19 戦争は?
北米で再編が始まった頃には太平洋は平穏になっていて、日本では火星への避難計画は中断していた。
太平洋で日米が戦争をしている間もオセアニアは比較的平穏を保っていた。
オーストラリアではエルサレムの奪還を叫んでいた始祖は眷族を引き連れてエルサレムに向かったし、ヨーロッパに再編の兆しが表れるとヨーロッパに戻ろうとする者も出てきた。
日本に対して糾弾する勢力はまだ存在するが大分下火になっていた。
シナの勢力は衰えてきて日本周辺は平穏となっていた。
日本政府は北米の敵対勢力が東の大西洋側を勢力圏とした事に安堵していた。
が敵対勢力が未だアメリカ合衆国を標榜し日本への非難は止まず講和に応じようとはしないので監視の手を緩めずにいた。
流石に北米大陸で勢力争いをする最中に日本に対する攻撃を行う事は無いと思いたいが彼等は国家の分裂を日本の所為だと憎しみを募らせているそうなので油断はならない。
引き続き日本を敵として群れを纏めているのだろう。
明確な敵を定めるのは集団を纏めるには良い方法だからな。
太平洋側の始祖勢力は結果的には日本に有利に行動したのだが特に日本に友好的という訳ではない。
元々不満が鬱積していて切欠が有れば動いていたのだ。
偶々日本には有利な展開だったが日本への非難に同調する勢力が多ければ如何転んでいたか分からない。
そうなったら戦争に負けは無いにせよ火星への避難が本格化していた可能性は高い。
日本政府は敵の敵は味方と言う事で取り敢えず太平洋側の勢力を国として承認し接触を開始した。
内陸部はともかくロッキー山脈から西側は所謂アメリカ合衆国からの防波堤として重要だった。
「健ちゃん。北米の勢力との交渉は上手く行ってるの?東側の奴等とは話にもならないだろうけど」
北米大陸の東側にある所謂アメリカ合衆国では「祖国を分断した日本を許すな」とか言っている。
でも実の所アメリカ合衆国の分裂に関しては日本は情報の収集と交換程度の事しかしてはいない。
「アメリカが日本と戦争をしたいみたいで鬱陶しいんだがそちらでは如何?」
「あいつらは難民をもっと抑えろとかそれ以上勢力を拡大するなとか属領扱いで命令して来るんだ。むかつく奴等だぜ」
と言った感じの情報交換だが。
それで日本がアメリカ合衆国の分裂工作に動いた時には既に南米の始祖は動き出していて、南米で勢力争いに負けた奴等がメキシコに向かうのを促したりメキシコの難民を煽ったりしていた。
これはアメリカ合衆国が南米に干渉を始めて勢力の拡大を邪魔したからささやかな反撃をしただけの話だ。
アメリカ合衆国が南米における日本の影響力の上昇に過敏に反応したのと難民を減らす為に南米に干渉を始めて逆効果となっただけの話だ。
そしてそれと呼応するように始まりアメリカ合衆国の分裂を促した暴動の主役はアメリカ合衆国のヒスパニック系の始祖とその眷族だった。
これもアメリカ合衆国がヨーロッパからの難民を受け入れた事で不満が爆発しただけの話だ。
日本は黙って傍観していていればよかった。
アメリカの分裂に関しては日本は主役ではなく脇役ですらない端役と言った所だな。
「東側は講和交渉の席にも着こうとはしませんね。一応は相手がアメリカ合衆国の正統を引き継いでいるものとしてオーストラリアの仲介で交渉はしているんですが。他の分裂して独立した国については順次に承認すると同時に交渉を開始しています。ハワイとアラスカはもう済んでいますよ」
「ハワイは戦争の最前線だけど問題なかった?」
「特に何も。昔の様に派手にドンパチする訳ではないし、民間施設の被害は双方ともないですから。わだかまりが有るとしたら交戦した自衛隊とアメリカ軍ではないですか?民間には実感が無いんでしょう」
「実感が無いか……そう言えば日本で避難する必要は有ったのかと政治問題になりかけているんだろう?何もない事を喜ぶべきなのに。それもアメリカが都合よく分裂したから危険度が一気に下落しただけでまだ戦争は公式には終わっていないんだよ。まだ戦争中なんだ」
アメリカ合衆国の分裂により戦争がエスカレートする事もなく中断した形となり民間施設には被害が無かった。
戦闘初期には双方から各種の兵器で攻撃が行われたが損害が皆無な事が確認されてからは沙汰止みとなった。
最低でも相手側が満州軍レベルの魔法を行使した事を認めて飛び道具や爆発物が無駄な事を双方ともに確認したのだ。
そのため太平洋では洋上で白兵戦が行われただけで映像は残っているが地味な事この上ない。
人が音も無く刀剣を振り回して飛び回っているのを遠目で見ているだけなんだから。
戦っている当事者はともかく船から見ているだけではどれが敵かも分からず状況を掴む事も困難なのだ。
そうして爆発炎上する艦船の映像も無く死傷者も少なく損害は軽微となった。
敵愾心や高揚感を煽ろうにも互いの損害が無さ過ぎて民間では戦争の実感は生まれなかった。
「民間だと戦争が始まった事すら実感していない気がします。政治家がそれでは困りますけどね」
「我々は講和するかアメリカが無くならない限りは戦争の終結を認める訳にはいかないよ。避難計画はあくまで中断であって中止ではない」
「休戦協定すら交わしてないですからね。大使館は閉鎖したままで協議には応じようとしないし」
「東側の話はもういいや。他は如何なの?」
「アラスカを抑えた始祖は研究者の始祖なんですけど要注意です。月や火星の事を根掘り葉掘り聞かれました。ただ眷族が多くは無いので勢力としては脅威はないですね」
「ふ~ん。月の事は気付いても当たり前だからね。望遠鏡で覗けば分かるから。火星の事は観察していれば大気が形成されて色が変わっているから気付くかな。でも日本が関係している確信は無かったと思うけど。で如何答えたの?」
「ノーコメントとご自分で訪ねては如何ですか?としか答えていないそうですよ。禁忌で話せないんですから」
「相手にはこちらが禁忌で話せない事は察知された訳だな。近々に月には来るかもしれないな」
「来ますかね?」
「さあ?来て欲しいけどね。自衛隊とアメリカ軍の戦闘で魔法は同等だったから鍛錬さえ積めば月には来れると思うけどね」
「ああ、そう言えば兵の戦闘能力は同等でしたね」
「それに魔法技術も少し違うだろ?検証報告を読んだら機械的に補強している可能性が言及して有った」
「ああ、なんか見慣れない装備が有るようですね」
自衛隊とアメリカ軍との戦闘を検証してアメリカ軍の能力解析をした結果、戦闘能力は同等ではあるけど様々な違いが見受けられたので研究中だ。
戦闘に使われた魔法の作用に違いは無い事から魔法技術の根幹は異なってはいないものとみていた。
目新しい魔法は発見できなかったって事だ。
隠している可能性は大だけど手の内を全て見せていないのはこちらも同じだ。
ただ戦闘の推移を見るに技術的な発展の流れに違いは無いとみていた。
「それそれ。日本では鍛錬して身につけている魔法をその装備で補強して同等にしているか代替えしているかだと考えているんだ。こちらの植物の魔法利用みたいなものだな」
「機器による補強についてはこちらでも研究していますよ。成体ではなくて幼体に使用するものですけど」
「能力が退化するかもしれないからと慎重に進めているだろう?あれは長い事研究しているんだ。種の分岐前からだ。それに研究者達の最終目的は機械に魔法を使わせる事だからね」
厳密にはこの研究は二系統有って片方は文字通り機械で魔法回路を創って魔法を発動させる事でもう片方は科学技術的に魔法と同じ現象を再現する事だ。
「アメリカの研究者も同じですかね?」
「考えている事は似た様なものだろうな。ただ技術に関しては交流が途絶えて久しいから発見や発明に差が出て技術的な違いとなっていると思うんだ。同じ結果を得るにしても技術的な方法が違っている訳だな。それが装備等の違いに現れるんだ」
「欲しいですね」
「だから月に来て欲しいんだよ。月に来てくれれば身内に取り込み易いだろう?身内に取り込めば技術交流も可能だ」
「……私の感触では敵対勢力とは言い難いですが友好的でもないですよ」
「月に来て実情を知ったら友好的に振舞うしかないと思うけどね」
月は現在、我々の勢力圏である惑星系に転移するための中継基地になっている。
惑星開拓の為の物資は開拓が軌道に乗って自前で調達可能となるまでは月を中継して火星から送られている。
月の裏側は異常に活気に満ち溢れた状況にある。
「確かに月を見れば意識は変わるかもしれませんね。戦争で火星に避難した人達も地球に戻る気が無い人が増えていますから」
「そうだね。私の眷族が少し増えたからね」
「それは少し問題になっています。こちらの眷族の魔法使いが減る事になりますから。それで減るぐらいならと惑星開拓事業への参加を促していますね。惑星開拓を進めるには都合が良いし」
「そう言えば移ってきた眷族も殆どが惑星開拓の関連事業に参加しているな」
「ただ地球の日本経済に影響が出るんですよ。それで担当者は地球との調整に頭を抱えています」
「戦争が無ければなぁ」
「損益が相半ばと言った感じですかね。惑星開拓の前倒し程度に考えて置きますよ」
「そうそう。戦争がもう少し激化していたら一般人も避難していたからもっと大変だったよ」
「確かにアメリカの分裂が無ければ避難計画が再開されていた可能性は有りますね」
「どうもアメリカが分裂しそうだから戦争を仕掛けられた感じだからなぁ。アメリカが安定していれば戦争も無かった可能性大だ。全てがアメリカの都合なんだよ」
「日本は未だに振り回されている感じですねぇ」
「……アラスカの始祖が陸軍士官の始祖と再び組む事は有りそうかな?調べておいてよ」
もし両者が再度手を組む可能性が高いなら月から中継基地を移転して月を地球から守る計画を進める必要がある。
月を中継基地としたのは将来的には惑星間の転移を不可能にするつもりだったからだ。
これは植物が人の幼体を惑星から惑星に送り込む事を止める意味もあるが防衛の意味もある。
惑星から惑星に転移魔法で直接乗り込んで軍事行動等を成す事を防ぐためだ。
月が襲撃される可能性が有るなら中継基地を他に設ける必要がある。
そして月は地球から中継基地行く為の中継地となる。
「調べておきます。でも陸軍士官の始祖が軍事研究を最優先してアラスカの始祖は自由に研究が出来なくて不満だったようですよ」
「軍事研究が優先するのは仕方がないよ。群れを守る為だからね。軍人がトップなのがどんなだかは分からないけど……横暴そうではあるな」
陸軍士官の始祖はかなり高圧的だったようでそれも有って殆どの始祖が今回の分裂騒ぎで離反している。
御蔭で日本は助かっている訳だがアメリカの東側では分裂が日本の陰謀と言った話にまでなっていて憎しみは募る一方だ。
日本としては多少の支援をしてでも西側の始祖達を味方に引き込みたい所だ。
「取り敢えずアラスカの始祖と眷族は友好勢力としたいですよね」
「上手く引き込めれば良いがなぁ。月に来る可能性も高いし」
「他の勢力も友好勢力としたいですよね」
「少なくとも敵に回したくはないな。支援が必要なら支援した方が良い。東側に対する牽制になる」
アメリカの始祖達は各々軍の有能な人材を眷族にして勢力圏を維持していてた。
太平洋側の始祖達は初期の混乱を乗り切って守勢に徹して勢力圏の無理な拡大を目指さなければ充分に耐えそうであった。
ヒスパニック系の始祖はメキシコ側に勢力圏を急拡大してメキシコ側の始祖達を次々と傘下に収めていた。
元々はメキシコ側に集まる難民を治めるためであり勢力の拡大も国に抑えられていたが国の縛りが解けた今では躊躇する様子もない。
ハワイの始祖は大陸から離れていて勢力争いからも遊離している。
アラスカの始祖も接しているのはカナダの始祖達で勢力争いは互いに望んでいない。
勢力争いが激しいのは内陸部の所謂アメリカ合衆国と接している領域である。
勢力争いといっても戦っているのは元は同じ国の軍人で練度も同レベルだから早々決着はつかない。
日本はその状態を維持する事が国益と判断して西側の勢力を支援する機会を窺っていた。
日本ではシナかエルサレムの様になるかなと北米大陸の様子を窺っていたのだがやはりあれらは特殊な様で種が違うからと言ってあそこまで酷い様相には中々陥らない様だ。
直ぐにでも種を違えた民間人の虐殺が始まるかと思ったのだがそこまでする勢力は無かった。
同国人だったからか何らかの抑制が働いているのだろう。
彼等にとっては種を違えたとは言え人は眷族候補なのだ。
例のウエストポイント出の始祖が率いる眷族は日本人相手なら虐殺も躊躇しない気がするけど。
原理主義者の勢力がこの勢力争いには加わっていない事も大きな要因だな。
エルサレムの争いを見る限り彼等なら同族以外は民間人でも虐殺していたろうから。
西側の勢力は日本の支援を必要とする様子は無く勢力圏を維持していた。
東側からの圧力に対しては共同で対処している様だ。
ヒスパニック系の始祖は小競り合いをしていたメキシコの始祖達を次々と傘下に収めて勢力を拡大し、既に八千万人程の群れを成していた。
群れがここまで急に大きくなると不安定となるものだが傘下に入れた始祖達を上手く使っているのかまだ拡大し続けていた。
北米大陸では最大勢力で現在の所謂アメリカ合衆国よりも大きくなってしまった。
結局、日本の支援を必要としたのはハワイだけで北米の西側の勢力とは外交関係を結ぶだけに終わった。
アメリカ合衆国の日本への非難は激しくなる一方で取り付く島もない。
日本はアメリカの陸軍士官の始祖とその眷族を敵対種として警戒を続けている。
戦争は続くと言う事だ。




