第二十七話 「饅頭怖い」
第二十七話「饅頭怖い」
「お、危ない危ない。賞味期限今日までじゃねーか」
あたしは冷蔵庫の奥深くで眠っていた、とある菓子箱を引っ張り出した。
××饅頭。
恐らく、以前びーこが気まぐれで買ってきて、そのままずっと冷蔵庫に放置していたものだろう。
賞味期限は今日まで。
別にあたしは、いちいちそんな細けーことにこだわっちゃいねーが、一応期限は期限。
このまま再び冷蔵庫奥深くに戻しちまうと、次に再び日の目を浴びるのは何時になるか分からない。
ま、こういうのはとっとと食っちまうに限るって話だ。
食い物を粗末にするのはあたしの流儀に反するからな。
という事であたしは、びーこを呼んで在庫整理に取り掛かったのだった。
◆
「わぁー、お饅頭ですか。1、2、3… 全部で12個もありますよ、英子ちゃん。半分に分けましょう」
あたしは甘いものが好きってわけじゃない。
女が皆、甘い物好きだって言うのは大きな勘違いだ。
むしろあたしは辛いものが好物。
Myタバスコは常に持ち歩いている。
「いや、その気持ちは有り難いんだが、そんなには食えねーよ」
「えー、何でですかー。はっ、まさかダイエット!?」
「生憎だが、んなもん生まれてこの方一度もしたことねーな」
あたしのそんな発言がよほど可笑しかったのか、びーこはジト目であたしを見つめた後、溜息混じりに言う。
「それはそれで何だかずるい気がします。つーんだ、いいですもーん。あたしが英子ちゃんの分も食べちゃいますから」
そう言ってびーこが手をつけようとした瞬間、ぼんっというおよそ超常現象的な怪音を轟かせながら、一匹の緑の発光体が現れた。
「な、な、何事ですか?」
緑の発光体。
デジャヴか? いや、違う。あたしはついこの間、これと似たようなものと遭遇している。
確かあれは図書館だった。
そう、つまりこいつは、ピクシーだ。
この間あたしが出会ったのは音を盗むピクシーの亜種だった。
緑色の服に緑色の帽子。だが、どうやら今回のこいつは、純種のピクシーらしい。
「妖精風情が何の用だ? ったく、てめーらは懲りるって事を知らねーのかよ」
「英子ちゃん英子ちゃん、この子、何だかすっごく怒ってますよ? 勝負しろって言ってます」
「ああ? … そうか。ふん、この間のヤツの弔い合戦ってわけか?」
まぁ、別に殺しちゃいねーが。
つまりこいつは、この間あたしが灸をすえてやった図書館のピクシーのお仲間ってやつらしい。
いいじゃねーか。あたしはそういう骨のある奴は嫌いじゃない。
「いいぜ。そういうことなら受けてやる。で、何でやる? その意気に免じて方法は任せてやるぜ」
その瞬間、あたし達の眼の前のピクシーは、その本文とも言うべきイタズラっぽいにやけ顔を覗かせながら、パチンと指を鳴らした。
… が、特に何かが起こったわけでもなく。
「何だ何だ?」
「ふむふむ。英子ちゃん、この子が言うには勝負方法は激辛ロシアンルーレットだそうです」
「げ、激辛? ロシアンルーレット?」
相手が相手だけに、単なる戦闘行為になるとは思っちゃいなかったが、予想外な何とも俗っぽいその返答に、あたしは困惑を隠しきれなかった。
「えーっとですね、さっきので、このお饅頭さん達の半分を激辛に変えちゃったらしいです。それを三人で一つずつ食べていって、最後まで残っていた者が勝者だそうです。と言いますか、えー、私もやるんですかー? ぶーぶー」
これまで様々な妖怪、魑魅魍魎、伝承、モンスター達との勝負を受けてきたが、間違いない、今回が歴代ワーストワンの勝負になるであろうことは眼に見えていた。
つーか何だよそのゴールデンのバラエティー番組みてーな勝負は。ガキか! いや、ガキか。
まぁいい。一度引き受けると言っちまった以上、例えどんなにくだらねー勝負だろうと途中で投げ出すのはあたしの流儀に反する。
それに、何と言ってもあたしは辛党だ。ちょっとやそっとの辛さじゃびくともしねーのさ。
「その勝負乗った。で、順番はどうする? 異論が無けりゃあたしから始めさせてもらうが。それと、念のために一応シャッフルさせてもらうぜ」
あたしは、念には念を入れて眼の前の12個の饅頭をシャッフルしつつ、皿に並べる。
眼の前に整列する12個の茶色いパンドラ。
その見た目には僅かの差異も無い。やはり見た目での判断は困難。
ピクシーの言葉が真実ならば、12個中その半分が激辛。当然ながら確率は二分の一。50%。
さて、どうする? あたし。
ここはいち激辛党民として、辛さって奴の気を探るんだ。
他には無い情熱ってやつを感じ取るんだ。
なぁーに、精神統一し、明鏡止水の心で望めば自ずと見えて…… くるわけねーだろが!!!
馬鹿かあたしは。
そもそも何だよ、辛さの気って。んなもんねーよ。
何わけわかんねー思考を繰り広げてんだよあたし。
… ま、まずいぜ。
あたしとしたことが、すっかりピクシーレッド状態じゃねーか。ペースを乱されまくりじゃねーか。やるなピクシー。
こうなったら、ここは己の直感のみを信じて特攻するしかない。
いざ!!!
あたしは、一番端の饅頭を掴み、一気に頬張った。
「ふっ。何だよ、何ともねーじゃねーか。こりゃセー… ぶっ、ぐ、ぐえええええええ、ゴフッ」
あたしは、氏んだ。
あたしの中に残された一握りの乙女としての矜持と、ボディーガードとしての意地と根性で何とかびーこの前での全リバースだけは逃れたものの、まるで全身に電流が流れるかのような常軌を逸した辛さ、いや、むしろ痛覚と言っても差し支えないそれが、あたしの全身を蝕む。
辛いというより痛い。辛いというより熱い。辛いというより呼吸困難。
あたしの体を幾重もの苦痛が一気に駆け巡る。
そんなフローリングでのた打ち回るあたしに、びーこが一言。
「まーったまた英子ちゃんってば、お茶目さんなんですから。幾らなんでもそれはオーバーリアクションですよ」
満面の笑みでぱくりと一口で平らげるびーこ。
「んー、美味しい。これは緑茶が欲しくなりますね」
流石はびーこ。この程度の確率、びーこにとっちゃまだまだ序の口なのだろう。
この手の勝負事はあたしよりびーこの方が上手だ。
ありとあらゆるものを惹き付けちまうってことは、ある意味、運否天賦も惹き付けることが出来るって事。
何を隠そう、びーこはあれで運がいいのだ。
つーか逆にあたしは運が無いからな、壊滅的に。それを失念していた以上、最初っからあたしに勝機は無かった。
声は出ないし、全身の震えと発汗の止まらないあたしは、素直に二人の勝負の成り行きを見守る事にした。
…… 情けなく床にうずくまりながら。
続いて件のピクシーの番。
奴は、自らの身長の三分の一もあろうかという饅頭を数秒とかからずペロリと平らげた。
すげーなおい。
あの小さな体のどこにそれだけの量が入ったのだろう。
そして、どうやら奴もセーフ。
これで確率的には9分の5。
確率的には厳しいが、びーこの超運ってやつを見せてくれ。
「んぐんぐ。あ、すみません。一気に三つも食べちゃいました。てへへ」
… なん、だと?
ここにきて、掟破りの3つ一気食い。びーこ、なんて恐ろしい子。
やはり、びーこの前にして確率などというものはその意味を成していないのだ。
今日ばかりはびーこの神がかり的な才能に感謝しねーとな。
さて、確率は6分の5。追い詰められたピクシーは、あたしと同じく全身を小刻みに震わせ、滝のような汗を流している。
奴にしてみれば、完璧に想定外な展開なのだろう。
「おい、どうしたイタズラ妖精。ま、さ、か、ギブアップなんてしねーよな? な?」
あたしは床に這い蹲りながら、擦れた声でピクシーを煽る。ぶっちゃけ威圧感はゼロである。
が、律儀にもそんなあたしに煽られるように妖精は茶色をしたパンドラに一気に喰らいつく。
あたし達の眼の前で、茶色の虹を咲かせる哀れなピクシー。
あーらら、ご愁傷様。
ピクシーはびーこの強運の前に散った。
「やれやれだぜ、実に不毛な時間だった。時間の無駄使いってのはこういうことを言うんだろうな…… まぁ、初手で散ったあたしが言えた義理じゃねーけど」
何にしても、今回はびーこの独壇場だった。
真面目な話、びーこがより幸運だけを惹き付ける事が出来るようになれば、その体質も今より改善されていくのだろう。
今回はその兆しが見えただけでも、あたしにとってはまるで無駄な時間だったってわけじゃねーのかもしれない。
あたしがそんな事を考えていたとき、横に居たびーこがポツリと言う。
「残り5個。英子ちゃんも妖精さんもギブアップみたいですし、勿体無いから私が食べちゃいますね?」
「は? おいおい、何を言って… 」
あたしが止めるまもなく、ひょいひょいと一気に全てを口に運ぶびーこ。
1個でも氏ねるってのに、5個も食べちまったら…。
が、そんなあたしの心配を余所にケロリとした顔でお茶を啜るびーこ。
……… え?
「び、びーこ? お前、何とも無いのか? 辛いだろ? 辛いよな?」
「いえいえ。普通に美味しかったですよ?」
ああ、ヤバイな。今のびーこ、後光が射して見えるぜ。
つまりは、幸運でも何でもなく、唯単にびーこの味覚が可笑しいってだけの話。
ったく、相変わらず予想の斜め上を行く奴だぜ。
END




