第五話 「日曜日は眠れない」
第五話 「日曜日は眠れない」
「私、明日は学園に行きたくありません!」
あたしの長い夜は、そんなびーこのセリフで幕を開けた。
実にメンドクセーことこの上ない事態。
これは、そう、言うなればびーこの病気の一つみてーなものだ。勿論、心の病ってやつだが。
毎度毎度、こいつは日曜日の深夜、突然そんな事を言い出す。
「ああ? またかよ、びーこ。つーか今何時だと思ってんだ? 寝ろ、全てを忘れてとっとと寝ちまえ」
ちなみに今は、深夜の1時。
良い子っつーか、お子ちゃまはとっくに寝ている時間ってわけだ。
「そうは参りません。だってだって、どーせ私は駄目駄目なんです。何をやっても駄目駄目なんです」
そう言ってベッドの上でしょぼくれるびーこ。
どうやら、今夜も重症らしい。
「ようよう、びーこ。あたしだってこんな事は言いたかねーが、もう決めた事だろ?」
「… っ。そ、それは分かっています。でもでも」
「でもも、だっても無しだ」
あたしはそう断言しながら、びーこのベッドに近づき、そしてその小さな頭を撫でた。
「いつも言ってんだろ? びーこなら大丈夫だって。おめーならきっと出来るってな」
そんなあたしのありがたいセリフにも、ふるふると首を横に振って拒絶を示すびーこ。
こいつは何だかんだで頭が堅い。というか妙なところで意地っぱりなのだ。
全く、メンドクセーことこの上ない話だぜ。
「厳しいことを言うようだがよ、びーこのその呪われた才能ってやつは、現状あたし達にはどうすることも出来ない。確かに、実際に起きちまった事に関しては、解決に協力してやることは出来るし、それがあたしの仕事ってやつではあるが…」
「分かっています。私だって、この力をコントロール出来たら、普通の生活が出来たらどんなにいいかっていつも考えてますもの」
「… だったら何が問題なんだ?」
あたしは、その質問の答えを知りつつあえてそんな言葉を投げかけた。
これまでも何十回と交わされてきたやりとり。
それでもあたしは、黙ってびーこの返答を待つ。
「うぅっ。私には、自信が無いんです。私は、英子ちゃんみたいに強くはなれないんです」
やっぱりまたその話か。
あたしは深い溜息をつきながら、しっかりとびーこの目を見据えた。
「良く聞けびーこ。確かに、おめーのその呪いとも言える才能ってやつは、誰のせいでもない、勿論びーこのせいでもない。もって生まれちまったギフトってやつだ。けど、その力は使い方一つで、いや、制御出来るか出来ねーか。たったそれだけでびーこの人生そのものを変えちまえかねない代物なんだ。そりゃあたしだって、厄介ごとに巻き込まれるのはゴメンだし、びーこには真っ当な人生ってやつを送って欲しいと思ってる。嘘じゃねーぜ?」
びーこは俯きながらもあたしの言葉を聴いてくれる。
「びーこはあたしが強いやつだなんて思ってるようだが、そりゃ勘違いも甚だしいってもんだ。あたしだって、こえーもんはこえーし、断じて強く何かねーぜ」
「英子ちゃんも… その、怖いんですか?」
「ああ。勿論怖い。おめーが普段あたしをどう思ってるのか知らねーが、あたしだって一応年相応の女の子なんだぜ? びーこと同じで怖いもんは怖いし、逃げ出したい時だってある」
あたしのそんなセリフに対し、ぴくりと反応し、ようやくその顔をこちらに向けてくるびーこ。
「でも、英子ちゃんは逃げ出したりしません。いつも私を護ってくれて助けてくれます」
「そりゃ、それがあたしの仕事ってやつだからな」
一瞬だけ寂しそうな顔をしたびーこは、目元だけを赤く腫らせ、再びその白い顔を伏せてしまう。
毎度の事とはいえ、ったくしょーがねーやつだ。
あたしは、再びびーこの頭をくしゃくしゃと撫で回しながら言う。
「だが一番の理由は、… あたしがびーこを信じてるからだ」
再び顔を上げるびーこ。
「何度も言ってることだが、あたしはびーこに賭けてんだ。おめーのその才能… いや、努力や頑張りに期待してんのさ」
先程の泣き顔はどこえやら。目を輝かせてあたしの顔を見つめるびーこ。
「びーこなら、あんたならきっと、この歪んじまった世界ってヤツを正しい方向へ矯正出来るって。あたしはそう確信している。だからこそ、あたしは命を賭けてあんたを護る事が出来る。もう後戻りできないくらいに、あんなバケモン達に喧嘩を売れるのさ」
「英子ちゃん…」
いつの間にかびーこは、あたしの直ぐ横に来て、あたしの手をしっかりと握っていた。
「私、間違ってました! 私、頑張って強くなってみせます!! ローマは一日にしてならず、私明日も学園に行きます!!!」
どうやら、びーこの中で何らかのケリがついたらしい。ったく、やれやれだぜ。
「それはそうと英子ちゃん。私、今、やる気や情熱でいっぱいになっちゃいまして、その… 全然眠れそうにありません!」
先程の泣き顔とは打って変ってめちゃくちゃ元気良くそんな事を言いやがるびーこ。
きたよ。毎回この話のオチはいつもこうだ。
あたしは、次のびーこの言葉を身構えるようにして待った。
「だから、眠れるまでまた英子ちゃんのお話を聞かせてください。私、英子ちゃんのお話大好き」
「ったく、飽きねーやつだな」
あたしは、小さく溜息をついた後、ベッドの上で実に良い顔で正座する異国少女に言う。
「いいぜ、何度でも聞かせてやる。耳の穴かっぽじってよーくきけよ? 今夜は寝かせてやらねーからな」
「望むところです!」
そんなあたしの日曜日は、まだまだ眠れない。
END