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第三十九話 「天国に一番近い場所で」

第三十九話「天国に一番近い場所で」


 こたつ。それは、日本が誇る伝統的家具。

 こたつ。それは、日本が誇る魔性の家具。

 

 ひとたび、その本質に身を委ねてしまおうものなら、ちょっとやそっとじゃその引力からは逃れられない。

 あるものはそれを天国と称し、あるものはそれを人間堕落装置と称す。


 そして、このマンションの部屋において、唯一こたつがあるのは…… このあたしの部屋だけ。



 一人目の被害者。

「英子ちゃん、英子ちゃん。私、こたつって絶対何らかの不思議な力や魔力を帯びていると思うのです。私、今日はそれを解明しようと思います!」

 突然あたしの部屋へとやってきたびーこは、そう言うなりあたしの隣にちょこんと座り、そそくさとこたつに入る。

 ま、びーこがいきなり馬鹿げたセリフを吐くのは、何も今に始まったことじゃない。

 あたしは、こたつに入ったままのだらけきった格好で言う。

「あ? 何だよ藪から棒に。つーか、魔力? 不思議な力? 一番の不思議生物であるお前が言うなって話だろ」

「私は不思議生物じゃありません!」

「じゃあ、不思議ちゃんか」

「もうっ、ぷんぷん」

「何だよそれ。やっぱ不思議ちゃんじゃねーか。まぁ、こたつにあたるくらい好きにしろよ。ただし、騒がしいのはごめんだぜ?」

「やったー」



 二人目の被害者。

「あっ、びーこ様! こんなところにいたんですね? 探しましたぴょン」

「わぁ、フランちゃんだー。遊びに来て下さったのですね?」

 フランは当然の如くあたしの許可などとるわけも無く、びーこの隣へと座り、こたつに入る。

 つまりこれで、あたしのこたつは3つのスペースが埋まったことになる。必然的に、残りスペースは後1箇所のみ。

「おいおい、また一段とウルセーやつが来ちまったじゃねーか」

「コラ、法楽英子! 五月蝿いと何事ぴょン!」

「喚くな。だからそれがウルセーってんだよ。後、いちいち人の名前をフルネームで呼ぶんじゃねーよ」

 そんなあたし達の様子をニコニコ顔で見守るびーこが、ぽつりと一言。

「お二人とも、相変わらず仲良しさんですねー」


「どこがだよ!」

「あり得ないぴょン!」



 三人目の被害者。

「ったく、てめーらここはあたしの部屋だってことを忘れんじゃねーぞ」

「はーい。でも、このところ凄く寒くなりましたよね。こういう時はやっぱり皆でおこたですよねー」

「コラ、法楽英子! びーこ様のためにもっと温度をあげるぴょン!」

 

 女三人寄れば姦しいなんて言うが、なんつーか、これはもはやあたしの聖域を侵された気分だぜ。

 寒い冬の日に、一人静かにこたつに入りながら、窓辺から降りしきる雪景色を眺める。これぞ、冬の風情ってもんだ。

 … なのに今のこの状況ときたら。やれやれだぜ。

 あたしは半ば諦めつつも、せめてはと言わんばかりに、こたつ内にてぐいっと足を伸ばす。


 グニッ。


「うぉわ。ぐにっ? ぐにだと? 誰だよ、ってか何だよ、コレ」

「何を騒いでるぴょン、法楽英子。人の事は喚くなーとか言うくせに、自分だって充分騒いでるじゃないかぴょン。テンションあげちゃってまぁ、ガキぴょンねー」

 こ、このエセキョンシー野郎、言わせておけば…。

 内心イラッとしつつも、ここは努めて冷静に振舞う。落ち着けあたし。この前びーこにも言ったばかりじゃねーか、この手の輩はペースを乱されたら相手の思う壺だってな。

「英子ちゃん、それって私かフランちゃんの足じゃないですか? と言っても私じゃありませんけど」

「アタイも違うぴょン」

「… こうなったら、直接この眼で確認するしかねーな」


 鬼が出るか蛇が出るか。

 この部屋にびーこが居る時点で、何が現れても可笑しくは無い状況なんだ。そう自分に言い聞かせながら。

 

 あたしは、慎重にこたつ布団をめくり、中を確認する。

 そして、そこに現れたものは… 



「………… 残念、私でした」

「うぉっ! 花子、お、お前、いつからそこにいたんだよ!」

「………… ずっとよ? だって私、こたつの花子さんだもの」

「てめーはトイレの花子だろーがっ! わざわざこたつに引き篭もってんじゃねーよ!」

 

 これであたしのこたつは満席。今日という日に、また一段と騒がしくなるあたしの部屋。

 さっきあたしは女三人寄れば姦しいなんて諺を言った。それじゃあ、更にその上。女四人集まればどうなるか? 

 まぁ、女としてカウントしていいのかどうか、そもそも生物としてカウントしていいかどうかすら微妙な奴もいるが。

 … ってかむしろそんな奴しかいねーな、この集団は。


          ◆


「だぁああああ、騒がしい! 五月蝿い! やかましい! これじゃ静かに読書も出来ねーじゃねーかっ! あたしは、今日中にこいつを読破してーんだよ! ちょっとは大人しく出来ねーのか、てめーらは!」

「一番五月蝿いのはお前だぴょン」

「ふわぁー。英子ちゃん、何だか私、先程から眠気が」

 そう言いつつ既に半開き状態の目をこするびーこ。

 やれやれ、幾らなんでもはしゃぎすぎるからだっつーの。

「びーこ、こたつで寝るんじゃねーぞ? あたしは平気だが、お前の場合風邪引きかねないからな…… ってもう寝てやがるし!」

「奇遇ですねびーこ様、アタイも、何だか急に眠たく…」

 そんなセリフすら言い終える事が出来ず、バタリと倒れるように眠っちまったフラン。

「おいおい、お前もかよ。ってことはまさか?」

 案の定、花子の方に目を向けると、既にスースーと寝息を立てている状態。

 静かになったのはありがたいが、あたしに手間をかけさえているっていうこの状況は何ら変わらないわけで。

「いつからあたしの部屋は合宿場になったんだよ…… ん? まずい、これ、は、あたし、も、ねむく」



 ………… あたしは意識を失う直前、確かに見た。この部屋にあって、えらく場違いな存在を。

 

 一匹の小鳥の姿を。

 

 あれは、確か……。   深い眠りが、あたしを、あたしたちを襲う。 




 バチーーーーーーーン



 あたしが意識を失ったその瞬間、あたしの頬に強烈な衝撃が走った。

 ばちばちと何者かに強烈に頬を叩かれ、文字通り叩き起こされるあたし。

「いってぇええええ」

「………… 眼が覚めた? 英子」

「あ? 花子? お前が起こしてくれたのか?」

 あたしが意識を失う前に見た限りは、確かこいつもバッチリ眠ってたような気がするが。

「………… そんな事より、あれ。英子の出番よ」

 そう言って花子が指差した先にいたもの、それは一匹の小鳥、もとい、ラリラリだった。



 ラリラリ。

 熱帯雨林に生息すると言われている小鳥型の睡魔の一種。その甘美な囀り、鳴き声、歌声により人間を眠りへと誘う、らしい。


 いつもなら、あたしともあろうものがこんな下級雑魚野郎の術中に嵌るなんて、歌声で眠るなんてありえなかった。あってはならなかった。

 が、びーこの言う通り、これがこたつの魔力ってやつなのだろう。加えてこの喧騒の中でラリラリの歌声を認識できなかったのも痛い。

 もしも、花子に起こしてもらえなかったらと思うと、正直ぞっとする。勿論、自分の不甲斐なさにだ。


「何にしろ、まずはてめーだ、ラリラリ」 

 あたしは、秋艶を召還すべく精神を集中させる。

「色即是空、空即是色…… いいぜ、ぶった切ってやるよ、我楽多野郎」


 一度、その術さえ看破してしまえば、仕上げはたやすい。

 あたしは、有無を言わさず窓辺に佇むラリラリを…… 真っ二つに両断した。


「ふぅ、やれやれだぜ。それと、助かったぜ花子」

「………… どーいたしまして」

「ちょっとした疑問なんだが、何で花子にはあいつの歌声が効かなかったんだ?」

 一瞬だけ、その能面のような表情が曇ったように見えたものの、花子は、いつも通りのポーカーフェイスで答える。

「………… 私、寝るときは耳栓する派なの」

 

 耳栓って。まぁ、幾つか突っ込みたい点はあったものの、こうして全員無事だったんだ。これ以上の詮索は野暮ってもんだろう。

 あたしは、未だ眠り続けている神経の太い一人と一匹を揺り起こす。


「おい、起きろ二人とも。寝るんなら自分の部屋で寝ろ。そしてフランはとっとと帰れ。今すぐ帰れ。ってかおいおい、こんな騒ぎをしてるうちに零時廻っちまったじゃねーかよ」

 ふと見上げた時計の針は、深夜零時を指し示していた。つまりこれは…。

「んみゅー。誰ですか? 私を起こすのは。折角いいところだったのにぃー」

「あたしだよ。よっ、びーこお嬢様。いい初夢は見れたかい?」


 そんなあたしの質問に対し、満面の笑みでびーこは答える。

「はいっ! 何だか私、今年もとっても良い一年になりそうな、そんな予感がします」


 たった今何が起こったかも知らないくせに、ってかあたしの気も知らずに相変わらず呑気なもんだぜ。

 

 けど、そんなびーこの笑顔を見るうちに、何だかあたしも理由も無く良い一年になるんじゃないかって気になってきた。

 きっとこれが、びーこの「魔力」ってやつなのかもしれない…… なんてな。


END



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