憧れと、驚きと。
近衛騎士団長視点。
城の中庭に突如として現れた真紅の月ことゼノンに皆の視線が集まったとき、
「こちらです!」
自分の脇から窓越しにゲオルグの使者が手を振る。
ゼノンがこちらを向き、目が合い一瞬固まる。
憧れの人はすこぶる美しい人だった。
輝くばかりの青銀の髪が風に揺れる。
その身を包むものは、黒のローブ。背には血塗られた三日月がある。
主や兄をもしのく美形ぶりは、まるで作りもののようだ。
呆然と見つめていると、不意にその姿がかききえた。
「アゲート王よ、急な訪問となった事は詫びよう。
しかし、国境での事はこちらは譲る道理もない。
事と次第によれば我々も考えねばならない。」
陛下の前に突如として現れたゲオルグ王とゼノンに、文官の幾人かは腰を抜かさんばかりに驚いている。
通常城には結界がはられ、その国の宮廷魔術師しか転移の術等高度な魔術は使えない。
それを破られれば国が落ちたと同意義ともいわれており、それをあっさりやってのけたゼノンに怯えるのも無理は無い。
「ゲオルグ王よ…」
『お師匠様!お師匠様!連絡があります!』
我らが陛下の言葉が遮られた。
ゼノンの左肩には、いつの間にか小さな青い鳥がおりそれから声が出ている。
「取り込み中だ。後にしろ。」
ぞんざいなのにものすごい良い声でゼノンが言う。
顔もよくて声もいいだと…!?
やっぱりゼノンは凄い!
『ミチルさんが話あるそうなんですけど、仕方ないですね。』
鳥がいった瞬間、ゼノンは叫んだ。
「今繋ぐから待て!」
「おい!ゼノン今は…」
ゲオルグ王が言い切る前に鏡のようなものが現れ、人を映し出した 。
黒髪の可愛らしい女性と、赤毛でそばかすのくりっとした目の灰色のローブの少女が現れる。
『陛下、間が悪くてすいません。
ゼノン、貴方ミーシャちゃん休みなのにかり出してどういうつもりなの?』
黒髪の女性が眉をよせ言う。
本人としては怒っているのかもしれないが、それすら可愛いだけでほのぼのしてしまう。
なぜだか、彼女を思い起こさせるような女性だ。
リコリス嬢とは髪も瞳の色も顔立ちも違うというのに…
可愛らしいのは似ているが。
『今日はお友達とプシュカのケーキを食べる約束だったのに、ダメになったのよ。
責任ちゃんととりなさいね。』
「なんだ、俺が連れていけばいいのか?」
『ゼノンと向かい合って食べたって美味しくないわ。
誰か相手を用意するなり、お友達の休みを合わせてあげるなりしないと。』
男でも見詰められると頬を染めそうなゼノンの視線を全く意識せず、ミチルと呼ばれた女性は真っこうから受け、しっかり自分の主張を伝えている。
あの目に見詰められて、鏡のようなものごしとはいえ無事なのが不思議だ。
「それならば私が連れていきます!」
年若いゲオルグの使者が横から入って、勢い込んで言った。
「私は甘いもの好きですし、いいですよね!?ゼノン殿!」
「本人が良ければな。」
『ですって、ミーシャちゃん。
ルーヴィルさんと一緒に行くのとゼノンと一緒に行くのどちらがいい?』
『なんですか、その二択は…
ええと、その…ルーヴィル様で!』
頬を染めつつミーシャというゼノンの弟子が答えると、ミチルと呼ばれた女性がふわりと微笑んだ。
やはりリコリス嬢とその笑みがかぶる。
ルーヴィルというゲオルグの使者は小さくガッツポーズをし、ゲオルグ王が生暖かい目でそれを見ている。
『じゃ、用も済んだのでこれを切って…』
「ミチル、俺に言うことは?」
『母さんが後で来いって言ってたわ。』
「そんなことじゃない。いや、必ず行くが…
愛してるゼノンとかそういうのはないのか。」
『無い。』
「愛してる、ミチル。」
『知っている。公衆の面前でほざくな。私は言いたくありません。』
ゼノンが愛の言葉を囁くのもびっくりだが、それをあっさり流すミチルと呼ばれた女性にもびっくりだ。
あんな風に彼女に素直に愛を伝えられたなら、どんなに良かっただろう。
『チルチル~!新しいケーキがでてる!追加していい?
ミーシャちゃんも一緒に食べましょう。』
リコリス嬢が居た。
何故?
鏡のようなものの映す先は何処だと言うのだ。
「リ…!」
『ゼノンお願い、切って。』
「君が望むなら。」
思わず叫びそうになった刹那、鏡のようなものは霧散した。
そして、彼の雰囲気は変わった。
冷ややかな眼差しを我が国の人間に向ける。
「御託はけっこうだ。ゲオルグを取るか、領主を取るか、今すぐに選ぶといい。」
冷たく凍るような視線と声に緊張が走る。
先ほどまで愛を囁いていた人間とは別人のようだ。
「だからはじめに言いましたよね?
戦争する気かって。」
ルーヴィルという男が、一人微笑んで告げた。
近衛騎士団長の名前を出すタイミングが無い。
ようやく、主人公の国の名前が出せました。
アゲート王国です。




