地上へ③
『闇獣』
名前の字面からして、魔王の手先~……とか、人類根絶のために生み出された~……とかを想像しそうだけど、実はそんなことはない。
"闇のように息づく獣がいた"
みたいな、初めての目撃者が残した言葉が名前の由来らしい。
それ以来、太陽の恩恵を失った地上で生き残り進化してきた動植物は総じてそう呼ばれるようになったそうだ。
なので、初めはただの発見であり、闇獣は脅威でもなんでもなかった。
……しかし、ある時から事態は一変する。
それは、この闇獣が主に三種に区別される事が分かった頃からだ。
三種の内二つは、今までの動植物と同じであり、草食か肉食かの食べ物の違いで区別される。
この二種の闇獣は習性や生存環境の違いはあれど、従来の動植物とほぼ同じ位の能力であり、危険性も同程度だと言える。草食種は臆病で穏やかであり身体能力も高いため、地上での輸送等に重宝されている良き友である。逆に、肉食種は人を襲い、家畜や草食種の闇獣も獲物にするので注意が必要だが、地下の国の平和を脅かす……等という力は到底ない。
そのため両種共に世界の脅威というわけではない。
……では、最後の一種はどうか?
『幻想種』
それは、この光無き世界が生み出した真なる闇の生命体。
朽ち果て、腐る事なき闇獣の骸にが、幾百、幾千年に渡り魔力を喰らい続けると、いつしか命を宿し新たな存在となる。
そして、再び生を始め、魔力を求めてあらゆる存在を襲い、喰らい尽くす。魔力によって生まれた彼等は、存在し続けるにも魔力が必要だからだ。そのため魔力摂取欲は凄まじく、個体差にもよるが被害は数十人規模から、時には国一つ滅ぶ程にもなるという。
さすがに、国一つの命と魔力を喰らう程の幻想種ともなれば、捕食による魔力摂取を行わなくても生きていけるようになるようで、更に上の"天災種"として一部の国や宗教では神の如く崇拝されているらしい。
……だが、それはあくまでも被害の上に成り立つ例外に過ぎない。
喰われた生命は還ってこないし、幻想種が生み出すものは何もない。
故に、幻想種はあらゆる生命達の天敵であり、我ら騎士にとっては全てに……例え命に代えてでも滅ぼさなければならない存在である。
そして今、この道を駆けてくる闇獣もまた幻想種だろう。
しかも、日々聖騎士を目指して厳しい訓練に励んでいる強者達が護る防衛戦を突破して来たという事は、並の幻想種ではないと推測出来る。
「…………速い、もうすぐ……かな?」
この暗闇に近い環境下で、僕はすでに視覚を捨て、あらゆる感覚を使って状況を掌握し判断している。
道の先から僅かにする闇獣の足音……。
巨体に揺られ伝わってくる微弱な震動……。
危険な第六感的な予感に反応する魔力……。
太陽の光がない世界で生き抜ける様に鍛えてきた経験こそが、
太陽の光がない世界で生き抜いてきた存在に抗う唯一の術……。
「…………来た」
暗闇の道……その先に、闇獣が駆けて来るのを感じる。
向こうはまだ……こちらに気付いていない。
ならば、こちらから仕掛ける!
そう決めた僕は、背中の封印から弓を呼び出した。
それは樹木ではなく、極薄の魔導錬成鋼を幾重にも重ね合わせて造り上げた2mを超える自作の黒弓。
そして、大弓をしならせるのは、その力に合わせて結い上げた魔導錬成鋼の黒弦。
弓は魔法を矢の形に凝縮し、
弦はつがえた矢を魔力によって正確に打ち出す。
大きさ、強さ、堅さ、柔らかさ……。
灼熱を得意とする僕に合わせて造り上げた黒鋼の剛弓。
「灼熱よ、止まり集いて矢となり…………」
紅炎の魔法を集束させた矢/魔法をつがえ、ゆっくりと弦を引き絞り…………、
「…………………」
キリリッッッ…………と音が張り詰めるまで力/魔力を溜めながら狙いを定め……、
「……………射ぬけ、爆ぜ燃え上がれ」
僕は短く矢に命じると、絞っていた指の力を抜いて黒弓の"しなり"に任せ放った。