05 宇宙への生存圏の拡大
私と私の新人類の眷族が宇宙を開拓している時期は開拓者がゲート・バリア・シェルター等の魔法を修得しているのが当たり前であった。
勢力圏も拡大を優先して開拓拠点を太陽系中に設置していた。
月と火星の開拓もこの程度の魔法が使える前提で開拓を進めていた。
当然ながらこれはある時点で行き詰まる。
人手が足りなくなった事もあるが地球が存在する事が前提の開拓だからだ。
月はともかく火星は自立して居住するだけの環境を維持出来るようにしなければいけない。
幼体を育む環境を拡大させないと種は存続できないが、現状レベルの魔法が使える事が出来る前提での環境はこれに相応しくない。
幼体は魔法が使えないから魔法なしで生活できる環境を作った上で魔法を補助的に使うような状況にしないと成体は幼体を保護して生きていくだけで手一杯となる。
この段階で火星を主な居住地としていたのは10家族ぐらいで、集団で手分けして子供を育ててはいたが全員が転移魔法で地球にある家に戻れる実験的なものであった。
目標は全て火星で賄えるようにして最終的には日本に住む一般人が居住出来る様にする事だ。
そんなわけで地球から人手を補充して開拓を進める事になった。
私達が月を開拓した段階では大半の作業は地球で作成された基地モジュールを設置するだけだったが、彼らは土木機械を持ち込んでシールド工法でトンネルを造る要領で作業を進めた。
トンネルの様にしたのは居住区画が区切り易く交通網も設置し易く強度も保ちやすいからだ。
こうして月の地下開拓は下へ横へと網の目の様に拡大して行く事になった。
この方法は火星でも取り入れて次々と開拓が進んだ。
初期には全ての物資が地球で調達となったが開拓が進むにつれて月と火星からの調達も増加し、やがて土木や建築関係の物資については地球から調達する必要が無くなった。
食料は地球からの調達だがこれは人が地球に居ようが月や火星に居ようが必要量は同じなので当面問題には成らない。
今の所は月や火星では人は地球から転移しているだけなので食料の総量としては変化していないのだ。
食料については本格的に入植が始まって日本人の総人口が増加し始めてからの問題となる。
食料関係の研究は進めているが今の所は地球で調達する方が容易でコストが掛からない。
火星だけで自立するのは当面先の話だ。
宇宙では空気と水の確保が大変な様に思えるが水素や酸素や窒素と言った形で存在していないだけで酸化物や水酸化化合物等の化合物の形では普通に存在する。
酸素も窒素も宇宙ではありふれた元素なので空気は調達可能だ。
水素も酸素も宇宙ではありふれた元素なので水素と酸素の化合物である水の調達も可能だ。
殆どの元素は惑星上で調達可能なのだ。
ただ地球の生物が生存可能な環境を維持するのが地球上より困難なだけである。
火星や金星の惑星上の環境を居住可能にする事は困難であろうが居住可能な空間を確保する事は可能だ。
そんな感じで人が居住可能な閉鎖空間を確保しながら火星の開拓は進んで行った。
惑星上の環境改造は研究しながら少しづつ進めていた。
宇宙コロニーは太陽系の惑星の公転軌道や衛星軌道に開拓拠点として設置してあり、今の所は一部の研究者が研究拠点として活用しているだけだ。
魔法は宇宙空間で惑星等が近くに無い方が使うのが容易に成る事が分かり研究者は太陽系に配置されている宇宙コロニーに行って原因を探っていた。
何故か地球上で魔法を使うよりも宇宙空間で魔法を使う方が容易で地球から離れる程更に容易となるのだ。
最初は私の気のせいかなと思っていたのだが調査の結果事実であることが確認できた。
研究の始まりはまだ種の分岐前の月に向かうための訓練に励んでいた頃の沃土とのこんな会話だった。
「今日は中軌道で地球の周りを三十分ほどで一周してきたよ」
「もう月にはいつでも行けるな」
「ああ、これなら充分な速さだと思うな」
「ふ~ん。宇宙での移動はどうだったの?」
「何か思ったより速く地球を一周できた気がするな。地球で飛んだり潜ったりするより楽な感じだ」
「楽だったの?シェルターを使ったんだよね」
「そうだよ。宇宙仕様のシェルターを発動した状態で後は魔法で移動するだけだ」
「だったら重力とは関係ないな。シェルターを発動した時点で地球の重力は遮断される」
「何が重力とは関係ないの?」
「だから魔法を使った移動が楽だった原因だよ」
「それは私の感じの話で気分の問題じゃないかな?地表で飛ぶ時はシェルターはあまり使わないんだよな。重力を感じたいからバリアにしているんだ。だからその違いだと思っていたのだけど……」
「宇宙での移動は低軌道でも練習してきただろう?楽だったのか?」
「低軌道はデブリがたくさんあって気が散るからなぁ。でも言われてみると中軌道で移動した時の方が低軌道の時よりも楽だった気もするな」
「じゃあ、調査してみよう。まずは宇宙ステーションの研究者か自衛官に確認して貰おうかな」
こんな感じで調査が始まって、調査の結果で事実であることが確認出来て研究が開始されたのだ。
その後は私が月や火星に行く時も太陽系中に宇宙コロニーを設置する時もデータを取って検証した。
この頃はまだ私には眷族は一人もいなくて太陽系中に開拓拠点の宇宙コロニーを一人で設置していた。
設置後は転移して行けるからすぐだけど設置する時は宇宙空間を移動してだから時間が掛かる。
私は検証も兼ねて移動時間等のデータを蓄積していた。
メディアが追いかけてうざかった事も有って息抜きにもなって丁度良かったのだ。
その頃の私が眷族を受け入れなかった理由はいくら馬鹿な日本のメディアでも気付く可能性が有ったから。
新人類の分岐の件は海外情報として徐々に日本にも浸透していたし、日本政府も「対策中です」と発表しながら日本人の新人類の存在を仄めかしていた。
シナの新人類対策として自衛官の多くと海上警察や沿岸警備隊の殆どを美里が眷族にしたから日本人の新人類の存在自体は早々にバレていてメディアは真祖を探していたのだ。
私へのメディアのバッシングが酷くて公表となると混乱するのが目に見えていた。
後から考えると真祖として威圧してしまえばそれで済みの話だったけどその頃の私は日本政府が主導して対策を進めていた事もあってそんな認識だった。
甘いと言えば甘い認識だったけどシナの新人類の真祖と比べると環境があまりにも違っていた。
私は日本のぬるい環境下でまだ真祖の旧人類に対する圧倒的な優位にも気付いてはいなかった。
文化的な要因も大きいけどシナでは自分の生き死にが掛かっていて真祖として威圧して眷族を増やさないと生きてはいけない環境なのだ。
新人類の分岐をインドの様に神の降臨と受け取る文化圏以外はシナ程ではないにしろ新人類間の生存競争は激しい。
アメリカの様に国の枠組みが残っていれば国内の混乱要因として新人類間の調停をしているが新人類の勢力は国の枠組みを超えて浸透するので多くの国が抑え切れてはいない。
一国に真祖が一人であれば纏め易くて国の枠組みが強化できるぐらいだが多くの国はそうではない。
真祖の威光で群れを纏めようとする新人類勢力が多く、地球全体が古代シナのごとく群雄割拠の様相と成りかけている。
シナの新人類の様に一強を目指している群れもあれば組んで列強に加わろうとする群れもある。
地上で勢力争いをする限りこの潰し合いからは逃げられない。
そこで日本の新人類は組んで地球では列強のグループを形成しつつ更に宇宙に勢力を伸ばして優位に立とうとしているのだ。
日本だから私はほぼ宇宙の開拓に専念出来て地球の事は美里や天谷師匠達に押し付ける事が可能な訳で今の所はそれでも上手く回っていた。
新人類の分岐から10年にして火星への実験的な入植が始まった。
火星地下の居住区はこれまで研究者と地下都市建設の作業者が主な居住者で常駐する者は居なかった。
転移魔法で地球に戻れる人が大多数で火星で寝泊まりする者は殆ど居なかった。
研究者の数世帯が2年間程火星で居住していたがいつでも自分で転移して地球に戻れるので精神的にも負担は少なく一般人の入植者が居住に耐えれるかは分かっていなかった。
それでまず地球にはいつでも戻れますよと言う触れ込みで研究者と建設作業者の数十世帯が居住する所から始まった。
対象者の家族には転移魔法を使えない者も多いから初期入植者はこのレベルにして徐々に転移魔法を使えない者の入植を増やそうと計画していた。
『火星の地表は未だ人が居住出来る環境ではないので地下生活に耐えれるかが問題だな』
最初の数十世帯はあまり問題なく生活に慣れた。
家族の内一人でも転移可能であれば地球に戻れるのであまり問題は無さそうだった。
そして2ヶ月も火星で暮らすうちに成体の殆どの人が転移魔法を覚えて地球に戻るようになった。
子供を連れて地球に戻るのも当り前になって火星に家が有るだけで地球に住むのと変わらなくなった。
最初の計画通り徐々に転移魔法を使えない者を増やして最終的には世帯全員が転移魔法を使えない入植だったが入植した全ての成体が転移魔法を覚えた。
大抵の人は必要が有れば転移魔法ぐらいは覚えるのだ。
『問題は地下生活に耐えられるかでは無くて転移魔法を覚えられるかだったな』
私は生活拠点を火星に移して転移魔法で地球に通う事にした。
そして私の眷族の約千五百万人には順番に月か火星に住んでもらう事にした。
これで今迄は転移出来なかった眷族も転移魔法を覚える筈だ。
転移魔法を覚えさえすれば一回誘導して貰えば転移陣のある拠点には転移が可能となる。
宇宙開拓要員がそれだけで増加する訳で開拓のペースも上がるであろう。
他の日本人については私には決定権が無く責任も無いので意見を出すだけに留める。
美里や天谷師匠は公表の時期を見計らっているようで公表してからの対応で充分との判断のようだ。
月と火星の居住可能空間は拡大中で後2年もすれば合わせて百万人は居住可能となる。
ただ居住可能となるだけで生活物資の殆どは地球から鉱物資源と交換で得ている。
穀物や野菜も肉の様に培養して生産すれば可能ではあるが加工食品を地球から転移する方が安上がりなのでプラントや工場の建設は終わっても試験的な肉の生産以外は行われていない。
プラントや工場は造れるが供給過剰になって現在の火星の入植者だけでは需要が足りていないのだ。
地球の産業が人口が多い事が前提で成り立っているので火星人口が少ない内はマッチしないのだ。
火星人口が増えて需要のパイが増えるまではこの状況が続く。
食物栽培の研究も進めているが研究室レベルの話でこちらは火星の需要を満たすには至っていない。
生鮮食品の需要はあるため閉鎖空間での栽培を試みているのだが火星の土壌に栽培に合った菌類がいる訳も無く土作りから始めなくてはならず大変なのだ。
植物の移植は開拓初期から始めているが火星の土壌に根付くようになったのは5年ほど前からでそれまでは鉢植え状態でしかなかった。
植物も生物である限り植物に拒否されたら転移は出来ない。
人に友好的な植物しか転移出来ないから今の所は研究者が持ち込める範囲で移植を試みている。
食品だけであれば水耕栽培でも良いが何れは火星の地表にも植物を根付かせて生態系を形成したいので苦労しているのだ。
水耕栽培の方は地球で研究しているので火星では研究しておらず成果だけを入手して試みたが水が大量に必要で今行うのは適切ではないと保留の状態だ。
こうして未だに地球が有る事が前提で宇宙への生存圏の拡大が進んでいてそれに伴って地球に戻らずに生活する人も少しづつ増えていた。
多くの人は地球に転移して時々戻っているのだがいつでも転移して戻れる状況になると精神的に楽になるのか戻らずに住み続ける人も増えていた。
こんな感じで自分を火星人と自称する人も増えている。
日本が保護した13人の新人類の真祖は幼体から成体になる時期に差し掛かっていた。
既に5人は成体になっていて眷族を増やしている所だ。
保護した時点では親族を既に眷族としていた者もいて中には帰国を希望している眷族もいた。
帰国するかどうかは真祖が成体になった時点での真祖の意思が優先するので真祖が眷族の希望に答えるかどうかの問題となる。
日本にいると社会が安定しているので勢力の拡大は進み難いが危険は少ない。
日本の新人類の勢力は群れが大きいと纏め難いと判断しているので急激な勢力の拡大は望んでいない。
今以上の自己勢力の拡大は自然増で充分だと思っているのだ。
私も美里も保護している新人類の眷族が増えて自身の眷族が少し位減っても敵対勢力に移るのでなければ問題ないとしていた。
そして日本の魔素生命に繋がれれば日本でにこのまま住んでも構わないと判断していた。
彼らの眷族には保護されて日本に住んでから日本の魔素生命に繋がって馴染んでしまった者も多数いて帰国を希望する者は少数になっていた。
ロシアの新人類の勢力は西はヨーロッパ側で東は日本側についた。
大きな問題に成っていないのはロシア西側の新人類の勢力が東側がモンゴルやシナ等の勢力下に入るよりはましだと判断したからだ。
貿易は互いに利益が有る為続いているし、自分達が出張るのは西側が手薄になる為出来ない。
経済圏として西と東は分かれ始めているが国としては中間交易地帯として利益は上がっている。
未だ海洋貿易の比重は大きいが西と東では中近東やアフリカを挟む事も有って治安状況は良くない。
その為か地球温暖化でできた北極航路も貿易が増加中で東西で争っても益が少なく、ロシア国内の内紛は自己勢力の力を削ぐ事に繋がりかねない。
日本はシナ、ヨーロッパは中近東がキナ臭くて警戒しており日欧が敵対する状況には無かった。
そして交易のためにもロシアの混乱は容認できなかった。
旧イスラム圏も宗教と民族が入り乱れてシナ程ではないが混乱している。
アメリカ大陸もアメリカ合衆国の状勢次第ではどうなるか分からない。
紛争地域に兵器が売れるため一部の資本家は利益を上げているが、今以上の混乱は自国にまで混乱が波及しかねず望んではいない。
遠くで戦争が有って物資を売りつけるのが良い状況で近くでの戦争は望んでいない。
新人類の分岐が始まるまではシナ以外は落ち着いていて、ヨーロッパ諸国にとってはローリスクハイリターンでシナに物資を売りつけれる良い状勢だったのだ。