08 宇宙開拓の推移
宇宙開拓は順調に進んでいた。
既に太陽系外に転移陣を設置した宇宙艇を送り出していて研究者は地球と送り出した宇宙艇の間を転移魔法で行き来している。
宇宙艇で宇宙コロニーを設置しながら魔法を使って移動しているのであと一年程でケンタウルス座α星Aに到達する予定だ。
4.36光年の距離だが宇宙艇が宇宙空間を光より速く移動している訳では無い。
確かに人の感覚としてはそうなんだけど宇宙艇は魔法でシェルターの異空間に居るので宇宙空間を移動してはいないのだ。
異空間は通常空間に属していないので異空間が移動している訳でもない。
人の感覚としてそうしないと魔法を使って目的地まで移動が出来ないからそうしているだけで理論的には移動時間は必要ないらしい。
熟練すれば転移の様に瞬間移動が可能な筈だと沃土は言っていたがそれが可能な人を私は知らない。
まぁ、鍛錬していればいずれ可能になる……のかなぁ?
宇宙開拓を始めてから分かった事は多々あるけど何れも地球上より宇宙空間の方が魔法が使い易くなる事を研究する過程で判明した事だ。
宇宙では地球から離れる程魔法への制限が緩くなって無生物が対象であれば物語にある魔法使いの様に攻撃魔法も行使可能だ。
この原因の究明を進めた結果、地球には魔法回路が形成されていて地球生態系を保護している事が確認された。
そしてこの魔法回路の保護作用の影響で地球上では魔法に制限が掛かる事が推定された。
この魔法回路がどの様なものか研究を進めた結果、月や火星も魔法回路を形成している事が確認された。
無生物でも月の様に充分な質量がありエネルギー場を形成していれば明確な魔法回路を形成するのだ。
これは機械に魔法を使わせる研究の過程で磁場等により魔法回路を形成させる事が可能になり推定されてはいたがこれまでは未確認だった。
無生物の魔法回路は質量が大きくないと明確な魔法回路を形成しないため人には認識し難く、また月や火星の魔法回路も生物の魔法回路とは規模の違いもあって人には認識し難かった。
地球の魔法回路には地球生態系の魔法回路が組み込まれていて更に認識が困難なのだが、月の魔法回路を検証する事により研究が進み、地球の魔法回路も認識が可能になった。
太陽系外からの調査では惑星系も魔法回路を形成していて惑星の魔法回路を組込んでいる様だ。
このため銀河系も魔法回路を形成している事が推定された。
生物の生命エネルギー場は魔法回路を形成する、そして無生物でもエネルギー場を持っていれば魔法回路を形成する。
無生物には己を守ろうとする意志とかは無いのでその魔法回路には何かを保護する様な作用はない。
ただ自然現象に合わせて魔法回路が形成されて変化し続けるだけの話だ。
そのままでは意志も維持作用も何もないのでその魔法回路で魔法が発動する事は無い。
だが地球と月・火星・金星等を比較して分かった事だが星の魔法回路は生物が居住して生態系を形成するとその生態系の魔法回路を組込むためか生態系を保護しようとする。
惑星圏における魔法に対する制限もその一つだがそれだけではない。
種の分岐の前から研究されていた事だが地球の生態系の魔法回路は生態系保護のために地球外からの小惑星の侵入等を魔法を使って防いでいるのだ。
これには宇宙からの生物の侵入も含まれると考えられている。
幸いと言うか火星も金星も生態系が脆弱で人が居住する際に防御反応が出る事は無かった。
火星には人が居住し始めているが地球の様な居住可能な惑星に不用意に侵入をすると防御反応によって排除対象になる可能性がある。
星の魔法回路については調整する事で惑星上の環境改造に利用出来そうなので現在研究中だ。
この研究が進めば惑星上の居住環境を整えるために有効な手段となり惑星開拓も促進可能となるため優先研究テーマの一つとなっている。
現在の火星開拓は地下都市建設を中心として進められているが将来的には地表にも居住する事を計画していたので惑星の魔法回路を利用してバリアを形成し大気層を造る研究を始めていた。
星の魔法回路を調整するのは危険そうなのでまずは月か金星で予備実験を行ってから火星で実験する事にしていた。
火星は移住者も増えて失敗したら取り返しがつかないからな。
今の所は順調で火星では大気も徐々に濃くなり地表で実験的に菌類やコケ類の移植を始めていた。
真世歴48年まで宇宙開拓自体は順調に進んでいた。
真世歴49年には宇宙艇がケンタウルス座α星Aに到達する予定だ。
到達に成功した後は、同様にして外宇宙の探査を進めて生存圏を拡大する予定であった。
でも世界状勢悪化の懸念により火星開拓計画が前倒しにされて火星開拓が最優先事項となった。
私の眷族は活動拠点を火星に移す事になり眷族の八割は火星開拓に専念する事になった。
本来の計画では来年には外宇宙の探査を5件ほど進める予定だったのに……
火星開拓を前倒しで進めるため惑星の魔法回路を積極的に調整する事になった。
その予備実験として月の魔法回路を積極的に調整して実験を行う事にした。
月に大気が形成されると地球からの観測でバレる可能性大と言うか確実にバレるがその時はその時だ。
「月の魔法回路を調整する事でバリアを形成して大気層を造る事にしたから美里にも伝えておいて健ちゃん」
健ちゃんは美里の眷族で私の眷族との調整員の一人で私の担当をしている。
「地球から分かりますよ?月開拓がバレない様に月の裏側から開拓を進めた意味が無くなりますけど良いんですか?金星では駄目なんですか?」
「金星は既に大気が有るし環境が違い過ぎて実験にならないんだ。火星開拓が前倒しになって惑星上の改造も急ぐ事になったから月で実験を進めないと間に合わない。仕方がないさ」
「出来得る限りカモフラージュして下さい。バリアで光の加減を調整するとか」
「うん、了解した。でも人の目は誤魔化せても観測データは確実に変化するから何れにせよバレるよ」
「まだ進めないで下さいね。地球で根回ししますから」
「もう進めてるよ。まだ調整中だから変化が有るのは早くても2か月先だ。その間に上手く遣っといて」
「はぁ、了解しました。でもアメリカとかにバレて月に乗り込まれたら如何するんですか?」
日本から伝えた後に転移魔法が海外でどの様な発展をしているかは分かっていない。
月に直接乗り込むような技術を開発している可能性は充分にある。
「月に乗り込むだけの能力が有れば歓迎するよ。初めからその予定だ。生存圏を地球外に拡げれる種については協力する予定だ。知ってるだろう?」
「でも計画ではもう少し先の予定でしたよ」
「その計画が前倒しになっているんだから仕方がないさ。それに本当の所、種が分岐したばかりで人としての基礎能力はそんなに変わらないんだからいつ日本人以外の勢力が月に進出してくるか分からないんだよ?勢力によって生存戦略が違っていて他種が宇宙に出ていないだけなんだから」
「その辺りはこちらでも分かっていますよ。可能性が有るのはアメリカかヨーロッパあとはオセアニアですかね。他の地域でも見込みのある種はいますよ」
「元々火星開拓が有る程度まで進んだらそれらの勢力には公表する予定でいたんだからさ。計画の前倒しに伴って早くなるだけだろう?その辺りはそちらに任せるから宜しくー」
「了解しました。その辺りはうちのマスターも交えて沃土さんや映美さんと相談して進めます。宜しいですよね」
「うん、それで構わないよ。映美には家で聞くから」
私達は月の魔法回路を調整してバリアを使った大気層を形成する実験によりノウハウを積み上げながら火星の大気層の形成も徐々に進めて行った。
火星の地下都市建設も月での地下都市建設を参考にしてどんどん進めた。
火星の開拓はそのようにして進んだが月に到達する新人類勢力は無く、月の大気層はバリアで保持したままだ。
日本人の生活に植物の魔法回路の利用は既に欠かせない物になっていて植物の移植も併行して進めていた。
そうして開拓が進み人が始めてケンタウルス座α星Aに到達した頃に植物に変化が起きた。
知らぬ間に植物が転移魔法を使う様になっていた。
そして人が移植していない筈の所謂雑草が地下都市に蔓延り始めた。
最初は移植する植物を持ち込む際に種でも混ざっていたのだろうと考えていたのだが調査すると日本に無い植物まで交じっている。
移植した生態系が壊れるとか言い出す者がいたがよくよく考えたらその生態系が受け入れない限りは種でも火星に転移することは出来ないのだ。
それでこの件に関しては研究は進めるが人に害がない限り放置する事になった。
中心になって研究を進める事になったのは栗原さんである。
「栗原さん、研究を始めて三十年以上なりますがやっと植物が亜空間系統の魔法を使い出しました。栗原さん達に研究を進めて貰う事になりましたので宜しくお願いします。植物でバリアやシェルターを使えれば宇宙艇や宇宙コロニーを防護出来て便利なので私も研究に加わりたいのですが無理そうです」
「ああ、その辺りは沃土君達とも調整して進めるよ。自衛隊も興味を持ちそうな研究だし研究者の手は充分足りるだろう」
私は十年以上の間サボテンの鉢を抱えて色々試したけど植物が亜空間系統の魔法を使う事は無く二十年程棚上げにしていた。
そして植物が亜空間系統の魔法を使えるようになったらと色々構想を練っていたのだが火星開拓が優先するので植物の転移魔法の利用については地球の研究者に任せる事に……残念だ。
「火星の地下都市に雑草が蔓延り始めた件の調査を始めて時々火星にも顔を出すからその際は宜しく頼むよ。修君」
「了解しました。それにしても今頃になって植物が変化するとは思いませんでしたよ。衛星軌道で色々試しても何の反応も無かったのに」
「昔君が考えていた様に植物は変わりたかったから変わったんだろう。今回の変化は火星で植物が繁栄するために必要だったんだ。地球の衛星軌道上ではどう考えても繁栄は出来ないからなぁ」
私は三十年以上前に植物が変化した原因について色々仮説を立てていた。
植物は変化したかったから変化したと言うのは仮説の一つだ。
その頃の私は植物が何らかの理由で人に合わせた変化をしていると考えていた。
それで植物が変化するのを促すようにサボテンの鉢を抱えながら色々な魔法を使っていた。
それを十年続けて何の変化も無かったので棚上げにしていた。
植物は最近まで何の変化の兆候も見せていなかったのだ。
「植物は繁栄のために必要であれば変化するけど人に合わせている訳では無いって説ですか?」
「変化の切欠を造ったのは人だから人に合わせた様に感じるけど植物の方は環境の変化に合わせているだけで人も環境の一部な訳さ」
「人の造り出した環境に合わせているだけで人に合わせている訳では無いって事ですか」
「それが一番辻褄が合うね。まぁ、人にとっては植物の意思はどうあれ利用出来れば良いだけの話だし、植物にとっても人の思惑はどうあれ繁栄出来れば良いのさ」
「植物と意思の疎通がとれればもう少し簡単に研究を進めれたと思うんですが三十年以上繋がっていても快不快ぐらいしかわかりません」
「三十年以上研究している人を知っているけど君と同じだからね。私は早々に諦めたよ。なんか人でないものに変わらないと無理な気がしてさ。生命としての在り方が違い過ぎると思うんだよ」
「なら何れは意思の疎通がとれるかもしれませんね。人の種の分岐の結果としてその様に進化する種が無いとは言えません」
私と私の眷族がその方向に進化するとは思わないけど植物が好きな真祖が率いる種ならそんな進化をするかもしれない。
「でもそんな兆候はないと思うよ。そこまで進化するのは数世代は先じゃないかな」
「まだ種の分岐が始まって十数年ですから。でも真祖が存命の間に兆候はあると思いますよ。それが真祖の分岐点たる所以ですからね」
今の所、その様な進化をしそうな新人類の兆候はないけど注意はしておいた方が良いな。
植物が亜空間系統の魔法を使う様になった今ならば植物を上手く使うだけで火星にも転移出来るし宇宙旅行も可能な筈だ。
日本人がこのまま植物を利用すればするほど植物の使う魔法が増えて行って植物に馴染んだ彼らは植物の庇護の下で宇宙の何処にでも行けるようになる。
植物を使役する形になるのか植物に使役される形になるのか分からないけど生存戦略としてはそんなに悪くはないな。
私なんかは植物に全てを任せる様な状態には抵抗があるけど植物と上手く共存関係が築けるのなら生存戦略としては悪くない選択だ。
もしその様な種が現れたとしたら彼等は今の日本人とは違った形の関係を植物と結ぶ事になるんだろう。
火星の開拓は進んで居住人口はそろそろ一千万人になる。
五十箇所の地下都市の建設を併行して進めているので各都市で二十万人程だ。
年初は三百万人程度であったから3倍強に増えた事になる。
地球から毎日通う地下都市の建設関係者を含めると常時一千五百万人程が火星に滞在している事になる。
地下都市の一見無理な建設が進めれるのは魔法に対する制限がほぼない状態で地球では不可能な大規模工事が魔法で可能になっているからだ。
併行して火星の魔法回路を調整して地球化を急速に進めている訳だがまだ大気も薄くて地表は人の住める環境ではない。
当然の事ながら地表の生態系は脆弱で生態系の魔法回路による保護作用も弱い。
地下は雑草が蔓延り始めた事で分かる様に徐々に生態系が強化されてはいるが建設は未だ生態系らしきものがない場所で行われるので保護作用は働かない。
硬い岩盤が有っても魔法で一時的に軟弱にする事も可能だし逆も可能だ。
発電についても今の所は地球の様に大規模発電に制限が掛かる事も無いので思い通りに設備が使える。
火星の表面全体に植物が蔓延り生態系が強固になるまではこの状況が続く訳でこれは当分先の予定だ。
火星開拓の前倒しが決定してからの食料供給は火星内で行う事になっていた。
食料工場は増設中で既に稼働中の工場だけで三千万人分の食料が供給可能になっていた。
常時滞在している一千五百万人程度になら充分に供給可能となっている。
ただそれでは不満な人が多いのも事実で多くの人が転移して地球で食料を購入していた。
余剰食料の備蓄も進めていて三年以内には日本の人口の半数が避難可能な様に地下都市の建設を進めていた。
このまま順調に推移すれば三年後には計画通りの地下都市が出来上がる。
年の半ばには植物にバリアを使わせる事にも成功して宇宙コロニーや宇宙艇にもバリアを常時展開可能となった。
それまでは人がバリアやシェルターを展開していたのでかなりの負担となっていた。
常時展開は当然のことながら行われていなかった。
この成果を一番喜んでいたのは自衛隊で早速潜水艦や戦闘機等に採用を検討していた。
私は植物の補助が有れば人の負担が減るから計画通りに外宇宙探索が進められると喜んでいた。




