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第四十八話 「皆大好き、ピンク色した春のシ者」

第四十八話「皆大好き、ピンク色した春のシ者」



「英子ちゃん、お花見に行きましょう!」


 春。


「花見? 別にいいけどさ、随分嬉しそうじゃねーか、びーこ。何か良いことでもあったのか?」

「はい、勿論です。だって、春、ですから」


 春。


 人間は、暖かくなるとそれだけ嬉しくなっちまうような、そんな即物的で、至極単純なノリの生き物らしい。


「ああ。春、だもんな」


 … 勿論、このあたしも含めて。


          ◆


 マンションから徒歩数十分。あたし達は、近所の花見スポットへとやって来ていた。

 天気は快晴。桜色へと染まった街は、ただそれだけで、あたし達の心を幸せにしてくれる。


「ま、たまにはこんな風にのんびりすんのも悪くねーな」

「見て見て英子ちゃん、桜が満開ですよ? それに、風が優しく吹いていてとっても気持ち良い。風流ですねー」

「風流? あたしの場合は、そうだな… 春眠暁を覚えず、だな」

「もうっ! 良いですか英子ちゃん。春宵一刻値千金、ですよ!」

「何だそりゃ? 相変らずよー分からん諺知ってんな、びーこは」


 あたし達は、そんないつものやりとりを繰り広げながら、揃って満開の桜を見上げる。

 びーこが知っているのかどうかは定かじゃねーが、この桜って植物は昔から神が宿る木なんて言われている。

 神が宿る。つまり依り代ってやつだ。そもそもその語源だって、古事記の木花開耶姫のサクヤが転じたものとも言われているし、サの神、つまり稲穀物の神が鎮座する場所、クラだからこそ、サクラ。なんて説もある。

 まぁ、あたしが何を言いたいかって言えば、桜が嫌いな日本人は殆どいねーってこと。だからこそ、そこに神秘性を見出すのも頷けるって話だぜ。


 派手に咲いて、一瞬で散る。あたしも、そんな生き方は嫌いじゃない。


「なぁ、びーこ。桜染めって知ってるか?」

「桜染め? 綺麗なピンク色の染物のことですか?」

「… 桜の花びらは元々、あんな綺麗なピンク色じゃなくて、白なんだよ」

「ふむふむ?」

「だが、少しずつこんなピンク色へと染まっていく。何故だと思う?」

「あのー、気のせいでしょうか? 私、何だか凄く嫌な予感がします」

 そう言って、先ほどまでの満面の笑みから、徐々にその顔を引きつらせていくびーこ。

 

 良いねぇ。その顔、そのリアクション。

 これだからびーこは…… 弄り甲斐があるってもんだぜ。



「びーこ。桜の木の下には、死体が埋まってるんだよ」



「いやぁああ。聞きたくない、私、そんな話聞きたくないですもん。英子ちゃんのばかばかっ!」

「死体の真っ赤な血液を、桜が徐々に吸収していって、白から少しずつピンク色に染まっていくのさ」

「うぅうっ、知らなかった。私、そんなの全く知りませんでした。それに、知りたくもありませんでした」

「そうだなぁ。他の説は」

「他にも? 他にもあるのですか?」

「桜が綺麗なのは、死体の栄養を吸い取ってるからだって説もある」

「結局どっちも死体じゃないですかっ! 嘘です、そんなの絶対嘘。私、絶対に信じませんからねっ!」

「ああ、勿論嘘だぜ。だが、忘れてもらっちゃ困るぜびーこ。今日は四月一日。何の日かなんて、言わずもがなだろ?」

「四月一日? アン・マキャフリイの誕生日ですか? それともサミュエル・R・ディレイニーの誕生日?」

「そうだけど違う! もっとあんだろ、ほら、もっと簡単で有名な奴が」

「あっ! エイプリルフール!?」 

「やれやれだぜ、ちょっとしたジョークってやつだな。都市伝説とも言うが」


 その小さな頬を桜色に染め膨らませるびーこ。が、その一方で、あたしは視界の片隅で、「ある事」を発見してしまう。

 いや、発見しちまった。

 いつもながら、あたし達はどうしてこうなのだろう? 

 本当、酷い話だよな… こんなにも、桜が綺麗だってのにさ。


「… おい、見ろよびーこ。アレ、あの離れたとこにある桜の木の下のアレ」


 それは、仲間はずれのように、桜並木からぽつりと離れたところで咲いた一本だけの七分咲きの桜の木。そんな桜の木の下。

「英子ちゃん? 私だって学習するんです。そんな風に何度も騙されると思ったら大間違いですよ!(キリッ」

 びーこは、類稀なるドヤ顔でそう言い放った。

 違うから。

 そーいうんじゃないから。

「いや、確かにさっきの話は悪かったよ。あたしもつい調子にのっちまった。悪ふざけがすぎたと思う。けど、今回は嘘じゃねーぜ… ってか、アレ、手?」

 あたしのそんな訴えが通じたためか、びーこは恐る恐るあたしが指し示す桜の木の下へと視線を移す。

「え、え、英子ちゃん。私、私の見間違いじゃなければ、妙なものが、その、見えるのですが」

「やれやれだぜ。びーこにも見えるって事は間違いねーな。あたしだって、見たくなかったぜ、こんな光景」

 だが、見つけてしまった以上、放置するわけにも行かない。あたしとびーこは、大きな溜息をもらしつつ、その一本桜へと近づいていく。


「桜の根元から、手が生えてやがる… やれやれ、とんだ花見になっちまったぜ」


 与太話が真実になる。たった一つの他愛ない嘘が現実のものとなる。

 こいつもびーこの「才能」なのか? それとも…


「近くで見てもやっぱり手だな。人間の手だ。しかも腐ってる。まぁ、こいつがただの死体なら、あたし達の出る幕じゃない」

「うーん、でもでも英子ちゃん。私、何だかこの方の手、見覚えがあるような」

「勘弁してくれ、びーこの知り合いか? こんな腐乱状態じゃ見分けが…」


 腐乱? 腐乱死体? おいおい、今度はあたしも嫌な予感ってやつがするぜ。


「英子ちゃん、今、動きましたよ、この手さん、動きました!」

「やれやれだぜ」

 桜の根元から突き出た手。その手は、自らの本体を地中から掘り起こすかのように土を掘り返し、やがて…


「ぷっははぁああああああああ!! 良く寝たぴょン! やっぱり、新しい寝床は最高ぴょンね♪」


「えっ? えーっ? フランちゃん?」

「むむむ? びーこ様、どうしてここに? もしかして、アタイに会いに来てくださったぴょンか?」

「んなわけねーだろ、エセキョンシー野郎。てめーのせいで、風流も糞も飛んでっちまったぜ」

「出たな、法楽英子! お前まで、どうしてアタイの新しい寝床にいるぴょンか? またアタイの寝床で寝たいのかぴょン?」


 都市伝説。

 桜の下には死体が埋まっている… だが、真実はちょっと違う。

 なぁ、知ってたか? 

 桜の下には、キョンシーが埋まっているんだぜ? 笑えないよな。これっぽっちも。


「英子ちゃん英子ちゃん、私、お菓子いっぱい持ってきたんですよ。折角ですから、この桜の下で皆で食べましょう」

「おいおい、風流どこいった? 結局花より団子じゃねーか… だったらあたしも、花見酒といきたいところだが」

「駄目ですよ? 絶対駄目。英子ちゃんは私と約束したんですから。お酒は控えるって。ね?」


 あーあ、やっぱり笑えない。本当、やれやれだぜ。



          ◆


 辺りが桜色からオレンジ色へと変わるまで花見を楽しんだあたし達は、その場でフランと別れ、ようやく帰路へと向かう。

 そう。とある決意を胸にして。


「どうしたんですか? 英子ちゃん。さっきから黙り込んで。それに、何だか怖い顔してますけど」


 春。

 それは、出会いと別れ。


「びーこ。一つだけ…… あたしの我がまま、聞いてくれるか?」


 春。

 それは…



END



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