第三十一話 「とあるカボチャ男への追憶」
第三十一話「とあるカボチャ男への追憶」
「ハッピーハロウィーン!!」
「あー、はいはい」
「もう! 英子ちゃん、何ですかそのローテンションは? もっとアゲアゲで行きましょうよアゲアゲで」
いつの間にやら10月も最終日となった今日。
やれやれ、月日が流れるのは早いもんだ。気を抜いたらこのままあっという間に年末になっちまうぜ。
そんな10月31日。
今日が何の日かすぐにピンと来る日本人は、やっぱり少ねーと思う。
そう、日本人にとっては未だになじみの薄いイベント… 「ハロウィン」ってやつだ。
だが、イベント大好きお嬢様体質のびーこにとって、やはりこんな企業の思惑が見え隠れする西欧被れなイベントも見逃せるものではなかったらしく、先ほどから嬉々として部屋の飾り付けを行っている。
一方のあたしはとえいば、そんなびーこのハイテンションっぷり(つーかアゲアゲって何だよ)に、若干辟易しつつも一人、酒を煽っている。
ちなみに、今夜はかぼちゃワイン。 …… まぁ、そんな酒をチョイスしちまうあたり、あたしもあたしで実はこのイベントを密かに楽しんじまってるのかも知れねーが。
あたしがくるくると動き回るびーこを眺めながら、そんな事を考えていたとき、唐突に部屋のチャイムが鳴り響いた。
「あっ。来ました来ました。はいはーい、ちょっと待っていてくださいねー」
そんなセリフを残し、嬉しそうに玄関へと向かうびーこ。
やれやれ、更に騒がしくなるのか。
しかしびーこの奴、あんなにはしゃぎやがって。野菜嫌いの癖して、こんなに部屋中カボチャで飾って何が楽しいってんだよ。ハロウィンってやつは、少なくともあたしには何が楽しいのかこれっぽっちも理解出来ねーイベントだぜ。
… ま、びーこが楽しんでんなら、それはそれでいーんだがな。
が、そんなあたしの思惑とは裏腹に、玄関から聞こえてきたのは絹を裂くようなびーこの叫び声だった。
あーあ、やっぱりこうなりやがったか…。
こんな日に、しかもこんな風に部屋を飾り付けてりゃ、そんなもんどうぞ襲ってくださいと、魑魅魍魎どもに言っている様なもんだ。
びーこには悪いが、こんなのは奴らを引寄せやすくしているに他ならねーんだよ。
あいつの気持ちも分からなくはねーんだけどな…… いや、やっぱり甘やかしすぎかもしれない。
けどまぁ、説教は一先ず後回し、あたしは急いで玄関へと向かった。
◆
「ご、ごめんなさい、英子ちゃん。私、捕まっちゃいました~」
「だと思った」
あたしの目の前には、びーこに包丁を突きつけ拘束中の「かぼちゃ野郎」が一匹。
こいつは御誂え向きだぜ。いや、今日だからこそ、か。
一見すると、カボチャ頭にマントを装備した子供に見えなくも無い。だが、そもそもただの子供が、わざわざこんな日のこんな時間にこのマンションにやってくるはずが無い。
ジャックオーランタン。
彷徨える魂、つまりは正真正銘のハロウィンの化けモンってやつだ。
出るべくして出た。呼ばれるべくして呼ばれたって感じだな。真意のほどは、こいつ自身にしか分からねーが。
「いずれにしても、だ。あたしの目の前でびーこを人質に取るたぁ、いい度胸じゃねーかよ、カボチャ野郎」
「キヒヒヒヒヒ、トリック・オア・トリート!」
右手にカボチャも簡単に両断出来そうな出刃包丁。左手にランタン。
ランタンに照らし出された出刃が不気味に光っている。ったく、そもそも何で出刃なんだよコイツ。
「あー、はいはい。お菓子をくれなきゃイタズラするぞってか? … 気がついてるか? びーこを人質に取った時点で、お前の行動は既にイタズラの範疇を超えちまってるのさ」
「トリック・オア・トリート!!!」
「………」
… 成る程。覚悟は出来てるってわけか。
デジャブか?
あーあ。
一体いつからあたしはこんな役目をするようになっちまったんだ? ったく、こっちは慈善事業やボランティアじゃねーってんだ。
「パンプキンパイを切り分ける位なら、これで十分だぜ」
あたしは懐からいつものナイフを取り出し、精神を集中させる。
「月は村雲花に風、月夜に提灯夏火鉢… 今宵の我が月は、満月! いいぜ、ぶった切ってやるよ… それがお前の望みならな!」
あたしは、蒼白く光をナイフを携え、びーこに囁く。
「びーこ、絶対動くんじゃねーぞ。こんな茶番、とっとと終わらせよーぜ」
「はい。私は、いつだって英子ちゃんを信じてますから」
どうやら、びーこの覚悟も決まったらしい。それを態度で示すかのように、そっと目を瞑るびーこ。
あたしは、びーこが目を閉じるのと同時に、一気にカボチャ野郎に詰め寄り、そして、奴の体に蒼く煌くナイフを突き立てた。
奴に、抵抗や回避のそぶりは全く見られなかった。糞、やはり、最初からこれが狙いだったのだろう。
あたしの一撃を受けたカボチャ野郎の体は、声も上げずに消滅した。最後の一瞬、あのかぼちゃ頭が少しだけ微笑んだような、そんな風に見えたのは、恐らくあたしにも酔いが廻ってきたためだろう。
そして、後に残ったのは奴が被っていたカボチャのみ。
「馬鹿野郎が。やり方なら他にもあっただろうに…」
あたしは、玄関に転がったカボチャヘッドを見ながら、ぽつりとそんな事を呟いてしまった。
「英子ちゃん、それってどういうことですか?」
そんなあたしの独り言を、耳聡く聞きつけるびーこ。
「… こんな話を知ってるか? ジャックオーランタンって悪霊は元々唯の人間だったんだ。だが、命知らずのそいつはあろうことか悪魔にイタズラを働いた。結果としてそいつは、悪魔ととある契約を結んだんだ」
「はぁー、悪魔さんにイタズラをしちゃうなんて、随分と勇気のある方ですねー。英子ちゃんみたい。それで、契約とは?」
「勇気と好奇心は別モンだぜ。悪魔を罠に陥れて結んだ契約、それは、自分が死んでも地獄へ落ちないようにしろってものだった」
「えー、そんなのズルイー」
「まぁな。だが、歴史上悪魔と契約を結んで上手くいった奴なんて殆どいない。こいつの場合もその例外じゃない。だいたい、悪魔と契約した奴がすんなり天国に入れると思うか? 死後、当然の如くそいつは天国に入ることを許されなかった。だが、契約上地獄にも入れない。後は察しの通りだ。カボチャで哀れなそのツラを隠して、ランタンの火を頼りに安住の地を探して永遠に彷徨う」
「何だか可哀想な話ですね」
びーこは、カボチャヘッドを指でツンツンとつつきながらぽつりとそう呟いた。
「あいつの持っていた出刃包丁。ありゃフェイクだ。見せ掛けだけの殺傷能力の無いおもちゃだった。それに、びーこに対する悪意がまるで感じられなかった」
「英子ちゃん、それって」
「さぁな。さっきの話もただの一説だし。真実は奴のみぞ知る、さ」
天国にも地獄にも逝けず彷徨う魂。あいつが何者であれ、どんな思惑があったにしても、やはり、あたしが出来るのはあいつを無間送りにすることだけだった。それは変わらない。
「生半可な気持ちで悪魔なんぞをからかうからこうなるのさ。いずれにしてもいい勉強になったろうさ… それを生かす機会がねーってのが哀れだがな」
◆
リビングへと戻ったあたし達を待ち受けていたのは、ほろ酔い姿の花子だった。
「あっ、花子ちゃん! 来てくれたんですね!」
「…………… 遅い、二人とも遅いわ」
こ、こいつ、いつの間に? とは言え、最初からこいつが玄関から呼び鈴鳴らして入ってくるとは思っちゃいなかったが。ってか、あたしのカボチャワインを一人で何本空けてんだよ! この野郎、勝手に飲みやがってぇえ。
「くぅら花子! どこから現れやがった!」
「…………… 何いってるの? 最初から居たわ」
「はぁ? どこにだよ」
「トイレに」
「だーかーらー。人ンちのトイレに篭るんじゃねーって何度も言ってんだろ! つーか、それは居たとは言わねーかなら?」
「…………… トリックオアトリ~ト」
お前もかよ! ってか、あたしの酒でいい感じに酔っ払いやがって。それにしても、ハロウィンなんて西欧のイベントを楽しむニッポン妖怪ってどうなのよ? イデオロギー的に考えて。
「でもでも、さっきの英子ちゃんのお話から考えると、トリックオアトリートってセリフも何だか皮肉な感じですね」
「違いない。まぁ、イタズラ行為もほどほどにって事だな」
あたしのそんなセリフに対し、感慨深げにうんうんと頷く花子。
が、何故かジト目のびーこがぽつり。
「お二人には言われたくないですね、それ」
やれやれ。この前のドッキリの事、まだ根に持ってんのかよ。相変わらず頑固な奴だぜ。
あたしは、苦笑いを浮かべながら新たなカボチャワインのコルクを空ける。
今宵はハロウィン。どこかの誰かの、彷徨える魂に乾杯だ。
END