20 戦争への対処と勢力圏の拡大
日本の巷ではアメリカ合衆国の分裂により戦争は終わったと受け止められて、民間人は北米の東側にある所謂アメリカ合衆国を既にアメリカ合衆国とは認識しておらず東アメリカと呼ぶようになった。
私の眷族が開拓中の二つの惑星では既に入植が始まっていて各々三百万人程の人口となっていた。
他の惑星も順調に開拓中で生活拠点を火星から移す眷族も増加傾向にある。
火星以外の開拓中の惑星は地球と直接の行き来が可能なので人によってはその方が都合が良いのだ。
月を経由する必要が無いだけでたいした手間ではないけど開拓中の惑星が増えるにつれて月が混雑して来て手続きが面倒になっていた。
それで火星から他の開拓惑星に拠点を移す人が増えた訳だ。
このまま開拓が進めば三年もしない内にこの二惑星では各々二千万人が居住可能となる。
一見すると人口の増加が追いつかないペースで勢力圏の拡大が進んでしまっている。
でも開拓を進めないと人口が増えて足りなくなると予測されていた。
これは火星の人口増加率から弾きだされた計算だ。
現在の火星人は百歳までは確実に子供を産む事が可能で年八%以上の増加率で人口が増えていた。
年八%だと十年で二倍以上になる計算で三十年で十倍以上となる。
私の眷族は地球にいる頃からそんな感じで増え続けていて火星に拠点を移す頃には四千万人を超えていて現在では六千万人を超えていた。
今から三十年後には私の眷族だけで六億人を超える計算だ。
流石にそこまでになる前に人口の増加が落ち着くとは思うが半分でも三億人だ。
三億人だと一つの開拓中の惑星に五千万人としても六惑星が必要となる。
現在私の眷族が開拓中なのは六惑星だから意外と良いペースで開拓を進めているのだ。
日本の美里以外の始祖達は既に火星に拠点を移していた。
地球より火星の方が安全だからと眷族を引き連れて逃げて来たのだ。
東アメリカの日本への糾弾は日々過激になっていて日本への憎しみの言葉は途切れることなく続いている。
彼等はアメリカ合衆国を再興しようと分裂した勢力に対して様々な干渉を実行しているのだが成功の兆しは全くなく彼等から見れば日に日に状況は悪化していた。
分裂した側から見れば日に日に状況が好転していて我々としても喜ばしい状況だ。
東アメリカの世論はこの状況を全て日本の所為にしていて日本への恨みの言葉は日に日に物騒になっていていつテロが起きてもおかしくはないかなと言った状況になっていた。
「分裂の元凶の日本を壊滅しろ」とか「日本に報復するぞ」とかデモ隊が叫びながら練り歩いているのだ。
そうすると一時は戦争が終わったと受け止めていた日本の世論も一年も経ずして「分裂して敵の力が削がれたのは良かったけど統制が執れず暴走する輩が出る可能性が高まった」と言った東アメリカからのテロ攻撃を警戒する論調となってきた。
通常の戦闘であれば自衛隊が撃退も可能だが民間人を狙ったテロとなると全てを防ぐ事は困難だとの認識が広がっていた。
「アメリカ兵は満州兵並に強いから日本の民間人相手なら無双出来る」と言った感じだ。
日本政府はテロ攻撃が有ったら報復する事を宣言していたがこれでは防ぐ事が困難な事を認めたも同然だ。
東アメリカの世論の論調からすれば暴走する馬鹿がいつ現れるかも分からないのに。
これに敏感に反応したのは日本の庇護下で眷族とともに住んでいた以前海外で保護された外様の始祖達だ。
彼等の眷族は魔法使いではない民間人の方が多いくらいでテロが発生して犠牲者が出たら始祖の威信が落ちて眷族が一気に減る事になりかねない。
元々日本人の始祖達は惑星の開拓を進めていたが彼等は惑星の開拓を進めておらず眷族が避難する場も日本政府任せになっていたから名誉を挽回する事もまず不可能だ。
彼等の勢力は日本の上位三つの勢力に比べると小さくて各々が百万人程の眷族を従えているのだが、地球上にはもっと小さな群れも無数に有るから種として劣勢にある訳ではない。
だけど日本でテロが発生した場合は眷族が減って一気に劣勢となる可能性が出て来た。
これらの事情を受けて彼等を庇護してきた日本は希望者を対象とする避難を再開し、彼等はそれを利用する形で火星へ拠点を移した。
火星にテロリストが来てテロが発生する可能性は今の所はない。
火星に逃げて来た始祖達を集めて会談の場を設ける事となった。
火星に来たからには宇宙に出て勢力圏の拡大に貢献して貰わないと。
「君達にはこれから始祖一人に付き最低一つの惑星を開拓して主となって貰う。拒否しても構わないけどこれを拒否した種はいずれどこかの種に吸収されると思うよ。開拓は火星にある私の眷族の営む会社に発注しても構わないけど自力でも開拓が可能な様に眷族に開拓技術を覚えさせてね」
「眷族が少ないので自力だけで開拓は難しいと思います。始祖同士で組んでも構いませんか?」
「それは構わない。ただし一緒に開拓するのは構わないけど主は一惑星に一人だからね。二人で組んだら最低二つの惑星を開拓して貰うよ。混住するかどうかは君達に任せるよ」
「それでも人が足りないと思うので火星で人を引き抜いて眷族にしても構いませんか?」
「私の眷族を引き抜いても構わないよ。ただし威圧は使わない様に!その場凌ぎにしかならないからね。シナなら始祖が威圧すればするほど威厳が有ると崇めてくれるようだけど火星では大半の人に傲岸だと思われて避けられるから注意してね」
「分かりました。引き抜くとしたら報酬ですか?地位ですか?」
「私なら地位を提供するな。惑星開拓が好きな人はたくさんいるからね。好きにさせてくれるならと眷族になる者もいるだろうな」
「了解です。でもそれでも足らないと思うので地球から連れて来ても構いませんか?」
「地球の何処から?火星の事は機密事項だから当面は誰にも話せないよ?眷族にも火星に避難してから説明した筈だ。何も話さずに眷族にして火星に連れて来れるかい?まず無理だな」
「地球で火星の事が公になれば可能ですよね」
「確かにその通りだけど。今は困るんだよ。今の地球で火星や外宇宙の惑星開拓の件が公になるのは国益に反するからね。君達も困るだろう?公になったら東アメリカの奴等が火星に乗り込んでくるかもしれないんだよ?戦争なんかで君達の惑星開拓が遅れるのは困るよ。公になるのは君達がもう少し力を付けた後でないと君達が一番困る事になるよ」
「でも薄々気付いてますよ。火星に連れてきた後の眷族もああやっぱりと言った感じでしたよ」
「眷族の噂話と始祖がする話は重みが全然違うよ。火星の変化は気付いている者は気付いているさ。でも日本の宇宙開拓がここまで進んでいるとの情報は掴んでいない筈なんだ。掴んでいたら等の昔に宇宙に進出して私達と競合しているよ」
まぁ、日本でも宇宙には無関心な殆どの国民は何も知ろうとしないから気付いてはいないし、関心が有る国民は宇宙開拓に参加していて群れの禁忌に触れるから公にはしない。
火星なんて大気は濃くなってきて地表は日に日に緑が濃くなっているから観察していれば色が変化しているのが分かる筈だ。
だけどその変化が日本によるものとは考えていないからか、その様な推測を立てる者がいても確証が無いからか、彼等は地球での勢力争いを優先するのだ。
私も以前は月の調査ぐらいはする勢力が出ると思っていたのだがどうもそうではないらしく未だに月にすら誰も来てはいないのだ。
彼等にとって月や火星を勢力圏とする事は魅力のない優先順位の低い事なのだ。
この状況は日本が宇宙に勢力圏を拡げるのには都合が良いので、態々月や火星の実態を知らせて波風を立てる様な事は避けて、この状況を出来得る限り長く保ちたいのだ。
「当面は地球で眷族を集めては駄目な訳ですね。眷族が噂話として海外の親族に流すのは如何ですか?」
彼等は幼体の時に海外で保護されて日本で庇護されていたから海外に親類縁者がいる者も多い。
海外に住む縁者を火星に呼びたいって事だな。
「それも駄目だな。君達の眷族も既に事実を知った後だから噂話ではないよ。又聞きならともかく体験談を話す事になるからね。犬だろうが猫だろうが繋がっていれば実体験かどうかぐらいは分かるよ」
「……駄目ですか」
「現状では駄目だな。地球外なら内々で済ませれるけど。東アメリカに情報が洩れそうな事は却下だ。友好勢力に対してもノーコメントで通しているんだからさ。ただ、この状況がいつまでも続くとは思えないから備えだけはしておいたら良い」
「……備えですか?」
「月や火星の実態が公になった場合、地球は多少混乱すると思うんだけどその時なら地球に出向いて縁者を眷族にしても問題にはならない。だけど受け入れるためには受け入れる場所が必要だよ。今我々が開拓して用意しているのは全て現在の日本国民用だからね。君達の新しい眷族の場所は君達が用意しないといけない。取り敢えず君達に与えた火星の地下施設は君達の自治区として好きにして良いよ。申請して許可が出れば好きに拡張してくれて良い。地表に施設を造っても良いけどまだ大気が薄いからその辺りは注意してね」
「そうですか。そうですね。新しく開拓する惑星にも新しい眷族の場所は造れますね」
「少しはやる気になった?君達が保護されてから二十年近くだ。眷族に出来そうな縁者も増えているんだろう?」
「開拓した惑星は好きに出来るんですよね」
「日本本土と違って君達が開拓した惑星は君達の国だ。君達の眷族なら好きなだけ受け入れる事が可能だ。ただ裏切りに当たる行為は駄目だよ。例えば敵対種を一人でも入れたら最悪の場合は君達も敵対種扱いとなる」
「……敵対種扱いですか。なりたくはないですね。詳細を知りたいのですけど」
「禁止事項の詳細は専門の法務関係者に聞いてよ。君達の眷族にも一人ぐらいは居る筈だ。くれぐれも敵対行為だけは止してね。私も君達を潰したくはないからさ」
彼等が惑星の開拓を進めるに当たって火星を拠点とするのは良い事ではあった。
どの道、眷族に魔法が使えない者を抱えているので安全を確保するためには地球から離れる必要があった。
地球では日本の庇護下に有り、己の種を守るのが精々で勢力を伸ばそうにも余地は無かった。
彼等は種の分岐の時点では幼体で眷族も少なくて日本に保護された形だったし、成体になった頃には日本に馴染んでしまって抜け出す事が困難になっていた。
日本から抜け出したのは南米で勢力を拡大している一人だけで彼以外は成体となった時点で継続して日本の庇護下に有る事を選んだのだ。
惑星開拓にもその傾向が顕著に表れていて彼等は美里の眷族が開拓中の惑星と同じ惑星系の別の惑星を開拓する事となった。
この選択は別に悪い選択ではない。
種が違うとは言え同じ日本の群れに属している仲間ではある訳だし、眷族の数も少ないから力を付けるまでは仕方の無い事だろう。
私が気にしているのはそこではない。
彼等は誰一人として私の眷族が開拓中の惑星系の惑星を開拓しようとはしなかった。
私と私の眷族が支配する火星に彼等が拠点を移したのも戦争が有って仕方がなくと言った感じだ。
私との会談を終えるまでは宇宙に打って出るぞと言った感じも無く惑星開拓にも及び腰だった。
未だに私の事が怖いらしいが私が何かしたか???
私を含む日本の始祖達は地球で諸勢力が争っている間に二十以上の惑星系を勢力圏として確保するに至り、幾つかの火星型惑星の開拓を進めていた。
火星型惑星の開拓はノウハウが充分に揃っているから現状では一番容易な惑星開拓の方法である。
地球型惑星はまだ見つかっていない……なんて事は無くて私の眷族と美里の眷族が各一つの地球型惑星を発見していた。
だが私の眷族が勢力圏とした地球型惑星はそのままではとても居住出来たものではなかった。
水は大量にあるのだが大気はメタンや二酸化炭素などの温室効果ガスが少ない状態で全球凍結していた。
嘗ては地球も全球凍結していたって話だが地球とは何か条件が違って凍結したままなのだろう。
豊かな生態系が存在する状態ではないが水も大気も有るし火星型よりは開拓が容易なのではと考えて開拓を進めていた。
美里の眷族が勢力圏とした地球型惑星はいかにもそのまま住めそうなのだけど念入りに調査中だ。
生態系が強固な場合は安易に移住を進めると人が異物扱いで排除される可能性が有る。
それに人の様な知性体がいる可能性を考えたら安易に移住を進める訳には行かない。
地球でも犬・豚・猿程度の知能を持つ生物が普通にいるのだから地球並みの生態系であれば生存競争の結果として人並みの知能を獲得する生物が発生するのは自然な事だろう。
まだ地球外の知性体は確認していないけど環境条件さえ揃えば普通に発生するものと私は考えている。
生物の進化において知能の発達は普通の事で人類は左程特別な存在ではない筈だ。
それで居住出来そうな地球型惑星を見つけたにもかかわらず移住は出来ずに研究者以外の立ち入りは禁止となっている。
火星では生態系が強固になりつつあり遠からずして地表で暮らせるだろう。
これまで通り土壌改良を進めて植物の繁殖を促すと同時に水を増やして水が惑星上で自然に循環する様にして地球並の食物連鎖が成立するまでになれば生態系は益々強固になる。
大気層の保持には今はまだ惑星の魔法回路による魔法が必要だけど何れは必要なくなる。
まぁ、みんな私が死んだ後の話だけど。
日本の巷ではアメリカ合衆国の分裂により戦争は終わったと受け止められて、民間人は北米の東側にある所謂アメリカ合衆国を既にアメリカ合衆国とは認識しておらず東アメリカと呼ぶようになった。
でも公式には戦争は終了しておらず非常事態は継続中であり、東アメリカからの糾弾は激しくなる一方で状況はむしろ悪化していると受け止める人が増えていた。
そうなると安全な後背地を可能な限り確保する必要がある訳で日本の各始祖とその眷族は更なる勢力圏の拡大に宇宙を奔走する事となった。
その結果として日本の各始祖は最低一つの火星型惑星を確保して開拓を進めていた。
日本の始祖達は宇宙で勢力圏を順調に拡げていたのだが他の勢力は宇宙に出る様子が無い。
月に来るかなと思っていた諸勢力は地球での勢力争いに忙しいのか未だ月にも来ていない。
ロシア等の様に勢力圏を拡大した勢力もあるが宇宙への拡大に比べれば細やかなものだ。
開拓に多少手間が掛かるとはいえ宇宙に出れば早い者勝ちで切り取り放題なのに。




