お嫁様は最強。
話がふってきたので三本目。
光が収まると、全てが元にもどっていた。
怪我も、抉れた地面も、砕けた鎧も何もかも。
全てが夢だったように。
体には疲労感と痛みの記憶だけが残った。
いきなり現れた女性の頬に、服についた血もきれいさっぱり消えていた。
***
「ミチル…」
ゼノン殿がミチルさんに手を伸ばす。
その体を抱き締めようとした瞬間、
「正座―――――――!!!!」
アゲートの騎士達の度肝をも抜く勢いでミチルさんの怒号が響き渡る。
ザッ!!と凄い勢いでゼノン殿が座った。
正座…確かゼノン殿が弟子や部下に説教や反省会させたときにやらせる座り方で、物凄く足が痺れ、しばし立てなくなる恐ろしい座り方だ。
まさかそんな拷問みたいな座り方をゼノン殿にさせるなんて、というかミチルさん怒ってらっしゃるようですが迫力に欠けますね。
「何してるの?
よそ様で何しでかしてくれてるの?」
「ミチル、これは国の為に…」
「国の為?
あんなはしゃいで血走った目しといて今更国の為にだ?
私が止めなかったら、あの騎士くんの頭パーンしてたでしょう。間違いないわ!」
ゼノン殿が気まずげに視線を反らす。
認めてると同じじゃないですか、てかパーンしたら大問題じゃないですか。
騎士くんと呼ばれた彼はアゲートの王太子の近衛騎士団長だ。
宰相の息子の一人でその実力はゲオルグでも一目置かれる程。その美形ぶりも王太子と並んで有名だ。
しかも外務大臣すら美形。
ゼノン殿を見慣れてなければ、思わず見とれるとこでした。
なんだろう、この美形の生産地っぷりは。
「だいたい陛下とルーヴィルさんが居ながら…」
がッと正座するゼノン殿の足を踏みつけながらミチルさんがこちらを向く。
その顔には笑顔。
なんてにこやかな愛らしい笑み浮かべるんでしょうか、青筋が立ってなきゃ和みます。
そして黒い空気を纏ってます。恐いです。
百戦錬磨のシュバルツ陛下も怖れるってどういう事ですか。
「恐れながら、陛下…
私申し上げたと思うのです。身重ですのでこれまでのようにホイホイ呼び出しには応じられないと。」
「いや、こうなるとはまさか…」
「まさかを起こすのがゼノンです。」
「う…うむ…」
「戦闘になれば我を忘れて血塗れにしてはしゃぐような馬鹿な人なんです。
毎回毎回毎回毎回毎回毎回!!!
泡食った周りに止めてくれと呼び出されては血生臭い現場に向かわせられるのはうんざりですわ。」
ゼノン殿はたまにゲオルグ内部の模擬戦闘の相手役を任される事がある。
10回中4回位の割合で暴走し、その度に最終奥義によって鎮められる。
どんな風に鎮められるのか不思議だったがこんな感じなんですね。
目撃者がそろってなんとも言えない顔で黙りこむのはこんなわけだからなんですね。
「これは貸しにしておきます。
子どもが産まれたらもう行きません。
自分達でどうにかなさって下さいな。」
お腹を撫でながらミチルさんは言う。
さっきは気付かなかったが、随分と大きくなってきている。
そんな~とか情けない声出さないでください、陛下。
アゲートの連中になめられたらどうするんですか。
「ミチル…」
正座で踏まれた状態なのにミチルさんの腰の辺りに抱き付くゼノン殿。
この人、ホント奥さんしか見てないな。
「出掛けるなら言って。
もしもに備えたくないけど心構えはしときたいの。」
「違うんだ、あの酒樽が…」
「言い訳しない。」
酒樽…あの例の領主の事ですね。
あいつの暴言があそこまで酷くなければこんな事態になってなかった。うん、あいつが悪い。
何故かリボンと一緒に編んだ片側の髪をミチルさんは外すと、そのリボンでゼノン殿の髪を結んだ。
「お守り。
身だしなみは整えてっていつも言ってるでしょ。
これはリコちゃんからもらった大事な物だから、必ず帰してね。
家で待ってるから。」
ちょっと困ったようにしているが柔らかな笑みを浮かべている。
「…」
「…だからいい加減放せ、戻せ。」
ミチルさんにゴッと鳩尾に蹴りを容赦なく入れられ、渋々といった感じでゼノン殿が立ち上がる。
痛くないのだろうか。
擦ってるから多分痛いのだろう。
しかし懲りないのか、お別れのキスをくれとねだるゼノン殿。
ミチルさんは容赦なく踵で足の小指があるであろう靴の部分をグリグリ踏みつけている。
ゼノン殿、お願いだからそろそろ止めてください。
アゲートの騎士達の目が点になっている。
そのうちになんとか転移の術を発動され、ミチルさんを送り返した。
あんなに可憐なのに、恐い人だ。
「ルーヴィル俺のミチルに見とれてなかったか?
ふざけるんじゃない。」
ゼノン殿は束縛や嫉妬が激しすぎると思う。
やはりシリアスは続けられませんでした。




