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前編

「くっ……殺せ」


 冒頭からアレだが、いわゆる【そう言う現場】である。


 救難の叫びも人里まで届かなさそうな、山の峠道。


 くっころさんの目の前には、五人の野盗。


 【この世界】風に言うなら、ファイター、シーフ、レンジャー、魔法使い、シーフファイターという構成。


 全員が全員、冒険者から野盗に身を落としたというチンピラ集団。


 残念ながらオーク様ではないようだが……傷害、殺人、窃盗、強盗、恐喝などの行為を良心の呵責なく実行できるメンバーである。


 その五人が、野卑た笑みを浮かべながらくっころさんを眺めていた。


 応じてくっころさんは自己紹介する。


「くっ……殺せと言っている!!」


 大事なアイデンティティーなのでもう一回言うくっころさん。


 そのくっころさん、【この世界】風に言うならまさしく【女騎士】という出で立ちだった。


 その重装備の肘辺りから、血が垂れていた。


 肩口か二の腕辺りの鎧の継ぎ目に、鎧通しか矢による刺突を貰ったらしかった。


 当然のように、その凶刃には【睡眠】系か【麻痺】系の毒が塗られていた。


 失血と毒に意識を削り取られていく中、それでもくっころさんは、野盗たちを威圧しようとしていた。


 その視線の下、野盗たちの足元と後背の地面にはかつての同僚たちの屍が転がっていた。


 それはまるで、自分の数刻後の姿を予告するかのように。


 いや……それよりもっとひどいことが起きるであろう。


 なぜなら彼女は……くっころさんなのだから。


 絶望……それがまた、くっころさんの表情をくっころさん足らしめていた。


 と……その時だった。


 野卑た笑みを浮かべる五人の野盗たちの間から、一人の男が進み出ていた。


「……………」


 あまりにも自然に、無言のまま進み出たその男は……【この世界】では珍しく、わりと小奇麗な着衣を着ていた。


 それどころか髪型も整えられており……微かに香水の香りも周囲に漂っている。


 身なりには相当気を使っているらしい。


 やんごとなき家柄か高貴な育ちと言われても納得できるほどの出で立ちだった。


 だが……【若者】というには若干とうが立っている。


 子供が見れば、【お兄ちゃん】より【おっちゃん】という呼称を選択する世代であった。


「(どこかのお忍び貴族か中堅商人と言ったところか……このような男が、何ゆえ野盗などと徒党を……?)」


 無意識の問いは自然とくっころさんの口を衝いた。


「な……何者だ、貴様!?」


 それは、至極当然の問いだった。


 だがそれは……奇しくも野盗たちの問いかけに被っていた。


「「「「「な……何モンだ、てめえ!?」」」」」

「え?」


「え?」


「「「「「え?」」」」」


 瞬間、その場にいた七人が、固まっていた。


 小奇麗なおっちゃんをラスボス的な六人目の野盗と思って誰何したくっころさん、小奇麗なおっちゃんをヒーロー的なくっころさんの援軍と思って誰何した野盗たち、そして……急に六人同時に声を掛けられて驚いた小奇麗な男(本人はまだ若いと思っている)の、計七名である。


 気を飲んでいた七人……最初に動いたのは、小奇麗なもうおっちゃんでいいですだった。


「ああ、なんだ……取り込み中でしたか。


 なんだか人が群れているなーとは思っていましたが」


 そういいながら【くっころ現場】に視線を巡らせるおっちゃん。


 やがて何かに納得したかのように言葉を継ぐ。


「私はただの通行人ですので。 すみません、お邪魔しまして。


 あ、気になさらず続けてください。


 お楽しみのところ、申し訳ありません」


 その言葉を、よりにもよってくっころさんに向かってそう言い切ると、小奇麗なおっちゃんはそのまま真っすぐ進み始めていた。


 完全に、【くっころ現場】から立ち去ろうとしている様子だった。


「こ、これのどこがお楽しみか!?


 まさかそれ、私に向かって言っている訳ではないよな?


 ちょ!?


 ここは活劇的感動的劇的救出場面ではないのか!?」


 その場を去ろうとする小奇麗なおっちゃんの横顔に、くっころさんは思わず制止の言葉をかけていた。


 その言葉に、じろりと視線を向けるおっちゃん。


 その無表情とも言うべき顔で……小奇麗なおっちゃんは静かに問いかける。


「……おや?


 そういう【プレイ】ではないのですか?」


「そんなわけがあるかああああ!!」


 即座に、即座にくっころさんは突っ込んでいた。


 小奇麗なおっちゃんは、小さく首を傾ける。


「では、新しい美人局つつもたせの手口であるとか。


 あなたを助けてねんごろになったところで……怖いお兄さんたちが大挙してやってくるとか」


「ええい、プレイであったり懇ろになったりなぞしないっ!!


 私は見ての通り、乙女なのだっ!!!」


 若干頬を染めながら、抗議の絶叫をあげるくっころさんだった。


 小奇麗なおっちゃんは、今度は反対側に首を傾ける。


「ほほう、【乙女】ですか。


 まあそれが私の考察を覆す根拠になるとは思いませんが」


「ええっ!?


 【乙女】だぞ、【乙女】だと言ってるんだぞ!?


 【乙女】と言ったら普通、清らかな心と身体ってことだぞ!?


 そんな私がそんな大それたことをしでかすわけがないだろ!!????」


 信じられない、という表情で、くっころさんは絶叫する。


 応じる小奇麗なおっちゃんは、淡々とした口調のままだった。


「【乙女】……ですか。


 それは未通、即ち【処女】という事ですか?」


「その通りだっ!! ……ん?」


「なるほど……世間一般的に【清らか】と言われる【処女】、という風に、あなたは仰るんですね?


 だから、美人局でもプレイでもない、と」


「そのとお……っ!! ……まて、貴様。


 貴様、私に何を言わせるのだ!?」


「……まあいいでしょう。


 仮に、あなたが処女であることは認めましょう。


 【ド】が付くほどの処女、略して【ドS】。


 ゆえに、美人局でもプレイでもないと」


「き、貴様ああああ!!


 嫁入り前の娘に向かってドSとか言うなああああ!!」


「わかりました。


 じゃあSはやめます、【ド処女】」


「くっ!! 悔しい、激しく憤りを感じる!!」ビクンビクン。


 身体に毒素が回っていなければ、即座にぶん殴りに走ったと思しき表情で、くっころさんはこめかみに浮かんだ血管をビクンビクンさせていた。


 その目の前に、小奇麗なおっちゃんは不意に歩み寄っていた。


 その距離はよほど近しいものでないとあり得ないぐらいの距離……急に眼前に現れた小奇麗な男の顔。


 くっころさんは思わず赤面した。


 それは昔から言われるところの、いわゆる【トゥンク】という奴だった。


 それは、【吊り橋効果】という事もあったのかもしれない。


 そして目の前の男は……なんだかいい香りがしていた。


「………っ!?」


 赤面しながら躊躇するくっころさん……構わず、小奇麗な男は続けた。


「では……証拠を見せていただけますか?


 あなたが【処女】である物理的証拠を」


「ふざけるなああああああ!!!!」


 森の中に、赤面した【ド処女】の絶叫が響いて行った。

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