中編
「お、おうおう!! てめえら、なにじゃれ合ってんだ!!
こっちの用は終わってねえんだぞ!!」
くっころさんと小奇麗なおっちゃんのやり取りに若干毒気を抜かれた野盗たち……その毒気を再び奮い立たせようとするかのように、一番下っ端と思しきシーフが言葉を荒げて叫んでいた。
それに、小奇麗なおっちゃんがくるりと振り返る。
それはまるで……そう言う動きをする人形、というような動きだった。
「【用】……ですか。
それは即ち、【生殖行為】ということですか?」
しん。
小奇麗な男の丁寧な、そして品があるようで全くない問いかけに、その場の空気が一瞬凍った。
それは雪の夜のような、深い静寂であった。
「お……おおう。
ハッキリいうな、お前……じゃねえ!!
てめえ、俺たちを舐めてんのか!?」
若いシーフは、小奇麗なおっちゃんに馬鹿にされたと思った瞬間……その胸倉をつかんでいた。
「はて……?
舐めるとはどういう事でしょうか?」
「あ゛あ゛ん!?」
「……いいですか?
いかにこの世に貴賤の差、貧富の差、年齢の差はあろうとも……人は平等なのです。
なぜなら……目の前の危機、例えば迫りくる天変地異、襲い来る巨大な魔物などの人知を超えた【なにか】を前にして、人は成す術はありません。
つまり、人と言うのは、すべからく平等なのです」
「……」
「そして【舐める】とは……下のものが上のものを軽視するという意味です。
……お判りですか?
人間というものは全て平等、つまり【舐める】という言葉は、それ自体が成り立たないのですよ」
小奇麗なおっちゃんのその言葉に、小柄なシーフは……無意識に振り返って仲間に視線を向けた。
理解が及ばなかったのだろう……そしてそれは、彼の仲間たちも同様であるらしかった。
つまり、全員がアホだった。
「【舐めた】こと言ってんじゃねえええ!」
そう言って、シーフの小男は小奇麗なおっちゃんの胸倉をつかんだまま、大きく揺さぶった。 小男の方が身体が小さいため、小男の身体の方も大きく揺れることにはなったが。
その小男の【考えなし】の言葉に、小奇麗なおっちゃんはため息をつく。
「……何ですか。 お金ですか」
その言葉に、一瞬、小男の目が点になった。
その言葉を出すまでに、普段なら脅したり殴ったりの通常業務が必要なわけだが……今回はそれが一気にショートカットされていた。
「お……おおう。 ず、随分物分かりがいいじゃねえか……」
「まあ……こう見えて私、結構な歳ですから。
人生の折り返しも近い事ですし。
些事に時間をかけるのももったいないんですよ……だいたい大人は、お金で物事を解決するものなのです。
で……いくら必要なのですか?」
その言いように、シーフは鼻白んだ……が、小奇麗なおっちゃんの所作を見て、胸倉から手を放し、数歩後ろに下がった。
棒立ちのまま、片手の掌を正面に向けるという姿……それは【この世界】において、【アイテムボックス】の中身を展開するときの所作だったからだ。
小奇麗なおっちゃんは、それを実行しようとしている様子だった。
それを見たシーフは……急に好転した話の流れに野卑た笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「(おぅ……こいつ、アイテムボックス持ちだったのか。
道理で軽装で歩いてる訳だぜ。)
ん? いくら必要かだって?
へへ……そりゃおめえ、有り金ぜんぶだよ」
「……過ぎた欲は身を滅ぼしますよ?
扱いきれない分は返してくださいね」
あさましい表情を見せるシーフに、小奇麗なおっちゃんはため息を見せる。
素直に金品を差しだそうとする小奇麗なおっちゃんに、シーフはさらに調子に乗ったようだった。
「へへ、ばっか……扱いきれない金なんて、あるわけねえだろうが。
いくらだって散財してやらあ」
「やれやれ………では、出しますよ。
【示談金】……金のインゴット、一立米」
そう言いながら小奇麗なおっちゃんは……自身の【アイテムボックス】の中から、一メートル×一メートル×一メートルの黄金の立方体を取り出していた。
そして出現したのは……シーフの頭上数センチのところであった。
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・(ネタバレ:グロ注意)
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「……ふぁ?」
シーフは最初、男が何を言ったのか、理解できなかった。
金のインゴット、一立米。
一立米とは一立方メートルの事……当然、一辺が一メートルの立方体という事になる。
水一立米が、一トン。
金の比重は水の約二〇倍であるため……金のインゴット一立米は約二〇トンという事になる。
つまり。
あさましいシーフの頭上に……急に約二〇トンの物体が出現したことになる。
【アイテムボックス】などというものがある【この世界】においても……物理法則は正常に動作した。
「ふぐわ」
シーフの遺言は、ふぐわ、であった……【阿部氏】よりましかもしれない。
黄金……一立方センチ当たり約二〇グラムの超重量物は、骨格による抵抗をものともせず、ほぼ完全に垂直落下していた。
まさしく、加圧能力約二〇トンのプレス機による瞬間プレス加工である。
なお……シーフの肉体がどうなったかは、あえてここでは記さない。
身に余る黄金に包まれて、幸せな夢の世界に旅立ったとだけ記しておこう。
「「「「「………っっっ!!??」」」」」
野盗たちに動揺が走った。
ド処女さんは、少しちびった。
買い物の代金を支払う感覚で、人が一人、瞬間プレス加工されたのだ。
「おやおや……もう十分ですか。
では、余った分は回収させていただきますね。
必要であれば、この一〇〇倍でもご用意できたのですが」
同じく、買い物のお釣りを受け取る感覚で、小奇麗なおっちゃんは【アイテムボックス】を操作して約二〇トンの黄金をそのまま回収した。
ホワイトゴールドやピンクゴールドなどの装飾用の合金ではなく、ほぼ完全な純金の輝きを持った立方体は、ボックス外に血一滴残さずきれいに【アイテムボックス】に収容されていた。
あとに残ったのは……その場にいた全員の動揺だけだった。
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