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第二十六話 「違うよ、変態という名の紳士だよ」

第二十六話 「違うよ、変態という名の紳士だよ」


 …… ふぅ。


 今日も一日無事終了。 

 びーこの学園からの送迎を終え、何も無い平穏な一日ってやつのありがたみを十二分に噛み締めながら、あたしはリビングのソファーで横になった。

 メデューサとの戦闘から二日。

 

 あたしは、辟易していた。


 原因は、恐らくアレだろう。そう、メデューサの「毒」だ。

 びーこの手前、あたしはすっかり「完治」したものとして、空元気で取り繕っちゃいるものの、その実中身はガタガタだった。

 確かに、メデューサの蛇による神経「毒」は一過性のものだった。痺れるような麻痺感覚は、今となってはすっかり消えている。

 では何が問題なのか? 


 それは、呪いという名の「毒」


 あたしは、奴を屠るのにあたしの妖刀秋艶の力を使った。奴にトラウマを見せ、石に変え、屠った。

 それは、今のあたしが奴を倒せる唯一の方法だったし、起死回生一発逆転の一手だった。


 だが、それがいけなかった。


 あろうことか、秋艶はメデューサのトラウマを記憶しちまったらしい。

 あれから二日。

 あたしの体内には、秋艶を通じてメデューサの「毒」ことトラウマが流入してきている。


 ……… まぁ、世の中そうそう上手い話はねーって事だな。 

 

 これが唯の毒なら治療法もあるだろう。病気なら治す術もある。だが、それが妖刀の呪いってやつなら、それが対価だというならば、あたしにはどうする事も出来ない。甘んじて受けるしかねーってわけだ。幸いにも、あたしは他の人間よりちょっとばかり丈夫に出来てるからな。文句は言えねーってわけだ。


 という事で、現状どうすることも出来ないあたしはソファーにもたれながら、アルコールという名の自傷性物質をあおり、やがて、眠りの世界へと身を落としていくのだった。


          ◆ 


「英子ちゃん英子ちゃん英子ちゃーん」


 いつものスットンキョーでストレスフリーなびーこの天真爛漫な声が部屋内に響き渡る。

 … どうやら、いつの間にか寝ちまったらしい。時間にして一時間くらいだろうか?


 頭が痛い。

 体が重い。

 そしてこの虚空感。体調は、依然として最悪だった。


 あたしは、喉の渇きを潤すため、目の前のミネラルウォーターのペットボトルを手に取り、一気に飲み干す。

 すっかりぬるくなってしまった純水が、一瞬にしてあたしの全身を巡るのが分かる。

 と、その時、先ほどまでどこぞであたしの名を連呼していたびーこが、ぬっと顔を出す。


「あ、英子ちゃん起きたんですね? むふふ、丁度良かったです。私、凄いものを拾っちゃいました!!」

 頭が痛い。

 あたしが眠っている間、どうやらびーこは一人で散歩に出ていたらしい。その上、その収集癖を遺憾なく発揮し、また良からぬもを拾ってきたらしい。

 

 あたしは、二本目のミネラルウォーターを口にしながら、祈るような気持ちでその成り行きを見守る。

「じゃじゃーん、見てください英子ちゃん!」

「……… ぶーーーーーーーーっつ」

 あたしは口に含んだ水を一気に噴射させながら、こう叫んだ。


「なんじゃこりゃあああああああああああ」


 あたしの眼の前に現れたもの、びーこが拾ってきたもの。

 それは、一匹の白い馬。いや、一角の白い馬。

 つまりは、ユニコーンだった。


「ちょ、おま、びーこ。拾ったってお前、何捨て犬や捨て猫を拾ったみたいな空気でさらっと言ってんの? 拾ったとかそういうレベルじゃねーだろこれ」

「うんうん。いいリアクションですねー、英子ちゃん。それでこそ私も拾ってきた甲斐があったというものです」

 分かってない。こいつは何にも分かっちゃいない。

 


 ユニコーン。

 一般的なイメージとしちゃ、美しく気品のある一本角の白馬ってのが有名だろう。

 だがその実、こいつらは凶暴かつ好戦的な性格で、とてもじゃねーが人が飼いならす事は不可能とされている。

 …… が、どういうわけか、ユニコーンはえらく大人しくびーこの側に寄り添っている。

 むぅ、こうして見ると何とも絵になる光景だぜ。ってんな事言ってる場合じゃねーな。


「いや、まぁ、流石のあたしも実物を見たのは初めてだからよ、想定外に驚いちまったってのは確かだ。でもな、びーこ? お前、このマンションがペット禁止だって知ってるよな? それに、あたし達はペットは飼えないって事は、びーこも痛いくらい知ってるはずだよな? な?」

 というか、そもそもどうやってここまで運んできたんだよ! って疑問は、なんつーか、怖くて聞けなかった。

「そ、そんなの分かってますもん。こ、この子は、その… そうです。私のお友達なんです!」

 

 拾得物からお友達にランクアップしたユニコーン。

 それにしても、部屋の中に馬がいる光景ってのは何ともシュールだ。いつもの部屋がまったく違って見えるぜ。

 それに、でかい。でかいんだよ。近くで見ると異様な迫力がある。

「それに、この子はとっても大人しくていい子なんですよ? ほら、折角ですから英子ちゃんも撫でてみてくださいよー」 

 何が折角なのかは甚だ理解しかねるが、実際のところ確かに、興味はある。何と言ってもレアな幻獣だからな。

 というわけで、一先ずあたしもびーこにならってユニコーンの体を撫でてみる事に。

 まぁ、確かに負のオーラは感じられない。だからと言って油断していいわけじゃねーが。


「そういや、ユニコーンってやつは処女に弱いんだったっけか」

 正確には、弱いというより、好き。言うなれば、処女好きの変態馬っつーわけだ。

「処女?」

「ああ、いや、まぁ、あれだ。穢れの無い乙女に弱いんだとさ。こいつらは」

 チッ、何を焦ってんだあたしは。ったく、やれやれだぜ。

「んで、もう気が済んだだろ? とっとと元の場所に戻してきなさい」

「乙女だったら、英子ちゃんだって充分乙女です。言葉遣いは改善の余地アリですけど、趣味はとっても乙女チックじゃないですか」

 露骨にスルーしやがった。しかも改善の余地アリって何だよ。五月蝿せーよ。その上、あたしの趣味にまで言及しやがってこいつは。

 …… いいじゃねーか、別に。


「ふん。あたしは、その、駄目だな。うん、駄目だ。あたしは、ほら、大人な女だから。びーこに比べりゃーな。色々と穢れちまってるのさ。染まっちまってるのさ、色々と。… 分かるだろ?」

 必死にあたしがそう弁明しているにも関わらず、件のユニコーンは何故かあたしの方に歩みよってきて、その顔をあたしに近づけてくる。

 憎たらしいくらいに台無しだ。

「何故でしょう? その割にその子、すんごい英子ちゃんに懐いちゃってる気がするのですが」

 そう言ってジト目であたしを見つめるびーこ。

 いやいやいや、つーかこの場合あたしはどういうリアクションすりゃいいんだよコンチクショウ。

「さっすが英子ちゃん。乙女の中の乙女。やっぱり英子ちゃんは凄いです」

 仕舞いには、ユニコーンはソファーの上のあたしの膝の上にその頭を乗せ、安心しきった顔で… 寝やがった。


 …… 言うな。何も言うな。


 もういい。何かもうどうでもいいわ。

 疲労困憊だったあたしは、そのまま、ユニコーンを膝の上に乗せたまま、再びまどろみの世界へと片足を突っ込んだのだった。


          ◆


 朝の日差しが、あたしの体を照らす。

 小鳥の囀りが、あたしの耳を刺激する。

 朝の澄んだ空気が、あたしの体を再起動させる。


 それは、妙に目覚めのいい朝だった。


「何だ、またあたし、ここで寝ちまったのか。つーか、今、何時だ?」


 あたしがキョロキョロと首を動かし時計を探していると、すっかり制服に身を包んだびーこが現れた。

 その姿を見る限り、どうやらもうすぐ登校時間である事は間違いないらしい。


「お早うございます、英子ちゃん。昨日は良く眠れましたか?」

 昨日? 

 びーこのその言葉をきっかけに、昨夜の記憶が一気に蘇る。

「そうだ、ユニコーン。あいつはどうした?」

「勿論帰りましたよ? だって、ペットじゃなくて私のお友達ですから。また遊びに来るって言ってました」

 帰った? 

 何て人騒がせな幻獣だ。それはそうと、結局あいつは何しに来たんだ? 単にびーこに拾われただけ? それとも本当にびーこのお友達ってやつだったのか?

「知ってますか? 英子ちゃん。ユニコーンさんは乙女の守護者。その角には不思議な力があるとされています」

「ああ、それくらいはな… そういや、何だか妙に体が軽いな。気分も悪くねー」 

「英子ちゃん、あの刀を使うようになってから毎晩うなされていますよね?」

 なんてこった。

 知ってたのかよ、びーこの奴。まぁ、今日みたいにソファーで寝ちまう事もあるからな。そりゃ分かるか。

「名探偵びーこを見くびってはいけません。英子ちゃんに関することなら、わからない事など殆ど無いのです!」

 いや、どうでもいいが、そこは別に言い切ってもいいんじゃねーか? 言葉の綾だし。

「それと英子ちゃん、英子ちゃんの刀、見てみてください」

 そんな意味深なびーこの発言を受けて、つられるようにして部屋の片隅に眼を向けると…


 …… !


「これは、秋艶?」


 実のところ、あたしの秋艶はメデューサとの一戦で、その柄の部分を破損していた。

 そりゃそうだ。あんな殺人的に長い爪で握られれば、いくら妖刀といえど、全くの無傷ではいられない。

 だが、その柄が見事に修復されていた。いや、修復というより全くの別物と言っても過言ではないだろう。

 

 これまでの黒い柄と打って変って純白の白い柄。

 ユニコーンの角で作られた穢れの無い白い柄。


「おいおいマジかよ、これ」 

「ユニコーンさんからのお礼だそうですよ? 一晩その膝を貸してもらったお礼」

 これまでの妖刀とはまるで逆のオーラ。

 いや、もはやこれは妖刀なんかじゃない。これは…。

「びーこ、お前…」

「英子ちゃん。確かに私の中に在る力は、色んな良くないものを惹き付けてしまいますけど、たまにはこういう事も出来るんですよ?」


 あたしは、思わず涙目になりそうなのをぐっと堪え、びーこを見つめた。

 びーこは、ちゃんと自分の力と向き合っている。理解しようとしている。いや、既にその力を徐々に制御してきている。

 

 あたしにとっては、その事実が何より嬉しかった。

 

 きっと、今のびーこなら、この先その力を才能を、完璧に制御し理解出来る日も遠からずやってくるのだろう。


 きっと。 


 きっと。



END


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