にこうも思う。

 自分の足でその場に立ってみたい、と。その場面や状況に身を置き五感の全てで感じてこそ、最上級の感動を味わえるのではないか、と。

 もしそれが実現する時が来るなら、どんなに素敵なことだろう。幼い頃の私は、そんな夢のような妄想をする日々を送っていた。


 中学生になったある日、兄が突然こんなことを言いだした。『面白いもんを見せてやる。VRがとうとうここまできたぞ』、と。

 自分でゲーム関連の情報を集めたりしないので、当時の私は『VR』という単語すら知らず、首を傾げていると――『見ればわかる』……兄はそう言って、私にギアを装着させた。

 起動手順だけを淡々と説明され、言われるがまま操作する。

 頭の中が疑問符でいっぱいに埋め尽くされ、さすがに苛立ち混じりに問い掛けようとした――直後、私は度肝を抜かれることになる。


 今の今まで部屋の中にいたはずが、次の瞬間には森の中にいた。

 水の底まで鮮明に見えるほど澄み切った湖があり、ホタルのように光を放つ花が咲き……蝶々かと思えば、あろうことか妖精が舞い遊んでいる。

 更に驚くべきことに――歩ける。草木に触れる。花の甘い香りがする。無意識に頬をつねる。痛い。


 やがて視界が暗転し……元の部屋へと戻った。

 茫然と天井を見つめたまま固まる私に、『な? すっげぇだろ?』と、兄が声をかけてくる。兄にしてはとても稀有けうなことに、屈託のない笑顔で。


 兄が得意げになるのも無理なかった。そしてよくぞ紹介してくれたものだと、兄の人生における最大の功績だと、喜びの余り表彰すらしたなるほどの錯乱っぷりだった。

 私にとってその世界は、正に完璧だった。単なる理想や妄想が、叶わぬ夢や絵空事だと思っていたものが、現実に存在している――! 心中が感謝感激に荒れ狂う嵐と化すほどの衝撃だった。


 そのクオリティゆえに目が飛び出るような値段だったために、それからしばらくは兄にねだって遊ばせて貰っていた。しかしその時には既に、必ずお金を貯めて自分専用の機器を手に入れようと心に決めていた。それまで自腹でゲームを買った経験などなかった私が、だ。


 これより始まるのが私が愛してやまない、そんなVR(ファンタジー)の世界。



     ◇     ◇     ◇



 ――真っ暗だった。

 まだ半分夢の中にいるようで……頭がぼんやりしている。

 脳が覚醒しだすと、この暗さは自分が目を閉じているからだと、そんな当たり前のことに気づく。

 まず感じたのは、柔らかな空気の布団に抱かれている……そんな優しい気配だ。

 水中にいるよりも遥かに軽く、"無重力とはこんな感じなのかな"――そう思える浮遊感だった。

 徐々に重力が生まれ始め、それに伴い薄れていた上下の感覚も戻っていく。ふわり、ふわり……ゆっくりと降りていってるようだ。

 やがて楽な姿勢で伸ばしていた足先へと、そっと地面を触れさせてくれる。そして私が自分の足でしっかり立てたのを認めてから、その気配は離れていった――。

 一切の不快感のない、なんと素晴らしいエスコートなのだろう。ありがとう、ここまで送ってくれた……誰だ。"システムさん"かな、わかりません。


 緊張の刻が訪れる。とくん、とくん……心臓の音が早く、大きい。

 これは……髪を洗った後に目を開けるときの気分に似ているかもしれない。……いやいや雰囲気ぶち壊しだよ、何言ってるの悠莉子ちゃん。もう少し良い表現の仕方が――私の貧弱な語彙力では浮かぶはずもなかった。しくしく……。

 そんな自分のマイペース振りに苦笑しつつ、おっかなびっくり目を開いてみる。


「――わぁっ……!」


 飛び込んできた光景に、図らずも声を上げてしまった。

 どこまでも続いているかのような、縹渺ひょうびょうたる草原――やや遠くに森林がある程度で、見渡す限りが鮮やかな緑色に染まっている。

 心地良いそよ風が吹き、肌や髪を撫でる。草が波打ち、音を奏でる。

 息を大きく吸い込み、胸をいっぱいにする。瑞々しい香りがして、空気が美味しい。

 万事に魂が揺さぶられる。非現実感に溢れ、いたく幻想的で……ここは今までいた世界ではないことを雄弁に物語っている。


 そう――私は、『ティファレシア』の世界に来たんだ――。


 ――……はて。来たのはいいけど、これからどうしよう。

 このゲームに関して何もわからずに来てしまったものだから、方向性が全く見当たらない。どんなことができて、何が目的で、このゲームにおける私向きな遊び方とは、一体なんぞ……?

 うーん、とりあえず歩こうかな。当てもない散策とか大好きだし。……って、おぉっ? あれは……!


 すぐ傍の地面によく見知った黄色を見つけた。そちらへ向けてぴょんと軽く飛び、その勢いのまましゃがみ込む。

 そこには、タンポポによく似た小さな花が慎ましく咲いていた。この世界にその名で存在するかは怪しいのだけれど、本当にそっくりだ。

 確かタンポポの花言葉は……『神のお告げ』だったっけ。

 なにかいいことあるかなぁ。例えば神様が現れて、ありがたーい情報とか、すんばらしい能力とかを授けてくれたりは……しないですよね。


「――わわっ」


 不意に強い風が……春疾風だろうか、髪を抑えて思わず顔を逸らす。その際、視界の端に何かの像が映った。

 なんだろうと顔を向けてみると、そこには人が立っていた。

 およそ五十メートルぐらい離れた位置。日の光が眩しい暖かな陽気だというのに、袖なしの長い外套がいとうに身を包み、目深にフードまで被っている。そこまでの防備はさすがに暑いんじゃなかろうか。


(――この私に気配すら悟らせず、ここまで距離を詰めるとは……此奴、デキる……!)


 しょうもないモノローグを浮かべつつ、内心少し首を傾げる。

 先ほど周囲を見渡した時には、人影などなかったはずだった。こんなにも見通しの良い場所なのに……本当に、いつの間に。うーん、やっぱりデキる人かも……?


 そんな感じで思考を巡らせている私はともかく、なぜか相手も微動だにせず、今の今までたっぷりと見つめ合ってしまっている。

 恋が始まっちゃうとかっていう秒数って……何秒だっけ。それは優に超えてそうな……まぁフードのせいで、こちらからは相手の目が見えていないのだけど。


「……あのっ!」


 らちが明かないので、元気よく立ちあがり声をかける。すると、ビクっと反射的に後ずさりさせてしまった。驚かすつもりではなかったんです、ゴメンナサイ。


「こんにちは。私、リリィっていいます。あなたは?」


 警戒心を解こうと人懐っこそうな笑顔を浮かべながら、とてとてと歩み寄って会釈をする。

 背はこちらより若干高いかな? この距離まで近づいても、これまたフードが邪魔して顔がよく見えず、性別すら見分けがつかない。

 この憎き鉄壁の防護を剥ぎ取りたい衝動に駆られるが、さすがに失礼にあたるだろうと、私の脆弱ぜいじゃくな理性さんが珍しく仕事をしてしまい踏みとどまる。


「…………?」


 反応を待つも声がない。動きまでないわけではなく、口に手をあてて考え込むような素振りをみせている。どうも……焦って、困惑している……? の、かな?

 こちらは名乗っただけなのに、答えにきゅうするような理由があるのだろうか。ううむ。


 んー。まず、この人はどっちだろう。プレイヤーか、NPCさん(この世界の住人)か。

 前者なら、人見知りが激しいだけの可能性が微粒子レベルで存在していたり……?

 後者なら、システムに与えられたセリフでしか喋れないとか。"ここは~~村です。"――そんなお決まりの定型文のみを発するNPCさんが浮かぶ。それだと名前も与えられてないかも……だから名乗れないとか?

 あっ。そもそもの話、日本語が通じないなんてことも……? そうだとしたらひっじょーにマズい。びこーず、あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ。


 っとまぁ、一人で勘ぐってても仕方ないかな。なんにせよコミュニケーションをとらねば……せめて首を縦か横に振ってくれるだけでもしてくれるといいのだけど。


「あなたは、この世界の人?」

「…………え、ええ。歓迎します……異世界からの、冒険者」


 おぉ? 少しの間があるも、今度はしっかりとした受け答え。ほえー……これでNPCさんなのかぁ。本物の人間にしか思えないや。技術の進歩ってやっぱすっごい。


 ――ってぇ! この人、今さらっと聞き捨てならない単語を……『異世界』と、はっきり口にしたような……?

 本当に何者なんだろうと、ますますいぶかしむ。改めて周りを見渡しても、何も見当たらない辺境なのに。ただのいち住人さんがいる場所じゃない。この人は、ここで何を……


(ひょっとして……ここで、私を待っていた……?)


 その時、私に電流が走る。

 始まりの場所で待ち受ける、この世界の人物。こちらを異なる世界からの来訪者とも理解してる者。それすなわち――


「もしかして――『チュートリアルさん』!」


「……はい?」


 いきなり声を上げた私にびっくりしたのか、発した単語の意味がわからなかったのか、きょとんとされる。おそらく両方だろう。

 ちなみにチュートリアルというのは、ゲームの世界観や遊び方などを教えてくれるものだ。NPCさんがその役目を担ってくれるのは、こういったMMORPGなんかだと特にお約束かもしれない。


「あっ、えぇっと……私まだこの世界に来たばかりで、右も左もさっぱりで! ここで会ったが百年目ー……じゃないっ、ここで会ったのも何かの縁だと思うし、色々と教えてもらえたらなーって!」


 興奮しすぎてよくわかんない上に失礼な文面を繰り出した気がする。けど、


「ああ……。ええ、構いませんよ。私に可能なことであれば、どうぞ何なりと」


 ちゃんと通じたみたい、そして寛容な方みたい。よかった。

 その人の口元がほころび、ちらりと覗かせた瞳――紫水晶アメジストを連想させる綺麗な瞳で、柔らかく微笑みかけてくれる。

 穏やかで落ち着く声色も、その人柄を如実に示しているかのようだった。

 相変わらず性別不祥の、名前なき親切な人。敬意を表し、仮に『こう』呼ぶことにした。


「よろしくお願いしますっ、『先生』!」

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