《魔王は忘れる》
朝、俺がいつも通り洗面所で顔を洗っていると、正邪がニコニコしながらやってきた。
「兄貴! 今日は何の日か知ってるか!」
「知らん」
そう答えると、どういうわけか頬を膨らませて俺を睨んできた。
いや、マジで今日が何の日か知らないんだけど。一応聞いてみたが、もういい! と言い拗ねた様子で洗面所から出て行った。
何なん?
首を傾げつつ、俺は濡れた顔を拭こうとタオルを手に取ると同時にリティアがやってきた。
「お父さん。今日は何の日?」
「知らない」
先程と同じ回答をすると、リティアは大きくため息を吐き、洗面所から出て行った。
いや、マジで君ら何なん?
また俺は首を傾げ、タオルで顔を拭いているとまた誰かが来た。顔からタオルを離し、洗面所の入り口に視線を移すと今度はイラが立っていた。
なんか最初から不機嫌なご様子で。
「父さん!! 本当に今日が何の日かわからないのか!?」
「うん」
即答すると、イラは完全に怒ったらしく心臓のあたりに赤い感情の炎が灯った。
憤怒の炎を燃やしたイラが襲いかかろうとしたが、寸前のところで破月さんに首の後ろを手刀で小突かれて気絶した。
「朝から何やってんだこいつは...」
「悪いね破月さん」
「別にいいが...お前も悪いからな」
そう言い残し、彼女はイラを担いで廊下を歩いて行った。
え? 俺も悪いん?
待て待て、この調子だと次はさとり様辺りが来るんじゃないか? マジで何なの。今日が何の日か逆に気になって来たんだけど。
《それは自分で思い出しましょう》
心で来たか〜予想外だったな〜。
てか、思い出しましょうってことは俺に携わること?
《はい。もはやメインと言っても過言ではありません。というか事実そうです》
え〜俺わからんよ。
パルスィに聞けばわかるかな?
《聞いたら消されますよ》
そこまで重大な日なの今日!?
結婚記念日じゃないし、パルスィの誕生日でもないし、況してやイラやリティアの誕生日でもない。
まさか、結婚してから7カ月目とかか!?
《逆によく日数覚えてますね》
愛してますから。
《はぁぁ...というか。あれだけあげてまだ気づかないのですか?》
いや...まあうん。
《全くあなたという方は...もういいです。パルスィに聞いてぶっ飛ばされて来なさい》
何それ嫌だ!!
あれ? さとり様? さとり様ぁぁぁ!!
だめだ。無視してやがる。
酷いぜ全く。しかし、パルスィにぶっ飛ばされるほど大事な日を俺が忘れるとは。自分が憎いぜ!
と、まあ遊んでいても何も始まらない。
さっさとパルスィにぶっ飛ばされて来よう。
とりあえず、もう一回顔洗っておこう。
△▼△
そんなわけで、パルスィがいるはずの自室にやってきました。
うん。なんかよく分からないけど、嫌な予感というか何というか。開けた瞬間、何かが飛び出しそう。
ええい! 男は度胸! 入ってやらぁ!
俺は戸を思いっきり開けると軽快な音と共に頭の上に紙のようなものが乗った。
え? 何これ?
『お誕生日おめでとう!』
「......はい?」
みんなが一斉に祝いの言葉を送ってくれる中、俺だけが状況を把握できていなかった。
そんな俺に呆れつつさとり様が近寄ってきた。
「やれやれ...本当に自分の誕生日を忘れてるとは...」
「は? え? あ...」
そうか。今日は俺が生まれた日か。
完全に忘れていた。色々と考え込んでいたせいか時が経つのが早いな。
「まあ、そのおかげでサプライズ成功したんだけど」
正邪が嫌味たっぷりにそう言った。
いや、まあ、なんだ。正直すまんかったと思っている。
反省していると、俺の横っ腹をパルスィが軽く突いてきた。その手には小さな箱が握られていた。
「はい。プレゼント」
「あ、ありがとうパルスィ」
受け取った箱を開けると、入っていたのは小さなエメラルドが付いたピアスだった。
早速つけようとするが、上手く出来ずパルスィにやってもらおうとしたがなんか痛そうだから嫌だと拒否された。
仕方ないのでナズに頼もうとしたのだが、彼女もそれを拒否。誰に頼めばいいの?
「オレがやってやろうか?」
「いや耳が消えそう」
「失礼なやつだな」
あなたみたいな馬鹿力さんがピアスなんていう繊細なものをつけれるわけないでしょ!!
結果、自分でつけました。痛かったです。
「似合ってますよ」
「そうかな?」
「ああ、似合ってる似合ってる」
少々、恥ずかしくなり頬を指でかいた。
「俺たちからもあげたかったんだけど...」
「なんだ? 用意できなかったか?」
「え〜っと...その〜」
「あんたの妻が私以外の人はアルマにプレゼントは上げれないの。例え家族でもねって言うからさ」
破月さんの言葉にパルスィは目をそらした。全くこいつは...嫉妬深いというか子供というか。
彼女の方に近寄ると顔を向けようとせず、そっぽを向いていた。
「......私悪くない」
「別に怒ってるわけじゃないぞパルスィ」
「え...?」
「パルスィの行動は、深く俺のことを愛してると実感できるのさ」
「アルマ...」
どこか嬉しそうな顔をしているパルスィを強く抱きしめる。周りの目など一切気にせずに。
気づけば誰もいないパルスィと俺の自室は異様なほど静かに感じられたが、今はそんなことはどうでもいい。
今、この時間を堕落するそうにパルスィとともに過ごそう。
最後になるかもしれないこの時間を....




