地上へ④
単純明快に話してしまうと、
聖騎士と騎士の実力差は二倍以上と言われおり、
騎士が聖騎士に勝る事はないとされている。
聖剣に選ばれた時点で、己の魔力が聖剣によって昇華された『聖光』という加護に包まれ、振るう力と護る力の両方が倍近く強化される。
また、聖剣との繋がりが強くなればなる程に力は増していくため、いかに騎士が努力し剣や魔法を極めようと、その差が埋まる事はあり得ない。
……そう、何度も何度も聞かされてきたけれど、僕がそんな風に感じた事はたったの一度だってない。
僕は、生まれつき魔力が桁外れに高く強かった。
なんでも、才能ある騎士の三倍以上の魔力を宿しているらしく、こんな人間は有史上ほかに例はないらしい。
また、剣、斧、槍、弓、体術、魔法、計略、鍛冶、多くの才が人並み以上にあり、何故か炎熱と加速化の魔法との相性が非常に良かった。
強大な魔力と多能多才。
よくもまあ、これだけ詰め込んだなぁ……って感じけど、僕……ソルハートはそれだけの祝福も産まれながらに得ていた。
……だから、後は自分次第だった。
どの道を選び、
どの道を歩み、
どの道を行くのか……。
そして、僕は選んだ。
『騎士道』
それが僕の道……。
その道を歩み出すために努力し、
その道を歩んで行くために努力し、
その道を歩み抜くために努力してきた……。
その結果/成れの果てに、もう一つの有史上初である、
『騎士が聖騎士を討つ』
という、覆せないものを覆す者になった……なってしまった。
帝国騎士としての僕の末路は、
聖騎士になれず、
仕える国はなくなり、
夢に見る"あの場所"にすら、誰も何も現れない……。
けど、歩み出したから……この道を。
だったら、最後の最期まで歩いていかなきゃいけない。
僕に騎士の素晴らしさを示したあの人のような、
僕に挑んだあの聖騎士と聖剣が誇れるような、
そんな騎士で在り続ける道を…………だから!!
『騎士とは、弱きを助け強きを挫く者也』
この世界において圧倒的に弱い生命達を護るために戦おう。
「悪いが……ここから先には行かせない」
帝国の騎士ではないから……と、背は向けられない。
例え義務責務がなくても、ここで僕はお前と戦わなくてはいけないんだ!
その覚悟と共に僕の指が引き絞った弦を弾いた。
ヒュンッという音が大気を裂くと同時に、炎の燐粉を撒き散らしながら赤い軌跡を描く魔法の矢が獲物に襲い掛かり……、
…………オオオオォォォォ!!!!!
一瞬の間の後、暗闇の向こうから響いてくる獣の咆哮で、僕は矢の的中を感じた。
……だが、闇獣の足音に衰えはなく、むしろ力強く地面を蹴る音が狭い洞穴に響いてくる。
「矢が中っても向かって来る……か。なら、ありがたい」
どうやらこの闇獣は、多少の怪我を負いながらも進んでくる好戦的な性格らしい。まあ、こちらとしては下手に引き返されたりすると、騎士達に遭遇するまでに追い掛け、倒さないといけなくなるのでかなり好都合だ。
……なんて思っていると突然、近付いていた闇獣の足音が止まった。闇獣との距離は20m程……、目前の闇にうっすらと獣のシルエットを感じ取る。
その闇獣は、幅20mもないこの洞穴の道を塞ぐような、6m以上の大きな獅子のような身体をしていた。
顔には目がなく、大きな牙が生え揃った口と大きな鼻、大きな両耳が見える。全身は針のような堅く黒い毛で覆われており、その風体はまさに闇獣という名に相応しい。
後は、太く逞しい四肢に、あれは…………。
「……ああ、だから前脚で矢を払ったのか。器用だけど……その行為は致命的だったな」
なるほど……うん、観察は終わりだ。
僕は静かに左足の封印を解き、『斧』を呼び出した。
ただ大きく、ただ重く……。
鍛造で目指したものは、ただそれだけ。
全長2mを超える肉厚の凶器は、振れさえ出来れば砕き断ずる。
用途も仕様も……何もかもが無骨で最高の我が『黒斧』。
現れた瞬間に両手で掴み右肩に担ぐように構えると、身体全体の筋肉がその重みに軋みを上げる。この斧は、僕自身もギリギリ振れる限界の調整をしているから、扱いも使い処も難しいんだけど……。
ただ今回は、
「もう視みえてるから、すぐに終わらせる」
これの方がすぐに終わらせられる。
斧を構え、僕が覚悟を決めた瞬間、
ゴアアアアァァァッッッッ!!!!!!
様子を見ていた闇獣が雄叫びと共に突進してくる。
流石は獣と言うべきか、踏み込みの速さと圧力が人の比ではない。あっと言う間に間合いを半分以上詰められてしまい、もう一度踏み込まれればその牙が…………、
「我が魔力よ……奮え、猛りて駆け巡れ」
来るはずないので、僕は斧を担いだまま闇獣に突進する。
すると、読み通り闇獣は急に前脚で制動を掛け、そのまま跳躍の勢いと制動の力を利用し、前脚を基点に駒のように身体を回すと、先程と同じ雄叫びと共にその尻から長く伸びた幾重にもなる刃の尾を一閃し、洞穴の壁ごと大きく薙ぎ払った。その刃には一つ一つに強力な魔力が籠っており、壁の岩をバターのようにあっさり両断していく。
突進からの圧力と制動のフェイント……からの強力な尾の広範囲攻撃……か。緩急虚実の混在する中々の連動攻撃だと思う。恐らくは、この闇獣の最大の攻撃であり、地上防衛の騎士達も対応しきれず破れてしまったのだろう。
……だが、
「その動きだと、尾に力が加わるまでに時間が掛かり過ぎる」
それはもう分かっている。
闇獣の尾が速さと力を得る前に、僕はすでに地を蹴り空中にいた。
本来、獣は走行と攻撃に四肢を使い、特に前脚は両方に大切な部位だろう。基本的に傷付き失えば、その時点でこの世界では生きられなくなってしまう。
……しかし、この闇獣はそれを防御に使った。
だから僕は、前脚がそれほど重要でないか、それとも攻撃ではなく護りに特化した進化を遂げているか……と考え、観察で"視た"闇獣の四肢の動き方とやたら"長い尻尾"から後者であると考えた。
なら、後は簡単。
その攻撃を見極め、
「終わりだっ……」
外した瞬間の隙を狙えばいい。
落下する僕の眼下には、硬直し無防備に佇む闇獣の姿がある。僕は、そのまま重力に身を任せ落下の力を乗せて斧を振り下ろした。
まるで断頭台の刃のように闇獣を両断……とはいかなかった。
ガギギという音と共に斧から伝わってきたその固さ、
「……さすが!!」
その感触に思わず感嘆の言葉が出てしまった。
僕の動きを察知した闇獣が、まるで刃の鎧のように魔力を身体中の毛に籠めて逆立て、斧を受け止めたのだ。
……最大攻撃の隙をしっかりと埋める手段を持っていたのはさすがだけど、
「我が斧に紅き灼熱の輝きを……」
悪いけど"あの将軍"の護りを抜いたこの一撃は、お前には止められない!
「これで……本当に最期だ!」
紅炎プロミネンスの魔法によって灼熱に燃える大斧は音も無く毛の刃を灼き溶かし、ズズズ……とゆっくり身体へ沈んでいく。
自分の鎧を突破してくるものを感じたのか、闇獣から焦りのような魔力のぶれが生まれた。
その瞬間、斧は意図も簡単に闇獣の身体を灼き断じ、落下の勢いをそのまま地面すらも両断したと同時に業火が爆ぜ辺りに炎が舞い散った。
その炎は辺り一面を火の海に変え、断末魔の叫びすら上げる事なく両断された闇獣の死体を飲み込んで燃え盛りながら焼き尽くしていく。
「終わった……かな?」
己の魔力で放った魔法によって自身が傷付く心配はない。そのため数分、炎の中で警戒していたけど、死体の燃え加減から見てもう動いてはこないようだ。
闇獣の死体は謎が多いので、倒すと決めたらとことんまで破壊しておかないと、何が起こってもおかしくないのだが……まあ、どうやら今回はこれで終わりのようだ。
闇獣の魔力も感じなくなった事でようやく死亡を確認し、僕は斧を戻して戦闘態勢を解いた。
「うん、後は……」
気になるといえば、まだ炎が燃えている事だけど、んーまあ、後片付けは騎士達に任せよう。
「ふぅー……やれやれ。まあ、なんにせよ、ようやくこれで……」
地上へ上がれるっ!……って、本当にようやくだな。
さあ、正門の騎士達が駆け付けて来る前に、さっさと移動してしまおう。