15 火星に送り込まれた幼体達
ヨーロッパからの介入によりエルサレム争奪戦が激しくなって以降、アフリカ大陸までキナ臭さが伝播してアフリカ大陸から中近東そしてヨーロッパへと紛争地域が連なってしまった。
ウイグルが紛争に巻き込まれる事になればシナまで紛争地域が連なる事となる。
あまり考えたくも無い事だが。
火星では植物によって地球から送り込まれてくる幼体が増える一方で、里親制度を拡充して対応している。
我が家にも五人の幼児が回されてきた。
我が家では子供が毎年の様に産まれて常時託児所状態なので家の中は騒々しい状態にある。
まぁ、三十人前後の未就学児がいればそうなるよ。
私は平日の日中は食事の時に家に戻るぐらいだけど家の中は子供が走り回っているな。
よくこれを毎日纏めているよな、感心するわ。
どうやら使い魔を駆使して常時監視しているらしいがそれにしても……
私なんて休日に子供達の相手をするだけでもう一杯一杯なのに。
こんな状態なので我が家に幼児が五人ぐらい増えても状況に左程の差はない。
そして我が家では成体になると皆部屋を外に持って家には食事時にしか寄り付かなくなる。
弟妹とは言え余程の子供好きでないと家には居られないだろうな。
私の使い魔なんて子供に弄られるのが鬱陶しいみたいで家には寄り付かず研究室を縄張りにしている。
「華ちゃん、五人とも我が家には馴染んでいるみたいだね」
「ええ、まあ何とか。一人だけ人見知りの男児がいて心配だったけどちーちゃんと気が合って何とか」
「千里も子供が好きだからなぁ。家に常時いるのは七人だけだろ。手は足りているの?」
託児所状態の昼間の我が家を何とか回しているのは華ちゃんを筆頭とする七人の子供好きの私の奥さん達だ。
私とその他の奥さん達は休みをずらしてこの七人の指示に従ってお手伝いしている感じだ。
自分の子供達なのでお手伝いと言うのも変だけど……そんな感じだ。
だってそうしないと上手く回らないんだから仕方がないんだよ。
「それは今更の話ね。これでずーっと遣ってきたんだから」
「まぁ、そうか。でもこれ以上増えるのは問題だろ?」
「あと五人程度なら増えても何とかなると思うけど。増えるの?」
「映美に聞いて知ってはいると思うけど。毎日の様に火星に幼体が送り込まれていてこのままだと火星全体が託児所になる。火星開拓にも支障が出るんだ。それで対処しようと思うんだけど。対処するまでの間にも幼体が増えるからまた何人か我が家にも回されると思うよ」
「……私の予定だと来年子供を産むのだけど見合わせた方が良い?来年予定しているのは他に三人でその内二人はもう妊娠しているから無理だけど」
華ちゃんは私の奥さん達の中では最古参と言って良い六人の中の一人で二、三年に一回のペースで妊娠して子供を産んでいる。
一度そんなに一人で産む必要はないのにと聞いた事が有るのだがなんかやる気が出るのだそうな。
「その辺りは奥さん達で調整して。避妊するかどうかはそちらに任せているでしょ。私はどちらにせよ励むだけだから」
昨今は魔法で避妊できるから妊娠の主導権を持っているのは完全に女側だ。
男はいくら励んでも女が妊娠を拒否していたら絶対に妊娠しない。
火星だと男に子供が多いとそれだけの女に受け入れられている証明になっている。
私の子供の数は瑠美に言わせれば種の繁栄の指標となる訳だ。
「じゃあ、映美ねえ達と相談するわ。修ちゃんはいつも通り美弥ちゃんの計画表に従ってね」
「うん、そうするよ」
「修ちゃん変わったよねぇ。真祖の自覚が出てきた。最近は真面目に励んでいるもの。有紀ちゃんも戻って来たし」
最近になって子供は三人で充分とか言って出て行った元奥さんが戻ってきた。
奥さん達の間で私の評価が上がって、気になって戻ってきたらしい。
現在は妊娠中だから完全に元のさやに戻ったと考えても良いのかな?
「有紀は何か言っていた?私には何も言わないから良く分からないんだけど」
「あと何人か修ちゃんの子供を産んでも良いかなと言ってた。頑張ってね」
「ふ~ん。彼女もかなりの子供好きだよね」
「そうね。戻って来るまでの間も昼間はずっと我が家に居て子供の世話をしていたもの」
私の元奥さん達は平日は我が家に子供を預けて働いている。
中には有紀の様にそのまま託児所状態の我が家にて働いている者もいる訳だ。
私と別れて出て行くと言っても私を共有しなくなるだけで奥さん達とは仲が良いままなのだ。
子供達も日中は変わらず我が家に居て遊んでいるし、ただ私と寝屋を共にしたくなかっただけの話で。
まあ、以前は種馬なんだから子供が出来れば良いんだろうと励んではいたけど奥さん達の扱いはぞんざいだった。
中にはもっと手荒な方が良いって娘もいるけど普通はもう少し気持ちを入れて欲しい様だな。
「戻ってきたとかも実はあまり実感が湧かないんだよ。出て行った感じもないし。元から互いに恋愛感情でドロドロと言った関係でもないしね」
「そもそも修ちゃんは真祖で畏敬の対象なのだからして普通は恋愛対象にはしないわ。中には修ちゃんに会ってがっかりする娘もいるのよ。普通のおじさんだから」
「華ちゃんは如何だったの?がっかりした」
「私はまだ始祖とか真祖とかが公表される前に美弥ちゃんの旦那として会っているからがっかりとかは無くて美弥ちゃんや瑠美ちゃんと一緒に楽しく遣って行ければいいなあと思っていたから」
「で私の事は如何でも良かったんだ」
「違う違う。美弥ちゃんと瑠美ちゃんの旦那だからぞんざいには出来ないなと」
そう言えば華ちゃんとは華ちゃんが家に住むようになるまで二人きりになった事はなかったな。
いつも美弥か瑠美が一緒だった。
華ちゃんにとって私は二人の付属物だった訳だな。
ま、今が良ければ昔の話はそれこそどうでも良い話だな。
「言い訳はしなくても良いよ。昔の話なんだから。それにしても華ちゃんの触り心地が良いのは変わらないねぇ。匂いも良い感じで」
「そうなの?でも前はそんな事も言ってくれなかったわよね。うん、確かに変わった」
「そうだった?まあ、そうだったかな」
確かに言葉に出したことは無いな。
「うん、そうだった。子供達にも受けが良くなっているわよ。家に来た五人の幼児も直ぐに懐いたし」
いや、子供はあんな風に纏わりついてくるものだろう。
昔から皆そうだった気がするけど違ったかな?
話に有った人見知りとかの男児も別に気にならなかったよな。
「じゃあ、また何人か受け入れても大丈夫だな」
「さっきも言ったけど五人ぐらいなら。それで子供達の親は見つかった?」
「それは映美の方が詳しいよ。私の知る限りは日本なら警察で調査すればほぼ間違いなく見つかる。国外だと行方不明者がニュースになっていれば照らし合わせる事も可能だ。だけど戦乱地域や国が崩壊して始祖の勢力図が頻繁に変わっている地域はまず無理だな。知っての通り、火星の事は公には出来ないから地球での調査もそれなりにしかできないんだ」
人の幼体は地球上の多種多様な地域から植物によって火星に送り込まれているけどそれがニュースになる地域とは限らない。
日本、北アメリカ、オセアニア、東南アジア等ではニュースになって問題となっているけどその他の地域では戦乱地帯だったりして混乱が酷くて幼体の行方不明もそれ以前から普通にあったからかニュースにはならない。
特にアフリカ大陸は日本とは疎遠になっていて情報がさっぱり入らない。
それに調査して仮に親が分かってもまずは帰せない。
火星の事は機密事項で群れの禁忌に触れるので対外的には火星関連の事は何も情報が出せない。
今回の件はもろに抵触するから地球での調査すら難しいのだ。
相手に火星まで来る能力が有って火星に来れば協力も可能だがそれ以上の事は今の所出来ないのだ。
「火星の事を秘匿する必要があるとすると親が見つかっても帰せないわね」
「ま、そうだな。現状では難しいな」
心情的には可哀そうだから何とかしたいのだけれど現状では無理だな。
我が家に来た五人の幼児も親が火星に来る可能性が皆無ではないので里子となっているが実質的には養子だ。
成体になった時点で親が火星に来ていなければ正式に養子となり私の眷族にする事にした。
直ぐにも成体になりそうな者については選択肢を提示して有って、帰る事が出来るのなら三年後であれば帰って良いよとはなっているが状況的には無理だ。
実際の話、魔法を使わないと地球に戻れないのに彼等には戻るレベルの魔法は使えないし使える様にもならない。
彼等が私の眷族にでもならない限り、成体になっても魔法教育を受けられない。
群れの禁忌に触れるからこちらからは魔法を教授できないのだ。
魔法の独学と言う手もあるが何年かかるか分からない。
仮に私の眷族になって魔法を身に付けたとしても親元に帰る事が群れの禁忌に触れるので現状では直ぐに実行とは行かないだろう。
火星開拓の公表なんかは昔はもっと安易に捉えていた。
日本が外宇宙の開拓を本格化させようとする段階で他の勢力がどこも火星に来ていないなんて事は考えてもみなかった。
他の勢力が来ても宇宙は広いから開拓する惑星も充分に有って取り合う必要はないと考えていて、その段階に至れば火星の事なんて小さなものだと思っていたのだ。
現状はと言うと、日本の保護下に有った始祖とその眷族以外は火星に足を踏み入れてはいない。
このままでは火星が託児所になって身動きが取れなくなると言う事で地球側にも相談を持ち掛けたのだが地球側はヨーロッパから始まった新たな混乱への対処に手一杯でこちらで動くしかなかった。
地球では燻っていたアフリカから中東までが戦乱となりヨーロッパも手薄となった所にイスラム難民が入り込む様になって混乱し始めた。
ヨーロッパの原理主義者はエルサレムの奪還を重要視しているのでヨーロッパの多少の混乱は気にしていなかった。
エルサレムの奪還さえなれば神の威光でどうにかなると信じているのだ。
植物によって地球から送り込まれてくる幼体にアフリカ系が少なくないのはどう考えてもこの戦乱の影響だ。
戦乱から逃れたいと思う者も多いだろうから思惑が合致して火星に転移させ易いのだと思われる。
でもそうだとすると成体が火星に来てもおかしくはない状況なのだが今の所はないな。
切欠は戦乱だったとしても現在は地球規模となっていて、世界中が子供が消えている事に気付き始めた。
そうなると成体である大人が目を光らせるので中々魔法が発動し難くくなる為か火星に幼体が送り込まれるペースは以前より落ちていた。
それでも火星が大変な現状に変わりはない。
今のままでは宇宙開拓に支障が出ると言うか既に支障が出ていて外宇宙の惑星系開拓の人手が削られている。
火星の開拓を優先するためで仕方がないのだが。
外宇宙探索は元々人手が少なく人を削ると止まってしまうため現状維持である。
このままでは不味いので火星の魔法回路を弄って植物による地球から火星への転移を阻害する事にした。
地球と火星の人の行き来も阻害されるので遣りたくはないのだが仕方がない。
月経由で行き来する事は可能なので少し不便にはなるが問題はないだろう。
植物が月経由での転移を行う事は無いと思うが一応は警戒しておこうか。
そうして一年程様子を見て何とかなったかなと考えていたのだがその間にも地球の状勢は変化していてアメリカ合衆国では魔法研究者の一部が幼体の行方不明に植物の魔法が関係している事に気付いて問題にし始めていた。
それを受けてアメリカ合衆国の政治勢力の一派が日本が植物を使って幼体を誘拐したのだと日本を糾弾し始めた。
植物の魔法を一番利用しているのは日本だから単純にそう思い付いたのだろう。
この件に関しては植物が関与しているのは是だが日本が関与しているのは否だ。
植物が始めた事を日本の所為にされては堪らないから日本は必死に反論している。
日本でも幼体の行方不明者が多数いる事を持ち出して日本もこの件に関しては被害者で問題の究明に努力している事を強調した。
なにせ世界中で幼体の行方不明者が出ているのだ、戦乱に巻き込まれた者や犯罪に巻き込まれた者もいるだろうに全てを日本の所為にされては堪ったものではない。
だいたい日本が態々世界中の人々を敵に回す事に何の意味が有るのか。
苦労して構築したシナの包囲網が瓦解してしまうではないか。
友好勢力にも行方不明の幼体は多数いるのだ、そんな事をするものか考えれば分かるだろうに。
まぁ、実際は全てを分かった上で何か目的が有って糾弾しているのだろうな。
火星の話を公にしてしまえばとも考えたが群れの禁忌に触れるし幼体は火星にいるのだから火に油を注ぐことにも成り兼ねないからこの状況では無理だ。
「火星の件は今の状勢では何処にも話せないな。元々群れの禁忌に触れるから余計にだけど」
「無理だね。話を持ち出した時点で日本が誘拐した事にされる。それにアメリカ合衆国で日本を糾弾している勢力の目的は別にある気がする。裏庭の南米で日本が影響力を持ちつつあるのが気に入らないとか」
「いや、それは向こうも了解済みの話だろう?北に向かう難民を減らすのに効果が有るって事で」
日本は南米出身の始祖を保護して教育してから南米に送り帰していたのだがそれが功を奏してその始祖は順調に眷族を増やしていた。
日に日に勢力が大きくなって南米の安定に寄与している。
アメリカ合衆国は了解済みの筈だ。
「暗黙の了解だったし、状勢が変わったと判断したんだろうな。日本を糾弾している勢力は」
「それに影響力と言っても元日本人がいますよ程度なんだろう?」
「そうだよ。連絡はとれるけどこちらから命令できる訳ではない。日本の影響力云々で言えば東南アジアの国々よりも緩い関係だな」
「そうだよな。何がしたいんだ?」
「日系人に対する求心力になっていて眷族は順調に伸びているんだ。取り込みたいんじゃないかな」
「別に良いんじゃないか。日本はアメリカ大陸が安定していればそれで良いんだから。日本への糾弾に何の意味が有るのか分からないけど」
「暗黙の了解とは言え了解した手前、糾弾して悪者にしないと動き難いんだろ。向こうの政治的な理由さ」
「そうすると下手な反応をすると馬鹿を見るな」
「だから今は状勢を見極めないといけない。火星の件は後回しになるな」
「取り敢えず日本の他の始祖の拠点も火星に移した方が良いと思うけど?最悪の場合は地球から抜け出す事に変わりはないよね」
「まあそうだね。でもその辺りの思惑は各始祖に任せるべきだな」
「でも宇宙は早い者勝ちだよ?今ならアメリカ合衆国に先んずる事も可能なのに」
「彼等はアメリカ合衆国の事なんて気にしてはいないよ。気にしているのは君だ。外様の始祖達は火星に行くと勢力を君に丸ごと飲み込まれると思っているんだよ。会議でも固まっているだろう?」
「いや、だったら猶更宇宙に出ないといけないよ。地球上にこんなにたくさんの類縁種が共存できるとは思えない。火星で宇宙開拓のノウハウを身に付けてから惑星系の一つを勢力圏にしても誰も邪魔はしないよ?早ければ早い方が良い」
「それでも、勢力が飲み込まれる事を恐れているんだ」
「良く分からないな。地球と違って勢力を拡げるのに他勢力を飲み込む必要はないんだよ。そんな面倒な事をするもんか。惑星はいくらでもあるんだ。そんな事に労力を割くより惑星を開拓して自分達で増える方が効率が良いじゃないか」
「世界には横取りした方が楽だと思う奴の方が多いんだよ。シナなんて火星の事を知ったら自分のものだと言い出しかねない」
「……ああ、確かにそうだな。少なくとも自分にも権利が有るとは言うだろうな」
今は地球の日本にいる方が安全ではあるけど籠るのは問題の先延ばしなだけだろう。
美里なんて外宇宙に開拓可能な惑星を見つけてからは外宇宙探査も積極的に進めている。
自らを神使と名乗る麻耶の眷族も外宇宙に出て既に惑星の開拓を始めている。
この二つの勢力は火星にも拠点を置いているけど外惑星の開拓自体は単独で行っている。
私の眷族は既に五つの惑星系を勢力圏にして三つの惑星を火星と同じ様に開拓中だ。
現段階で何もしないなら眷族を引き連れて南米に戻った始祖の方がまだマシだな。
彼等は南米で順調に勢力を拡大している。
暫くすれば宇宙にだって乗り出すだろう。
彼等の眷族の一部は火星に来たことが有るのだから。
沃土は各始祖に任せるべきとか言っていたけど日に日にその気は失せて行く。
もしかして何もしていないのは昔の朝鮮族の様に事大してこのままぶら下がり続けるつもりか?
……もしそうなら面倒だけどそれこそ眷族ごと勢力を飲み込む必要がある。
ぶら下がるだけの奴は必要ないからな芽を摘んでおかないと。
まずは日本にいる始祖達には惑星を開拓して拠点を築かせる必要があるな。
必要なら私の子供達を送り込んで彼等の眷族にしても構わない。
私の子孫が全て私の眷族で有る必要はないからな。
それで惑星開拓が出来たなら日本の影響下での発展も良しとしようか。
このまま順調に外宇宙の開拓が進めば何れは火星と同じ様に植物が地球から幼体を送ってくる事になるだろう。
予めその時の用意をしておく必要はあるが火星での時の様に直ぐに止める様な事はしない方が良いとの調査結果が出た。
人の幼体は地球上の多様な地域から送り込まれていたので種の遺伝子プールとしては多様性に富む事となり有利であったからだ。
送り込まれた幼体は個人的には可哀そうなのだけれど生物種としては有利に働いている。
親元に帰そうにも政治的な状況が逸れを許さない。
日本に対する糾弾さえなければ色々遣り様は有ったのかもしれないが時すでに遅しだな。
私は火星に送り込まれた幼体については私の眷族とする事に決めた。




