第五十話 「実に良いツラして死に逝く少女の為のアンラッキーバズーカ」
第五十話「実に良いツラして死に逝く少女の為のアンラッキーバズーカ」
「… 何度も何度も懲りない奴ら」
今日も今日とて、魑魅魍魎、モンスター、怪異、超常現象、超能力、「伝承」エトセトラエトセトラ… を相手にする日々。
何一つ変わらぬ日常。
そう。
変わったのは、積み重なっていく剣の錆、刻みこまれる傷跡、そして時間の経過と言う残酷な平等。
果たして、こんな日々に終わりはやって来るのだろうか?
何度と無く繰り返してきた自問自答。答えが出ないことは、嫌と言うほど理解している筈なのに。
そんな自分に内心苦笑しつつも、目の前の今夜最後の悪霊にナイフを突き立て、その警戒態勢を解く。
分かっている筈なのに。
理解している筈なのに。
納得している筈なのに。
自ら選び、望んだ路なのに。
だったら一体何故、弱気になる必要が在る? 悩む必要が在る? 心引き裂く必要が在る?
駄目。
こんなんじゃ全然駄目。もっとしっかりしなければ。だってそうでしょ? だって…
やはり、まだまだ覚悟も修行も足りないらしい。
路は、果てしなく遠く、そして険しい。
「お疲れ様ですぴょン。いつもながら、ほれぼれするようなお手並みでしたぴょン。東方腐敗と呼ばれたこともある、このアタイに勝るとも劣らない、その神々しい姿は、まるでワルキューレ!」
「大袈裟… そんなんじゃない。そんなんじゃないよ」
「むむむ? どこかお加減でも悪いんですぴょンか? それとも、さっきの戦闘でお怪我でもされたぴょン? 何だか元気が無いような」
「やれやれだぜ。相変らず心配性だな」
そんなこちらの言い分に対して、彼女は大きな溜息を一つ漏らしながら、今日も今日とて、いつものワードを口にする。
「良いですか? びーこ様。 法楽英子は もう 居ないんだぴょン… あいつは、死んだんだぴょン。それも、何年も何年も前に」
私は、それでもフランちゃんの話に黙って耳を傾ける。
何度も何度も、何度だって。自分自身に言い聞かせるために。つま先から頭のてっぺん、身体全体にそんな事実を染み込ませるように。私の頭に、決して消えない、逃れようの無い真実を刻み込むように。
でも、足りない。そんなことくらいじゃ、全然足りないよ。
「フランちゃん、それは違う。英子ちゃんは… 法楽英子は死んでいない」
「びーこ様。お言葉ですが、あれから何年経ったと思うぴょン? そりゃ確かにアタイは、アイツが死ぬところをこの目で見たわけじゃないですし、死体も発見されてないぴょンですが」
「そう。だから英子ちゃんは生きてるんだ。私はそう信じてる。絶対にっ!」
「……… ぷっ、ぷぷっ」
「もうっ! どーして笑うんですか? 私は真剣なんですよ!?」
「これは失礼しましたぴょン。いやー、なんと言うか。最近のびーこ様、法楽英子に似てきたなって、何となくそう思ってしまったんだぴょン。戦闘での容赦ない鬼の如き立ち振る舞い、根拠の無い頑固さ。そして、その口調。ま、最後のは気を抜くと素が出てしまうようですぴょンが」
私が、英子ちゃんに似てきている? この私が?
フランちゃんの、そんな何気ない言葉一つで、私の心はこんなにも容易に満たされてしまう。動かされてしまう。
そんな即地的で単純な私。
… ああ、やっぱり、駄目。まだまだ修行が足りません。
「やれやれ、ですね?」
フランちゃんの言う通り、数年前の《あの事件》以来、英子ちゃんは私達の前から姿を消してしまった。私達に、私に、何も言わず、何も告げず、英子ちゃんはその消息を絶ってしまった。
それでも、世界は廻り続けている。当然の如く。まるで、法楽英子という人間なんて、最初からこの世界にいなかったかのように。初めから存在していないかのように。それでも、私の人生と言う名のレールは、どこまでもどこまでも続いている。
― まるで、終わりがやって来ない程度には。
神は天に居まし、世は、全て事もなし。
《あの事件》を通じ、私は、私という概念の本質を知った。私という存在の意味。意義。理由。あり方。
私の正体、それは……《××××××××》
かつて私の夢見た理想と。与えられた現実と。決定された未来と。
その答えを知ってしまった今、私はもう、かつての私には戻れない。戻りようが無い。
あの頃の、泣き虫で我が侭で、無力だった私には、もう、戻れない。
今の私は、あの頃の英子ちゃんよりちょっと年上。もう立派な大人です。ここまで色々ありました。本当に、本当にいろいろな事が。そして、きっとこの先も。
…… それでも、やっぱり私は待ってしまうのでしょう。あの人の帰りを。あの人のがさつで暖かい、そんな笑顔を。
◆ Ω ◆ Ω ◆ Ω ◆ Ω ◆ Ω ◆
「って、死んでねーーーーーーーーーよっ。あたし、死んでねーよ!!!」
まるで、永い眠りから目覚めるように、あたしの体は再び地面を踏みしめた。
目の前は、嬉しいよな悲しいような、あいも変わらず白の世界。
今のは?
今のは夢? 幻?
もし、夢だとしたら、それはあたしの夢だったのか、それともアイツの夢だったのか。
… 一説によると、デュラハンには死を予告するというその性質上、未来を見通す力があるとも言われている。即ち、未来視ってやつだ。
今の幻視に、果たしてどんな意味が込められているのか?
いずれにしても、どうやら、あたしが意識の手綱ってやつを手放していたのは、ほんの数瞬の事だったらしい。
にしては、随分と長く、リアルな「夢」だった気がするが、所詮は糞未来視の戯言。
イヤ。今、そんな事はどうだっていい。それを考えるのは、少なくとも今じゃない。
だってそうだろ? 今、あたしの目の前にあるのは…
「やれやれだぜ、勝負あったな。デュラハン」
その堅強なる鎧の「根源」にあった「頭」だけを砕かれた首無し鎧野郎の姿。
死神の鎌とあたしの秋艶。どーやらあたしは、最後の一太刀で奴に競り勝つ事が出来たらしい。
とどのつまり、《偽神安器》は上手く機能してくれたってこと。
このデュラハン戦をもって、あたしはまた一歩、秋艶の持つそのスペックの解放に成功した。
だが、まだ足りない。こんな事じゃ、まだまだ足りねーぜ。
あたしは、秋艶を杖代わりにし、のろのろと奴に近づく。
そして、奴に最後の一太刀、完全なるトドメ、完璧なる敗北を与えるため、秋艶を振り上げ………… ない。
あたしは、奴に、トドメを与えない。
「聞け、デュラハン。かつてあたしは、あんたに情けをかけられた… だ・か・ら、このあたしも、あんたに同じ事をしてやる。大人気ない? エゴ丸出し? んなこと知らねーな。とにかく… あたしは、あんたを、殺してやらない」
そんなあたしの言葉を受け、デュラハンがあたしを睨みつける。
今度は言葉の綾なんかじゃない。正真正銘、首無し騎士の首が、あたしを睨みつけているのさ。
「何だ? 文句でもあんのか? おいおい、勝負にゃ綺麗も汚いもねーんだぜ。これは通過儀礼。今度は、あんたが学び、追う番だ。このあたしの背中をなっ!」
デュラハンは、その硬い甲冑兜の端を器用に曲げ、健やかに笑った。
「感謝するぜ。今日まで、あたしの前に立ち塞さがってくれた事」
― 鎧は口ほどにものを言うか? 答えは…… イエス。だぜ
END