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第三話 「鏡の前では苦笑い」

第三話 「鏡の前では苦笑い」


「うぉーい、びーこ? いねーのかー?」

 

 あたしの仕事はびーこの子守役。

 学園への送り迎えに加えてボディーガード、時には保護者的な役割さえ担うこともある。

 びーこの場合、どこにいようが、例えマンションの部屋の中に居ようが、安全だとは言い難い。

 それこそがあいつの持つ才能であり、呪いでもある。

 

 尚もマンション内を探し回る私。

 こういう時、あたしは無駄に広いこのマンションに怒りを覚える。

 どう考えたって、あいつの子守をするのに、この広さは不向きだ。

 部屋なんて、住めりゃ何でもいいんだよ。4畳半もあれば十分なんだ。

 無駄に広ければ広いほど、あたしは部屋中を探し回らなきゃならなくなる。ったく、メンドクセー。

 ぶつぶつと愚痴をこぼしながら徘徊していく。


 と、1枚の大きな鏡の前で、あたしはその歩みを止めた。

 何故ならあたしは、半べそをかきながら何かを必死に訴えるびーこの姿を見つけたからだ。

 ……… そう、その鏡の中で。


 ちなみにびーこの声は聞こえてこない。きっと、鏡の中だからだろう。

 よりにもよって、何故鏡の中なんかにいやがるのか? そりゃ探したって見つからねー筈だ。

 だが、愚痴を言っても仕方が無い。

 何と言っても、びーこは超超超霊媒体質。厄介事に巻き込まれるのに、それ以上の理由はいらない。


 あたしは、溜息を一つつきながら、その大きく古い鏡に近づいた。

 

「よぉ、びーこ。随分とおもしれー所にいるじゃねーか」

 向こうの声も聞こえてこないし、こちらの声も聞こえてはいないらしい。

 鏡の中のびーこは、あたしに何かを必死に訴えかけているものの、当然何を言ってるわからない。 

 

 やれやれ、どーすりゃいいんだ? この状況。

 

 とりあえず件の鏡をぺたぺたと触って調べてみる。

 が、無駄にデカくて古臭いってところ以外、特に変わったところは見当たらない。

 勿論、一番の異質は中にびーこがいるってことだが。

 後ろに回りこんでみるも、やはり入り口の類や霊的な気配すら感じ取れない。……。

 ちなみに、この部屋はびーこの衣裳部屋である。

 糞高そうなドレスから、てめーいつそんなの着るんだよ! ってレベルのコスプレちっくなふざけた衣装まで、ありとあらゆる何百着の服がところせましと並んでいる。

 流石はお嬢様。あたしらとは住む世界が違う。

 まぁ、住む世界が違うっつーか、今は文字通り鏡の世界にいっちまったわけだが。

 … まったくもって笑えねー。

 

 念のため、衣裳部屋をぐるりと見回る。 

 当たり前だが、眼に入ってくるのは右も衣装、左も衣装。あたしには一生、縁もゆかりもねー代物ばかり。

 なんつーか、頭が痛くなってくる。

 まぁ、あいつの場合、お世辞じゃなく人形みてーななりしてやがるからな。それに、あれくらいの年齢の外人ってやつは何を着たって似合っちまうものなのさ。びーこも然り。残念ながら、誰も得しねーが。

 びーこの話はどうでもいい。今は鏡の話だ。

 手っ取り早いのは、この鏡を完膚なきまでに粉々にぶっ壊しちまう手だろう。

 この古臭い鏡が何らかの力でびーこを取り込んだのだとすれば、それさえぶち壊しちまえば、何らかのリアクションが期待出来る。

 が、反面、鏡を破壊したからといって、びーこが無事に鏡の世界から脱出出来るという保証は何処にも無い。

 むしろ、出入り口たるこの鏡を壊しちまったら、普通に帰ってこれなくなってしまう可能性すらある。

 さて、どうする? あたし。

 いずれにしても、一つだけ確かなのは、このまま何もせずにいたところで何ら解決には繋がらねーってこと。 

 うだうだ言ってても何も始らねーってこと。

 つまり、行動あるのみだ。

 

 そうと決まれば話は早い。

 あたしは、ジーンズのポケットをごそごそと探り、得物を探した。  

 出てきたのは一本のナイフ。護身用に常に持ち歩いているあたしのコレクションの一つだ。

 眼の前の馬鹿デカイ鏡を粉々にするにはちと心もとねーが、この際贅沢は言っていられない。

 あたしは、眼の前の状況を一旦遥か彼方へ忘却し、意識をナイフへと集中させた。


「月は村雲花に風、月夜に提灯夏火鉢… 今宵の我が月は… 無月!」


 直後、あたしの手にしたナイフが青白い光に包まれる。

 さて、準備は完了。

「悪く思わねーでくれよ? 恨むんならびーこに魅入られちまった己を恨むんだな。それじゃ… あばよ!」

 あたしは、全身全霊を込めて、ナイフを振り上げ、件の鏡に突き刺した。


 これで全てが解決するはずだった。これでこの糞メンドクサイ事態からおさらばのはずだった。

 が、そんなあたしの考えはだだ甘だったらしい。

 やれやれ、あたしは甘いもの苦手だってのによ。まったくついてない。

 あたしの全力を込めたナイフによる一撃は、青白い閃光と共にいともあっさりと弾き返されていた。 

「ちっ、あたしの読みは大外れだったらしい。… 振り出しに戻る、だ。さて、どーしたもんかね」

 全力が効かなかったのだ。これ以上切りつけたところで、傷一つけるどころか、恐らく、体力の無駄使いに終わっちまうだろう。

 あたしは、一旦頭を冷やすため鏡の前で腰を下ろしあぐらをかいた。

 鏡の中では、相変わらずびーこが大粒の涙を流しながら、口をぱくぱくさせている。まぁ、概ねいつものことだが。

 ったく、鏡の世界でも何も変わらねーな、あいつは。

 

 …… は?

 変わらない、だと? 

 あたしは、改めてびーこのその姿を確認する。

 びーこは普段、学園の制服でいることが多いものの、部屋では珍妙なTシャツを着ている事が多々あった。

 ちなみに、今日のTシャツはというと、彼女の好きな言葉の一つ、「天網恢々疎にして洩らさず」という諺がでかでかとプリントされた、センスゼロのTシャツ。

 確かに色々と言いたい事や突っ込みたいところはあるものの、この際、重要なのはびーこのセンスなんかじゃない。注目すべきは、その文字列だ。

 あたしは、今、Tシャツに書かれたその言葉を、極普通に読みとる事が出来た。

 当然だ、普通に書かれた文字を普通に読んだだけだからな。

 あたしだって馬鹿じゃない、それくらいの漢字は読める。

 つまり、あたしが何が言いたいかといえば、文字が、左右逆になってねーということだ。

 

 その事実が指し示す意味はたった一つ。


「糞っ。あたしとした事が、とんでもねー勘違いをしていたらしい。その上、びーこのTシャツでその事に気づかされるとは、情けねーことこの上なしだな。格好悪っ」

 あたしは、今日一番大きな溜息を一つついた後、未だ青白く煌き続けるナイフを再び構え、立ち上がった。

「今度こそ、完全におさらばだ。あいつのいねーこんな世界は、二度とゴメンだぜ。んじゃ、あばよ!」

 

 そう言ってあたしは、自分自身にナイフを突き立てた。

 

 瞬間、あたり一面に鏡の割れる不気味な破壊音が響き渡ると共に、あたしは、光を失った。


          ◆


「… ちゃん。英子ちゃん! しっかりしてください。眼を覚ましてください」

「あ? 何だ、びーこか」

 どうやらあたしは、びーこに膝枕されているらしい。

 何がどうしてこんな状況に陥っているのか? 数秒だけそんな事を逡巡した後、すぐに先程の記憶が鮮明に蘇ってきた。

「ってことは、どーやら脱出成功したらしいな」

「うえぇええーん。良かったよー。英子ちゃんったら私の目の前で急に鏡に吸い込まれてしまうんですもの、私、私、どうしてらいいかわからなくて、凄く不安で」

 そう言ってビービー泣くびーこ。

 あーもー、相変わらず五月蝿せーなー。

 … まぁ、元の世界に戻ってきたって確然たる証拠でもあるんだが。


 今回の話、鏡の世界へ誘われたのはびーこではなく、あたしだったってオチ。

 びーこと生活している以上、超常現象のターゲットがあたしに向く事もざらにある。

 そのことを失念していなければ、もっと早く解決できただろう。認めたくねーが、完全にあたしのミスだ。

 まったく、やれやれだぜ。

 それにしても、嬉しくても泣く、悲しくても泣く、安心しても泣く。こんなんで本当に、立派なシスターってやつになれるのかね?

 だがまぁ、今回ばかりは多めに見てやるぜ。

 あたしは、眼の前で泣きじゃくる少女に言う。

「おい、びーこ。… それ、いいTシャツじゃねーか」

「でしょでしょ? 英子ちゃんの分もありますから、今度二人で一緒に着ましょうね?」


 そんな満面の笑顔に対し、あたしは、苦笑いを浮かべながら頷くしかないのだった。



END


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