幕間―執事はつらいよ―
遅くなりました。
私が使えていたのは、元は王子…今や40もだいぶ過ぎたシュバルツ陛下でした。
先王様に似ず、華奢で女の子に間違えられるほどの可憐さだった王子は10を過ぎた辺りからにょきにょきもりもり成長し立派な男児となりました。
私は嬉しいやら残念やら複雑でしたが、涙もろくも優しい心を持ったまま成長してくれたのは嬉しい限りでございました。
先王は戦闘国家と呼ばれるほどのゲオルグの象徴でした。
冷酷なまでの残虐さもかいまみえる方でもございました。
時として見せる狂気に身を震わせる事もありました。
そんな中、起きた狂王の大虐殺。
血で血を洗う凄惨な戦争となりました。
我がゲオルグの力をもってしても、状況を覆すのは容易ではなく、戦況は悪化、疲弊もしてきました。
そんな中、知らされたシュバルツ様の危機。
私は動揺して、幼いゼノン様に全てもらしてしまいました。
いきなり消え去るゼノン様に我にかえっても時すでに遅く、数時間後血塗れのお二人が戻ってまいりました。
私は後悔しました。
シュバルツ様と魔術師師長が懸命に守ろうとさせたゼノン様の心がどこか壊れてしまったのに気付いたのです。
無表情の中にもはにかむ時もあったゼノン様はそれ以来笑わなくなりました。
どんな激戦にも、おぞましい作戦にも顔色ひとつ変えず、淡々と敵を殲滅させていきました。
かの狂王をゼノン様が倒され、平和が戻り祝賀ムードになっても、あの方の目は暗く澱んでいました。
勝利と事後処理、だれもかれも忙しく、英雄として祭り上げられたゼノン様にかまう者はほぼいなくなりました。
英雄とはいえ、ゼノン様は異質でした。
実力から皆に恐れられていたのもありますが、
幼い子供に全てを押し付けその威光かさにきている罪悪感からまともに向き合えない方々もおりました。
それは戦いに直に関わった者ほど強く、シュバルツ様とて例外ではありませんでした。
忙しさを理由にゼノン様を避けているふしもございました。それは私にもいえましたが。
ある時、ゼノン様は家出され、ユーリス様に保護された事により状況は変わりました。
それをきっかけに、ゼノン様は変わられました。
ユーリス様の奥方と顔を真っ赤にして言い合う姿を見て、当たり前ですがゼノン様が子どもであることを思い知りました。
普通は無理かもしれませんが、子どもが大人になるまでに必要な事やら思い出を作ってあげたいと私は思ったのです。
シュバルツ様と相談し、ご本人の意向も聞きながら私はゼノン様の執事となりました。
慣れとは恐いもので、お世話するうちあの美貌にも慣れていきました。
躾と常識、マナーと教養。
それらの大切さを伝え、教え導くのはなかなか骨がおれましたが、全てをマスターしたゼノン様はどこに出しても恥ずかしくない立派な紳士となりました。
表面上は…
性格の矯正は残念ながらできず、巧妙な猫被りを意図せず身に付けさせてしまったのは残念です。
奥様になられたミチル様の嫁取りまでの一騒動は、その結果ともいえ大変申し訳ない限りですが、私は感謝しているのです。
ミチル様がいれば、この老いぼれがいつ旅立ってもゼノン様は大丈夫なのですから。
「あんなこと言ってるけどね…」
執事さんが紅茶を入れて去ったあと、チルチルが言った。
「ゼノンにもの申したり、たしなめられるのはあの人だけよ。
ここぞというとき私のことも助けてくれるし。」
「私達弟子のフォローもしてくれるんです。」
ミーシャちゃんも頷く。
私は思った。
執事というよりはおかんだ。
ゼノンにとっているのが当たり前な存在。




