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ティファレシア ~風信子の絆~  作者: 紺野咲良
第三章
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28.剣呑『村』

 つい最近まではこの世界も、夏休みの時期である現実世界と同じく、太陽の照り付けの厳しい、息を吸うだけでも熱く感じられる季節だった。

 今ではすっかり肌寒くなり始め、緑で溢れていた景色も黄や赤に色づき、また違った趣のある景色へと様変わりしている。

 そんな中を今日も今日とて飛び回っていると、何かを発見した。


(んん~……? あれは"村"……だよね? それに――)


 ――いる。人が。


 そろそろ収穫の時期なのだろう、田園に稲穂が豊かに実っている。

 その付近で作業中の、二十代ぐらいの男性の姿を認めた。これは是非とも話を聞きたいところだ。


「すみませーん」


 声を掛けながら、地上へと降り立つ。


「あなたは……?」


 酷く驚いた様子の男性。何にそんなに驚いてるんだろうと思いつつも、ぺこりと頭を下げて挨拶をする。


「こんにちは。私、冒険者の――」



「――()()()……ッ!?」



 『冒険者』――その言葉を口にした途端、先ほどより一層驚かれてしまう。まるでお化けか妖怪でも見たかのような反応だ。

 そのただならぬ剣幕に戸惑っていると、男性が声を潜め、切羽詰まった様子で言い出した。


「……悪い事は言わない。すぐにここから離れて」

「え……っ?」

「いいから早く! この村は、少し……おかしいんだ……!」

「おかしい……、って……」


 訳も分からず、戸惑う。こういった場面で、迷うことなく言われた通り去れる人は……どれほどいるのだろう。

 優柔不断気味な私の判断は、少し遅かった――。



「――……何をしている?」



 友好的には微塵たりとも思えない、くぐもった声がした。

 男性が絶望に満ちた表情で、声のした方へ振り向く。


「……父さん」

「他所者との接触は掟で禁止されていたはずだが? よもや忘れたわけではあるまいな」


 父と呼ばれた人物は男性を一瞥いちべつした後、こちらへ視線を向けた。

 すると元々不穏な様相をていしていた父親が――更に豹変してしまう。



「貴様……()()()か」



 ぞっとした。

 底冷えするような恐ろしく低い声。目が合ってしまったことを後悔した。

 同じ人間から、これほどまでに明確な激しい憎悪の感情……否、『殺意』を向けられている。その事実を受け止めきれるだけの精神力を、私は持ち合わせていなかった。

 息が詰まり、嫌な汗が噴き出て、全身が震える。『逃げろ』と本能が訴えかけてくるが、身体がその命令を一切受け付けてくれない。


 父親が、こちらへ向け無言で手を掲げる。その先に、その感情をかたどったような禍々《まがまが》しい黒い球体が発生する。

 再度目が合うと、そこには濁りのない純粋な怒りの色がみえる。次の瞬間には何の躊躇いもなく、()()を私へと放つだろう。


(まずい……まずい、まずいまずい……!)


 お願い、動いて――! そう必死に身体に命じ続ける。あんなの食らってしまえば、おそらく私は――なのに、なんで動けない――っ!


「――待ってくださいっ!」


 男性が間に割って入る。両手を広げ、私を背に守るよう勇ましく立ってはいるが……その身体は私同様、震えていた。


「……邪魔だ、退け」

「あれから何年経つか知りませんが……彼女の年頃ならば全くの無関係でしょう?」


(『あれから』、って……なに……? 何があったの……?)


 言葉は聞き取れる。頭はかろうじて働く。けれど依然として身体を動かすことはできず、無力感にさいなまれながら成り行きを見守る。


「彼女はきっと何も知らない。それなのに一方的に排除するだなんて……あなたが忌み嫌う『冒険者』の所業と、何がどう違うんですか?」

「……黙れ」

「僕は何も知らない若造です。だからこそ甘い考えを持ってしまうのかもしれない。けど……僕や、彼女の世代……それ以降の者にまで、その負の遺産を伝え続ける必要があるんですか……?」

「…………」

「どこかで断ち切らなければ、この村はいつまで経っても闇に覆われたまま、前に進めないんじゃないんですか……?」


 父親の瞳に迷いが見え始める。おそらく男性の言葉が正しいと理解している上で、それでも成さねばならぬのだと苦悩しているように。

 この人たちにも事情があるのだろう。何かとてつもなく重い――私たち『冒険者』を、問答無用で始末しなければならない程の事情が。


「それに……万が一にも僕が彼女に引けを取るとでも? 僕にだって分かる、彼女如きでは喧嘩にすらならない。そこまで歴然とした力量の差に、あなたが気づけないハズもないでしょう」


 父親には劣るのかもしれないが、この男性も相当な手練てだれなのだろう。相手の強さを推し量る習慣のない私にでも分かってしまうほど、惨憺さんたんたる差がある。

 この人たちは……この村は、本当に一体……。


「少しだけ話をしたら、すぐ追い返しますから。……お願いします」


 男性が頭を下げる。その真摯しんしな熱意に何を思ったのか……父親は険しい顔は保ったままではあるが、黒い球体を収めてきびすを返した。


「……冒険者。貴様が妙な真似をする気なら……その際はそれ相応の覚悟をしておけ」



     ◇     ◇



「…………はぁぁぁ~……」


 去っていく背中が見えなくなると……緊張の糸が切れ、へなへなと崩れ落ちる。


「大丈夫……ですか?」


 父親に歯向かっていった恐怖は、私以上だっただろうに。毅然きぜんと振る舞い、手を差し伸べてくれる。


「あの……ありがとう、ございます。庇って頂いて……」


 素直にその手を受け取って立ち上がり、深々と頭を下げた。


「いいんだ。僕があなたと話をしたかったのだから」

「私と……『冒険者と』、ですか……?」

「ああ。……さっきも言ったけど、この村はおかしい。異常だ」


 その言葉にはトゲがあり、声にも力が籠っている。本当に心から忌々しいと感じているようだ。


「まず第一に、他所者との接触の一切を禁じられている。――特に、冒険者に関しては……発見し次第、()()()()()()()()()()()

「…………」

「冒険者から身を守るため――というより、戦うため……かな。日々鍛錬を積むよう命じられている。……いったいどんな化け物と戦おうとしているんだって、ずっと不思議に思っていたよ」

「…………」

「それほどまでに忌み嫌われる『冒険者』とは何なのか、何をしたのか。昔の事を聞こうとしても、詳しい事は誰も教えてくれないしね」


 呼吸をすることすら忘れて、続けざまに聞かされる衝撃の事実を傾聴していた。

 そんな村に、私は不用心にも踏み入ってしまったのか……。この男性がいなかったら、私はおそらく――。


「…………そう、だったんですか……。本当に危ないところを、助けて頂いたんですね……」


 もう一度頭を下げると、「気にしないで」と首を振ってくれた。


「あなたも、その時の事を全く知らないのでしょう? 僕よりも若いというのもあるけれど……何よりあなたが、そんな恐ろしい存在には全く見えない」

「……はい。何も知らず、何も分からなくて……」


 本当に……過去に『冒険者』は、何をしたんだろう。

 街の人たちと、この村の人たちで……こうまで『冒険者』に対する心証が違うのは、何故なんだろう。

 一方で『英雄』扱い。また一方では『害悪』、あるいは『厄災』扱い。

 この天と地ほどの差は、どうして生まれた……?


「一つ、気になるものを見つけたんだ」


 神妙な面持ちで、男性が切り出した。


「気になるもの……?」

「ああ。あっちの方角へしばらく行くと――『穴』がある」

「……『穴』?」


 きょとんとオウム返しに呟く私に、頷きをみせて話を続ける。


「以前に父さんに聞いたことがあるんだ。あの穴は何ですか、って。そうしたら――」


 不意に苦虫を噛み潰したような顔になった男性が、耳を疑うような台詞を放つ。


「――さっき、()()()()()()()()()()()()()()()。あの時は本気で殺されるって思ったよ。……『実の父親に』、だ」


 絶句した。

 『穴』とやらはあの人にとって、それほどまでに触れてはいけない事柄だということだろうか……? それは、確かに――


「もしかしたら、あれが……あなたたち冒険者に関わりあるものかもしれない」

「かも……しれませんね」


 何が待ち受けているのか、考えてしまうと寒心かんしんに堪えない。

 しかしそれが冒険者の犯した罪だというなら、この目で確かめなければならないだろう。


「……あれを初めて目にした時、僕はこう感じた」


 男性が目を泳がせる。口を開くが声は出ず、俯いてしまう。

 やがて意を決して、声を絞り出した。



「――『絶望』、そのものだと」

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