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第二十九話 「好き嫌いは大人だけの特権」

第二十九話 「好き嫌いは大人だけの特権」



 基本的に、びーこは偏食家だ。

 

 二人暮しをしている以上、あたしもびーこも料理の腕はそれなりに持っている。

 毎日とはいかないまでも、あたし達は交代で料理当番を受け持ち、自炊をしている。


 で、何を隠そう今日はあたしの当番。


 ちなみに、今夜のメニューは八宝菜。

 中華はあたしの得意料理だ。

 

「で、だ。びーこよ、言いたい事があるならハッきり言えよ。つーか、そんな眼であたしを睨むな」

「英子ちゃん、ふざけているんですか?」

 どちらかと言うと、ふざけているのはびーこの存在そのものだと思うのだが、あたしは黙って話の成り行きを見守る。

「酷いです。酷すぎます」

 … 勿論、あたしの料理の味の話なんかじゃない。

「こんなに、こんなにたくさんの野菜さん、私、食べられないですもん。絶対無理だもん!」

 だもん。じゃねーよ。


 びーこは、涙目になりながら、あたしにそう訴えかけた。

 訂正しよう。

 びーこは偏食家というより、好き嫌いが激しいのだ。要は、単に野菜嫌いなんだ。典型的な餓鬼なのさ。

 何の因果か、一応、あたしはびーこの保護者的な役割も担っている。

 とは言え、あたし自身、これまで人に自慢できるような人生を送ってきたわけじゃ断じてない。

 間逆。むしろ、ろくでもねー人生を歩んできただけに、他の人間に道徳を説くようなそんな崇高なマネは出来ない。

 だがまぁ、好き嫌いをなくしてやるくらいは、あたしの請け負える範囲内にあると思えた。

 

「人は誰しも一つや二つくらいは苦手なもんってのはある。だがびーこ、てめーは駄目だ」

 あたしは、ビシッと眼の前の皿を指さしながら言う。

 皿に残った野菜の数々。

「びーこの場合、どう見たって一つ二つの範疇じゃねー。野菜という野菜が嫌いとか、舐めてんのか!」

「だってぇー」

「でももだっても禁止だぜ」


 … さて、問題はここからだ。

 野菜嫌いの人間に野菜を食べさせるにはどうすればいいか?

 定石としちゃ、野菜をそれだと気づかせないレベルに調理し、料理に取り入れるといったところだろうが、生憎あたしにはそこまでの腕は無い。

 こと料理の腕に関しては、圧倒的にびーこの方が上。しかも、自身は野菜嫌いの癖に、あたしのために作る料理に関しては、極普通に野菜を使ったりするから余計達が悪い。

 ってなわけで、このままあたしが上から目線で説教を続けたところで、恐らく効果は薄いだろう。 

 

 ここは一計を案じて、びーこの好きそうな諺や名言の力を借りて説得してみる事にしよう。

 ちなみにだが、今日のびーこの諺Tシャツは「焼肉定食」… つーか、もはや諺でも四字熟語でもねーじゃねーか!

 どこに売ってんだよ、そのTシャツ。


「正義なる事が、魂の健康である。 byナイチンゲール」

「また唐突ですねー、英子ちゃん。ふふん、私、その名言なら知ってますよ? でも、それがなにか?」

 むしろ、こっちが聞きたい。

 駄目だ。あたしはびーこと違って、諺好きってわけでも四字熟語辞典を読むのが趣味ってわけでもない。

 咄嗟に頭に浮かんだのがこれだったのだ、深い意味なんて勿論無い。

 当然、作戦は失敗だ。普段やりなれないことをすると、これだからいけねーよな。


 しゃーない。やっぱり正攻法でいくしかねーか。


「まぁ、あたしが何を言いたいかって言うとだな、一人前っつーか、仮にもシスターの卵なら好き嫌いすんじゃねーよって話」

「むむむ、それは差別ですよ英子ちゃん。シスターであろうと、何であろうと、人間誰しも好き嫌いの一つや二つはあるものです」

 ドヤ顔でそんなセリフを吐くびーこ。つーかそれ、まんまあたしがさっき言ったセリフじゃねーか。これだからゆとり世代ってやつは…。いや、あたしもバリバリゆとり世代だけどさ。

「やれやれだぜ。知ってるか? びーこ。食べ物を粗末にする奴は、勿体無いお化けにとり憑かれちまうんだぜ」

「ふっふっふー。何を言い出すか思えば英子ちゃん。それは釈迦に説法というものです。そんな子供だまし、他のお子ちゃまは騙せても、この私は騙されませんよ!」

 

 いや、お前も十分子供だけどな。

 だが事実、勿体無いお化けなんて類の妖怪は存在しない。

 正確に言うと、 今は存在しない、 妖怪だ。

 ぬりかべの例がそうだったが、時代が変化するように、妖怪達もまた、時代に合わせその性質を変える。 

 

 この飽食飽物の現代。勿体無いお化けは、その居場所をなくした。存在の意義をなくした。

 逆だ、と考える奴もいるだろうが、それは大きな間違いだ。

 あたしの柄じゃねーから、エコがうんたらとか、そんな警鐘を訴えるつもりは毛頭ねーが、簡単に言えば時代が妖怪を殺したんだ。

 価値観の変遷。本質を失った妖怪は、消えるほか無い。

 

 と、話が聊か脱線しちまったが、今はあくまでびーこの好き嫌いの話だ。

 あたしだって何の意味も無く突然こんな子供騙しなセリフを言い放ったわけじゃない。

 びーこにゃ言ってねーが、あたしはと今回のミッションを成功させるため、とある協力者を呼び寄せていた。

 さてさて、上手くいきゃいーんだがな。


「あのなぁ、びーこ。あたしはただ単に野菜嫌いを咎めてるってわけじゃねーんだよ。そりゃ勿論克服はしてもらいてーが、問題はそこじゃない。お前には、いや、お前だからこそ、そういう意識ってやつを持って欲しくねーのさ。…… と、勿体無いお化けも言ってるぜ」

 そう言ってびーこの後ろを指差すあたし。

「え?」

 つられて振り向くびーこ。

 


 足元まで延びた黒髪、白い三角頭巾に白い顔、白い肌に、さながら貞子のような格好をしたその人物は…。

「………… 私、勿体無いお化け」

「ほ、ほぎゃあああああああああああああ」

 突如として背後に出現したその悪霊。居るはずが無い、子供騙しだと思っていた分、その精神的反動は予想以上に大きかったらしく、びーこは、白目をむいて気絶してしまった。

「あーらら、御愁傷様。こりゃちょっとやりすぎたかな? つーかお前、その格好似合いすぎだ」

「………… そうかしら?」


 あたしが協力を仰いだ人物、それは例のというか霊の、トイレの花子だ。

 協力っつーか、遊びに来たがっていた花子に対し、どうせならという事でこんな格好をさせたわけだが。

「ああ。効果は抜群だったな」

「………… でも、これで好き嫌いが治るかどうかは微妙だと思うの」


 まったくもってその通り。

 ちょーっとばかり荒療治すぎたかなと反省しつつ、あたしはびーこをソファーへと運ぶのだった。


END




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