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第四十一話 「花でもなく、毒でもなく 中編」

第四十一話「花でもなく、毒でもなく 中編」



「てめーが悪党であればあるほど、あたしは何の迷いもなく刃を振れる。もっとも、びーこに手を出した時点で、例え相手が何者であろうと、もう関係ねーのさ」


 ラーヴァナは、右の腕合計十本を掲げると、一斉にその指をバチンと鳴らす。

 その刹那、何も無かった殺風景な地獄の空間に、突如として大きな十字架が姿を現した。加えて、その中心には、貼り付けにされたびーこの姿。

 どうやら、今はまだ気を失っているだけの様子のびーこ。ぐったりはしているものの、あたしの見る限りでは命に別状はなさそうな状況。

 一先ず、最悪のパターンだけは回避出来たようだった。


「やれやれ。その見た目通り、っとに趣味が悪りぃぜ」


 あたしの悪態を意に介さず、ラーヴァナは左腕十本を掲げると、一斉にその指を鳴らす。

 どこからとも無くその体躯にふさわしい大剣が現れ、音も無く奴の全ての腕に収まる。 

 … おいおい、流石のあたしも二十刀流の剣士なんて始めて見たぜ。

 だが、これで場のお膳立ては全て揃ったってわけだ。



 そして、これからはあたしの時間。あたしのための、あたしだけの時間だぜ。



 あたしは、いつの間にか右腕に納まっていた秋艶を鞘から抜き、その刀身を地面に突き刺す。

「コレを使うのは久しぶりだ。あたしの本質とは言え、出来れば今後も使わねー人生ってやつを送りたかったよ。それは、あたしの心の底からの本心って奴だぜ」


 正確に言えば、三度目。そして、この状態の秋艶を使っての術式は初めてということとなる。今回、何よりも幸運だったのはびーこが意識を失っているという点だ。 

 あいつにこの先のあたしの姿、本質を見られたらと思うと、全身から嫌な汗が出そうになる。

 だからこそ、びーこが目を覚ます前に、ケリをつけなきゃならない。他でもない、花子のためにも。


 あたしは、地面へと突き刺した秋艶の柄を両の手で握りながら、精神を集中させる。



「… 黄衣の王は消え去ってしまった。夢路を定める力も、悪夢から逃れるすべも知らずに―」



 詠唱が終わったその瞬間、あたしは秋艶を地面から引き抜く。刹那、秋艶は黄金色のオーラをその刀身に纏う。

「悪いが、あまり悠長に事を構えてる余裕はねぇのさ… さぁ、とっとと堕ちてくれよ? 神様」


 デュラハンに惨敗し、メデューサに辛勝し、酒呑童子に奇策を講じた、そんなギリギリで生きている泥臭いあたし。

 そうしなければ前に進めなかった。手段を選ぶ余裕も、力も、能力も無かった…… そんなあたしが持つ唯一の絶対的力。


 それが、黄の力。


 言わば、あたしの持つ蒼の力も紅の力も、この黄の力の副産物に過ぎない。

 びーこと違って、どこにでも居るような普通の人間であるこのあたしが、曲がりなりにもこんな因果な世界に身を落とし、それでもこうして生き残ってこられ、びーこの側に身を置く事が出来るのも、全てはこの力が原因でありおかげでもある。


 神と名を冠する化け物を喰らうためだけの、あたしの本質。

 そんな「碌でもない神様」だけに使用できる、あたしの碌でもない能力。 


 今回の制限時間は数分。それが、あたしに残された最後の時間。

「最初に言っておくぜ、あんたの敗因は二つある」

 

 あたしは、いつもの数十倍のスピードで奴に近づくと、まるで触手のように蠢く奴の10本の左腕を1本ずつぶった切って逝く。


1  2   3    456     7  89   10!!!!


 まるで重さを感じないこの体の感触が心地良い。そして、苦痛に歪む奴の顔に胸が躍る。

 脆い脆い脆い脆い脆い脆い脆い脆い脆い脆い。

「はん。どうだ? 大分体がすっきりしただろ? 腕なんてもんはな、元々2本ありゃそれで充分なんだよ」

 

 奴の吹き飛んだ左腕10本が、悪趣味で情緒の無かったこの地獄の風景に、風情ってやつをもたらしてくれた。

 悪くない。

 だが、当然これで終わりじゃない。これでは終われない。間髪いれずに、奴へと近づく。  

 あたしは、いつもの数十倍の力で奴の残りの腕、右腕10本を1本ずつぶった切って逝く。 


1    23   45    6789        10!!!!


「あぁ、わりぃわりぃ。あたしとしたことが、2本残すどころかぜーんぶぶった切っちまったぜぇ」

 計20本の腕を持つラーヴァナは、なすすべなくその全てを無くし、バランスを崩し、大きな音を立てその場に崩れ堕ちる。


「ひゃっはっはっはっはぁ。何だ? おい、まさかこれで終わりじゃねーよなぁ? なぁ? … 下らない下らない下らない! くだらねーって逝ってんだよ! あたしは!」


 あたしは、再びゆっくりと奴に近づくと、その巨体の上に乗り、奴の残された十の顔へと歩みを進めて行く。

「こんなあたしにも劣るような糞野郎が神だと? 笑いが止まらねーな。ふん。てめーの敗因、分かるか? 聞きたいか? 聞きたいよな?」


 十の鬼面が、一斉にあたしを見据える。

「いいぜ、聞かせてやるよ…… ただし、10の顔に聞かせるのは勿体無い。顔なんてもんはな、1個ありゃ事足りるんだよ。ひゃっはっはっは」


 あたしは、いつもの数十倍の邪悪な微笑みを浮かべながら、奴の頭を一つずつぶった切って逝く。


1 2 3 4 5 6 7 8 9 じゅ… おっと。危ない危ない。


 あたしは自分と秋艶に降りかかった血潮を振り払いながら、醜く顔を歪ませ言う。

「いいか? てめーの敗因は二つある。一つ、あたしはあんたをよーく知ってる。伝承クラス、加えて神なんて言われるような存在だぜ? 有名な逸話の一つや二つ、残っていて当然って話だ」

 秋艶を最後に残った一つの顔に突きつけながら、あたしは尚も続ける。

「ラーヴァナは不死の暴君として有名だ。他の神さえあんたを殺せない。悪魔でも、例え他の伝承クラスの輩だろーと、あんたを完全には殺せないだろう。だが、そんな無敵とも思えるあんたにも、唯一の弱点があった…… それは、人間だ」

 奴の最後の顔についた二つの大きな目玉は、先ほどから奇妙なほどにくるくると揺れ動いている。

「神界で悪の限りを尽くし、人間を見下し、そもそも人を自分の敵としてすら認識していなかったあんたは、その不死能力の対象に人間を含まなかった。あぁ、分かるぜ? あたしは、これまでもてめーのような慢心を持った奴らを五万と見てきたからな」

 あたしは、奴の顔から目を離さずにさらに続ける。

「だが、幾らあんたの唯一の弱点が人間だろうと、普通の人間にあんたを葬り去るのは荷が重いって話さ。腐っても神だからな、あんたは。そこで、あんたの敗因の二つ目のご登場。… あたしの本来の能力は、神を叩き堕とす力。笑えるだろ? あの雲の上の神様が、こんなちっぽけな人間にやられちまうんだぜ?」


 自分が何を喋っているのか理解出来ない。体が熱く、鉛のように重い。視界がかすみ、意識が混濁する。… そろそろ、時間切れが近い。

 やれやれ、あたしの悪い癖だ。御託はこの辺にしておくぜ。

「どうやら、神遊びもここまでらしい。てめーがこれまでどんな悪行を働いてきたかは知らねーし、興味も無いが、あんたはびーこをさらい、花子を葬った。罪状なんてそれだけで充分…… お前は憑いてない神だった。それだけだ」



 あたしは、ラーヴァナに最後の一刀を加え、その存在を地面へと沈めた。 



「残り数十秒。やれやれ、何とか制限時間内で事足り…」

 油断。

 慢心。

それは、あたしが先ほどまで奴に対して説いた言葉だった。その筈だった。


「クッハッハッハッハ」

 不意に、切り落とした筈の奴の最後の顔が、不気味な笑い声を上げる。


 腐っても神と名の付く伝承。

 本当に慢心していたのは、果たして誰だったのか?


 ラーヴァナの20本の腕達は、切られても尚しっかりと握り続けていたその巨大な剣を…… この、あたしではなく、びーこが貼り付けにされた十字架へと一斉に放る。

「しまっ」

 あたしは、残された力を掻き集め、全力でびーこの十字架へと駆け、最後の時間を振り絞り、空中に舞うその20本の剣を叩き落していく。


 20、19、18、17、16、15、14、13、12、11、10、9、8,7,6、5、4、3、2。


 あたしの黄の力の残り時間と、奴の放った残りの剣の数が不意に重なる。

 そして、カウントは1。 最後の1本。最後の1秒。 


 間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え。頼む、頼むから。間に合ってくれ!!!


 なぁ、神様!!!!!!


「うぁわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」







 ラーヴァナの放った最後の一刀は、地獄に突き刺さる巨大な十字架ごと、びーこの体を上下真っ二つに切断した。 






THE DEAD END


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