22.先制『負けられない戦い』
「ゲームのルールはこちらで決めていいか?」
そう言って提案されたのは――『テキサスホールデム』。
各参加者ごとに配られる二枚の手札と、場に配られる全参加者共通の五枚のカードの計七枚の中から、一番強い五枚の組み合わせの役で勝敗を競う『ポーカー』の一種だ。
そして、これは……兄が一番好きなトランプゲームでもあった。……意図的、なのだろうか。
「良ければ他の皆も一緒にどうだ?」
アズリーさんのよく通る声で、暇そうにしてる酒場の人々へ誘い掛ける。
「やめとくよ。何だかお二人さん訳アリみたいだし」
「そうそう。俺らみたいなんが踏み込むのも野暮ってもんだろ」
先ほどのただならぬ剣幕に、空気を読んでくれたらしい。どうぞお二人さんで、ごゆっくり。そんな雰囲気が漂っている。
「気を遣わせてしまったか。まあ、ここはお言葉に甘えるとしよう。
――『ヘッズアップ』の方が勝敗がはっきりしやすいしな」
ポーカーは本来十名ほどでの同時対戦が行えるが、『ヘッズアップ』とは二人だけで行う一対一のゲーム……いわゆる『タイマン』だ。
「そちらが勝てば、お前の聞きたいことを何でも答えてやろう」
こくり、頷く。
この後は私が負けた際の条件を提示されるのだろうが、それが何だとしても関係ない。
兄以外の人に負け越す気なんて毛頭ないし。この人は『ゲームを広めた冒険者』――『シン』の、唯一の手掛かりだ。どんな条件だろうと受けて立ってやるんだから。
「私が勝ったら……そうだな。――『身体で』払って貰うとしようか」
…………。
………………――ふぇっ?
たっぷりと……七秒ほど固まる。きっと世にも間抜けな面を晒してしまっていたことだろう。
「はいぃっ!!?」
聞き間違いではなかろうか。本当に『そういう意味』で言ったのだろうか。
外見に似合わず『そっちの気』がある御仁でしたか……? 先ほどから向けられている微笑みが、心なしか厭らしく見えてしまう。
ど……、どうしよう。俄然負けられない戦いになってしまった……。
「マスター。ディーラーを頼めるか? ……それと、彼女にも飲み物を一杯」
「あいよ。お安い御用だ」
「席は……あちらでいいか」
選んだのは店の角の席。周りへの配慮をしてのことだろうが、他の方々の好奇の目は残らずこちらへ注がれており、遠目に様子を伺っている。これだとド真ん中でやってた方が、皆が盤面を見やすくて良かったかもしれない。
「そういえば、まだ名乗っていなかったな。『アズリー』だ、よろしく」
「……リリィ、です。こちらこそ、よろしく……」
応じる声に生気がない。さっき食らった一言のショックが尾を引いている。
「ほいお待ち。俺特性の果汁と……親父渾身のエール酒だ」
二人揃って会釈してお礼を言う。
アズリーさんは早速上品な仕草でお酒を口へ運ぶと……恍惚とした溜息を零した。
「……流石、先代だ。酒造りに関して右に出る者はいないな」
カウンターへ戻り、軽く片付けをしてるウォルさんが「後で親父に伝えとくよ」と、自分のことのように喜んでた。
私はといえば、その間も俯きがちに浮き足立ってしまっている。なかなか手をつけようとしないことを訝しんでか、アズリーさんが声を掛けてきた。
「どうした? 飲まないのか」
「……いただきます」
ウォルさんがいれたものだから、一服盛られたりはしてないだろうけど……先ほどのこの人の発言のせいで、つい警戒してしまう。
ちびり、ちびり、口に含む。甘く、酸味ある……ブドウのような爽やかなお味。
美味しい物を口にすれば、少しだけ元気も出る。けど……
……――いやいや、こんなテンションじゃダメでしょ、戦えないでしょ。
べちんっ! と両頬を思い切り引っぱたく。赤くなってしまう威力だったろうけど気にしない。
そしておもむろに立ち上がり、飲み物の容器を掲げ、腰に手を当てて――
「んっく、んっく、んっぅ……――っぷっはぁぁあっ!」
喉を滑り落ちていく……冷たく、すーっとした感覚。
我ながらすっごく親父くさい。でも、お陰でそこそこ気合が入った
――さぁっ、やってやんよッ!
内心でそう意気込み、赤髪の麗しき変態さんをキッと睨む。
そんな私の突然の奇行に、笑いを堪えてる様子のアズリーさん。
「よっし。始めるか、お二人さん」
「お手柔らかにな」
「おねがいします」
挨拶をして……ゲーム、スタート。
◇
まず配られた手札は……『J』が二枚。素晴らしい幸先の良さ。
当然の如くチップをレイズする。
最初の三枚の場札で『J』がもう一枚被り、ここで既に《スリーカード》。でも、私ならここから――
場に次なるカードが追加される。……四枚目……五枚目。
――『手札開示』。
「《ワンペア》だ」
「《フルハウス》です」
初戦は難なく勝利を飾った。本日も引き運は絶好調です。
『LUK全振り』の力、見せてあげるんだから――!
「――――ほう……?」