33.掉尾『秘策《ミスティルテイン》』
その一撃が嚆矢となり、アズリーさんによる怒涛の攻撃が始まってしまう。
これらがどの程度の威力かは食らってみないとわからないけど……無論試すわけにもいかない。
だって見るからにヤバそうだし! 一度でも食らってしまえば最低でも怯んでしまい、その後の全てを連続的に受けてしまいそうだ。
仕方なく死にもの狂いに一心不乱に、かろうじて攻撃を捌いていた。
翼により縦横無尽に飛び回りつつ――弾く。叩き落とす。逸らす。交わす。いなす。……とても困ったことに"打ち返す"を行える余地が一切ない。
自分の身を守るのに精いっぱいで、狙いをつけて反撃だなんて無理ですってー!
「どうした、勇者。威勢が良かったのは初めだけか? 逃げてばかりでは勝てんぞ」
「そっ、んなことっ……! 言った、ってぇ……っ!」
会話してる暇があるかも怪しいぐらいだ。忌々しいことだが実に的を射ていて、防戦一方ではジリ貧なのも嫌と言うほど分かってる。
ぶっちゃけてしまうと、最初の一回の返球はほぼマグレだ。慣れ親しんだ『テニスの球』じゃないし。『魔法の弾』を打ち返す経験なんてあるわけないし。
いわゆる"世界の端っこ"の謎の壁を使って"壁打ち"でもしておけば良かったと、今更ながら思い付いて後悔した。
尚悪い事に、一般的な球技と違って飛び交う球が一つじゃない。相手は容赦なく複数の光弾を放ってくる。
(ボールは一球までにしといてよっ、もぉーっ!)
この期に及んでもやや緊張感に欠ける私。もちろんそんなバカげた想いが届くことはなく、勝負とは非情なのでした。
「その程度か? ――貴様の兄は強敵だったぞ」
攻撃の手は緩めず、その上さらに精神攻撃まで仕掛けてきた模様です。
兄のことを口にされる度に、これまで幾度も私の心は揺さぶられていた。それを狙っての魂胆だろうか。でも――
「挑発しようったって、そんな手にゃぁもう乗りませんよーだぁ!」
大分身体と目が慣れてきた。軽口で応じる余裕もなんとか生まれ始めている。
ようやく反撃開始かな――そう思っていたのに。
「そのようなつもりではない。彼奴は確かに強かった。――そう、例えば……この様に――」
「――……はいっ?」
間の抜けた声を上げてしまう。
卒然として宙に現れたのは、刀剣や槍、斧や槌といった、無数の武器だった。見るからに強靭で絢爛たる武器がアズリーさんの周囲を埋め尽くす様は、見蕩れてしまうほどに壮観だ。
などと悠長な感想を抱いてる場合じゃないことはわかっている。しかしそれでも動揺はしてしまう。これらには微かにだが見覚えがあったからだ。
この武器たちはたぶん、おそらく――
「伝説の……武器ぃ……!?」
どこぞのゲーム内で見たことのある、『ヤドリギの枝』のような『伝説の武器』が具現化させられていた。そのあまりの種類数には思わず目を覆いたくなる。
どうせ『エクスカリバー』やら『グングニル』やら『ミョルニル』やらあるんでしょうね。名前ぐらいしか知らないんで、私にゃどれがどれだかさっぱりだけどさぁ!
「あんっの、バ……、愛すべきおにーさまは、なーにやらかしてくれてんのよぉ……!」
兄が用いた魔法を、そっくりそのままコピーされたということだろう。いかにもあのバカ兄が憧れそうな魔法だと、恨み言を発し嘆いてしまう。
「――いくぞ」
その声を皮切りに、伝説の武器たちが一斉に襲い掛かってきた。
「っ……わわっ!? ――……くっ!」
四方八方から、これまで以上に目まぐるしく身に迫る。これまで以上にギリギリの綱渡りを強いられてしまった。
飛び回って交わしつつ、《ミスティルテイン》で打ち払う。しかしながらその手応えは、予想に反してさほどでもない――どころか、拍子抜けしてしまうほどだった。
(一本一本は……軽い……?)
よくよく考えればそれもそうだろうと思い直す。この全部に"伝説級"の威力を発揮されたりしたら堪ったもんじゃない。
それにあれだけの数の全てが強力な物だとしたら、発動してるだけでも膨大な力を徒に浪費してしまうだろうから。いくら魔王と言えど、その力は無尽蔵なんかじゃないと信じたい。
平静を取り戻し傾注してみれば、光弾の時よりも軌道が直線的で的も大きい。これならば、ただの見掛け倒しだ――
――と、私は明らかな油断をしてしまった。
「――……ぁ、ぐぅっ!?」
剣の一つが、唐突に恐ろしく重い一撃を繰り出す。受け止めきれず壁まで吹っ飛ばされ、背中から叩きつけられた。
「杜撰な読みだったな」
「痛っ……ぅ……」
衝撃に視界が揺らぐ。頭を振って懸命に回復を試みる。
(なる、ほど……刃が相手に届く、その一瞬だけ力を注げば……)
何分見た目が派手なものだから目くらましにもなり、今のような騙し打ちにもなる。
そしてそこまでも兄がやってのけた芸当なのだろう。……そう思うと余計に癪だった。
「やはり貴様では兄を超えられなかったか?」
足を止められたところへ、宙に浮かぶ無数の武器に包囲される。
万事休す――……ううん。
(――形状変化……『シールド』、展開……ッ!)
降り注いだ武器の雨。まるで雪崩のような、畳みかけるような攻めの中……騒然たる金属音が絶えず鳴り響き、目が眩むほど火花が撥ね散る。生きた心地が全くしない。
(お願い、耐えて……《ミスティルテイン》――!)
「――……ほう」
感心したようなアズリーさんの声が聞こえる。どうやらまだ私は生きているらしい。
振りやすいようラケットサイズだった、《ミスティルテイン》に纏わせたオーラを一時的に数倍に拡大させ、強度を高める。元々身を守ることに特化させようと考案していたのだから、盾のような形状も予め想定してあった。
どれほどの耐久度を持ってくれるかは、ぶっつけ本番だったのだが――無事に成功してくれたようだ。
そう胸を撫で下ろしたのも束の間、アズリーさんは更なる一手を打ってくる。
「なかなかやるな。――では、こちらはどうだ?」
アズリーさんが天に向け片手を掲げる。その身体の周囲に、視認できる漆黒のオーラが漂う。
突として轟音――否、咆哮と共に……《《それ》》は召喚され、顕現した――。
「ガァアアアアアアアアアッ!!」
もう何が来ても驚かないつもりでいたけど……なんとまぁ、これはまた……。
召喚されたのは、巨大な『幻獣』。その見た目は完全に『ドラゴン』だ。
しかし、これもまた兄の使用した魔法をコピーしたものなのだろう。ならば、あれは――
「――……『バハムート』……」
『伝説の武器』と並び、召喚獣というものも兄はよく好んでいた。その中でも特にお気に召していた、おそらく最も名の知れているであろう幻獣、バハムート。
その幻獣の口元が妖しく輝き出した。"ブレス"系攻撃の予備動作に見受ける。
先ほどの『シールド』を見た後の相手の一手だ。その仰々しいまでの風貌に見合い、これまでより威力も段違いなのだろう。
こちらは《ミスティルテイン》とは名付けたものの、元はただの枝だ。この心もとない触媒がどこまで耐えてくれるかも分からない。自力の差もあるだろうし、持久戦になればなるほど不利を強いられる状況なのも呑み込める。
(ここが――正念場、かな)
私には秘策があった。……但し、たぶん一度限りの。
これに失敗すれば、おそらく私は――
――いや。
そんなネガティブな考えは一切不要、毒ですらある。私は"想いの強さ"で自力の差を補い、戦うしかないのだから。
べちんっと両頬を叩き、不安を振り払う。
大きく息を吐いて……左手に持ち替えたヤドリギの枝から小さな枝を一つ折り、右の手の平に乗せる。
「《ミスティルテイン》……もう一度だけ、お願い――」
そう語りかけつつ、その枝に……口付けをした。すると光を発しながら、姿を変えていく。
――『神さえ貫く矢』。
それがあなたの――《ミスティルテイン》の、伝説の武器たる所以――。
「――それが貴様の……奥の手、か」
「うん。どうもお待たせしちゃったみたいで」
「いいさ。こういうものは――相手の全力を打ち砕いてこそ、なのだろう?」
「……それは、お兄ちゃんの受け売り?」
アズリーさんが、フッと短く笑う。どうやらその通りらしい。
今はそのことに感謝すべきだろう。全力を出し切らぬままやられたんじゃ、思いが燻る。死んでも死にきれない。
「後悔させてあげますからねっ。アズリーさん」
「それは楽しみだな。期待しているぞ――リリィ?」
戦いの真っ最中だというのに、互いに微笑を浮かべた。
こんな場面でも、心の底から愉しんでしまっている自分がいる。
――アズリーさんも……同じ気持ちだったりするのだろうか……。
左手に握りしめた《ミスティルテイン》に意識を集中し、その形状を『弓』へと変貌させる。
生み出した『矢』を、それに番え――構えた。
向こうは準備を疾うに終えていたであろう。かの幻獣の口元には膨大なまでの輝きが灯っている。
……やがて、どちらともなく――
「やああぁぁぁぁぁぁっ!!」
「グォアアアアアアアアアアッ!!」
同時に放たれた、リーフグリーン色の『矢』と、滅紫色の『ブレス』。
形の違う互いの想いがぶつかり合い、凄まじい衝撃波が起こる。燐光の奔流に目が眩み、感覚ごと持って行かれそうになる。
懸命に堪えつつ、渾身の力を振り絞った。――が、
「くっ……ぅう……!」
単純な自力の差か――徐々に押され始める。
けれど、経験で、能力で。そんなもので勝てないことは百も承知だ。
(私はっ……! そんなものを武器に……戦いに来たんじゃない――っ!)
この世界で、一番大事なはずの力……――
――『想い』の強さで負けているとは、断じて思っていないから――!
「貫いて――《ミスティルテイン》っ!」
「――――ッ!?」
《ミスティルテイン》の矢が、その声に応え――幻獣のブレスを突き破り、掻き消し……そのまま一直線にアズリーさんへと襲い掛かる。
アズリーさんが反射的に正面へ手を翳す。そうして発生させたのは、『防護障壁』だろうか――ガキィンッ! という音が轟き、透明な壁に阻まれて矢が止まってしまう。
……が、しかし――
「なっ……!? くっ――」
想定を上回る威力だったのだろう。その表情が驚きに染まり、初めてのはっきりとした焦りが見えた。
尚も勢い衰えぬまま、貫かんとして轟轟と矢が攻め立てる。アズリーさんが伸ばした手がガクガクと震え、張られた障壁にビシビシッと、幾重にも亀裂が刻み込まれていく。それは今にも砕け散りそうな程に。
(いけるっ、押し切れる……っ! あと、一押し――!)
ここに全てを賭けようと、惜しみない想いを注ぎ込む。持ちうる限りの、全身全霊を――っ!
「いっ……けぇええええええぇぇッ!!」
――――――ズキン。
突如激しい頭痛に見舞われ、世界が歪む。
放たれた《ミスティルテイン》の矢が、朽ちて消滅する。
同様に背に生えた翼も消失し、膝から地に崩れ落ちる。
「あっ……れ…………?」
なぜ――そんなこと、考えるまでもなかった。
矢を放った直後からその兆候はあったのだから。それを覚悟した上での秘策だったのだから。
――限界……だった。
初めから理解はしていた。私の扱える魔法の範囲を遥かに凌駕した、破壊の力であると。
過去、『ケルベロス』を相手にこの手で勝ってしまったという"実績"があったから、味を占めてしまっていたかもしれない。自惚れていたかもしれない。
自分が倒れるより先に、相手を倒し切る。そんな無謀な博打を、愚かにも切り札としてしまっていた。
けれど――こんな私が、他にどんな手段をとれたことだろう……?
それに――私にとっても、誤算ではあったんだ。
だって――
「もうちょっと……いける、って……思ってたんだけど……なぁ……」
力なく、笑う。
「負け……ちゃった、かぁ……。あは、は」
アズリーさんは今、何を思っているだろう……?
やっとの思いで顔を上げ、その表情を確かめようとしても――脳を酷使し過ぎたのか、視界が恐ろしく霞んでいて、ほぼ何も見えないほど暗い。
もしかしたら、さっきからアズリーさんの声がしないのは――耳も、やられちゃってるのかな……?
私の声は、ちゃんと届いてますか……?
思考も朧げで、意識も虚ろになっていく。
それでも――最期になるかもしれない、想いの丈を告げようと……言葉を紡いだ。
「楽しかった……です。もし……また、会えたら……。また……、遊んで……?」
出来れば――今度は、こんな形じゃなく。
いつぞやの酒場みたいに、トランプでもして。
悔いはない――と言えば、全くの嘘になる。びっくりするぐらい悔いだらけだ。
トランプでも戦闘でも負けっ放し。結局聞きたいことも聞き出せないまま終わっちゃう。師匠へ立てた誓いも、何一つ守れなかった。
「――ごめんなさい……師匠……」
残った力を振り絞って、胸にあるアミュレットを弱弱しく握った。
私はこの後――どうなってしまうのだろう。
殺されてしまうのだろうか。その詳しい理由もわからぬまま。
記憶から消されてしまうのだろうか。この世界であった、全てを。――兄のように。
――……やだ、なぁ。
楽しかったのに。……アズリーさんのこと、ちゃんと理解したかったのに。
程無くして、暗かったはずの視界が光に覆われる。視界の全てを瞬時に奪われるほどの、眩い光に。
きっとアズリーさんによる、最後の一撃だろう。……そう覚悟し、安らかに目を閉じる。
それは不思議と、どこか温かくて……優しい光だった――。
――……『強すぎる想いは、身を滅ぼす』――そう、言いましたよね……?
…………?
走馬灯……かなぁ……。
なぜだか……師匠の声が、聞こえた気がした――。