第五十一話/最終話? 「New order/Last order」
第五十一話 / 最終話? 「New order/Last order」
「忘れもんはねーか? ないよな。それじゃ、行くぜ」
いつもと同じとある朝。
いつもと同じあたしとびーこの朝の風景。
あたし達は、揃ってマンションを出ていつものようにスクーターに跨り、いつものようにびーこにヘルメットを手渡す。
「あぁ。そーいや、一つだけ忘れもんがあったぜ」
「英子ちゃんが忘れ物なんて珍しいですねー。まだお時間ならありますし。私も一緒に戻りましょうか?」
「いや、いいよ。ここで済むし、時間もそうは掛からねーからな」
「ここで? そうなんですか?」
不思議そうに首を傾げるびーこを尻目に、あたしは懐から「ある物」を取り出す。
「そういやまだ言ってなかったからな… 進級おめでとさん、びーこ。やっぱりさ、お前も日々成長してるんだな」
そう告げた後、「ある物」こと一つの小さな包みをびーこへと手渡す。
「おいおい、何驚いてんだよ。あたし、そんなに変な事言ったか?」
びーこは、あたしの顔と受け取った包みを交互にみつめながら、ようやくその小さな口からひねり出した言葉。それは…
「う、う、う」
「う? 何だよ。言いたいことがあんならはっきりと言って良いんだぜ? 今更遠慮する仲じゃねーし」
「う、うヴぇええええん、英子ちゃんが、英子ちゃんがぁ、おめでとうってーーーー」
「お、おいおいおい。泣くなよ。ってかそれくらいで何も泣く事はねーだろ」
「だって、だって、私、とっても、とーっても嬉しかったから」
その身にどれだけの覚悟や想いを刻もうと、あたし達の間にどんな事が起ころうと、びーこの泣き虫な性格ってやつだけは変わらないらしい。
そんな当たり前の事実が嬉しくて、あたしは思わずにやけそうになるのを必死に堪えながらも、ぶっきらぼうに言い放つ。
「ほら、とっとと涙と鼻水を拭けっつーの。このままだと遅刻しちまうぜ?」
「でもでも、私、お返し出来る物、何も用意してません」
「やれやれ。学年が変わっても、相変らずだな。びーこはさ」
あたしは、スクーターの後にちょこんと座るびーこの頭をぽんぽんと軽く撫でながら言う。
「いーんだよ、あたしは。毎日びーこから貰っちまってるからな」
「えっ? 何? 何をですか? 英子ちゃん」
「い、色々だよ。いろいろっ。知るかっ、教えてあげないっ」
尚も、くりくりとしたその大きくてまっすぐな瞳で、あたしの事をじぃーっと見つめるびーこ。
つーか、あたしは朝っぱらから一体なにをやってんだ? 本当、あたしらしくもない…… やれやれだぜ。
「英子ちゃん英子ちゃん、これ。これ開けてもいいですか?」
「お、おう。勿論いいぜ。ちなみにクレームも返品も受け付けてねーからな、その辺は」
… って聞いちゃいねーし。
そんな満面の笑顔で慎重に包みを開封していくびーこ。
成程な。
贈り物なんて所詮は趣味の押し付けだなんて思っていたが、なかなかどうして悪くない。こんな形のエゴの押し売りなら、たまには悪くない。
だってそうだろ? あたしが見たかったのは、いつだってこんな満点の笑顔なんだからな。
「わぁー!? 可愛い~、これ、髪留めですね? もしかして英子ちゃんが選んでくれたのですか?」
「うっ、まぁな。あたしもこんな性格だしびーこの趣味に合うかは不安だったんだが、あたしの独断と偏見で、びーこに似合いそなやつを選んだんだ… 笑うなよ?」
あたしがびーこに贈った物。それは天使の翼をモチーフにした白い髪留め。
天使。
もしもびーこに《正体・本質》なんてものがあるのなら、あるとするならば、これほど似合う姿はねーだろうな。そんなあたしの自己満足。
例えそれが、万に一つも叶わぬ胡蝶の夢だったとしても。
「笑うわけありません! 私、今、本当に感動しているんですから」
「そう、そうか。そっか。まぁ、喜んでくれて何よりだよ。びーこにはこの間、あたしの我が侭を聞いてもらった件もあるしな」
「実際、英子ちゃんって中身は誰よりも乙女さんですよね? 可愛いものも大好きですもんね? ね?」
「う、五月蝿い。いーだろ別に、あたしの事はどーだっていーんだよ。… ほら、鎧野郎にあたしが負けちまったとき、びーこはあたしに合わせて髪を切っちまっただろ? 今回、奴にリベンジを果たせたし、あたし達の髪もちょっと伸びてきた… だから髪留めにしたんだ」
実は、他にも理由はあるがあるんだが、まぁ、ここは言わぬが花ってやつだろう。そもそも、言うつもりはこれっぽっちもねーしな。
「英子ちゃん。これ、付けて下さいますか?」
「ああ、勿論良いぜ。びーこお嬢様」
銀髪に揺れる天使の羽。
その時のあたしには確かに視得た。びーこの、彼女の背中の幼き白き翼が。
「… さてと。忘れもんも無事済んだ事だし、そろそろ学園に向かうとするか」
「何だか私、今日からまた一年間、頑張れそうな気がしてきました」
「おっ、良いねー。その意気だぜびーこ。人間、やる気になりゃ、大抵のことは何とかなるもんさ。んじゃ、ちょっと飛ばすぜ、しっかり掴まってろよ?」
「はいっ! ―― ああ、神様。願わくば、こんな毎日がずっと、ずーっと続きますように」
あたしは、ポケットにそっと忍ばせていたびーことペアの髪留めを握り締めながら、ひたすらにただひたすらに前だけを見つめる。
空は快晴。天使の一匹や二匹飛んでいたって可笑しくねーような、そんな晴天。
あたしとびーこの進むべき路も、こんな青空であって欲しい。
そう、心の奥底から願った。いつもと同じ、新しい朝。
《英子とびーこのあいどんのー!?》 第一部 完 ♪




