第三十七話 「B型にも五分の魂」
第三十七話「B型にも五分の魂」
「英子ちゃん英子ちゃん、お加減はどうですか?」
「ああ、二日酔いは大分ひいたが、何より今回はケースがケースだからな。問題はこいつをどうするかだ… ぴょン」
一瞬の静寂。
あたしの顔をまじまじと見つめた後、びーこはその体をぷるぷると震わせ、噴出した。
「え、英子ちゃん、ぷぷぷぷ、ぴょ、ぴょンって、英子ちゃんが、英子ちゃんが、ぷぷぷっ」
「びーこ、てめぇえ。そんなに可笑しいかよ、あたしがぴょンぴょン言うのは、そんなに笑えるかよ! ぴょン」
「え、英子ちゃん、ぷぷぷっ、こ、これ以上、わ、笑わせないで、く、ください、く、苦しい、ぷぷぷお腹がっ」
この、腹の底から湧き上がるような苛立ちは何だろう。
そもそも誰のためにあんな酒乱鬼野郎と戦ってたと思ってんだよ。あぁ?
そりゃ確かに、かなり無茶なやり方だったし、その生存戦略を選んだのはあたしだ。勿論、相手が伝承クラスの相手である以上、ただで済むとはあたしだって思っちゃいなかったさ。だがな、幾らなんでもこのパターンは想像できなかった。こればかりはあたしも予想が出来なかった。
よりにもよって、何でこのあたしがあんな奴の…。
「コラ、法楽英子! アタイを差し置いてびーこ様に暴言を吐くんじゃないぴょン」
そうだ。総てはコイツ、このキョンシーゾンビことフランのせいだ。全部全部コイツのせいだ。
「……… うぐぐぐ。は、はい。すみません、マスター… ぴょン」
「そうそう。素直が一番ぴょン。ですよね? びーこ様」
「その通りです。でも何だか信じられないですねー、こんなに従順な英子ちゃんの姿が見られるなんて。おまけに語尾がぴょンだなんて。あーもー、英子ちゃんかっわいー」
そう言ってあたしをギュッと抱きしめるびーこ。
「ほらほら、折角びーこ様がそう仰ってくれているんだ。もっと素直に嬉しそうにすればいいんだぴょン」
あたしは、そんな事をほざく声の主。つまりはフランを力の限りギロリと睨みつける。
… が、あたしのそんな意思とは正反対に、体がそれを拒絶する。
フランへの隷属。それが今のあたしの体に起こっている変調の正体だ。
あたしは、酒呑童子を屠るための策として、自らの体を死人へと変化させた。その際に協力を仰いだのが何を隠そうフランだった。
結果、確かにあたしは酒呑童子を葬り去ることに成功したものの、後に残ったのがこの世にも不思議な後遺症だったというわけ。
吸血鬼じゃあるまいし、何故フランへの隷属などという厄介で馬鹿馬鹿しくて最低極まりない残り香があたしの体に残されちまったのか?
思うに、あいつ自身がただのキョンシーではないから… かもしれない。あたしの紅の力で、あたしの中にあったゾンビに関する異質を取り除いたのは確かだし、それは疑うことなき事実。だが、それ以外の何か。奴自身も言っていたように、奴のキョンシーとしては異質な何か、があたしにこんな変化をもたらしたんだ。
幸い、それ以外の点においては良好。これはあの酒呑童子と対峙したことを考えれば奇跡に近い結果ではあるんだが… どーすりゃいいんだ、あたしはこの先。ずっと、こんなキョンシー野朗にぺこぺこ従ってろってのか?
そして、それより何より、 「 ぴ ょ ン 」 なんて糞恥ずかしい語尾…… 死んでも御免だぜ、あたしは。
「法楽英子、聞いてるぴょンか?」
「あぁ? いや、すみません、マスター。聞いてませんでしたぴょン」
「全く、もういいぴょン。それよりびーこ様、こうして折角素直な法楽英子が誕生したんだぴょン。今のうちに積年の恨みをはらしてやりましょうぴょン」
「恨みですか? 確かに日頃、ちょっとだけいぢわるを言う事もありますが、英子ちゃんはいつだって私の味方ですから。そんな風に考えたことは、私、一度もありませんよ」
…… びーこ。お前って奴は。
不覚にもちょっとだけ感動しちまったのも束の間、びーこはイタズラっぽい笑顔を浮かべながら微笑を浮かべる。
「でも、ちょっと面白そうですね。それ。こんなに素直な英子ちゃんなら、いつもは出来ないことも出来るかもしれませんね」
やっぱりな。こうなると思ったぜ。こんな好奇心の塊みてーな奴が、素直に引き下がるわけねーもんな。
「ですよねですよねー。それじゃまずどうしてやりますかぴょン?」
そう言って口元を歪ませたフランの顔を、あたしは一生忘れないだろう。
◆
フランの肩もみ、コンビニへの使い走りに始まり、まるでこういう機会を待っていたとばかりに始まった、びーこ所有のおぞましい数の洋服によるあたしのファッションショー。そもそも何であたしのサイズに合わせた服をこんなに持っているのかって時点で末恐ろしいが、あたしは、普段はぜええええったい着ないような服を着せられた。
あたしは…… 泣いた。何が悲しくてあんな、あんなフリフリのフリルのついた、ゴスロリファッションを…。
「えへへー、堪能しましたー。いつかこういう日が来るんじゃないかと思いまして。私、英子ちゃんに似合いそうな可愛いお洋服をたくさん用意していた甲斐がありました。うふふっ、お写真もたくさん撮りましたし、動画も撮りましたし。さーて、これから徹夜で編集しないと」
「びーこ様、アタイも手伝いますよ!」
数々の受難をこなし、気が付けば午前零時過ぎ。
「おいびーこ。分かってると思うがとっくに寝る時間を…」
「えー。嫌です。今日は徹夜で英子ちゃんオリジナルアルバムを作るんだもん」
「そうだそうだ。法楽英子、今日くらい夜更かししたっていいじゃないかぴょン」
調子に乗りやがってこいつら…… だが、どんな魔法にも終わりは来るもんだ。
それは、カボチャの馬車がただのカボチャに戻るような必然さで。
「はいマスター……… なんて、言うと思うか? このあたしが」
「え?」
「ぴょ、ぴょン?」
「理解してねーのか? 隷属が解けてるって言ってんだよ」
面白いくらいに、目の前の二人の顔が青ざめていくのが分かる。さて、こっからはあたしの時間だぜ。
「ゴホン、あ、アタイ。そろそろ退散するぴょンね。びーこ様、それじゃ、その、また今度」
「おい… どこへ行く?」
「あわ、あわわわ。いや、その、故郷へ」
「てめーはその故郷を追い出されて、こんな日本くんだりまでやって来ちまったんだろ? 座れ」
「はいぴょン」
ガタガタと小刻みに震えながら、フランは黙ってその場で正座する。
「そうだ。人間、素直が一番なんだろ? さっきそう言ってたよな?」
「あのー、英子ちゃん? ほら、そのー、私、もう寝る時間ですし」
「… びーこ、良かったなぁ。お前の望み通り、今日だけは特別に許してやるよ。今日は徹夜してもいい。… ただし、あたしの説教を朝まで聞いてもらうぜ!」
観念したためか、びーこもフランの隣にちょこんと並んで正座する。
「フラン。確かにあたしは、フランのおかげで酒呑童子の野郎に勝てたよ、その点は感謝してる。そしてびーこ、お前も本来ならとっくの昔に寝ている時間だし、明日も学園だ」
「だ、だったら」
「でしたら」
とっさに二人の声が重なる。が、あたしはそれを意に介さず続ける。
「あたしはびーこみてーに、小難しい諺を覚えるのがスキってわけじゃねぇ。だがな、そんなあたしでも好きな言葉はあるんだ。よく覚えとけ…… それはそれ、これはこれ!! だぜ」
こうしてあたしの長い長い夜が幕を明けたのだった。
あ? まったくオチて無いって?
だからよ、
それはそれ、これはこれ。 …… だろ?
END