第四話 「金曜日は眠らない」
第四話 「金曜日は眠らない」
その日、あたしは疲れていた。疲れ果てていた。
「なぁ、おい、びーこ。今ので何匹目だ?」
「12です、英子ちゃん」
じゅうに? 12匹?
… 糞っ、聞くんじゃなかった。
あたしは、深い溜息をつくと同時に、手にしていたナイフをその場で手放した。
「お疲れ様です、英子ちゃん。はい、これ」
そう言ってミネラルウォーターのペットボトルをあたしに手渡すびーこ。
あたしは、それを受け取ると一気に喉の奥へと流し込んだ。
一時の静寂に満たされたマンション内に、ゴクゴクというあたしの喉音だけが響き渡る。
「っぷはぁああ。ちっきしょー。だからあたしは金曜日が嫌いなんだよ! 特に13日の金曜なんて、その存在すら許せねぇ。死ねっ。氏ねじゃなく死ね。カレンダー上から消えちまえ」
「英子ちゃんったら、またそんな子供みたいな事言って。金曜日がなくなっちゃったら、全国のカレンダー屋さんが大変ですよ?」
「そういう問題じゃねーし、そもそもカレンダー屋さんて何だよ! ガキかてめーは」
びーこの天然っぷりが披露困憊のあたしに追い討ちをかける。
ヤバイ、突っ込んだら余計疲れちまった。
つーか、何でこんなことやってるんだろう、あたし…。
あたしはぐったりしながら今日1日の出来事を振り返った。
あたしの基本的な一日は、びーこに始りびーこに終わる。
朝、目覚まし代わりであるびーこの騒ぎ声で眼を覚ます。
あたしは夜行性だ。
だから寝起きはすこぶる悪い。むしろ最悪だと言ってもいい。
目覚ましの2,3個くらいではとてもじゃねーがどうすることも出来ない。
つまり、誰かに起こしてもらう以外に、あたしが時間通り起きる術は無いってこと。
そして、悲しいかな、この部屋にはまともな人間と呼べる類の生物は、あたしとびーこしかいない。
となれば必然的に、毎朝びーこに起してもらうという、恐ろしく不安で不服な方法を取らざるを得ないのだ。
毎朝、あたしが一番最初に眼にするのは、そんなびーこの膨れっ面。
びーこは、あたしに往復ビンタをお見舞いしたり、あたしの腹の上に本を山のように積み重ねてみたり、時には口と鼻を同時に塞ぐなどという実にアグレッシブでチャレンジ精神に溢れる方法でこのあたしを起してくれる。
人の優しさってやつが骨身にしみる。
ありがあたすぎて涙が出てくるぜ。
簡単な朝食を済ませ、あたしは愛車のスクーターでびーこを学園へと送り届ける。
基本的に、学園にいる間だけは、びーこの霊媒体質が悪い方向へ働く事は無い。
あたしと二人でマンションにいるよりよっぽど安全なのだ。
そして、あたしはその間だけびーこのお守役から開放される。
その時間、あたしは別件の糞メンドクセー仕事をこなすこともあれば、丸々自由な時間として勝手気ままに費やす事もある。
よっぽどすることが無い場合や、びーこに涙目で懇願された場合は、まぁ、学園内をついて回る事も稀にはあるが。
そこがあくまで学園である以上、放課後はやってくる。
安全だからと言っても、所詮は一時しのぎ。学園は、びーこのためのシェルターや隔離施設ではないっつーこと。
夕刻、あたしはびーこを迎えに行くため再び学園へと赴く。
後はまぁ、二人でマンションに帰って馬鹿話をしたり、飯食って寝るくらいだろう。
勿論、途中で何度か、メンドクセー厄介ごとに巻き込まれたりするのは日常茶飯事。
だが、金曜日はそうはいかない。
真実はあたしもしらねーし、別段しりたくもねーし、興味もない。だがまぁ、あたしが言えることは一つ。
金曜日には魔物が住んでいるんだ。
比喩とか例え話ってわけじゃない。言葉通り、そのままの意味だ。
金曜の夜ってのは人間を解放的な気分にするが、それはそのまま人間以外にも当てはまる話らしい。
金曜日の夜は、何故か良くないものたちが騒ぎ出す時間帯なのだ。
特に13日の金曜日なんて最悪だ。眼も当てられない。
現に、こうしてあたし達の部屋には既に、びーこに魅入られた12匹の不届き者達が侵入してきやがった。
1匹1匹はさほどではないといっても、ただでさえ1週間の疲れがどっと押し寄せてくるこの時間帯に、休みなく連戦。
そんなの疲れるに決まってる。むしろ疲労しないわけが無い。
だからとって油断をすれば、あたしもびーこもただではすむわけがない。
常に続く緊張状態。永遠とも思える時間。長い長い夜。
だからあたしは、金曜日が嫌いなんだ。
「英子ちゃーん? まだ眠ってしまってはいけませんよ? ほら」
そう言ってびーこが指さす先に、青白い炎が上がった。呼応するように部屋全体が振動し、激しい風が吹き荒れる。
休む暇もなく13匹目のおでまし。つまり、どーやら今夜は徹夜確定らしい。
… ったっく、やれやれだぜ。
あたしは、部屋の壁面に飾られていた一振りのレイピアを掴み取り、一気にその刃を突き立てた。
金曜日は、まだまだ眠らない。
END