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第三十五話 「鍋奉行に花束を」

第三十五話「鍋奉行に花束を」



 いよいよ冬本番な年の瀬。

 ここ数日でぐっと気温も下がり、この間はここら一体でも初雪が観測された。

 まぁ、今年も後わずかなわけだから、寒くなるのも当然。むしろ寒くなってもらわなきゃ困るって話だ。

 

 何故かって? そりゃお前、寒くなれば成る程、鍋が美味くなるからな。んな当たり前のこと聞くんじゃねーよ。


「だーかーらー。さっきから言ってんだろ? びーこ、鍋って奴はな、彩が大切なんだよ。まずは目で楽しむ。基本中の基本だぜ」

「それは違いますよ、英子ちゃん。皆でわいわいお喋りしながら、好きな具材を入れて楽しみつつ、温まる。これがお鍋の真髄です」

「あぁ? てめぇ、びーこ… それ、本気で言ってんのか?」

「もぅ、英子ちゃんの分からず屋っ」


 そんな風にお互いのプライドを賭けて火花を散らしていたその刹那、あたし達二人の頭上に衝撃が走った。

「………… 二人とも、いい加減にして。私、お腹すいた」

 ハリセン片手の花子が、ジト目であたし達にそう訴える。

「びーこ様、びーこ様、ここは花子の言う通りですぴょン。あの分からず屋法楽英子と言い争っていても、埒が明きませんぴょン」

「おいおいてめーら、客の癖して随分な言い草じゃねーか… と言いたいところだが、確かにあたしとしたことが柄にも無く熱くなっちまったみてーだな。ちっ、悪かったよ」

 

 今夜は鍋。

 いつもの、びーこのお嬢様体質による、思いつきイベントの一つであり、折角だからとわざわざ花子とフランを呼んでの鍋パーティーってわけだ。

 このところどーにもあたし達の周囲が賑やかになりつつあるってのは、見過ごせない由々しき問題だが、それより何より今、一番の問題は、こいつらが全くもって鍋の何たるかを知らねーってことだ。… まったく、やれやれだぜ。


「OK、分かった。びーこ、それに、花子にフラン。お前ら、鍋に好きなモン入れていーぜ。あたしが鍋を引き受ける以上、どんな具材でも裁いてみせる」

「鍋の奉行だけに、ぴょンね」

 ぼそっとそう呟いたフランを無視して、びーこがパチンと手を叩いて言う。

「やったー、本当ですね? 英子ちゃん。ふっふっふー、私一度鍋に入れてみたものがあったのです。さぁさぁ、花子ちゃんにフランちゃん、皆で好きなものを入れましょう!」

 こうして、鍋パーティーは一転、闇鍋パーティーへとジョブチェンジを果たした。

 久しぶりの鍋。あたしとしては、普通に楽しみたかったわけだが、こうなった以上は仕方ねー。


 さて、楽しい楽しい鍋パーティーの始まりだぜ。


          ◆


「やれやれ、鍋一つではしゃぎやがっててめーら」 

「…… 一番はしゃいでるのは、鍋奉行でしきりたがり屋の自分の癖に」

「何か言ったか? フラン」

「別にーぴょン?」

 はしゃいでない。

 あたしは断じてはしゃいでない。これは、あたしの鍋奉行としての業なんだよ。あたしの中の血がそうさせるんだ。うん。

「ったく。んで、お前ら一体何を用意したんだ? 頼むから常識って奴の範疇を守ってくれよな。そうだな、まずは花子辺りから行くか」

 そんなあたしの言葉を受け、花子は一度だけコクリと頷いた後、用意した具材を恭しくテーブル上へと並べ始めた。

「………… まずはこれ」

「あ? 何だよこの銀紙」

「………… チョコレート」

「わぁ、美味しそう」

「な、鍋にチョコぴょンか? 何だか一人目からいきなりカオスじみてきたぴょンね」

 フランの言う通り、いきなり鍋の本懐をぶち壊しな具材が出やがったわけだが、あたしのスキルを持ってすればまだ何とかなるレベル、の筈。

「………… まだあるわ。クッキーにマシュマロにキャンディー。今日の私のおやつセットよ」

 前言撤回。

 どうにもなんねーよ、こんなの。あたしの奉行スキルを軽く凌駕してやがる。

 甘い鍋。激甘な鍋。んー、やっぱりあたしの趣味じゃねーな。ぶっちゃけ既に食う気が大分失せてるわけで。

「まぁ、お前が甘党だってのは十二分に理解したぜ。よし、気を取り直して二人目、びーこ、お前は何を用意した?」

 あたしの呼びかけに対し、待ってましたとばかりに満面の微笑を浮かべるびーこ。

 ああ、これはもうあたしの経験からして悪い予感しかしねーな、おい。

「じゃじゃーん、私はこれです。世界で一番辛いと言われていた唐辛子ハーバーネーロー、を超える辛さと言われているブートジョロキアの粉末でーす」

 あの暴君を超える、だと?

 ふざけんなぁああ!

 何でお前らはそう両極端なんだよ! もはや鍋の情緒も糞もねーじゃねーか。

 ってかすっかり忘れてたぜ、びーこの味覚はイカれてるんだった。メーター振り切っちまってるんだった。

 そもそも、そんなもん入れたらお前以外誰も食えなくなるっつーの。

「ってもう入れてやがるし!!!」

 あたし達のことなどまるで意に介さず、にこにこ顔で粉末を全て鍋に放り込んだびーこ。

「び、びーこ様? 正気ぴょンか?」

「………… 綺麗な赤ね」

 時既に遅し。花子の言う通り、鍋はびーこの手により真っ赤に染め上げられていた。これはもう鍋ってレベルじゃねーぞ。言うなれば、湯気だけでも目に染みるレベル。匂いだけでも呼吸が苦しくなるレベル。何だこの大量破壊兵器。

 この場合、どうすれば一般人が食えるレベルまで戻せるのかね。 

「花子、お前の用意したお菓子、全部鍋にぶち込め。今すぐにだ」

「………… あい」

 ドバドバとすいーつを鍋へと放り込む花子。鍋は綺麗な赤から濁りきった茶色へと変貌を遂げる。つーか、もはや見るに耐えない。

「まさか、法楽英子。辛いものに対して甘いものでプラマイゼロとか考えてるぴょンか?」

「わぁ、さっすが英子ちゃんです。そこに痺れる憧れるぅ」

「… さぁーて、最後はフランてめーだぜ」 

「あっ、ごまかした。今、露骨にごまかしたぴょンね! まぁいいぴょン。今こそアタイの常識力ってやつを見せてやるぴょン」

 そう言いながら自信満々でフランがテーブルへと用意したもの、それは……。

「もーつーなーべー。のセットだぴょン」

「………」

 

 一瞬の静寂。

 苦笑いを浮かべる事しか出来ないあたし達。

「ああ、うん。確かにこれまで比べるとまともで普通なんだが、何しろお前がそれを用意すると洒落にならない。つーか、びーこが風邪引いたときもそれ送ってきたよな」

 モツ鍋。医者要らずとも呼ばれる栄養満天の冬の定番。何を隠そうあたしも好きな鍋の一種。

「な、失敬ぴょン! 失礼ぴょン法楽英子」

「因みにもしも、あたし達普通の人間が、キョンシーもといゾンビの血肉を食っちまったらどうなるんだ?」

 まぁ、出来れば聞きたくないっつーか、聞かなくても分かるっつーか。

「そりゃ、目出度くアタイ達の仲間入りぴょンねー♪」

「あぁ?」

「こ、怖いぴょン。そんな目でアタイを睨まないで欲しいぴょン。人殺しぃ」

「イヤ、流石のあたしも人は殺したことねぇけどな。だが、未だにあたしをゾンビにしたがるキョンシーなら、うっかり殺しちまうかもしれねーぜ?」

 具材を切るのに使用していた包丁を片手に、フランを睨みつけるあたし。ったく油断も隙もねーぜ。

 だいたい、未だにあたしはこいつを全面的に信用したわけじゃねーからな。

「もうっ! 英子ちゃん、めっですよ。折角のお鍋なんですから、皆仲良く楽しく食べましょう。喧嘩なんて言語道断です。さぁ、丁度良い温度に煮えましたし。早速頂きましょう」

 相変わらずのにこにこ顔で、あたし達に鍋を取り分けるびーこ。それでも、フランの用意した具材だけ鍋に入れず、そっと脇へと片付けたのをあたしは見逃さなかった。事食い物に関しては、何気にちゃっかりしてるからな、びーこの奴は。


 それはさておき…… これ、本当に食えるのか?

 料理って奴は、味の振り幅があると意外と合ったりするするらしいが、激辛と激甘じゃどう考えても両極端すぎる気もするが…。


 

「どうしたんですか英子ちゃん? 早く食べないと私が全部食べちゃいますよ?」

「………… 英子。見た目に反して美味しいよ、これ」

 おいおい、この二人、平気な顔して既にお代わりまでしてやがる。流石は両極端コンビ。味覚も腹も化け物じみてやがるぜ…。

 だが、仮にも鍋奉行であるこのあたしが、二人の手前食わないわけには行かない。例え、どんなことになろうとも、だ。

 気合を入れろあたし。こんなの伝承クラスの相手に比べりゃ屁でもない、そうだろ?

 しかし、あたしの目の前にはぐつぐつと煮立ち、鼻を突く異臭とヘドロのような色をした地獄の釜がその存在を主張するかのように、湯気を立てている。かつて地獄の門番などと謳われたこのあたしも、いざ実際の地獄そのものを目の当たりにすると、聊かの震えと発汗を禁じえないわけで。


「あ、ああ。いや、勿論食べるぜ、あたしも。勿論、フランも食べるよな? な?」

 こうなれば、地獄への道連れは一人でも多いほうがいい。

「も、もももも、勿論ぴょン。折角びーこ様が招いてくださった鍋パーティー。残すなんて失礼な真似、アタイには出来ないぴょン」

 

 そんなあたし達の鍋パーティーと言う名の地獄が、今、幕を開けた。


           ◆


「ごちそうさまでしたー。ふぅーっ、美味しかったー。ねっ、花子ちゃん」

「………… うん。やっぱりゲテモノ食いは美味って相場は決まってるわね」

 あれからどれくらいの時間が経過したのか? 

 あたし達の目の前の鍋は、ものの見事に空へと変わり果てていた。

 勿論、あたしも食べたには食べたが、ほぼびーこ一人の腹に入ったと言っても差し支えは無いだろう。

「はん。これくらいどーってことなかったなぁ、おい」

「アタイだって、こんなの昼飯前だったぴょン。一昨日きやがれぴょン」 


 ………。


 あたしは、おもむろに椅子から立ち上がる。すると、タイミングを同じくして、隣のフランも立ち上がる。

「おいおい、昼飯前って割には、どこに行こうってんだよ、お前」

「法楽英子こそ、どこに行くつもりぴょンか?」

「……」

「……」


 その瞬間、椅子を蹴り上げ、示し合わせたように同時にダッシュするあたしとフラン。

 まさかこいつも? こいつもなのか?


 あたしは、わき目も振らずある場所を目指す。

 地獄での洗礼が終わったんだ、あたし達が目指す場所なんてひとつに決まってんだろ?


 そう、トイレと言う名の天国へ。


「はっはっはー。今度と言う今度はお前には負けないぴょンよ、法楽英子! 何といってもアタイはキョンシーぴょンよ? 移動力には自信があるぴょン」

「うっせー、キョンシーじゃなくてゾンビだろ? てめーはよ。それに、昔からゾンビはのろまって相場は決まってんだよ!」

「それはどうかな? ぴょン」

 そう言って不適な笑みを見せたフランは一気に加速する。

「あっ、てめー、ゾンビが全力で走るなんて反則じゃねーか!」

「だーかーらー、アタイはキョンシーだって言ってるぴょン」

「だったら、うさぎ跳びしろうさぎ跳び! ぴょンぴょン跳ねて見せやがれ!」

「おッ先ぃーぴょン♪」

 成る程、そっちがその気ならこっちだって手段を選んじゃいられねーな。

「甘いぜ、フラン、あたしはこのマンションの構造を知り尽くしてる。当然、近道もな!」


 地の利を生かしたあたし、逃げ足のフラン。

 

「あたしが先だぁあああああ」

「アタイぴょン、是が非でもアタイぴょン!」

 そんなあたし達が、天国のドアノブへ手をかけたのは、ほぼ同時だった。


 が、その瞬間、動きを止めるあたし達。

 デジャブか? いや、現実だ。これが現実、紛れも無い、現実。

「あ、開かない、だと?」

「ア、アタイ。もう、駄目、ぴょ…」

 天国は、無いのか?

 そして、トイレから響く不敵な声。

 

「………… 入ってまーす」


「花子ぉおおおおおおおおおお!!!」

 薄れ行く意識の中で、あたしは思った。もう一箇所、トイレを増設するべきだ、と。

 


 天国へと至る階段は、未だ遠く、険しい。

 

END


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