二幕―2 狂乱の饗宴
何が起こったんだよ……。気が付いたら固い床に転がってるし、起きたら起きたで結美先輩と米子先輩がイヤな笑顔で口喧嘩してるし、後藤は傍でまだ寝てる。ちらっと外が見えたけど、まだ暗いみたいだ。一体、今何時だよ。
「あ、山手君起きた? まだ寝てても大丈夫だよ?」
「あ、拓人さん。おはようございます。まだ寝てても良いっていうのは……?
「まだ五時だから、起きるのに早いんじゃないかなって話」
笑顔で言う拓人さんだけど、なんか疲れてるみたいに見える。かくいう俺も、疲れは全然取れてない。でも、目が冴えちまったからもういいや。ついでに、なんでここに寝てるのかとか、昨日の夜何が起こったか聞こう。
「目が覚めちゃったから大丈夫です。それより、俺達なんでここに寝てたんですか?」
「あぁ……って、え? まさか、昨日のこと覚えてない……?」
「え? あ、はい……」
「……実はね……」
えぇぇ!! 俺、一人で夜遊びに行ってたのか? しかも、喰われそうになってた?! それって、完全に補導対象だろ!! そんなことを忘れてるってどういうことだよ、俺!!
「ふざけたことを山手君に教えないで!! 夜遊びどころか完全に操られてたじゃない!!」
「仮にも目上ですよ、先輩。言葉遣いには気を付けて下さい」
「お黙りなさい!」「そっちがですよ!」
「えっと……。拓人……さん……?」
「……拓人に任せるといつもこうだ。お前は、この一連の事件の首謀者に操られて、あまつ喰われそうになったんだ。それを未希が庇って、家に運ぶのは不味いからここに転がした。それだけだ……」
「貴仁大丈夫か? 顔色悪いよ」
「……ほっとけ……」
「あ、良かった山手だ。おはよう」
「後藤君ももう少し寝ればいいのに……」
「あんな凄いモノを見せられて、呑気に寝るなんて無理ですよ!!」
話が……、話が明後日の方向へ飛んでいく……! 嘘だろ、聞きたいことまで飛ぶなんて……。それにしても、貴仁さんマジで顔色悪いな。しかも、さっきの話がそうなら未希先輩どこにいるんだ? それを知ってるかもしれない結美先輩は、今米子先輩と口喧嘩してるから聞けそうに無い。
「ど~すっかな、みんな起きちゃった」
「……どうするも……なにも、……そのままにするしかないだろ……」
「あ、そう言えば未希先輩どこに行ったんですか?」
「あぁ、未希ちゃんなら別室。ちょっといろいろあるんだよ」
いろいろって何があったんだよ。聞いても答えてくれないんだろうな……。
「貴仁さん、拓人さん! 昨日のアレは、一体何だったんですか?!」
「町が霧に閉ざされた事件の元凶」
「それは分かりました! あれは心霊現象なんですか?!」
後藤の質問に、かちっと二人の表情が強ばった。不味いことを口にした訳じゃなさそうだが、何か考え込んでるみたいに見える。どうしたんだ、一体。
「……なぁ君さ、いつからここで寝てたの?」
「あ……、さぁ……」
「あれ? 堅山先輩、どうして……?」
「気がついたらここで寝てた……」
「あ、眠いよな。ごめん、まだ早いから……」
「そうっすね、じゃあお言葉に甘えて……」
……寝た……、早い……。二人が凍り付いたのは堅山先輩を見たからか……。びっくりした。
「心霊現象かどうかは、君が決めるといい。ところで後藤君、山手君、ゲームは好き?」
いきなりゲームの話?! 話を逸らしたい為の言い訳に聞こえる! い、いや、急に聞かれても……。まさか、お誘いなのか?
「やりますよ! 紅い蝶が飛ぶホラーゲームとか好きです!」
「ホラーゲーム好きなのか! アクション系やRPG系はしない?」
「兄弟で乱闘するアクションゲームなら」
「アレか。リアル大乱闘だからやらないな……」
「確かに、貴仁と未希ちゃんはリアル乱闘してるな」
……いや、兄妹でリアル乱闘って……、なにそれ怖い。見てみたいけど怖い。迫力あるだろうな、想像したら怖いけど。
「拓人さんは、どんなゲームするんですか?」
「ん、俺? 女神を転生させてくRPGとか、もう一つの人格を召喚して戦うRPG好きだよ」
「おい、馬鹿! リアルに名前を出すな!」
「出してないよ? ほら、悪魔は二度生まれるとかさあ!」
馬鹿騒ぎになりつつある……。後藤まで入り込んで収集つかねぇ。いい加減、未希先輩の居場所とか昨日の事とか聞きたい。こんなことを思っていると、突然怒鳴り声が上がった。
「もうこんな茶番うんざりよ! いつになったら帰らせてくれる訳?!」
茶番って言われて、貴仁さんと拓人さんが笑顔のままに凍りつき、結美先輩は目を細めて米子先輩を見てる。空気が変わっても、米子先輩は全く気にしてない。それどころか、閉まってるドアを開けようとさえしている。さすがにそれはまずい、って先輩。まだ暗いし、何より外に何かいたら……!
「……ダメですよ、先輩。開けちゃあ……」
「……!」
えっ怖い! 結美先輩いつの間に。なんでドアの前に立ってるんですか! さっきまで米子先輩と口喧嘩してたじゃないですか! 口だけ笑って、背中でドアを抑える結美先輩、滅茶苦茶怖い! 未希先輩が乗り移ったんですか?!
「悪いな、もう少し辛抱してくれ。必ず、朝練よりも早く帰すから。……まだ……、揃ってないからさ……」
拓人さんも結美先輩と同じような事言って、米子先輩を押し止める。それにしても、揃ってないってどういう意味だ?
「……どういう意味よ?」
「専門家の言うことを聞けって事だ。……でいたけりゃな……」
何を……、言ったんだ? 今、ちゃんと聞き取れなかった。とにかく、早くこの悪夢が終わってくれって祈る事しか、俺にはできそうに無いらしい。遠くから何か聞こえた気がしたが、今の俺には気付く余裕がなかった。
白い服を緋が染める。その様子を、勾陣はただじっと見ていた。彼に今できる事は何もない。呼んだ同胞が彼に応えてここに来るまで、痛みに呻く主の手を握るだけ。
『派手にやられたの。これはわらわでなくば手は出せぬな……』
『来たか、六合。早速頼む……』
水干を着た少女――六合は、勾陣の言葉に眉をしかめた。その表情は不満を示している。
『わらわの主でもない者を救う理由がどこにある?』
「……別に……、大元を絶てば……、消える……だろう……?」
『そなた……、生粋の愚か者じゃな。この呪はその身を食い散らすまで残るぞ。大元を絶ったとしてもな』
『我が主!』
「……勾……、六合と話している。……口出しは無用だ……。……六合、命令……とは言わない……。見殺しにしたくばするが良い」
仄かに笑みを浮かべ、未希が呻くように呟く。心臓の拍動と共に増す痛みに耐えながら、六合を動かすために言葉を紡ぐ。
「だが……もし、……少しでも、この愚か者を死なせたくないと思うなら……、手を貸して欲しい……」
『……そなたは……、卑怯じゃな。そう言われて貸さぬ者がおったか?』
苦笑した未希の身体が、急な激痛に跳ねた。悲鳴を上げまいと食い縛る歯が嫌な音を立てる。時間がない事を悟った六合は、うつ伏せの身体が纏う服を剥いで背中を晒し、慌てて顔を背けた勾陣に動かぬようにその身を抱かせる。晒した背中は、引っ掻き傷と呪詛により腐りかけていた。
『勾陣、傷が見えるように拘束せい! 頭と腰を抑えよ! 腕は身体で抑え込め!』
『……! 分かった……!』
勾陣がしっかりと拘束したのを確認し、六合が傷口に手を這わす。囁く声が聞こえたのと同時に、未希の身体が陸に打ち上げられた魚のように跳ねた。余りの力に拘束が緩みかけるも、解呪が終わるまではと渾身の力で締め上げる。
『くぅ……、なんという強固な呪詛じゃ……! わらわの力でも拮抗するとはな……!』
忌々しげに言う六合の声が、絶叫する未希の声に阻まれ聞こえない。舌を噛まぬよう頭を無理矢理肩に押し付ければ、悲鳴の代わりに噛みつかれる。肩当ても何も着けずただの浴衣を纏うその肩は、主人の牙を受け止め血を流す。くぐもった悲鳴を漏らす主人を、勾陣はただひたすらに押さえつける。そうしていると不意に、肩に食い付いた未希の牙から力が抜けた。
『終わったぞ。全く、どれ程深い呪いを受けたのじゃ。解くまで難儀した』
『すまない、助かった……』
『しかし、二度目は無いぞ。次は容易に毒を通す。傷を負わぬ努力が必要じゃ』
「……分かった……。一度拾った命、大切に使わせて貰う……」
勾陣の腕を叩いて離させ、未希はゆっくりと俯いた顔を上げた。服を整える身体は重いが、結界内に侵入を許した以上のんびりしている訳にはいかない。二人の天将が押し止めようとするが、彼女がその話を聞くことはない。
『はぁ……。一度言い出したら聞かないですからね、我が主は……』
『……やはり、そなたは愚か者じゃな……。まぁよい、傷付くでないぞ……』
呆れ半分に言われてクスリと笑った未希は、思い出したように六合の方を振り返った。そして、彼女に小さくついでの頼み事をした。それを聞いた六合は、肩をすくめて了承の意を示す。礼を言い、未希は今度こそ神殿の方を見据えた。この狂った宴を終わらせるために、ふらつく足を叱咤して歩き出した。
変な声が聞こえた直後だったはずだ。ドアが凄い勢いで叩かれたのは。思わず身体が震えたが、同じ事が後藤や米子先輩にも言えたらしい。ビクッとしたのが分かった。
「……早かった……な……」
「結界やられたっぽい?」
「……いや、神社周辺は張ってないも同然だ……」
「貴仁さん。顔色、更に悪くなってますよ?」
「大丈夫だよ、結美ちゃん……」
明らかに大丈夫そうには見えませんよ、貴仁さん。青を通り越して白いですよ。でも、今座ってる場所を動こうとはしないんだな。何かあるのか?
「ドンドン煩いわね! いい加減にしなさいよ!!」
余りの音に、米子先輩がキレた。キッとドアの方を睨むと、止める結美先輩を押し退けてドアに手をかけた。マズイって米子先輩、外に何がいるか分かったもんじゃないのに!
「米子先輩、ダメですって!!」
「ちょっと待て!! 今そこを開けるな!」
貴仁さんまで血相を変えて叫んだけど、米子先輩がそれで止まる訳が無い。だけど、米子先輩がそこを開ける前に、叩かれていたドアが吹き飛んだ。あっと叫んだ時には、結美先輩が米子先輩の上に覆い被さっていて、ドアの直撃は免れてた。その代わり、結美先輩は飛んできたドアの下敷きになっていた。
「……の……! 重い!!」
「ぐっ………、くっ…………!」
「結美ちゃん! 貴仁?!」
「たっ……貴仁さん!!」
ドアの残骸を押し上げて出てきた結美先輩に、傷らしい傷は見当たらない。けど、貴仁さんは背中を丸めていきなり血を吐き出した。何かどうなってるのか理解が追い付かない……。米子先輩も後藤も呆然としてる。
「何が……起こって……?」
「……何も、心配する必要はない……。向こうは任せて……」
「えっ……?」
視界の端で、振り袖がちらついた気がして振り返る。ドアの外に出て行ったのは未希先輩。背中には引っ掻かれたような傷痕が見える。あれ、あの傷痕どこかで見たような……? 気のせいかな……? とか考えてたら、未希先輩の後を追うように何かが飛んでいく。それは中に入ろうとした巨大な昆虫を粉砕して、階段の二段目に刺さった。あれ、矢だよな……? 射たのは米子先輩?
「入らせないって。未希ちゃん、こっちは任せてね」
「むぅ……。じゃ言葉に甘えるね、未希。病み上がりなんだから無理しないでよ!」
「……結美、分かっている……。拓人さん、兄さんと結界をお願いします。あと、部外者をこちらに出さないで。……でいられなくなるから……」
「分かりきった事を言うな……」
やっぱり、所々聞き取れない……。って堅山先輩起きてたんですか?!
「あっ、堅山先輩、起きたんですか」
「あぁ、煩くてな」
まぁそうだよな。あんだけドアドンされたら煩くて寝れないだろうな。そう答えようとした俺は、突然の頭痛に何も言えなくなってうずくまった。なんだよこれ、風邪引いた時でもこんなに痛くならねぇのに!
「おい、山手? どうしたんだよ?」
「どうした、山手? どこか痛むのか?」
後藤と堅山先輩が声かけてくれたけど、生憎今の俺は返す言葉を出せない。両手で頭を押さえるけど、それで痛みが収まる訳が無いことくらい分かってる。
「山手君? しっかりして! 大丈夫?!」
米子先輩にも心配されてるけど反応出来ない。しかも、頭の中に変な声がガンガン聞こえてき始めた。くそっうるせぇ……!
「山手君、大丈夫?! 何か変なモノ持ってない?」
結美先輩が変な事を聞いてくる。変な物ってなんだよ。しかも、結美先輩が近付いてきたせいで余計声がでかくなった気がする……。頭を押さえながら顔を上げた俺が見たのは、ドアの向こうで未希先輩がありえない大きさのムカデに刀を降り下ろす姿。
「山手君? ……ちょっとごめん!!」
「えっ? 結美先輩?!」
返事をしない俺にしびれを切らしたらしい結美先輩が、いきなり俺のズボンのポケットに手を突っ込んできた。余りの早業に、後藤も米子先輩も拓人さんも誰も反応出来なかった。でも、結美先輩が俺のズボンのポケットから何かとってくれたお陰で、頭痛が元々なかったように治まった。
「古いお札ですか、それ」
「うん、そうだよ後藤君。これ、一連の元凶」
「お札が元凶? どういう意味なのかしら? 後、山手君になにしてくれてるのよ!」
「ハイハイ。あのままだったらまた呑まれていたので、説明より行動する方が良かったんです」
結美先輩、米子先輩に対して態度違い過ぎないか……? 俺も経験アリだから強く追及しないけどさ。ところで、一連の元凶ってどういう意味だ? 俺が呑まれていたって意味も知りたいな。
「結美先輩、俺が呑まれていたってどういう意味ですか? あと、一連の元凶って……?」
「山手が霊媒師だから事件が悪化した、とか?」
「いい加減にしろよ、後藤!! 俺は霊媒師じゃねぇっての!!」
「はいはい、そこまで。この札が、あの百足の封印媒体だったの。それが長い間放置されて、百足に力を与える物になっていったの。だからこんなものは、さっさと燃やしちゃおうね~」
笑顔でトラウマを刺激しないで欲しい……。某片付けおじさん怖かったんだぞ……!
「管狐、燃やしちゃって。燃やすのは浄化だから」
小さな狐が結美先輩の足元から駆け出して、手に持っているお札を青い火で燃やした。一瞬で灰になった事を確認した結美先輩は、ドアの向こうでムカデの爪を避けた未希先輩に向かって叫んでた。だいぶ気が抜けそうな言い方で。
「未希~~、こっちは終わったよ~~。早く仕留めちゃって~」
「……それ、気が抜けるんじゃない……?」
「珍しく米子先輩が突っ込んだ?!」
「失礼ね、山手君」
「あ、貴仁。落ち着いた?」
「……落ち……着くか……。馬鹿野郎……」
「……八つ当たりはんた~い」
「叩き斬るぞ……!」
「ふふ、ようやくいつもの貴仁だな」
「あぁ~……ねみぃ……」
「…………自由だな…………。終わったぞ」
いつの間にか、未希先輩が戻ってきていた。下らない会話って大切だな……。今まで見てきたこと、夢だって思える気がするし……。
「残念ながら、夢ではない。これに懲りたら、もう下手な真似はするな……」
疲れきったため息と共に、未希先輩に頭を平手で叩かれた。手加減されてたけど解せぬ。まぁ後藤も同じように叩かれてたからよしとしよう。今回の原因は、どうやら俺達みたいだし……。
「ま、これで一件落着。朝ごはん、今から食べても朝練間に合うよ。俺が弓道場まで送るから、とっとと準備しようか」
笑顔で立ち上がる拓人さんに続き、俺達も神社から未希先輩の家に向かう。動けなさそうな貴仁さんは、未希先輩が肩を貸している。朝飯なら、とっととあの二人も起こさないとな。




