21 月への来訪者
日米が戦端を開いてから三年も経った頃、月の表側に宇宙船が転移して来てそのまま月に着陸した。
我々は月の周回もせずに行き成り着陸するとは考えていなかったから歓迎に出遅れてしまった。
月の表側には地球監視用の地下基地が数か所設置してあるのみで自衛官しかいないのだ。
監視カメラやレーダーは設置してあるが宇宙船は発見して直ぐに着陸を始めたので何も用意できなかった。
一応は如何出迎えるか色々想定して用意していたのに。
来たのが東アメリカの宇宙船なら直ぐにも戦闘が始まっていた所だが違っていたので出迎えの使節を送り込んで月の裏側の基地に迎え入れた。
「ようこそ月へ、歓迎しますよ。私は月知事の橘 奈津樹です。宜しく」
「アラスカ宇宙軍所属アレン ギルバード大佐です。宜しく」
そうした外交儀礼が暫く続いた後に交渉が始まった。
「橘さんは月知事だそうですが。日本は月の領有を主張する気ですか?」
月知事なんて御大層な名を付けて日本は月を独り占めする気か?
「月全土の領有は主張しません。そんな事で揉めたくはないですから。でも日本が月を実効支配して凡そ二十年になりますが地球から月に来たのはあなた方が初めてです。少なくとも月の裏側の殆どは日本の領土と言えるでしょうね」
そんな事を主張したら揉めて地球に飛び火するだろうが。
だが二十年間支配してきた月の裏側だけは領土として確保するぞ。
「月の裏側ですか。月の表側はこちらが好きにして良いわけですね。そしてあなた方と私達以外は月を領土とする者はいない。了解です。でも見る限り裏側にも空地は有る様ですが」
じゃあ月の表側はこちらの領土として好きにするぞ。
裏側も空いている所は領土として良いか?
「日本の月基地は地表は実験施設で主要な施設は全て地下にあります。見えていないだけで地下には施設が有るのですよ。日本の領土と認めて申請が有れば地表に施設を建てる事は認めます。こちらとしてもあなた方にあまり目立って欲しくはないので。表側は地球から丸見えですからね」
空いている様に見えるが地下に基地が有るんだよ。
日本の領土と認めて申請すれば使える範囲で使わせてやるぞ。
月の表側でお前らがあまり派手に動くと目立つからな。
「ああ、東側の奴等を刺激したくないのですね。奴等は鬱陶しいからなぁ。未だに命令口調の指図が有るし」
そうか目立つと東側の奴等が来るかもしれんな。
それはこちらも嫌だな。
「まあ、そんな所です。月の表側に基地を設置するなら地下にして下さい。奴等が来たら月は最前線として地球からの転移を排除する事になる。転移で直接乗り込まれるのは防ぐ必要が有りますからね。でもそうすると私達も月に直接転移出来なくなって色々と面倒なのですよ」
同意出来て何よりだ。
月の表側は君達のお好きにどうぞ、目立たなければ構いません。
東側の奴等が来たら月は前線基地とするから協力を宜しく。
月の使い勝手が悪くなるから出来ればそうしたくはないんだけどさ。
「それは出来れば避けたい所ですね。でも地下に基地を敷設しようにも技術が有りません。技術の提供をお願いできますか?」
月の表側で目立つことを遣られたくないなら地下開拓の技術を教えろよ。
こっちだって目立ちたくはないんだからさ。
「地下開拓技術の提供ですか。基本的にトンネルの施工技術を発展させたものですよ。当然の事ながら魔法技術を含むので私の権限では提供は不可能です。魔法関連の提供は互いのトップを交えないと無理ですよ」
地下開拓技術ならそちらにも応用できる技術が有るのでは?
技術提供の話は魔法絡みなのでトップ同士で決めないと私では如何にもならん。
「魔法を除いた部分であれば技術提供は可能ですか?」
魔法抜きなら如何よ。
「私は土木技術に詳しくないので何とも言えません。ただ魔法技術の絡まない技術なんて今時は無いと思いますよ」
そんな事は出来る訳がないだろう。
一応聞いてはみるけど今時魔法を組込まない技術なんてあるのか?
「まあ、そうですね。でも軍では魔法が使えなくなった場合に備えていますよ」
それは分かるけど魔法が使えなくなった場合の備えは無いの?
「密封以外は地球の民間の技術ですからね。軍事仕様とは違いますよ」
地球で使っている民間技術の応用なんだからそんな備えなんてある訳ないだろ。
「シールド工法と魔法の併用ですか?」
魔法を使って空気が洩れない様に密封しているんですね?
「まぁ、そんな所です。詳しい話はノーコメントです。私には権限が有りません」
そうだけど魔法については聞かれても話せないよ。
これ以上の事は上に決めて貰うしかないね。
「分かりました。それではトップ会談について調整しましょう」
仕方がないな、トップ会談の調整でも始めようか。
後日、月で日本とアラスカのトップ会談が行われる事となりアラスカの始祖ケインが日本の始祖達を統括する式神と繋がった。
そうしないと互いに群れの禁忌が多すぎて話が進まないからだ。
こうすれば始祖同士が群れの一員との認識となり互いの群れの禁忌に触れても忌避感が薄れて何とか話を進めることが出来る。
が互いの眷族は繋がっておらず禁忌の為に会談には混ざれないので通訳は付けれない。
相手は日本語が出来ず私は英語が出来ないのでほぼ美里とケインの二者会談となった。
「ハロー、Dr.修、Dr.美里。わ、私がケインだ。どうぞよ、宜しく」
Dr.ケインは真世歴生まれの世代でご両親も研究者だそうでアメリカ合衆国が分裂する前はウエストポイント出の陸軍士官の始祖に頭を押さえつけられてイライラしどうしだった様だ、美里からの又聞きなんだけど。
なんか私達と握手する時も緊張していてとても一国の指導者には見えなかった。
まぁ、これはお互い様か、私も真祖でなければこんな会談には縁が無かっただろうな。
私は英語はさっぱりなので美里とケインの二者会談の横で時々美里から説明を受けているだけなのだが会談の内容はと言うと
「あいつには何度も月に行こうと言ったんだ。でも聞きやしない。研究内容にも口を出してきて眷族を月に送り込む事も出来なかった。日本に戦争を仕掛ける事になったから付いて行けなくて見限る事にしたんだ。それで私は月に居てあなた達と会談し、あいつは地球に居てあなた達を非難している」
あいつと言うのは陸軍士官の始祖の事で会談の殆どはあいつに対しての愚痴みたいなものだった。
話の内容には嘘が無い様で、もしその時点で彼の言う様に月に来ていれば今頃は……
日本の始祖には政治家や軍人は居ないから良い様にしてやられた可能性があるな。
あの頃の私は脳天気だったから火星の開拓も承認する気だったからなぁ。
相手の出方次第では月で戦争になっていた可能性もある。
一緒に惑星開拓に乗り出していた可能性もあるけど今の東アメリカを見るにその可能性は低そうだ。
あいつが月に来る決断をしなくて本当に良かった。
「そう言った話を聞くと日本ではその手の武人タイプの始祖が出なくて良かったとも思えるわね。でもこの人なんて始祖になって暫くすると一人で宇宙に飛び出して月の開拓を始めたのよ。それも一人の眷族も造らずによ。誰にも止める事は出来ないわ。止める眷族は居ないし周りは皆旧人類なんだから。私は国防の為に自衛官を眷族にしようと日本中を飛び回っていたのに」
「それは羨ましいな。アメリカはあいつが士官を眷族にする事で陸軍を掌握して国を強引に纏めたからね。私の研究は軍事一色となった。国防の心配はなかったけどね。ただ今になって考えると国が分裂するのが遅くなっただけの気もするな。良かったのか悪かったのか」
「日本にとっては良かったわ。当時はシナも一気にきな臭く成っていてアメリカが内戦にでもなっていたら日本はその対応に追われて月の開拓は確実に遅れていたわ。まぁ、この人だけは一人で進めていたでしょうけど」
私の方をチラチラ見ながら二人が話していたので私は説明して貰ったのだが私の意見は少し違った。
もし種の分岐を切欠にアメリカが分裂していたら意外とスムーズに別々の国になっていたと思うなぁ。
陸軍士官の始祖みたいなのがいなかったらの話だけど。
魔素乱流期の終了後の混乱で人は類似の性向を持つ者が群れる様になっていた。
アメリカは文化的な多様性を誇っていたからそれが顕著で国内には多様な群れが存在していた。
幸い国土は充分にあるから国内での棲み分けも可能だった。
種の分岐はそれを決定的なものにしただけだな。
それまでは旧人類の中での性向の違う群れだったものが別種の新人類の群れとなった。
日本の様に種が違ってもその性向が似通っていれば国として纏める事も容易だった訳だけど、アメリカは軍が無理に一つの群れに纏めている感じで分離した方が元々自然な感じだったのだ。
「日本にとって良かったのはその通りだけど意味が違う。早くにアメリカが分裂していたらケインはとっくに月に到達していて日本は月を好き勝手には出来なかったよ」
「その可能性も高いわね。でも東アメリカも出来なかった筈だから敵対勢力も生まれなかったわよ。どちらが良かったのかしら」
「東アメリカの連中と似た性向の群れは出来た筈だ。それらが月に来れば遅かれ早かれ戦争は起きていたよ。それにしてもケインは随分友好的だね」
「彼は魔法研究者であなたに敬意を抱いているのよ」
「へっ、何でまた?」
「アメリカの魔法研究者の間でも有名なのよ、あなたは。主に転移魔法ゲートの開発の御蔭ね。研究者は皆、生き物は亜空間に入れないと思っていたからあなたぐらいなのよ入ろうなんて考えたのは」
「亜空間に入ってはいないよ。通り過ぎると言うか跨ぐと言うか亜空間には入ると同時に出ているんだから」
「だからそんな事を考えたのはあなただけなのよ」
「そう言えば私の提案に基づいて先行して研究していた人は生き物が送れないと思い込んでいて物の転移にしか成功していなかったなぁ」
「あなた以外は皆そうだったのよ。あなたがいなかったら転移魔法による人の移動は無くて今の宇宙開拓も日本の宇宙への勢力圏の拡大も無かったわね」
転移魔法ゲートによる瞬間移動が無かったら今の宇宙開拓は無かったのは認めるとして私がいなかったら瞬間移動の魔法が開発されなかったと言う事は無いだろう。
多くの魔法研究者が夢想していた魔法なんだから何れ誰かが発明していた筈だ。
ゲートは瞬間移動する方法の一つでしかない。
「そこまで大層な話かなぁ。たしか宇宙移動に使っている飛ぶ魔法とシェルターの組み合わせで理論的には瞬間移動が可能な筈だ。ゲートの開発が無くても違う瞬間移動の魔法技術が開発されていたと思うよ」
「まぁ、そう言うことにして置きましょう。そんな訳でケインはあなたに敬意を抱いていて私達には友好的なのよ。彼の眷族の全てが同じく友好的とは限らないけどね」
一応今回の会談でアラスカの始祖が敵対的では無い事が確認できた。
でも眷族がそうとは限らないので火星の事はノーコメントで通した。
知りたければ火星へ行きなさい、邪魔はしないからと言った所だ。
取り敢えず決めたのは月の領土協定である。
互いが開拓した月の領域を互いに領土と認めるだけの協定だ。
月知事は月の裏側の殆どを領有する様な話をしているが唯のハッタリでそこまで広大な領域は必要としていない。
新規開拓する場合は事前に通知する事に決めた。
次は月の防衛についての協定である。
日本の敵対勢力を提示してこいつらが月に来る様だったら防衛するよ。
日本は他の勢力が月に来た場合はアラスカ側と協議した後にアラスカに準ずる扱いをするよ。
と言った協定だ。
最後は魔法技術の情報交換についての協定である。
これについてはアラスカ側から東アメリカに情報が洩れる恐れがあると言う事で日本側の方が慎重だ。
日本としては現状で東アメリカが月に来て月が戦場となるのは避けたい。
アラスカから月に人を送り込む事が可能と言う事は東アメリカにも同じ事が可能と言う事だ。
東アメリカが戦争継続中の積もりでいるので日本としては月に来て欲しくないのだ。
この状況で日本が流した魔法技術が東アメリカの手に亘るとそれだけ優位性が失われる事になる。
かと言って月の表側の月面に基地を敷設させるのは論外なので月の表側にある地球監視用の地下基地の一つを提供する事になった。
地下開拓の魔法技術については提供した基地を参考にして独自開発して貰う事になった。
これならば直接的に魔法技術を教授しないので日本側としては出来得る限りの譲歩をした内容である。
日本側は東アメリカの魔法技術の情報を知りたいのは山々だが現状の月での優位を賭けてまでとは行かなかった。
日本では戦争中にアメリカ軍が使用した魔法についての検証を進めていた。
魔法については情報交換が群れの禁忌として途絶えていたため他国がどの様に魔法を発展させているのか調べる絶好の機会だった。
日本の自衛隊と同様にアメリカ合衆国ではアメリカ軍が魔法の行使に関してはトップ集団の筈なので国全体の魔法のレベルを見極めるのに丁度良い。
日本ではその検証を元に敵の用いた技術を推定して様々な開発を行って来たがさてそれが正しいものなのかと言うと確信が持てずにいた。
開発した技術自体は役に立っているので問題は無いのだけど敵より優位にあるかと言うと確証はないのだ。
それでアラスカとの技術交流はしたいのだが東アメリカに情報を流す危険を冒す訳には行かないと言う事でこの件に関しては後回しとなった。
互いに信頼関係を築いてからにしましょうと。
日本が敵対種と定めた者達の何れかが月に来る時点で月は星の魔法回路を使って外部からの転移を遮断する事になっている。
月の近くまで転移して来ることは可能なので月へ来るのを完全に防ぐわけではないけど時間稼ぎにはなる。
問題は中継基地としての機能を失う事で現在は適度な大きさの星を中継基地として開拓している最中だ。
あと二年程は敵対勢力に月に来て欲しくはないな。
新しい中継基地が完成後の月は宇宙に拡大している我々の勢力圏を地球の敵対勢力から守る防衛拠点となる。
以前は月に来る勢力には無条件で月を開放する予定でいたのだけど方針を転換していた。
アメリカ合衆国と揉めて余りにも脳天気で有った事に気付いたからだ。




