09 火星の緑化
真世歴49年に人が始めてケンタウルス座α星Aに到達した。
ケンタウルス座α星Aについては住める惑星は無さそうだけど宇宙コロニーは設置可能なので適当な位置に設置している。
本当はここを拠点に更に遠くまで生存圏を広める予定だったのだが火星開拓を優先する事になり外宇宙の探査については人手は半減して計画は縮小された。
ところが植物がバリアやシェルターを使う様になりそれを利用する事で探査の人手が半減しても当初の計画通り進める事が可能になった。
太陽系内だけの話だが初期の宇宙探査は私が宇宙艇も使用せずに自身の魔法だけで探査していた。
植物の補助が有ればそれと同じ事が今迄より容易に可能となる。
惑星系間の移動に用いるのは流石に止した方が良いと思うが惑星系内なら充分に使用可能だ。
これだけでも惑星系を新規に開拓し始めた時に宇宙艇の数を減らせる。
転移拠点を設けてしまえば何光年離れていても転移に支障はないので宇宙艇は最初の惑星系間の移動には必要だがそれ以降は無くても惑星系の開拓を進める事が可能になる。
沃土の話ではシェルターを使う移動は熟練すれば転移の様に瞬間移動が可能になるそうだが、そこまで修練を積む人は稀と思われるのでこれからも大半の人は宇宙艇や植物の補助を必要とするだろう。
そんな訳で私は植物を利用すれば元の計画通り外宇宙の探査が進めれる事を単純に喜んでいた。
だが植物が魔法を使うのは植物が繁栄するためな訳でそれが原因で火星開拓は計画通りに進まなくなった。
「修教授、大変です。雑草が火星の地表に蔓延り始めました。このままだと予定より早く火星に強固な生態系が形成されます」
「へっ、なんで?まだ大気が希薄で水も充分ではない筈だけど?」
「植物がバリアを使う様になったからです。自身の周りの生態系をバリアで保護しつつ火星表面に拡がり始めました。水分は地下都市から転移で送っています。空気もおそらく同じでしょう」
「あ~っ……それは少し不味い状況だね。生態系が強固になると魔法が使い難くなるし、水と空気は予定に無い使われ方だから足りなくなる」
魔法が使い難くなると地下都市建設は遅れる、水と空気が足りなくなれば人は当然困る、工業用の水が足りないと工場の稼働にも影響が出る。
何とかしないと不味いな。
「君達は地表における雑草の現在の規模と今後の予想を調査して、次に地下都市建設にどの程度影響が有るかの試算と水と空気がどこまで必要になるかの試算と地球化がどこまで早まるかの試算を始めなさい。場合によっては地下では無くて地上に都市を建設した方が良いかもしれない。植物を植えるだけで地球化が早まるなら検討の余地が充分にある。最終的には火星を地球化して居住しようとしているからね」
「了解しました」
諸々の調査の結果、地球化の為に土壌改良を併行して進めた影響が大きそうだ。
地下都市周辺の地中の化合物から水や空気を作成した後の残土は、地球化の為の土壌改良の一環として植物に有害な成分を取り除いてから地下都市周辺の地表に撒いて戻していた。
地下都市建設時に出る土砂類も同じ様に処理して地下都市周辺の地表に撒いて戻していた。
人は都市建設のついでにミミズの様に火星の土を掘り返して土壌改良をしていたのだ。
火星には強固な生態系もなく環境破壊と言った問題は気にしなくても良かった。
でも大気層の生成は始まったばかりで大気は薄くて地表の緑化は先の予定だった。
それが植物がバリアを使う様になって状況が変わった。
植物が自身の周りの大気を保護して地表でも育つようになったのだ。
光が弱いためか雑草だけではあるけど自然に火星の緑化が始まってしまった。
幸い地表の緑化による地下への影響はまだ少なくて地下都市の建設には支障が無さそうだ。
それなら地下都市建設については計画通り進めれば良い。
ただ植物を利用して地表の緑化が前倒し可能なのにそれを選択しないのは馬鹿だ。
現状の問題は水と空気が充分にない事と急激な環境の変化が火星に与える影響だな。
そして水と空気は何とかする目途がつきそうだけど環境の変化については遣ってみないと分からないときた。
そうだな例によってまずは月で試してみよう。
「健ちゃん。もう知っていると思うけど月の地表で植物の魔法を利用した緑化の実験を始めるから報告宜しくね。正式な書類は後日提出するよ。これが成功すれば火星にも適用して火星の地球化が促進できる筈だ。良い計画だろう?」
「はぁ、月の裏側なら地球側からは見えないので問題はないと思いますよ。それでどの程度の規模になりますか?」
「規模としてはまずは月面の施設の周囲を緑化するぐらいからかな。それが成功したら徐々に広げるけど実験は月の裏側で済ませる予定だよ」
「それなら問題はないです。月の大気層の件も心配した割には問題に成ってはいませんしね」
月の大気層の生成は星の魔法回路の調整方法を探るためだけに行った事なので大気自体は薄いままにして保持してあった。
重力が弱いため大気が有ると風で土埃が漂って弊害が大きいので大気を濃くしなかったのだ。
それで目立った変化は起きていなくて問題には成らなかった。
「それなら良いんだ。ただ植物がどんな反応を示すかは分からないんだよ。その辺りを確認するための実験だからさ」
「植物の反応ってどんな事ですか?」
「雑草がバリアを使って自身の周りの生態系を維持しながら火星の地表に蔓延り始めているのは知っているよね。これを利用して緑化を促そうとしているんだけどそれに伴って生態系が強化されるんだ」
「はい、知っていますよ。緑化によって生態系が強化されると星の魔法回路に生体系の魔法回路が組み込まれて生態系を保護する様になるから更に緑化が促進する訳ですよね」
「うん、その通りだね。それを上手く調整したいからこの実験をするんだけど調整可能なのは設備周辺の月全体から見れば極一部の領域だけなんだ。他は自然に任せるんだよ」
「特に問題は有りませんよね。何か問題が有りますか?」
「あれ?分からない?自然任せだから植物の繁殖が月の裏側で収まるかどうかは植物次第なんだよ?緑化して環境が良くなってそれ自体は良い事だけどさ。政治的には嫌な事なんだろう?」
「………実験を止める事は出来ませんか?」
「それは無いね。月の地下都市でも雑草は蔓延っているから遅かれ早かれ火星の様になる。何もしなければ多少遅くなるかもだけど結果は同じ事だ。緑化促進の実験をした方が有意義だろう?」
「何か方法は有りませんか?植物が月面に見えたら誤魔化せませんよ」
「ないね。下手な手を打ったら植物を敵に回すよ。植物に人の政治は関係ないからねぇ」
「何か良い方法はないですか?敵に回さずに植物の繁殖を月の裏側だけで封じ込めれませんか?」
「そんな方法を知っていれば火星で利用しているよ。上手く利用する方法を探るために月で実験をするんだよ?それと植物の封じ込めだけは検討する気も無いな。実験に失敗して植物を一時的に敵に回すだけならまだしも強固になりつつある生態系から排除対象にされたら人は住めなくなるよ?リスクが高すぎる」
「でもリスクが有るから月で実験するんですよね。矛盾していませんか」
「繁殖を促進する為にとるリスクと繁殖を封じる為にとるリスクは全然違うよ。月での実験は下手な事をして植物の繁殖の邪魔をしない為にするんだ。実験する場所を限定して他の場所は自然に任せれば植物を敵に回す事にはならないと判断している」
「でもリスクは有りますよね。だったら封じ込めの為にリスクをとっても同じではありませんか?」
「全然違うよ。封じ込めの為には植物を敵に回さず且つ繁殖の邪魔をする方法を探さないといけない。これは植物を敵に回すには如何したら良いか実験するのと変わらない。敵に回すか回さないかを判別するには敵に回す方法も探らないといけないからね。そして仮に実験で良い方法を見つけても月面で大規模に展開した場合に大丈夫とは限らない」
「それは植物を促進する為でも同じではないですか?」
「促進する方は無理に大規模に展開する必要はないんだよ?実験と同じ規模に限定する事が可能なんだ。他の場所は自然任せでも構わない。だけど封じ込める方は大規模に展開しないと意味がないだろう?自然繁殖が封じ込めの対象だからね。政治的な意味しかない事に植物を敵に回して生態系から排除されるリスクをとる程の価値はあるかな?」
「そうですね。時間稼ぎにそこまで価値はありません」
「理解したかな?ならいつもの様に地球での政治的な話は任せるから宜しく~」
「了解です。書類は早めに提出お願いします。最後に確認しますけど放置して置いても月面の緑化は進行するんですよね」
「火星の状況からみて月でもまず間違いなく緑化は進行するよ。それを利用するかしないかで利用した方が有意義と判断しただけだね。火星開拓の前倒しが無ければ放置との選択も有りだけど如何する?」
「火星開拓は最優先事項なのでまずありませんね。選択の提示は一応しておきますけど」
「まぁ、放置となっても実験は必要なんだけどね。植物は水も空気も元は地下都市から吸い上げているから対処方法を探らないと不味いからさ。積極的に開拓に利用するかしないかの選択なんだ」
「そうなんですか。実験を止めるとの選択は無い訳ですね。先延ばしは……無理ですね」
「そうだね。最低でも水や空気を供給する実験は始めないと地下都市が維持できないと思うよ。植物は自分が必要なだけ地下都市から転移魔法で吸い上げるだろうからね」
「そうですよね。どうせなら開拓に利用した方が良いですよね。先延ばしは開拓促進と矛盾してますしね。理解しました」
「では報告は宜しく。書類は書き上げたら提出するから」
健ちゃんに植物が蔓延る話をしたけど月は土壌改良もしていないので月の表側まで植物が蔓延るにしても先の話だ。
人が生態系の排除対象になるみたいにも話したけど実際には余程酷い事をしないとそこまでにはならないと判断している。
人は既に生態系の一部として存在しているので簡単には排除できない。
特に今の月や火星では人の存在なしで生態系の維持は難しい。
将来的には人の存在なしで生態系の維持も可能になるだろうけどその状態で人が生態系から排除されるような事をするとは思えない。
地球では人の手で環境破壊が進んだ訳だけど未だに排除対象にはなっていない。
ただ、間引き対象にはなっている気がする。
日本人が宇宙に生存圏を拡大しているのもシナや中近東で新人類間の殺し合いが止まらないのも人が間引き対象になっているせいではないかと最近は考えているのだ。
沃土や他の学者とも話しているんだけど多くの学者が似た様な事を考えていて研究も始まっていた。
もしこの考えが正しいとするとシナ人達が殺し合っている御蔭で私達は排除対象となっていない可能性すらある。
そして種の分岐すらも間引きを促進する為ではないかと考える研究者もいる。
そう言われれば種の分岐は世界状勢が落ち着き始めてシナ以外では集団での殺し合いは収まっていた頃に始まった。
地球上の総人口は半減していたけどまだ多いと言えば多かったのか。
種の分岐後はシナも勢力がはっきりと二分されて戦いが激しくなった。
メシアを名乗る新人類の真祖の乱立は種の分岐が無ければ起きなかった筈だしエルサレムにおける聖地の取り合いもそれに伴う混乱も無かった筈だ。
日本の宇宙開拓にしても本格化したのは種の分岐後でそれまでは停滞していた。
競争相手がいなかったこともあるけど世界状勢が落ち着き始めていて優先順位がそこまで高くは無かったのだ。
日本人が進める気であれば種の分岐の十年前には月の開拓ぐらいは始めれていた筈だ。
少なくとも私にその気が有れば月までは行く能力が充分にあった。
あの頃の私は地球の衛星軌道上で修練は積んでいたけど宇宙開拓の為と言うよりはサボテンに転移魔法を使わせるために色々試していた。
当時のJAXAも予算獲得の為か計画は立てていたけど日本政府はあまり乗り気ではなかった。
宇宙開拓初期に使用した月面基地や宇宙コロニーはその頃の試作品で研究が細々とではあっても長期間継続していたから宇宙開拓が本格化した時に役立つ資産が色々あった。
魔法の情報と交換する形でアメリカから入った宇宙関係の技術情報も今考えると貴重な情報だったよなぁ。
当時は日本にはない技術情報でアメリカが出せるものはこれしかなかった。
核兵器が魔法で無効化された影響も有って軍事関連の技術は絶対に出さなかった。
だから月面基地や宇宙ステーション等の少し古い技術情報を出してきたのだ。
そんな技術でも無人探査機ぐらいしか打ち上げてはいなかった日本には充分役に立った。
でも種の分岐が始まるまでは計画は有っても宝の持ち腐れみたいな状況だったのだ。
それが種の分岐が始まって以降の私は自種の存続の為に宇宙開拓関連が最優先になってそのままの状況が続いている。
既に私と眷族だけであれば地球からは避難した状況にあり、このまま火星開拓が進めば遠からずして日本人は全員が火星に避難する事も可能になるだろう。
そしてこのまま地球と火星の二重生活を続ける事も可能だ。
これが間引きによる結果だとしたら運が良いって事なんだろう。
月での実験も進んで火星の緑化の為の方針も決定した。
火星の緑化については地下都市の上部の地表の半径20㎞以内は積極的に進めて他は当面放置する事になった。
水と空気の供給は例によって火星の地中に存在する化合物を分解して作り出すため能力的な限界が有って今の所はそのぐらいが限度である。
緑化の方法は地表に水と空気の噴出口を設置して周辺に雑草を植え付けて土壌細菌などが繁殖して土が植林するのに適切な状態に成ったら木の苗を植えるだけだ。
あとは植物がバリアを使って周囲の環境を勝手に保護するので他に必要なのは光と熱ぐらいか。
研究者達は実験的に限られた領域で熱を送ったり光合成の為の外灯を建てたりして影響を調べていた。
最終的には環境に適応した植物種が残る訳だけど出来る限り多くの種が繁栄する様にいい方法がないか研究しているのだ。
月での実験も継続中で、月の方が環境は過酷だけど太陽からの光やエネルギーは地球と変わらないからバリアを使う様になった植物は実験的に土壌が改良された範囲の中だけではあるけど水と空気を与えるだけで自ら環境を整えて繁殖していた。
月は重力が弱いので植物のバリア内でも風で土埃が漂う筈だけど雑草が土を抑える形になって問題にはならなかった。
これを上手く利用すれば月全体の緑化も可能だ。
土埃を抑えるために月の魔法回路を利用した大気層の形成も大気が薄い状態で止めていたけど月全体の緑化と合わせて再検討する事になった。
これは実行するにしてもかなり先の話だな。
月や火星のミミズや土壌細菌なんかは植物の生態系の一部として植物と一緒に持ち込んで地下都市で繁殖したものだけど最近飛ぶようになった蜂や蝶等の昆虫は人が持ち込んだものではない。
植物と共生関係にある蜂や蝶等の昆虫を植物が転移で送っているのだ。
それまでは虫を持ち込むのは原則禁止にしていたけど植物が送り込むから意味が無くなった。
虫類に関しては許可が有れば持ち込み可となり、趣味で養蜂をしていた研究者が蜜蜂を火星に持ち込む許可が下りた。
火星の緑化は順調に進んでいて人がこのまま手を加え続ければ私が寿命を迎える前に人が地表で居住可能になりそうだ。