旅立ちの日③
"それ"を目にして思い出されるのは、
何もない世界、姫君の悲鳴と混乱、失望と落胆の眼差し……。
そして、
「もう一度っ! もう一度だけ儀式をっ!!」
彼女が泣き叫びながらそう繰り返す光景だった。
「旅立ちの前に、もう一度……私に『選定の儀』をさせて頂けませんか?」
まさか、こんな所に持ってこようとは誰も思うまい。
『選定の剣』
各国に存在し、選定の巫女に代々受け継がれる宝剣。
「えー……いや、ちょっと引いちゃうくらいあり得ないんですけどー。ダメですヨネー、外に持ってきちゃー?」
僕の言動がちょっとおかしくなってるけど、実際に大問題なんですよこれ。だって、この剣を使ったら『聖剣』を呼び出せるかもしれないんだから。
『聖剣』
それは『神剣』『魔剣』に並ぶ強力無比の武器にして、人類が振える中で最高最強の力を秘めている剣の事である。
故に、
扱える者は例外なく『聖騎士』と称えられ、
その選ばれし大いなる力を以て、
この過酷な世界における生命達の明日を護り斬り開く存在となる。
……と、そんな存在を量産できてしまうかもしれないのがこの『選定の剣』で、本来は在るべき場所でしっかり管理(厳重に封印)されている国の宝のはず……なんだけドナー……。
そんな僕の不安を察したのか、セシル将軍が苦笑しながら、
「安心していい。今日は午後に『選定の儀』があるのだから、今こんな所に剣があるとは誰も思っていないはずだ…………タブン……」
……なんて言ってはいるが、将軍の目は笑っていない。後、彼女もちょっとおかしくなってるっぽい。
「将軍……」
「大丈夫さ、大丈夫!! それに、私が付いてきてるんだぞ!? 万が一もないさ…………百が一があったらワカランケド……」
千が一まではいけるのか……いや、いけない!
そもそも、そういう問題じゃない。
は、早く返答して早急にお帰り頂かなければ、しょ、将軍の精神がガガガ……。
「え、えー……ゴホン、殿下の御厚意はとても嬉しいです」
「あっ、それじゃ……!」
一瞬だけ生まれた殿下の期待を遮るよう、僕は言葉を続ける。
「……未だ、夢を見るんです。何もない世界……誰もいない世界で、まだ望みを抱いている自分の夢を……」
幼き頃から、一体何度見てきたか……。
初めは期待に満ちていた。
幾度かの後には願いになった。
願いは叶わず諦めが過った。
……そして、諦め切れずに殿下にすがった。
その結果/弱さが、帝国を去らなければならなくなるとも知らずに……。
だから、僕は告げなければならない。
「この夢と孤独は僕だけのものなのに……殿下にすがり、そのせいでいらぬ災いを招いてしまいました……」
この……自身を灼いても灼ききれない怒りを以て、
「もう取り返しはつかない。なら、僕は二度とこの国の……殿下の御力を借りるわけにはいきません。それが僕に課せられた……失われた者に対しての唯一の罰なのです」
絶対に『選定の儀』は受けられないと殿下に告げた。
しかし、
「そんな……!? あれは兄様のせいなんかじゃありません! あれは私達の、皇族の責任です!!」
「殿下の仰る通りだ。それに……君と"彼"が行った事は誰に蔑まれる事でも、なに恥じる事でもはない」
僕の言葉を二人も容易に受け入れはしない。
……そう、確かにそうなんだ。
二人の言う事も正しい…….。
正しいのだけれどっ!
「行いを恥じてはいませんし、間違っていたとは欠片も思ってません……だけど、そこに至るまでの道を悔いています」
……そう、本音を言えば、
一度目の『選定の儀』を受けるなんていう夢を見ず、
とっとと帝国を去っていればと、
ずっと悔いていたんだ。
「兄様……」
「ソル君……」
本音を吐露した僕を見る二人が、何を思っているかは分からない。
ただ返事を待っている僕に、
「はぁ…………分かりました。あーあ……結局、私じゃ兄様を『聖剣』に導く事が出来ませんでしたね」
諦めたように、殿下は一つ溜め息を吐いた。
やれやれ、どうやら僕の想いは通じて……
「なに、まだまだチャンスはありますよ殿下。それまで精進、精進ですよ!」
……んん、通じてるカナー?
「……そ、そうよね! うん……ソルハートを『聖剣』に導くのは私だもの! 精進よ、精進!!」
……あ、これ通じてナイナー?
……まあ、今日の選定の儀は回避できたからいいや。
「……やれやれ、用件が済んだならもう行っていいですか? 僕、夕方までには地上に出たいんですけど……」
とりあえず、一刻も早く出立して遅れを取り戻したいのだが……、
「ああ……いや、すまんがもう少し付き合ってくれ」
もう少しだけとセシル将軍が引き止める。
「? まだ何か……」
用件が?……という問い掛けを遮るようセシル将軍は、ヒュンッと自分の『聖剣』を抜刀しこちらに突き付けながらこう言い放った。
「餞別に一つ……手合わせを願いたい」