第三十三話 「馬鹿は風邪を引かない。ただ風の様に生きるのみ」
第三十三話「馬鹿は風邪を引かない。ただ風の様に生きるのみ」
あたしも、このところの気候の変化は異常だと思う。
暑くなったり寒くなったり。やっと涼しくなったと思ったら、やはりまた暑くなったり。
急激な寒暖の差ってやつは、思った以上に体に負担が掛かるものらしい。
… らしい、というのはあたし自身はそう感じていないから。当事者ではないから。
だから、らしい。
あたしは、新しい水枕を用意すると、再びびーこの待つ部屋へと戻る。
「おっ、目が覚めたかびーこ。気分はどうだ?」
「んみゅー。お早うございます、英子ちゃん」
「ああ。お早うって時間帯じゃねーけどな。よし、熱測ってみようぜ。ちょっとは下がってりゃ良いんだが」
あたしは、体温計をびーこに渡し、そのデコに冷却シートを貼り、水枕を替える。
甲斐甲斐しくも、あれやこれやと世話を焼くあたし。これはまぁ、所謂看病ってやつだ。
びーこの体調管理もあたしの仕事の一つ。本来ならまず、風邪をひかねーよう気を使わなきゃならねーところだが、一旦引いちまったモンは仕方がない。そもそもびーこは、あたしと違ってもやしっ子&お嬢様体質だからな。
基本的にここにはあたしとびーこの二人しか居ない。最近は何故かびーこに看病されるってパターンが多かったし、たまにはこうやってあたしが直々にびーこのやつを看病するってパターンも悪くはない。
それに、今回はあいつも居ることだし。
「……………… 英子。これ、届いた」
噂をすれば、だ。
「またかよ。で、花子、今度は誰から何が届いたんだ?」
「……………… お馬さんから、スク水ね」
「あの変体馬!!!」
あたしは、頭を抱えつつ、ぞんざいにユニコーンから届いたというスクール水着を部屋の隅へと放り投げた。
「何だか悪いですね。皆さんに気を使わせてしまって」
「あたしには、面白半分に送りつけてるだけに思えて仕方がねーがな」
人間ならば、誰かが風邪を引いたとき、その人のお見舞いをするという行為自体、何ら不思議はない。むしろ感心すべき好意だと思う。
だがしかし、びーこに至ってはそんな当たり前の行為すら普通とは行かないらしい。
ただでさえ、風邪で弱っているところにつけて、大量の魑魅魍魎、妖怪、伝承、悪霊の類がやってきたらどうなるか。そんなのは火を見るより明らか。
だからこそあたしは、敵味方と問わず、何時にも増してこのマンションへ侵入しようとする輩の徹底排除を固く誓っていた。
「……………… 英子。また悪霊が出た」
「ったく、懲りねー野郎共だぜ。分かった、速攻片付けてくるからびーこを頼む」
「……………… おっけー」
だが、どれだけあたしが気を張っていようと、来るものは来てしまう。それがびーこの力であり、あたしの仕事だ。
まぁ、弱っている時に攻めるなんてのは、誰だって思いつく常套手段。だからこそあたしは、先ほどからびーこの看病と馬鹿退治で行ったりきたり。
今日も今日とて遊びに来ていた花子に手伝わさせちゃいるが、全くもって手が足りない。
あたしは、目の前の雑魚達を秒速でぶった切ると、再びびーこの待つ部屋へと戻る。
◆
「悪いな、花子。また暫く見張りと荷物の受け取りをお願いできるか?」
コクリと一度だけ頷いた花子は、音もなく部屋から消える。
今、あたしの頭を悩ませているのは、何も悪霊の類だけではない。先程ユニコーンから届いたスク水が良い例だが、何故かびーこやあたしの知り合い達から続々とお見舞いの品が届いているのだ。
あたしがいつにも増して気配を廻らせてるおかげで、やつらが直接ここにやってくることはねーみたいだが、その代わりにってわけらしい。
正直、そういう行為自体を咎める気は当然ねーんだが、問題は、例外なくその送られてくるものが総じて役に立たないどうでも良い品、むしろ嫌がらせの類としか思えないモノばかりが送られてくるという点だ。
ちなみに最初に届いたのは、あの糞忌々しい鎧野郎からだった。さて、ここで問題だ。あいつは一体何を送りつけてきたと思う?
正解は、100本の真っ赤なバラ。な? 馬鹿だろ? 気障野郎だろ?
次に届いたのが、人魚のしぃから大量の魚。これはまぁ、別に役に立たないものってわけじゃない。だが、問題はその量だ。
とてもじゃねーがあたしとびーこ、たった二人じゃ腐りきる前に食べきる自信はないって程の量。
… だが、どうやらあいつもあいつなりに、再び人魚としての路を歩んでいっているんだってのが分かっただけでも、今回は良しとすべきなのかもしれない。
さらにお次が、例のびーこ好きのクマからドデカイ木彫りのクマ像。何なの? カッコいい俺の姿を側に置いてくれってことなの? ぶっちゃけ邪魔で仕方がないし、正直不気味だ。
続いて、この間のゾンビキョンシーことフランから何故かモツ鍋セット…… これ、あいつの臓物じゃないよな? 違うよな?
それらに加えて先ほどのユニコーンのスク水。まぁ、今のところそれが一番殺意が沸いた代物だったな。つーか、マジで何ゆえスク水?
あたしがそんな事を考えていたその時、ピピピという電子音がびーこの部屋に鳴り響いた。
「おっ。どれどれ、熱は下がったか?」
あたしは、びーこから体温計受け取り、そのデジタル表示を覗き込んだ。
「良かった。大分下がったみてーだな。これなら全快もすぐそこだぜ」
「本当ですか? 良かったぁ。私、これ以上皆さんに心配かけるわけには行きませんもの」
「…………… 良かったね」
「ん? 花子、また何か届いたのか?」
いつの間にか部屋へと現れた花子は、またまた誰かからのお届け物を抱えていた。
「…………… これ、妖精達から」
「うげ、ピクシーの奴らからかよ。中身は… 饅頭」
「…………… 食べて良い?」
「いや、止めとけ。まず間違いなく激辛だぜ、コレ。あいつらも懲りねーな」
激辛と聞いて興味が失せたのか、花子は再び見張りへと戻っていった。
「えーっ? これ、別に辛くないですよ? だって、普通に美味しいですもん」
「って、もう食ってんのかよ! まぁ、お前ならごく普通に食えるんだろうけどさ… けど良かったじゃねーかびーこ」
「? 何がですか、英子ちゃん」
「馬鹿は風邪を引かない何て言うだろ? びーこもやっぱり風邪なんてひくんだなーと思ってさ」
「もう! それは幾らなんでも失礼ですよ! 私だって風邪くらいひきます、私はお馬鹿さんじゃありませんもん」
「…… 因みにあたしは、人生で一度も風邪ってやつをひいたことがない」
「え? あー、私、急に眩暈が」
やれやれ、そんな迷信あたしは信じちゃいねーっての。そんな迷信。
迷信… だよな?
END