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第二十八話 「ポルポルはかく語りき」

第二十八話「ポルポルはかく語りき」


 夜。

 

 突如としてマンション内に響く渡るびーこの叫び声。

 絹を裂くような女性の叫び声ってやつは、きっとこういう声の事を言うんだろう。


 あたしは、ソファーから飛び起きると全速力で声のする方向、キッチンへと向かった。


 「どうしたびーこ! 何があった!」


 その光景を見た瞬間、あたしは思わず言葉を失った。

 ありのまま、今、あたしの眼の前で起こったことを話すぜ。

 

 あたしがキッチンにたどり着いたら、びーこが、冷蔵庫に食われていた。


 な… 何を言ってるのかわからねーと思うが、あたしもさっぱり分からない。

 

 催眠術だとか、妄想だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。


 もっとも恐ろしいものの片鱗を味わった気分だぜ。 


 

 ………… と、まぁ、悪ふざけはこの辺にしておくとして、あたしは改めて眼の前の現実ってやつを直視した。

 物が長い年月を経ると意思を持ったり、力を持っちまうって現象はあまりに有名。いわゆる九十九神ってやつだ。 

 

 だが、今回の場合相手は冷蔵庫。しかも最新式。100年はおろか1年だってまだ経っちゃいねー新品だ。

 つまり、あたしの眼の前のコイツは、九十九神などではなく単なる憑物の一種ということ。

 そしてあたしは、コイツを見た事がある。

 

 白くて、でかくて、壁のようなその巨体。 そう、ぬりかべだ。


 時代が変化するように、妖怪達もまた、時代に合わせその性質を変える。


 この間の獏がいい例だ。あいつらは本来睡眠中に見るユメを食う存在だったが、びーこを襲った獏は人の夢を喰らった。

 それが何を意味するかは割愛するが、つまりはそういう事だ。


 そして、このぬりかべという妖怪。こいつもまぁ、有名な妖怪だけに知らねー奴はいないだろう。

 大昔のぬりかべは突然路上に現れて、人々の行く手を阻害するって妖怪だった。

 が、こと現代においては人ン家の冷蔵庫に寄生し、その中身はおろか近づく人間を食っちまうってんだから始末におえない。


 さて、ここで一つ問題だ。 

 この冷蔵庫ぬりかべに食われたびーこを助け出すには、一体どうすればいいか?

  

 … 


 答えは二つ。

 

 A ぬりかべそのものを祓うこと。

 B 寄生している冷蔵庫そのものを物理的に破壊する事。 

 

 あたしはびーこと違ってシスターの卵でも除霊師でも、退魔師でも、霊能力者でもエクソシストでもシャーマンでもない。 

 あたしは、単なるびーこのお守兼ボディーガード兼保護者みてーな存在だ。

 そんなあたしに出来るのは、あたしとびーこの目の前に立ち塞がる糞野郎共を揃って無間送りにしてやることだけ。つまりは、ぶった切るだけだ。

 

 だから、最初からあたしの答えは決まってる。

 

 びーこはあの冷蔵庫野郎に食われちまってる。

 奴に食われたってことは、つまり、冷蔵庫の中に居るってことに他ならない。

 びーこの体力にも限界がある。短期でケリをつけるしかない。

 しかも、奴の体は冷蔵庫とぬりかべの強度と体躯の合わせ技。いつものナイフやバッドじゃ傷一つつかねーだろう。

 と、なると、方法は一つ。

 

「色即是空、空即是色…… いいぜ、ぶった切ってやるよ、我楽多野郎」

 

 あたしは右手に秋艶を召喚し、精神を集中させる。

 とまぁ、意気込んで見たのはいーものの、こっからが問題だ。


 さっきも言った通り、あたしに出来るのは奴をぶった切ってやることだけ。だが、それには二つ、大きな問題が立ちふさがっていた。


 A 奴はウンザリするくらい固いってこと。

 B これが一番の問題なんだが… 奴は、中にびーこを取り込んでいるということ。やれやれ、なかなか大胆じゃねーか。


 結論。

 中のびーこを傷つけず、冷蔵庫ぬりかべだけを秋艶で一気に両断、ぶった斬ること。


 あたしの妖刀秋艶は、元々、あの程度の壁妖怪くらいなら、たやすく切り刻めるだけの潜在能力とスペックを持っている。 


 だが、妖刀はあくま妖刀。あたしがその力を最大限まで引き出すことと、その力を制御する事は別問題であり、その実難しい。

 それはあたし自身、これまでの経験で嫌と言うほど理解してきたことだ。

 本来ならば、こいつはあたしなんかにゃ手に負える代物じゃない。

 … が、今は違う。

 そうだ。この刀は既に妖刀なんかじゃねーのさ。

 あの女好き変態ユニコーンの力を経て、秋艶は生まれ変わった。


 正直に言うぜ。

 あたしは、今、わくわくしている。


 これは、生まれ変わった秋艶の力を試す絶好のチャンスってやつだ。

 失敗すれば、びーこはただじゃすまねーだろうし、勿論あたしもただではすまないだろう。


 危急存亡の秋。だが、だからこそ、試す価値がある。


 斬りたいものだけを、斬るべきものだけを斬ること。力のコントロール。気配。呼吸。居合いと気合。


 … さて、準備はいいか? あたしは出来てる。



「さぁ、秋艶。じゃじゃ馬だったお前の、生まれ変わったその姿をあたしにみせてみな」



 そう告げた後、あたしは、秋艶を構え、眼の前の壁妖怪を躊躇うことなく……… 斬った。


 

 ぬりかべは、鈍い音を立てながら、左右に真っ二つに分かれた。

 中からは、冷蔵庫から生まれた冷蔵庫太郎もとい、困惑した様子のびーこが姿を現す。

「え? ええ? えええ?」


 ……… ふぅーっ。

 どうやら、びーこは五体満足。傷一つ無い様子。やれやれだぜ、流石のあたしも肝が冷えた。

「あの、私、お夕飯を作ろうと思って冷蔵庫に近づいたら、そのまま」

「食われちまったってわけか。一応聞くが、怪我はねーか? まぁ、中に入ってたのは短時間だったみてーだし、凍えるほど冷えたってこともねーよな」

「はい! 私は大丈夫です。この通りぴんぴんしてますから。ありがとうございました、流石は英子ちゃん!」

 どうやら、全てうまくいったらしい。やれやれである。本当に。

「そりゃ良かった。ま、冷蔵庫は後で買い直そうぜ」

「それに、今日のお夕飯もですよ?」

 そう言ってびーこが指さす先には、哀れにも粉みじんになった様々な食材達が、キッチンの床一面に広がっていた。

 冷蔵庫ぬりかべだけをぶった斬ったつもりだったが、やれやれまだまだ力のコントロールが足りていなかったらしい。


 だが、この刀をいずれ使いこなせるようになれば、伝承クラスの敵、そしてあの首なし鎧野郎へのリベンジの日も近いかもしれない。 


 あたしは、まだまだ強くなれる。いや、強くならなきゃなんねーんだ。

 是が非でも、な。 


END 


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