第六話 「月曜日は誰だって憂鬱」
第六話 「月曜日は誰だって憂鬱」
「おい、びーこ。忘れモンはねーか?」
「はい。ばっちりですよ英子ちゃん。それでは参りましょうか?」
「へいへい、あいよ」
あたし達は、そんな言葉と共にマンションを出た。
びーこを学園へと送り届けるのもあたしの仕事。
あたしはスクーターに跨ると、いつものようにヘルメットを渡し、びーこを後ろへと乗せた。
ちなみに今日は月曜日。
また、長い長いあたしとびーこの1週間が始るのだ。
余談だが、あたしは月曜日が嫌いだ。大嫌いだ。
金曜日も嫌いだが、この月曜日ってヤツも、また違った理由で大嫌いなのだ。
もともと低血圧なあたしだが、それに加えて昨日の夜の酒が残っていて頭が痛い。
そんな状態で先の見えない1週間が始るのだ。
だから、月曜日のあたしのテンションは死ぬほど低い。例えるなら歩くゾンビ状態だ。
いや、むしろ月曜日が大好きだなんてやつは断じていねー筈。
むしろ、そんなやつがいたら見てみたい。
どんなドヤ顔で毎日を謳歌しているのか、是非お目に掛かりたいもんである。
そんなことを考えていると、後ろのびーこが俄かに騒ぎ出した。
「英子ちゃん! あれ、あれ見てください」
相変わらず騒がしいヤツ。全く、だからあたしは、月曜日が嫌いなんだ。
「ったく、月曜朝から何だってんだ?」
あたしは、渋々びーこの指差す方角を睨んだ。
そんなあたしの眼に飛び込んできたもの、それは。
「… ゾ、ゾンビ?」
そう、ゾンビだ。間違いなくあのゾンビだ。
映画やゲーム、小説や漫画。今となっては様々な形で絶賛大活躍中の、あの生きる屍だ。
そりゃ確かに、月曜のあたしのテンションの低さはゾンビ並だなんて言っちまったが、まさか本当に出てくるとは思わなかった。
しかも、実に最悪な事に、目の前に広がるゾンビ達は1匹2匹なんてレベルじゃない。
「なんじゃこりゃああああああああ。おいおいおい、あたし達の知らねー間にバイオハザードでも発生したってのか? 一体全体何なんだこの数は!!」
奇妙な事に、ふらふらとあたし達の前を歩くゾンビ達は、ある者はスーツに身を包み、ある者はどこぞの学園の制服を着用し、またある者はやけにカジュアルな格好をしていた。つまりは、多種多様。
あたしたちには眼もくれず、服を着て一心不乱に、それぞれの目的地へと歩いていくゾンビたち。
何ともシュールな光景だ。
「これは、あれじゃねーか? びーこが昨日の夜、性懲りもなく学園に行きたくねーとか駄々をこねたからじゃねーのか?」
「だ、だってぇええあれはー」
「だってじゃねーよ… ったく、まぁ、今んところは奴等に敵意はねーみたいだし、ここは華麗にスルーしてこのまま学園に行くぞ。いいな?」
そんなあたしの言葉を聴いているのかいないのか。びーこは何故かその眼を輝かせながらゾンビたちを見つめている。
「ああ? 何だよびーこ、お前にしちゃ珍しくびびらねーんだな」
「何を言っているのですか、英子ちゃん。私、こう見えてこの手のゲームは大得意なんです! 1から5まで全部クリアしましたもん」
興奮気味にそんなことを言い出すびーこ。
つーか、いや、知らねーよ。
「いいですか? 英子ちゃん。腐れゾンビどもを屠るには頭を一撃で。これが基本なんです」
く、腐れゾンビ共?
「びーこ、お前がバイオ好きなのは分かったけどよ、その、むやみにゾンビ達を煽っちゃいけねーな」
あたしはくれぐれも慎重にびーこを諭す。
相手に敵意がねーってんなら、それに越した事は無い。
なのに、こいつときたら、こいつときたら…。
「何言ってるんです英子ちゃん。ゾンビなんて燃やしてバラして粉砕してなんぼですよ。あんな腐れ脳みそ共に遠慮も配慮もいりません!!」
何があったの? むしろ、このお嬢様とゾンビの間に一体なにがあったの?
あたしは慌ててびーこの口を塞いだ。
が、やっぱり、いつも通り、時既に遅し。
周辺のゾンビ達の雰囲気が一気に変わったのが分かる。
「お、おい。覚えとけよびーこ。今日の説教はいつもの3倍だからな!」
「えー。何でですか英子ちゃん。私、間違ったこと言ってませんもん。それとも英子ちゃんはあんなゾンビ共の味方なんですか? 同病相憐れむ、ですか?」
「知るか! んなことより、びーこ、とっととあたしに掴まれ。いいか? 絶対振り落とされるんじゃねーぞ!」
「え?」
きょとんした顔で呆けるびーこを後ろに乗せ、あたしは慌ててスクーターを爆進させた。
何故かって?
理由は簡単。
先程のびーこの煽りのおかけで、某映画よろしく、ゾンビ達が全力疾走で一斉にこちらに向かってきたから。
数が数だ。ぶっちゃけ、シャレにならない。
朝からなんだよこの仕打ちは。
神はいねーのか、神は。
「馬鹿が! 100%、びーこが煽りやがったせいだ。あーもう糞」
「だ、だってぇえ」
そう言っていつものごとくビービー泣き出すびーこ。
泣きたいのは間違いなくこっちだ畜生。
「あれだけの数だ、1匹ずつ相手してたらキリがねぇ。予定通りこのまま学園まで突っ切るぞ」
もはや喋らなくなってしまったびーこは、そんなあたしのセリフに対して、真っ青な顔でただただ頷き続ける。
まるでゾンビのようなそんなびーこの顔に苦笑いしながら、あたしは荒い運転で学園へとひた走る。
あたし達の真後ろには眼を血走らせ、狂ったように全力疾走であたし達を追いかけてくるゾンビ軍団。
やべーなこれ、今夜絶対夢に出てくるよ。
「おい、びーこ。まだ学生とは言え、お前だって一応聖職者だろ。何かねーのかよ、聖水とか銀の銃弾とかあるだろ?」
が、肝心のびーこからの返答が無い。… どうやら、恐怖が臨界点を超えちまって気を失ったらしい。
それでも、あたしを掴む手が緩まないのは本能ゆえなのだろう。
「嘘だろお前。幾らなんでもそりゃねーだろ。こーなったら今日の説教はいつもの10倍にしてやる!」
あたしはそう叫びながらもスクーターを飛ばす。
自分でもかつてないほど必死に飛ばしたためだろう、気がつくと眼の前には学園の門が見えてきた。
唯一絶対の安全地帯。非日常から日常へのスイッチポイント。あたし達が辿りつくべき目的地。
が、その門は既に固く閉ざされた後。
どうやら、あたし達がゾンビ騒ぎをしているうちに登校時間を過ぎちまったらしい。
つまり、完璧な遅刻だ。
「だぁあああ、こうなったら止まってる時間も門を開ける余裕もねぇ。このまま突っ切る」
スクーターを限界速度まで上げ、そのまま門の前でスクーターごとジャンプ。
が、当然門を越えるには高さが足りない。
あたしは、口から泡を吐き失神し続けるびーこを小脇に抱え、空中でスクーターを足場にしてさらにジャンプ。
馬鹿でかい音を立てて、そのまま学園の門に衝突するスクーター。
何とか門の頭上を超え、学園敷地内に突入、びーこをかばいつつ地面へと不時着するあたし。
…… た、助かった、のか?
体中に痣を作りつつも、何とかその場で立ち上がり眼の前の光景を確認する。
なにがどうなったのか?
あたしにはさっぱり分からねーが、眼の前のゾンビ達はその姿は忽然と消し、代わりにいつも通りの朝の通勤通学の光景が広がっていた。
やれやれ、どうやら助かったらしい。
「おい、起きろびーこ。学園に御到着しましたぜ、お客さん」
「ん、んみゅう」
ようやく眼を覚ますびーこ。はん、まったくいい気なもんだぜ。
ひと安心したところで、改めて、あたしは眼の前の光景を見渡す。
擦り傷だらけのあたし。
傷一つないびーこ。
大破したあたしのスクーター。
半壊した学園の門。
今日はまだ月曜日。
あたしの憂鬱な一週間は、まだまだ始ったばかり。
…… だからあたしは、月曜日が嫌いなんだ。
大きな溜息をついたあたしは、びーこを連れて学園内へと向かうのだった。
END