第四十六話 「今にも堕ちて来そうな六等星の下で」
第四十六話「今にも堕ちて来そうな六等星の下で」
「英子ちゃん英子ちゃん。まだ? まだでしょうか?」
「おいおい、焦りは禁物だ。こういうのはな、じっと待ってる間も楽しみのうちなんだぜ」
「えーっ、でもでも、私もう待ちきれませんもん。楽しみだなー、きっと綺麗なんでしょうね? お願い事、いっぱいいーっぱい出来そうですよね? ね?」
さて、ここで一つ問題だ。
ペルセウス、ふたご、しぶんぎ。この三つに共通する事柄は、一体なんだろう。
星座? 残念、惜しいがちょっと違うぜ。
分かったか? 当然分かるよな、これくらい。常識問題ってやつだからな。
さて、時間切れだぜ。
答えは… 「流星群」だ。
1月のしぶんぎ座流星群。8月のペルセウス座流星群。そして、12月のふたご座流星群。
天球上のある一点を中心として、放射上に広がるような軌跡で出現する一群の流星、それが流星群だ。
ちなみに、さっきの問題。一見星座でも答えは当ってそうだが、実はそうじゃない。なぜなら、しぶんぎ座という星座は存在しねーからだ。それじゃ何故、そんな存在しねー星座の名前が流星群に設定されているのか?
その理由は…… 教えてあげない。
もしも興味を持ったのならば、是非とも自分で調べて欲しい。何かに興味を持つきっかけは、どこに転がっていても可笑しくはないものだし、あたしとしても、同士が増えるってのは喜ばしいことだからな。
「それにしても、ちょっと意外でした」
「ん? 何がだ?」
「英子ちゃんがお星様に詳しい事ですよ」
「おいおい、あたしだって仮にも乙女の端くれだぜ? 星に興味を持ってても何ら可笑しくはねーだろ。それに、あたしの場合は詳しいっていうよりも単に好きなだけだ。ちなみに言っておくが、別段、星占いや占星術なんかには何の興味もねーぜ。ただ単純に、星を視るのが好きなだけ。それだけだよ、今回びーこをここへ連れて来た理由はな」
あたし達は、揃って同じ夜空を見上げる。
ここはあたし達のマンションからちょっと離れた、とある小高い丘の上。あたしのちょっとした、お気に入りの場所。
「月並みだが、この無限に続く空、数多の星空って奴を見上げていると、日々の喧騒やちっぽけな悩みなんて、どっかに吹っ飛んじまいそうだろ?」
「そうですねー、本当に大きくて綺麗。あっ、英子ちゃん、今の見ました? 流れ星です!」
「ああ。もうすぐ時間だからな」
何を隠そう、今夜は某流星群が観測出来る夜。先に挙げた三大流星群、とまではいかないまでも、結構な数の星が流れるらしい。
天気は良好。ロケーションは最高。後は、時間を待つだけ。
「流れ星と言えばお願い事ですね。私、絶対にお願い事を三回唱えて見せます」
「夢をぶち壊して悪いが… 知ってるか、びーこ。流れ星が消えるまでの時間は、0.2~0.3秒程と言われてる。そんな1秒にも満たない僅かな時間の中で、願いを三回も唱えるってのは、現実的に相当難しい」
「英子ちゃん酷い。私、絶対3回唱えられますもん」
「そうか? でもまぁ、短い言葉ならギリギリ3回くらい言えるかも知れないぜ。例えば、金金金とか、肉肉肉とかな」
「もうっ! 私にそんな欲望はありませんっ!」
そう言ったきり、ぷいっと横をむいてしまうびーこ。
… あたしとしたことが、ちょっと言い過ぎちまったか? 久しぶりにここに来たからだろうか、それともびーことここに来たからか? 事もあろうに、ちょっとばかり調子に乗っちまったらしい。そして、このお嬢様の機嫌ってやつを直すのは、なかなかに骨が折れる。やれやれだぜ。
「びーこ。等級って知ってるか?」
「ぷーん」
「天文学で言う星の明るさの尺度だ。んで、この等級が低いほど明るい星ってわけ。つまり、0より明るい場合はマイナスがつく」
「ふむふむ」
「例えば満月の場合は-12等級。太陽は-26等級、ってな具合だ。で、逆に数字が大きいほど星は暗くなるってわけだ。びーこ、人間の肉眼で見ることの出来る最も暗い星は、何等級だと思う?」
「えっ、えーっ? そのー、えっと」
「はい、時間切れ。正解は6等級、肉眼で見ることの出来る最も暗い恒星は6等星だぜ。望遠鏡が発明される前は、この6等星が人間の限界だったんだ。勿論今は違うぜ? 宇宙望遠鏡によって31等星まで観測出来るのさ」
「6等星、ですか」
「そうだ。6等星だ。あたしはな、この6等星って奴が好きなんだ。何故だか分かるか? それは…」
「それは?」
「おっ、見ろよびーこ。流れ星だ。一つや二つじゃないぜ、どーやら喋っているうちに時間になったらしい」
「わぁーーー」
目を輝かせ、その両手を広げながら、天を仰ぐびーこ。
やれやれ、これ以上の解説は野暮ってもんだな。あたしも、びーこに習って大きく手を広げ、空を見上げる事にした。
「見て見て、英子ちゃん。手を伸ばしたら届きそう」
あたしと違って、びーこが言うとそんなばりばり乙女チックなセリフも、全く持って似合いすぎるから困る。絵になるというか、なんと言うか。ま、流石は正真正銘のお嬢様ってところか。
「ああ。届けば良いな、本当にさ」
さて、ここで本日二つ目の問題だ。
あたしは、この時点で大きな間違いを犯していた。重要な事を見落としていた。さて、それは一体なんだろうか?
答えは、そう…
「お、おい。ちょっと待てよ、おい、あの流れ星、こっちに? おい、おいおいおいおいおい、嘘だろ、うそだろおおおおおお」
「わぁ、英子ちゃん。流星群って凄いんですねぇ?」
「ばっ、違う、これは違う。あれは、ただの流れ星じゃない!!! 逃げるぞっ、びーこ! ほら、ぼーっとしてるんじゃない、逃げるんだよ! こっから、全力で!!」
「え? えっ? ええ?」
あたしは、未だにぽかんとしたままのびーこを小脇に抱えると、全速力でその場を離脱する。
… 直後、尋常でない衝撃音と共に、今さっきまであたし達が居た、正にその場所に、一つの隕石が落下した。
空から 星が 堕ちてきた。
「忘れてたぜ。びーこがびーこだってことを。ただの夢見がちなお嬢様じゃねーってことをな」
「はひ?」
「びーこお前、今度は一体何を惹きつけやがった?」
「あっ、英子ちゃん! また光りましたよ?」
「…… やれやれだぜ」
あたしは、スクーターに積んでいたあるものを取り出し、精神を集中させる。
「月は村雲花に風、月夜に提灯夏火鉢… 今宵の我が月は… 満月!」
「何だか久しぶりですね、英子ちゃんのそれ」
いまいち状況が飲み込めていないのか、はたまた相手が悪霊や妖怪の類じゃないからか。びーこは、今ひとつ緊張感に欠けるそんなセリフを吐きながら、あたしの青白く煌く金属バッドを見つめている。
しかしまぁ、隕石、流れ星すら惹きつけちまうとは… びーこの力が日に日に強くなっている証拠かもしれない。ってかこいつは一体どういう理屈なんだ? あの大きさの隕石なら、大気圏で燃え尽きちまうのが定石だと思うんだが。
恐らくだが、とある特定の角度、ライフルで月にいるミジンコを打ち抜くレベルの精密さを持って、そんな限られたある一定の角度でこの地表へ突入しているのだろう。
そして、相手が只の隕石や流れ星でないのだとすれば、ここはあたしの出番、あたしの仕事ってわけだ。
「今の軌道から察するに、この流れ星は、隕石は明らかにびーこを目掛けて落ちてきやがった。だったら、あたしに出来る事は只一つ。再び宇宙へ押し戻す。つまり、このバッドで打ち返してやるぜ!」
「英子ちゃん英子ちゃん、来ます。また流れ星さんが来ますよっ」
「びーこ、覚悟はいいか? あたしは出来てる。今度は逃げない。覚悟って奴を見せ付けてやるんだ、あたしと、びーこの覚悟ってやつをな」
「勿論です。私は、いつだって英子ちゃんを信じていますし、私も、逃げたくありませんから」
あたしは、そんなびーこの答えに黙って頷くと、目前へと迫ってきた流れ星に対して、バッドを構える。
「良く言った。後は… このあたしの仕事だぜ」
何となく感傷にかられてバッドを持ってきたが、やれやれまさかこんなことになるとはな。
昔、ここで金属バッドを振っていたのを思い出すぜ。野球には全く持って興味はねーが、修行の一環として、ひたすら素振りをしていたこともあった。
バッティングのポイントは、タイミング。ボールの軌道上にバッドを入れ、十二分にひきつけてから、全力で打つ。
「こ・こ・だあああああああああああああああ」
限界ギリギリまで件の隕石をひきつけた後、全身全霊を持って打ち返す。
「や、やったぜ、はぁ、糞、今度こそ、燃え尽きるんだな。宇宙の藻屑になりやがれっ!」
終わった。
やれやれ、とんだ流星群観測会になっちまったぜ。
… そんな、安堵の表情を浮かべるあたしに対して、びーこが容赦の無い鬼のような悪魔のような一言をぽつり。
「英子ちゃん、今日のお星様は流星群なんですよね? という事は、まだまだ流れ星さんは流れるってことですよね? ね?」
「は、はははは、ははは、は」
良かったなびーこ。これなら、三回どころか、何度だって思う存分、願い事ってやつを唱える事が出来そうだぜ?
願えば叶う…… やれやれ、良い言葉だぜ、本当に。
どうやら、今夜もまた、あたしにとって眠れぬ夜になりそうだった。
END