二幕-1 狂宴の前夜祭
ひ…久しぶりです…。やっとコラボが上げられた…。この調子で本編も進めたいなぁ……orz
その日は、朝から妙な雰囲気があった。霧に閉ざされた町と巨大化した昆虫、何かが蠢いている感覚。そして、招かれざる客人。正直、何故この時期に、と思うほどタイミングが合っている。だが、彼女はそれと彼らとの関係を否定していた。そう、この夜の出来事が無ければ。
深夜、未希は身体に走る痛みで目をさました。それほど痛い訳ではないのに、と思い身体を起こそうとした。しかし、思うように動かない。
「……! くっ、つっ……」
「……未希? 大丈夫?」
「……っ、すまない、起こした……」
「ううん、平気。それより、変な感じがする」
「……だろうな……。結界がやられた……」
「え?」
ようやく動くようになった身体を起こし、未希は自室のドアを見た。程無くして控え目なノック音と共に、ドアが静かに開いた。
「急にごめん。二人共起きてる?」
顔を覗かせたのは二人の兄の拓人と貴仁。彼らを見た未希と結美は、何か大変な事が起こったのだろう、との予測が容易にできた。
立ち話も難だと部屋に招き入れると案の定、貴仁の顔色が悪かった。
「未希お前、相当顔色悪いぞ……」
「……兄さんこそ……」
「貴仁が一時動けなかったし、結界がやられたみたいだよ?」
「未希がそんなこと言ってましたけど……。でも、強化したって……」
「内側から破られる事は、残念ながら想定してない」
「じゃあ……!」
「何らかの力が内側からかかったって事だ。……急ぐぞ」
貴仁の一言に、その場にいる全員が頷く。それぞれが準備のために一旦散り、外に集まる。時間は丑の刻に近い。そして強化したはずの結界には、人一人が通り抜けられるほどの穴が開いていた。
「……ドンピシャかよ……」
「誰が壊したんだろう……?」
「……とにかく、修復しながら探るぞ」
未希が障気がまとわりつく結界の穴を直し、他が管狐に穴が開いたか原因を探らせたり、不審な所がないか見て回ったりする。だが、結界を破壊した力の出所が見つからない。しかも、力の動いた形跡すらも見当たらない。まるで、結界を壊すためだけに力が使われたかのように。
「まるまる形跡が無いなぁ……」
「管狐で分からないんじゃ、お手上げですよ……」
「山手ぇ! どこ行ったんだよぉ!!」
まともな修復ができず苛立つ未希の耳に、聞きなれない声が届く。その声に集中を切らされ、修復を中断して声がした方を見る。そこには、寝間着代わりにジャージを着た、客人――確か、後藤暁良といったか――がいた。
「あれ? 後藤君、どうかしたの? 寝苦しかった?」
「あ、結美先輩。そういう訳じゃなくて……。って、皆さんなんでそんな格好なんですか? まだ夜ですよ?」
「……あ~……。一応……、仕事?」
「……そんなこと、今はどうでも良い。山手がどうとか言っていたが、何かあったか?」
苛立ちが言葉に出ないよう気をつけ、未希は彼に尋ねた。彼女の直感が告げている。彼が何かしらの情報を持っていると。そして、この結界を破壊した何かに繋がるであろうと。
「えっと……。山手が部屋からいなくなってて、探してたんです。トイレかなって思っても、なかなか帰って来ないし」
「部屋からいなくなった……? 俺達の家は迷うほど広くないけどなぁ……」
貴仁が首をかしげるのもよく分かる。自分たちの家は、迷うような構造ではない。初めて来た人でも、迷わず家の様々なところに行ける。
「迷った、じゃないとすれば、出ていった?」
「さすがに深夜には出ないですって。私たちじゃないんですから」
「……出ていった……? ……昨日……、いやもう一昨日か、どこかに出掛けたか?」
話が明後日の方向に飛んだが、出ていった、というキーワードを得た未希は、どうしても聞きたくてしょうがない。その明後日の方向にかっ飛ばされた話を、後藤君は難なく拾って投げ返してくれた。その内容は、未希が確かに欲したものであると同時に、予想外のことでもあった。
「あ、行きましたよ。下弦川に胆試しですけど」
「……ダウト……」
「……原因把握……」
「……マジかよ……」
「…………その確信は要らなかった…………」
四人それぞれが頭を抱えた。よりによって、超危険区域に胆試しに行くとは。その確信は考えに入っていないし、思いもよらない。だが、これで行く場所は把握できた。
「……全っ力で行くぞ……。来い“羽犬”」
「早くいかないと大変だな……。頼むよ“天馬”」
「えっ? え?」
「……“黄龍”……。行くぞ、結美」
困惑する後藤君を置いて、それぞれが直接向かうための“足”を呼び出す。貴仁は翼を持つ犬、羽犬を、拓人は吉兆である空飛ぶ馬、天馬を呼び出しその背に乗る。未希も龍を呼び出し、未だ混乱する後藤君を置いて結美を呼んだ。だが、結美は後藤君のことが少し心配らしい。
「……後藤君。私たちは今から山手君を助けに行くけど、君はどうする?」
「……どうするって……えっ?」
「……結美、まさかと思うが……」
「うん。大丈夫だと思うし、連れていっても良いと思うんだ」
混乱から立ち直った後藤君は目を輝かせ、未希は頭を抱えて目を伏せた。言い出すだろう、とは思っていた。しかも、大丈夫と言う根拠も保証もない。無条件の自信はどこから出てくる、と聞こうとした未希はあまり悪くない。
「未希先輩お願いします! 俺も連れていって下さい! 山手が心配なんです!!」
「……だが……」
「未希お願い! 私も後藤君から離れないようにするから!!」
「……わかった。ただし足手まといになるな。それが守れるなら……来い!!」
「……! はいっ!!」
嫌そうにする黄龍をなだめてその背に引っ張りあげ、未希は行く場所を指示する。目指すは下弦川のほとり、橋の掛かる川原だ。
空を駆ける龍は霧より高く飛んでいるようだ。夜空は濃い霧に邪魔されず綺麗に見える。星々をその明かりで隠す、大きくて丸い満月をちらっと見、月下に蠢き力を蓄えるモノの数を未希は想像する。魔性の月は夜に属するモノ達に力を与える。真円に近ければ近いほど、強い力が手に入る。
「……よりによって満月か……」
「……? 未希先輩何か言いました?」
「いや、なんでもない。……黄龍、もうすぐのはずだ。低空で飛べ、降りるのに高い」
未希の指示に一声吠えることで答えた黄龍は、霧の中へと高度を落とす。黄龍に合わせて、兄達も霧の中に入る。左右を飛ぶ兄達の姿は、霧の中に目を凝らせばかろうじて見える程度。そんなに離れていないはずだが、霧が濃すぎて見えにくい。
「あのっ、下弦川ってそんなに危ない場所なんですか?!」
「結構ヤバい場所だよ!! この辺の人達は夏の夜に近づこうとはしないし!!」
飛ぶ風が強すぎて、話をするには声を張らなければならない。結美と後藤君が声を張って話をしているのを前で聞きながら、未希は濃くなる霧の中に目を凝らす。そして不意に、龍の上に仁王立ちになった。後ろの二人が驚いた顔をしたが、未希は見ていない。降りる場所を定め、風の影響を考え、そこに向かって飛び降りる。
「黄龍。二人が驚かないよう、ゆっくり降りてこい」
下に落ちながら指示すると、黄龍は不満げながら咆哮を上げることで答えてくれた。一気に落ちた未希は、着地と同時に刃を振りかざし群れなす蟲を切り捨てる。白に染まる視界に、揺らぐ紅が飛び込んでくる。紅は熱をもって白を焼き、蟲を灰にする。その紅を切る鋭い風が、未希の剣舞にくすむ緑の色を添える。
「兄さん……、早かったですね」
「お前なぁ……! 突然飛び降りるな! あいつら顔真っ青だぞ!!」
刃を振るいながら指差す方をちらっと見ると、確かに青い顔をした結美と後藤君がいる。黄龍は無理矢理二人を落とさなかったようだ。その黄龍は二人の傍から空へと駆け登り姿を消した。
「ボサッとするな!! 来るぞ!」
立ち尽くす二人に叫んだ貴仁の怒声を背中で聞きながら、固まる蟲の群れに突っ込んで行く。目に付くモノを片っ端から薙いで行けば、すぐに中心までたどり着く。そこに立っていたのは、後藤君が探していた友人、山手和也の姿。だが、見つかった、良かった、と思えない状況がそこにあった。彼の周りには、黒い影がまとわりつき、今にも――未希の直感だが――飲み込もうとしている。
「……! くそっ、させるか!! 来い“ヒノカグツチ”」
姿が見えたのは一瞬で、すぐに他の蟲が覆い隠してしまう。自分以外にそれを見ていないのを良いことに、彼女は一気にカタをつけることを決める。呼び出された炎の化身は、主人の思惑通り周りの蟲を焼き尽くす。
「おい、こら! 何しやがる!」
「手っ取り早い方法です」
次々沸いてくる敵が一気に数を減らした。その一瞬を逃さず山手君の元へ駆け寄り揺さぶった。
「おい、起きろ! この程度で死ぬ積もりか?!」
周りの蟲共は他に任せ、未希はとにかく彼を起こすことに集中する。だが、揺さぶろうが罵声を浴びせようが、濁った目に光が灯らない。募る苛立ちに、未希はとうとう手を振り上げた。が、その手が降り下ろされることはなく、すぐ後ろから迫る鎌を切り落とした。気味の悪い絶叫が轟くが、未希はさして気にしない。未だぼんやりする彼を背に庇い、蟷螂に憑く黒い靄を凝視する。
「消えろ……。どうせ人の言葉は介するのだろう?」
口に出すも聞く耳をもたず、蟷螂は残った鎌を振り上げる。避ければ背に庇う者に当たると分かっている彼女は、降り下ろされるより先に蟷螂の細い首を切り落とす。最期の力で下ろされたそれは、未希に届くことはない。
「山手ーー!!」
黒い靄が遠ざかると同時に、未希の後ろから焦りに似た声が響く。心配していた友人の元に駆け寄る姿が、彼女の視界の端に映る。
「なあしっかりしろよ、山手……。まさか、死んでないよな……?」
「……後藤……? 勝手に……、殺すな」
「山手!!」
山手君が声を出した。確認した未希は前からくる蟲を切り裂く。そのまま場を動かず四方八方からくるモノを捌く。だが数が多すぎ、少しずつ劣勢に追い込まれる。背中に人を庇う未希は、他の三人が数で押されて近寄れない状況を確認してぐっと唇を噛み締めた。援護は期待出来ず、一度戻したヒノカグツチを再度召還する余裕も無い。
「おい、後藤! なんだよこれ!!」
「さ……さぁ……? とにかく、ピンチ?」
「……見た通り、ピンチ……だ……」
正直、話す余裕はほとんど無い。絶えず襲ってくる蟲を捌くのに手一杯だ。一体一体は敵にならなくとも、集団でくればそれは驚異だ。息つく暇もなく刃を振るう未希に、周囲の警戒などできる訳が無い。その状態は、確実に彼女の失態だ。
「! 未希先輩! 危ない!!」
後藤君の悲鳴から一拍遅れて、未希の身体が弧を描き、川へ向かって吹き飛んだ。さすがに頭から水の中に落ちはしなかったが、足首までの水の中で、確実に動きは制限される。しかも、次に飛んできた後藤君を図らずも受け止めてしまったことで、水から飛び出そうとする動きまで制限される。
「……! しまった!!」
「あっ! くっ……、届いて!!」
分断され、孤立した山手君に、黒い靄を纏った蜂が迫る。未希の悲鳴を聞いた結美が投げた札は、靄を纏う蜂に当たらず別の蟲を消滅させる。
「えっ……、こ、こいつなんだよ!!」
「逃げろ、山手!!」
後藤君を川におろした未希だが、近付くことを許さないように突っ込んでくる蟲に足止めを食らい、逃げろと叫ぶしかできない。だが、足がすくんだらしい山手君は動けない。二人の兄も、多くの蟲に足止めを食らって近づけない。
「山手ぇぇぇ!」
後藤君の悲鳴を傍で聞きながら、増える蟲の群れを切り刻む未希の目の前で光が弾けた。そして光が収まった時には、川原を埋めていた蟲の大群が姿を消していた。
「山手!! 良かった……」
「えっと……、何が起こったんだよ……?」
「山手君良かった、生きてる」
「え! 米子先輩?!」
川から駆け上がった後藤君を追い、未希も川原に上がる。ジャージ姿の女性――米子先輩と呼ばれた――は山手君の傍で息を整え、分断されていた三人も彼らの近くに駆け付ける。少し息が上がっている未希の近くにさりげなく来た貴仁は、妹の耳に小さくささやいた。
「……お前、あの女どう思う?」
「……恐ろしい……力を持ってると思います。ですが……、使い続けるのは危険でしょう……」
「同感だ……」
一旦言葉を切った貴仁は、拓人と結美相手に捲し立てる米子先輩なる人物を見て息を吐いた。その時未希は、兄が僅かに震えたのを見逃さなかった。兄が震える相手など、彼女は見たことが無い。
「少なくとも、俺は相手にしたくないな」
「私もです」
ほんのすこし笑った貴仁は、二対一で言い争うそこへ仲裁しにいく。少し遅れて、彼女もその背に従う。彼らに元に近付く未希は、突然背筋に走った悪寒に振り返った。その耳にノイズのような声が入る。
『ソノチカラ……モラウ……モラウ……』
誰を指すのか一瞬で理解した未希は、敵意を向けるジャージの女性を突き飛ばす。文句を聞く前に、未希の身体が跳ねた。悲鳴を飲み込む彼女の右肩から背中の真ん中まで、鋭い爪で引き裂かれた傷がつく。
「……! 未希!!」
「……くっ、やはりその場しのぎだったか」
「油断したかな? 囲まれるなんてね」
咄嗟に掴んだ右肩から左手を離し、周りを見て舌打ちした。先ほど程ではないが、蟲の群れに囲まれている。さりげなく見た左手には、真っ黒な血が付いていた。
「どうする? すべての指示はお前が出す。守人は要の指示に従うぞ?」
兄の冷淡な声で判断を求められた彼女は、既に答えは出ていると呟き続ける。
「逃げます。分が悪すぎる。お荷物を抱えたままでは戦えません」
「ちょっと! お荷物って、誰のことよ?!」
「時間は誰が稼ぐ?」
威圧する声で抗議されたが未希は全く取り合わず紅い太刀を振った。その剣の風圧で、何匹かの蟲が斬れ飛ぶ。態度で示した要に対し、心配するような視線を送るも彼らは従ってくれた。拓人は後藤君を抱えて天馬を呼び出し、貴仁は米子先輩なる人物の腕を掴んで羽犬に飛び乗った。未希は結美に、青い炎を纏った鷺、青鷺火を押し付ける。
「行け、早く」
「でも……」
「怪我してるのに置いていけないですよ!」
「時間がない。早く行け。青鷺、問答無用だ!!」
正直、未希には痛みに耐える余裕が無くなっていた。拍動と共に痛みが増すような気さえする。そんなことをおくびにも出さず命令すれば、式は開いた足で二人を掴み、霧を裂いて飛んでいく。悲鳴はあえて聞かない振りをした。
「さて、いつまでこの身で持つか……。ん?」
苦い顔のまま刃を構えた未希は、火柱が上がる川原に呆然とした。火柱は蟲を飲み込み焼き払い、火の粉は鳥の姿になって火を嫌うモノ共に体当たりする。その火柱を操るのは、法師が着る袈裟を纏った赤い髪の男性。
『この程度の相手に、何を苦戦する』
「……朱雀……。お前だったか……」
十二天将にして四神の一人である朱雀は、朱色の目で未希を見ると小さなため息をついた。
『早々に呪いを解かなければ、その腕肩から落ちるぞ?』
「……忠告、痛み入る……」
『ふん……。あの勾陣の主であれば、誰かまた手を貸すかも知れぬな……』
ふっと笑う朱雀は、未希が急に意識を失い倒れて来たことに気づいた。しかし、支えるより先に後ろにいた勾陣がそっと抱える。
『朱雀、敵を引き付けてもらったこと感謝する』
『勾陣か。その呪い、六合に言えば解いてくれるはずだ』
笑って言う朱雀に頷くことで返答し、勾陣は大事そうに主を抱えて虚空に消えた。
――声がする。禍々しく、嫌な声が呼んでいる。“そこ”に呼べと叫んでいる。
(ワタスモノカ……。コノカラダハ、ワタシノモノダ……)
強い意識と硬く握られた手が、誘う声に抗う。重い目蓋を抉じ開けると、金色の髪が目に映る。
『大丈夫です。すぐ、楽にします』
優しく微笑む従者に安心し、未希はもう一度目を閉じた。起きたら面倒事が待っているな、と思いながら。