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50音順小説

江戸嬢人情物語 50音順小説Part~え~

作者: 黒やま

時代小説に初挑戦。


任侠ものです。

江戸(えど) 現在は東京と呼ばれる首都であり、昔は徳川幕府が置かれた(まつりごと)の中心地。




そんな江戸時代に極道一家の一人娘として生まれ育ったお嬢様とお世話役の組の子分のちょっとした騒動のおはなし。




「お嬢ーー!!どこにいらっしゃるんですかー!」


むなしく己が声が響くだけで返事はない。


いつものことだが毎回これでは私の身が持たない。


全く...あのじゃじゃ馬娘は一体どこにいったのだか。




私の名前は榎本志郎(えのもとしろう)。通称エノ。


我が山吹組(やまぶきぐみ)組長の娘、美子(みこ)さまのお世話役として日々奮闘している。


山吹組とは城下町である永楽町(えいらくちょう)を取り仕切っている極道一家で


『泣く子もだまる山吹組』としてここいらでは有名である。


そんな組の頂点に立つ人の大事な一人娘の身の回りの面倒を任されているのが私。


美子さまのお世話役として働けるのは大変光栄なのだが、


ほとんど面倒を見ているというか遊ばれているのが実情。




美子さまをさがしている途中で兄貴分である緒方(おがた)さんと富樫(とがし)さんに出会った。


緒方さんと富樫さんは山吹組の二大巨頭で二人して筆頭若頭だ。


「おい、エノ。またお嬢どっか行っちまったのか。」


と緒方さんに訊かれたので、


「はい。緒方さんと富樫さん、お嬢見ませんでしたか?」


すると何か書き物をしていた富樫さんが、


「お嬢なら裏口の方へこそこそとお行きになったぜ。」


それを聞いてピンッと来た。


美子さまは町に出るときは必ずお供の付添がなければならない。


ひとりで町に行ったのなら行き先はあそこしかない。


私は二人に礼を言い急いで門を飛び出した。





十数分後、私は永楽町のはずれにある一軒のオンボロ道場にたどりついた。


中からは子供たちのにぎやかな声が聞こえてくる。


門をくぐり中に入ると道場の主と目が合った。


「やぁエノさんそろそろ来ると思っていたんだ。美子さんなら桜の木のところにいるよ。」


優しそうな顔をしたここの主、藤堂信介(とうどうしんすけ)


竹刀を片手に門下生の稽古をつけていた様子だ。今は休憩中なのだろう。


「いつもお嬢が・・・お嬢様が迷惑をかけてすまない。藤堂さん。」


藤堂さんには美子さまはさる名家の一人娘と偽ってちょくちょくここに遊びに来ている。


もちろん山吹組の関係者、しかも組長の娘だなんて知られたら大変だからだ。


「いやいや、迷惑なんてとんでもない。むしろ子供たちの面倒を見てもらって助かってるよ。」


申し訳ない気持ちでいっぱいの私に藤堂さんは


美子さまのお世話役として非常に嬉しい言葉をかけてくれた。


藤堂さんはこの道場で親を亡くして行き場のない子を拾っては


一緒に暮らしている奇特な人だ。


だが先に述べたようにここはオンボロ道場で金なんてほとんど無いに等しい。


門下生の数も少なくみな家庭に余裕がない子ばかり、聞くところによると月謝もほとんど受け取らずに


指導しているらしい。


藤堂さんが教えてくれた場所へ行くと美子さまは桜の花びらが舞うなか立っていた。


美子さまはその名の通りの容姿でその姿はまるで桜の精をみているかのようである。


大人しくしていれば完璧なのに・・・。


これは常々私が思うことだ。


そんなことを考えていたらこちらに気付いたのか美子さまが振り返った。


「遅いわよ、エノ。待ちくたびれたわ。」


軽やかな声で私の名を呼んだ美子さまはとても楽しそうな表情をしていた。


「お嬢・・・。あのですね、毎回言っておりますがこのことが組長に知られたらどうなることか。」


「大丈夫よ、バレやしないわ。」


私の心配を尻目に美子さまは雑巾を投げてよこしてきた。


「はい、エノは床拭きお願い。」


そう言うと美子さまは子供たちに呼ばれあっという間に消えてしまった。


美子さまがこの道場に通い始めて早三ヶ月、きっかけは組長と喧嘩して家出した美子さまが


不逞の輩に絡まれていた―――というか美子さまから喧嘩を吹っかけたのが原因なんだが―――


ところを助けてくれたのが藤堂さんだったというわけだ。


しかしその恩返しで三ヶ月も道場に来て子供たちの世話をするほど美子さまはお人好しではない。


そう、目的は藤堂さん。


美子さまは彼にほの字なのだ。


藤堂さんと話している時の美子さまといったら周りに花が飛んでる。


あんな美子さま見たことがない。


もちろん美子さまの恋を応援したいのは山々だが、極道の娘とオンボロ道場の武士とでは


明らかに釣り合わない。


感情が一時のものなら構わないんだが・・・。


とんだじゃじゃ馬だけども今の彼女は恋する乙女。


まぁ、美子さまが幸せなら今はそれでいいか。





そんなある日のことだった。


「あぁ~つまんない。退屈。」


足を放り出して畳の上に大の字になる美子さま。


相変わらずの下品な行為、何とならないものか。


「お嬢、はしたないですよ。」


私の注意など聞かず仰向けで着物が乱れたまま大きな欠伸をひとつする。


「だってしばらくは出かけちゃいけないだなんて退屈すぎるわ。お父様のあんぽんたん。」


「仕方ないですよ。この頃の永楽町は物騒なんです。」


ここ最近の永楽町は怪しげな奴らが増えてきている。


噂によると山吹組に取って代わろうとしている新興勢力が台頭してきているとのことだ。


そんな危ないところに愛娘をほっつき歩かせるわけにはいかない。


普段は皆から恐れられている組長とはいえ、やはり一端の父親なのだと改めて思う。


「もう一ヶ月も道場に行けてない・・・。」


ぽつりとつぶやいた美子さまの独り言。


「藤堂さんにそんなに会いたいですか?」


すると美子さまは急にガバッと起き頬を紅潮させて


「なっ・・・別に藤堂さんに会いたいわけじゃなくて、、、いや、会いたいけど。

だからって特別会いたいとかではなくて・・・。そう!道場のみんなに会いたいのっ!」


しどろもどろになりながら言い訳をはじめた。


いつも遊ばれているのお返しのつもりで少し意地悪をして気分が晴れた。


「はいはい。分かりました。きっともうすぐ会えますよ、道場のみなさんに。」


あえて後ろの口調を強くして言うと、美子さまは顔を赤らめたままこちらを睨みつけた。


「馬鹿。」


美子さまは仰向けからうつ伏せに体勢を変えるとそのまま何も喋らなくなった。


どうやらふてくされてしまったようだ。


「失礼致します。」


スッと襖を開けた声の主は緒方さんだ。


「お嬢、お寛ぎのとこお邪魔してすいません。エノちょっと。」


呼ばれた私は美子さまを残し廊下に出た。


「どうしたんですか?」


緒方さんは難しい顔をして


「今報告が入ったんだが、この前いってた新興勢力が動いた。どうやら町はずれのあのオンボロ道場があるあたりで怪しげな動きをしているらしい。」


「えっ・・・。それは本当ですか?」


「どうもそうらしい。まず手始めに町の端から狙っていくつもりなんだろう。」


藤堂さんが危ない。美子さまがこれを知ったら・・・


「とりあえずまた後で報告するから。お嬢をしっかりみてろよ。」


そう言いながら緒方さんが襖を開けると部屋はもぬけのからだった。


まずいっ!今の話を聞かれていたのか。


「緒方さん!お嬢を助けにいかないと!!」


緒方さんは何のことかさっぱり分からないといった顔をしていたが


私が必死な形相なのを見てとにかく美子さまの危機だということ察してくれた。


「お嬢は道場に行ったんです!今あそこに行ったら危ない。」


「分かった。とにかくお前は先に行け、俺は富樫たちに知らせてくる。」


私は頷き刀を握りしめ表へ飛び出た。






やっとの思いでたどり着くと道場はオンボロどころか廃墟になりかけていた。


急いで門をくぐった途端聞き覚えのある威勢のいい声がした。一歩遅かったか。


中では藤堂さんと子供たちを庇う形で美子さまが仁王立ちしていた。


向かい側には刀を持った男たちが十数人、みなごろつきのような風貌をしている。


藤堂さんは重傷を負っているらしい。ひどい出血だ。


一刻もはやく医師にみせなくては命の危険がある。


「やめなさい!あなたたちね、今永楽町をウロチョロしている鼠っていうのは。

悪いことは言わないわ。さっさとこの町を出ていきなさい。そうしたら見逃してあげる。」


相手を挑発するようなことを言ってどうするんだと思いつつ、


私は素早く美子さまのもとに走って前に出た。


「エノっ・・・。」


表情は見えないが美子さまが驚いているのが声で分かった。


向こう側も同様にいきなりあらわれた私にざわついたが一人の男が手を挙げると静かになった。


その男が前に一歩踏み出した。左頬に刀傷があり相当な手練れにみえる、こいつが頭か。


「鼠とは酷い言いようだねぇ。ってことはさしづめお嬢ちゃんは鼠を狩る猫ってとこかい。」


くくくと笑うと傷の男は美子さまを値踏みするような目でみてこう言った。


「そうだな。そうしてもいいが条件がある。」


「何よ。」


傷の男の次の言葉に私は耳を疑った。


「お嬢ちゃんが俺の女になるんなら、この町から手を引いてもいいぜ。」


言われた本人もそんなことを言われるとは思ってなかったらしい。


「そんな条件飲むわけないだろ。」


美子さまの代わりに私が答える。


「なんだぁお前は。俺はそっちのお嬢ちゃんに聞いてるんだ。てめぇは引っ込んでな。」


傷の男が目配せすると一人の男がいきなり私に切りかかってきた。


だが力は私の方が上であり簡単にその男を薙ぎ払った。


それを見ていた傷の男は驚いた様子で、


「おめぇ、只者じゃねぇな。まさか・・・。」


山吹組の者だと感づかれたか、ここで素性がばれると美子さまが・・・


「そうよ、あなたが思っている通り。」


すぐ後ろから声がした。


「こいつは山吹組の舎弟で私の世話役。」


山吹組という言葉のせいであちこちが一気に騒ぎ始めた。


「やはり山吹組だったのか。ってことはお前さんは・・・。」


傷の男は美子さまを見た。


「私は山吹組三代目組長山吹八重蔵(やえぞう)の娘、山吹美子。」


私は目を丸くさせて振り返った。


「ここまで来たら仕方がないわ。」


懐から護身刀を取り出し構える美子さまは吹っ切れた表情をしていた。


「やるわよ、エノ。」


「おっお嬢!いくらお嬢に剣術の心得があっても奴等と戦わせるわけにはいきません!」


「何ぬかしてるのよ。この状況でそんなこと言ってる場合じゃないでしょ。」


相手は刀を持った男たち十数人に対してこちらは重傷者と子供たちを抱え動けるのは二人だけ。


まさしく多勢に無勢である。


さすがにこの人数を一人で相手にするのは無理だ。しかし、美子さまにもしものことがあれば。


「都合がいいじゃねぇか。この際組長の娘を殺すとしよう。」


傷の男を合図に男たちが動き始めた。その時


「おいおい。うちのお嬢に手ぇ出そうだなんて随分となめた真似してくれるじゃねぇか。」


声のした方向には緒方さん、富樫さんたち総勢二十人以上がいた。


「ここでおめぇら全員始末してやるよ。」


富樫さんの一声で一斉に飛び出す。


さすが天下の山吹組、ものの数分で片づけてしまった。


あの傷の男も剣術では右に出る者はいないといわれている富樫さんに


かかればいともたやすく倒されてしまった。


「緒方さん、富樫さん、ありがとうございます。助かりました。」


「いいってことよ。お嬢のためなんだからよ。」


刃こぼれがないか確認しながら富樫さんは言う。


「そういえばお嬢は?」


緒方さんの問いにハッとする。


「お嬢は・・・、そのお取込み中といいますか。とりあえず大丈夫なんで先に帰っていてください。」


お嬢が藤堂さんを担いで医師のところまで走っていったなんて言えるはずがない。


みんなが帰った後子供たちはまだ怯えていた。


それはあの『泣く子もだまる山吹組』のせいである。


「ごめんな。今まで黙ってて。」


子供たちからの返事はなく私はこれだけあればしばらくは生活できるであろう金を置いて


その場を去った。





医師のもとを訪ねる頃には薄暗くなっていた。


美子さまは藤堂さんの看護をしていた。


私が来たのに気づきフッと笑う。


「安静にしてればすぐ良くなるそうよ。」


美子さまの顔を行灯が優しく照らす。


「お嬢、あれでよろしかったのですか。」


「いいのよ。別に、そのうち分かってしまうことだったんだから。」


そういって腰を上げる。


「さぁ、暗くなってきたし帰りましょ。」


美子さまが戸口に向かいかけた時藤堂さんが目覚めた。


「美子さん、エノさん。」


思ったよりしっかりした口調で話しかけてきた藤堂さんの枕元に美子さまが駆け寄った。


「藤堂さん、話して大丈夫なの?」


「これしきのこと平気です。」


「そう、よかった。」


その後気まずい沈黙が流れる。


「美子さん、僕は知ってましたよ。貴女が山吹組の組長の娘さんだということ。」


「貴女と会う以前に一回見たことがあるんですよ。その時美子さんはいじめっ子を木の棒を振り回して追いかけているところでした。」


「ぶふっ。」


笑いが堪えきれず思わず吹いてしまった。


瞬時に裏拳を打ち込まれる。


「いじめられてた子を助けてた貴女は凛として美しかった。」


その時の風景を思い出しているのか瞼を閉じている。


「貴女はとても優しい人だ。極道の娘とか関係ない、だから敢えて言わないでいたんです。」


ふと目を開け藤堂さんは美子さまを真っ直ぐ見つめる。


「もしよろしかったらこれからも道場のお手伝いお願いできますか?」


思いもよらなかった言葉をかけられ驚く美子さま。


けれども答えは決まっていた。


「はい。喜んで。」





美子さまの恋が成就するかどうかはわからないが私にできる限りのことなら何でもするつもりだ。



何故って?



それは私が美子さまのお世話役だからに決まっている。

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