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第四十話  「花でもなく、毒でもなく 前編」

第四十話 「花でもなく、毒でもなく 前編」



 あたしは常々、びーこに対して「神様なんていない」そう言い続けてきた。


 仮にもシスターの卵である彼女にそんなことを言うのは、本来ならばとんだお門違いだし、あたしは他人の宗教観に対してとやかく言うほど野暮な人間でも、傲慢な人間でも、出来た人間でもない。

 それじゃあなぜ、それでもなぜ、あたしはそんな事を言い続けるのか?


 そう、これは単なるあたしのエゴ、だからだ。


 あたしはこれまで、「伝承」クラスと呼ばれる規格外の化け物達と対峙し、時には敗北し、時には辛くも勝利を収めることもあった。

 だが、そんな伝承クラスの化け物達の中には、いわゆる 「神様」 と称される連中も存在する。


 だから「神様なんていない」というそんな冒頭のあたしの言葉は、実は正確じゃない。 


 何の因果か、あたしは生まれてこの方「まともな神様」ってやつに遭遇したためしがない。

 そもそも、あたしがこんな人生を歩むことになった切っ掛けも、あたしとびーこが出会ったのもまた、とある神様と呼ばれる伝承が関係していた。

 

 あたしの人生において、神はいつだってあたしに選択を迫る。 


 本来神という存在は、人々の信仰を集め、敬われるべき存在だ。

 だが、あたしがこれまで遭遇したそいつらは、決してまともな神様なんかじゃなかった。

 だからこそ、あたしのさっきの言葉の本当の意味は「神様なんていない」ではなく、「まともな神様なんていない」という事になる。



 そしてまた今夜、あたし達はとある神クラスの伝承に遭遇する。


 願わくば、あたし達に神の御加護が… いや、神のお目こぼしがあらんことを。



          ◆



「あぁ、神様」

 気が付くとあたしは、無意識のうちにそんな言葉を吐いていた。

 本来無神論者であるあたしの口からそんな言葉が出るくらい、今のあたし達の状況はまともじゃなかった。切迫していた。そう理解してもらいたい。

 

 この日、びーこの学園は終日休校。

 あたしは別件のツマンネー仕事が入っていたため、暫く家を空け、その間の留守を花子に任せた。


 が、無事仕事を片付け、急ぎ足でマンションに帰ってきたそんなあたしの目に飛び込んできたもの、それは………


「………… ごめん、英子。私……… 守り、きれな、かった」


 自縛霊である花子に、本来ならば死という概念は無い。それでも、あたしがいつもそうするように、幽霊だろうが伝承だろうが、その存在をこの世界から消し去る事は出来る。或いは、それを「死」と称するのならば、確かに彼女は今、そんな一歩手前の瀕死の状態だった。

 今の花子の姿を一目見たあたしは、彼女が既に手遅れな状態だという事を瞬時に悟ってしまったのだ。


 つまり、もう、助からない。


「おい! 花子! 何があった? どうしてお前が、お前がこんな目に」

 あたしのせい? 

 あたしが、びーこのお守りなんて頼んじまったから。

「………… 私の事は、どうでも、いい。それより、びーこ、びーこが」 

 あたしは、今にも消え入りそうな花子の体を支え起こしながらも、びーこの姿を探して部屋を見渡す。

 部屋は、まるで何事も無かったかのように、綺麗なまま。いつも通りのまま。

 だが、花子の言う通り、そこに肝心の家主の姿は無い。

 例え部屋がそのまま残っていようと、びーこのいないこの部屋に意味なんて無い。存在価値は、無い。

「………… 私の力じゃ、歯が立たなかった…… ごめんね、ごめん英子」

「ば、ばかやろうがっ、何で謝るんだよ。謝るんじゃねーよ」

「………… どうして、英子が泣きそうなの?」

 花子は、震えるその手であたしの目元にそっと触れながら、尚も続けて言う。

「………… アイツは、私達のような存在に、反則的な強さを持ってる、から」

「アイツ? おい、花子! 花子?」

 それだけをあたしに伝えると、ぐったりと項垂れ、弱弱しく浅い呼吸を繰り返す花子。 



 びーこはさらわれた。花子は助からない。

 こんな時あたしは、果たしてどう対処すべきか? あたしの取るべき正しい行動は? あたしは、あたしは一体どーすりゃいいんだ?


 ……… 馬鹿かあたしは。そんなの決まってる。決まりきってるじゃねーかよ。

 あたしはバチンと両頬を叩き、気合を入れ直す。


 あたしは、あたしの出来る事だけをする。それだけ。例えそれが、どんな状況であろうとも、だ。

「待ってろ花子。びーこは必ず救い出す。お前を、そんな顔で逝かせはしない」


 何時もの如く、マンションのドアから出た瞬間、あたしの体は転送された。

 それは、あたしとびーこの、終わりの始まり。


「……… 英子なら、大丈夫。いいえ、英子じゃなきゃ駄目なの、だから…」


          ◆


 地獄。

 今、あたしの目の前に広がる光景を一言で言い表すなら正にそれに尽きる。

 赤く染まった空。煮えたぎるマグマ溜まり。散在するシャレコウベの山。

 メデューサや酒呑童子の時と違い、明らかにこの地上のどこかではない異質の空間である事が分かる。


 成る程、確かにこれは伝承クラスの相手だ。しかも、いや、間違いなく、神と称される伝承。

 やれやれ。また、神… か。

 だが、相手が何であろうと、あたしに出来る事なんてただ一つだけ。


「おい、さっさと出てこいよ。どこの誰だか知らねーが、そっちもあたしを殺すつもりで呼び寄せたんだろ? あたしをやらない限り、例えびーこを奪ったとしても…」

 あたしがそこまで言いかけたとき、あたしの背後から思わず吐き気を催すような、ドス黒い気配が襲い掛かる。

 

 その瞬間、あたしは安堵した。たまらなく安堵した。

 なぜなら、今度の神もまた、まともな奴じゃない。ろくな奴じゃない。そう確信出来たからだ。

 あたしは、大きく深呼吸した後、ゆっくりと振り返る。


 そんなあたしの目に飛び込んできたのは、巨大な体躯とその上に存在する十の頭。

 異質。

 とてもじゃねーが、まともなんて言葉とは程遠い存在。およそ、人間の美意識から酷く湾曲した存在。

 見ているだけで意識を持っていかれちまいそうな、そんな異の塊。


「ふっ。いいねー、やっぱりこれくらいの悪神じゃねーと、殺る意味がねーからな。… てめーが糞がつくほどの悪党でいてくれて、本当に嬉しいぜ、あたしは」

 神は、二十の瞳であたしを一瞥すると、その全ての顔の口元を邪悪に歪ませた。



 ラーヴァナ。

 かつて、悪行の限りを尽くしたというインド地方に伝わる悪神。十の頭と二十の腕を持つ正真正銘の悪の化身。

 … 知ってる。こいつのことなら、よーく知っている。

 なぜならコイツは、ある意味あたしと全く真逆の力を持った「異質」な神だからだ。


 

 目には目を歯には歯を…… ジョーカーにはジョーカーを。



「いいぜ、見せてやるよ。あたしの本来の力。本当の力、ってやつをな」


END


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