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第四十ニ話 「花でもなく、毒でもなく 後編」

第四十ニ話「花でもなく、毒でもなく 後編」


 大きな音を立てびーこの十字架が崩れ落ち、それに伴うようにしてびーこの上下真っ二つになってしまった体もまた、地面へと沈む。


「あ、あああ、ああ、あ、あああああああああああ」

 あたしは、そんな声にもならないような声を上げ、這う様にしてびーこへと近づいていく。

「そんな、嘘だ、嘘だ。こんなの、駄目だ、イヤだ、うそだ」


 ラーヴァナは、先ほどの投擲で最後の力を使い果たしたかのように、あたしのそんな最低最悪のツラを高笑いで眺めながら… 消滅した。

「びーこ、びーこが、あたしが、あたしのせいで、糞っ糞ッくそおおおおお」


 崩れ落ちた瓦礫の山から、何とかびーこの体を探し出し、引き上げる。

 びーこの上半身は、びーこの顔は、まるで何事も無かったかのような、そんな幸せそうな安心しきった微笑を浮かべていた。

 本当に、まるでただただた眠っているだけのような、そんな穏やかな表情。


 ただし、その下半身は… もはや原型すら留めてはいない。

 あたしの両手が真っ赤に染まっているのは、この異空間の空が赤いせいなんかじゃ、断じてない。





 びーこは、死んだ。 





 あたしのせいで。

 あたしが弱かったせいでも、敵が強かったせいでもなく……… あたしが未熟だったから。あたしの慢心のせいで、びーこは死んだ。


「…… もう、あたしには何も残されちゃいない」


 あたしが、この世界に存在する理由も、刃を振るう理由も。

 何だ。

 結局、あたしは、また、守れなかったじゃないか。

 何だ。

 結局、あたしは、あたしは、あたしは。




 あたしは、血に塗れたその手で、秋艶を、手に取り…… そして。



「待って!!!!!!」


 

 不思議と、その声は懐かしい誰かの声のように聞こえた。思わず、我が身へと振りかざした秋艶の刃先を止めてしまうくらいには。

「………… お願い、待って。私にはそれを言う権利があるはず、そうでしょ? 英子… いえ、英子ちゃん!」

 あたしは、何故かあふれ出る涙を止める事もせず、声の主へと振り返る。


「花子? 花子、お前、どうやって、どうして、ここに?」

 花子は、何も言わずあたしの側へと近づくと、そのままぎゅっとあたしの体を強く、強く抱きしめる。

「………… あなたは、よく頑張った。もっと胸を張って良い。いつものあなたらそう言う筈」

「けど、けど、びーこが」

「………… 分かってる」

 花子は、一旦あたしの体を離すと、分断されてしまったびーこの二つの体へと近づき言う。 

「………… びーこは、いえ、私は、一度死ぬ運命だった。これは、どの世界においても決まった運命」

 

 運命? どの世界でも?


「………… 私はね、私の正体はね、この子と同じなの」


 花子は、一体何を言っているんだ? 


「………… 英子。私はね、びーこなの。ここじゃない、他の世界のびーこ。正確にはその残骸よ」


 花子が、びーこ?


「………… タイムカプセルって言えば、分かるかしら? あれを残したのは、そう、この私よ。私は、平行世界のびーこ。英子と出会えなかった隣の世界のびーこなの」


 タイムカプセル? 以前、びーこがどこからか拾ってきたアレか? 差出人がびーこになっていたあのパンドラの箱か?


「………… 思い出してくれたかしら? あれには、私の、かつてびーこだったものの断片が封じられていたの。それを開放してくれたのは、紛れも無くこの世界の私と英子だった。こんな事を言っても信じてもらえないかもしれないけど。世界はね、きっと隣り合う複数の世界で作られているのよ? まるで、世界と世界がこうやって手を繋いでいるみたいに」


 そう言うと花子は、まるでいつものびーこが浮かべているような、そんな満面の笑顔を浮かべながら、びーこの手を取った。

 

 あのいつでも能面のようなポーカーフェイスの花子が、こんな笑顔を浮かべるなんて。


「………… ねぇ、英子。運命って残酷よね。私は、私達はね… どの世界の私も、大人になる前に死んでしまうの。原因は様々みたいだけど、みーんな死んじゃうのよ。それが、びーこという概念の運命」

「嘘だ! 信じられるわけがない! そんなの、あんまりだろ」

「………… ええ、そうね。私もそう思う。でもね、どんな世界にもイレギュラー、例外、ジョーカーは存在する。それが法楽英子、あなたよ。あなたとびーこが出会う世界は、他のどんな平行世界においても皆無。つまり、ここだけなの。唯一無二のこの世界だけなのよ」


 あたしとびーこの出会い。

 あたしはびーこを救い。そして、びーこはあたしを救ってくれた。

 忘れられる筈も無い。忘れたくても忘れられない。あれは、そんな出来事だった。


「………… 私はそれを別の世界の私から聞かされた。私は確かにそんな自分の運命を呪ったし、絶望もしたけど、そんな気持ちだけでここまで来たわけじゃないわ。さっきも言った通り、世界はこうやって世界と世界が手を繋いで出来ているの。だから、私にそれを伝えた隣の世界の私は、そのまた隣の世界の私からその事実を聞かされた。分かる? そうやってまるで数珠繋ぎのように、数多くの結果と想いがあって、今、私はこの世界にいるの」


 正直言って、もはやあたしには想像もつかないような世界の話だ。

 だが、この目の前の花子、いや、びーこも他のびーこ達も、確固たる想いと信念を持って行動していたということだけは理解出来る。


「………… 唯一、死の運命というその絶対原則を打ち破れる存在が、あなたなの。現にあなたとびーこが出会えたこの唯一の世界だからこそ、私は、こんな事が出来る」


 隣の世界からやってきたびーこと、この世界のびーこ。

 繋いだその手から、二人のびーこが徐々に同化していくのが分かる。


「………… 安心して、私は単なるこの子の一部になるだけ。それだけに過ぎない。記憶も体も、この子のままよ」

「お前は、どうなるんだよ?」

「………… 最初から、私の事はどうでもいいって、そう言ってたでしょ?」

「馬鹿野朗っ。いいわけ、ないだろ。そんなの」

「………… いいの。私は、そんな顔の英子を見れただけで、それで充分だから。それに私、きっと今日この日、この瞬間のために生まれてきたんだと思う。私の人生に、きっと意味はあったんだと思うから。だからこそ、お願い。この世界のびーこを守ってあげて? この子が、一人前になるまで。本物になるまで。それが私達、成れの果ての総意よ」

「当たり前だ。そんなの当たり前だろが!」

「………… 良かった。最後に、英子。その黄色の力は、今後も安易に使っては駄目よ? 自分でも分かっている通り、あなたの人外化は、確実に進行している。これ以上多用すると、本当に人から遠ざかってしまうわ。いいわね? … それともう一つだけ忠告。ラーヴァナはその能力上、他の神でさえ、手を焼いていた存在。だからこそ、あたなに殺させたの。分かるかしら? つまり、ラーヴァナを英子とびーこに対し仕向けた何者かがいるって事。気をつけて、そいつは今後、必ずあなた達と対峙することになる筈だから」

 あたしは、目を赤く晴らしながらも、何度も何度も彼女の言葉に頷いた。

「………… ふぅ、時間切れ、か。そうね。それにしても、あなた達との生活は楽しかったわ。この世界のびーこがあなたに懐く気持ちが良く分かったもの。… だって、私もそうだったから。だからね? 本当は、もう少し、もう少しだけ、あなた達と… いえ、英子と一緒に、い、た、か」


 最後の最後に、そんなセリフをちょっとだけ照れくさそうに言い放った後、花子は… 隣の世界のびーこは、消えた。

 それと共に、この地獄のような赤い異世界もまた消えて行く。


 後に残ったのは、傷一つ無く幸せそうに寝息を立てる、そんな見慣れた姿のびーことあたし。

 


 終わったんだ。

 この、まるで悪夢のような、季節外れの真夏の夜の夢が。

 


          ◆



「まともな神様なんていない」

 今でもあたしは、心底そう思っているし、その考え方を改めるつもりも無いと思う。


 … ただし、あたしとびーこの、たった二人の為だけの神様がいたとしたら、もしも存在すると言うのならば。

 或いは、信じてみる価値はあるのかもしれない。

 そんな風に都合良く考えたって、罰は当たらないよな? きっと。



 マンションのベランダで一人、白い息を吐きながら、あたしは夜の月を見上げた。

 

 夜空に浮かぶその満月に、花子が最後に浮かべた照れ笑いが見えたような… そんな気がした。


END


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