第二十四話 「あの日見たトラウマの名前を僕達はまだ知らない」
第二十四話「あの日見たトラウマの名前を僕達はまだ知らない」
得てして、やつらは突然やってくる。
あたしらの都合や予定をオール無視して、唐突に現れやがる。
あたしは、今、ひたすらにだだっ広く、何も無い、寂れた荒野に佇んでいる。
地面があるし、風も吹いてるし、太陽も沈みかけてる。
ここは恐らく現実世界のどこか、なのだろう。とはいえ、ここが現代の地球であるかまでは保障できねーが。
まぁ、いずれにしても、ここがどこかなんて大した問題じゃない。
ここにあたし達を招いた不届き者をぶっ倒さねー限りは、恐らく脱出不可能なのだろう。
これは、そう、あの首なし鎧ヤローと同じパターン。
こんな事が出来る輩は必然的に限られてくる。
それはつまり、相手は伝承クラスだという事を示唆しているに他ならない。
あの鎧ヤローと同じか、もしくはそれ以上の敵。
あたしは、全身から嫌な汗が滲み出てくるのが分かった。
… っと、そうだ。びびってる場合じゃない。びーこは? あいつはどこだ?
キョロキョロと辺りを見回すと、無骨な小さな石檻を発見。
急いで駆け寄るあたし。
「びーこ! 大丈夫か? 怪我はねーよな?」
「うぇええん。英子ちゃん、私、気がついたらここにいて」
「ああ分かってる。あたしも同じだ。つっても、行きはよいよい帰りは地獄。恐らく、楽に帰してもらえるとは思えねーがな」
「英子ちゃん、そ、それって」
びーこがそう言いかけたとき、あたし達の真横に、突如としてドスンという重音を立て何かが落下。
…… 石? いや、鳥? 何で、鳥像がこんな何も無い荒野に落ちてくるんだ?
あたしが逡巡するうちにも、加えて2羽の鳥の石造があたし達の立ち位置から少し離れたところに落下。
それを見たあたしの全身に、電撃にも似た衝撃と恐怖心が一気に駆け巡る。
嘘、だろ?
最悪だ。
ふざけんな。
あたしは、未だにきょとんとしたままのびーこに向かって大声で叫ぶ。
「びーーーこぉ!! 目を閉じろ!! 今すぐだ!!! いいか? 絶対にこっちを見るんじゃねーぞ! その牢ん中で目を瞑って伏せてろ、いいな!!」
力の限りそう叫んだあたしは、いつの間にかあたしの右腕に納まっていた妖刀秋艶を携えて、闇雲に走り出した。
間違いねぇ。
あれは石像なんかじゃ断じてない。あれは… 「石」にされちまった生きた鳥、だ。
伝承クラス、石化能力。
こんな事が出来る奴は、限られてる。
「………… ねぇ、こっちを見てよ? ねぇ、見て?」
荒野に響く不気味な女性の擦れ声。
確定的だ。間違いない。
あたしは、絶対にソイツの顔を見ないようにしながら、その声の方向に近づく。
聞こえてくるのは、シャーシャーという蛇達の唸り声と女性の恨み節。
見えてきたのは、全身黒ずくめ女性の体。
ああ、こいつ…… 「メデューサ」だ。
ギリシャ神話に出てくる怪物三姉妹の一人。
その顔を見たものを石へと変える化け物。
間違いなく伝承クラスの相手。
あたしの脳裏に、前回の情けねー惨敗の様子が想起される。
いや、違うだろ? あたし。
もう、二度とびーこの笑顔を手放したりしないって誓ったじゃねーか。
ったく、やれやれだぜ。
あたしは、一度自分の頬を思い切りバチンと叩き、気合を入れ直した後、眼の前の相手をいかにして倒すかという思考へと切り替えた。
伝承クラスの相手というのは、その存在が有名であればあるほど、その逸話も多く残されている事が多い。
そして、このメデューサに関しては幸いな事にその倒し方まで御丁寧に知れ渡っている。まぁ、小学生でも知ってるような超有名な話って奴だ。
何を隠そう、この間図書館でコイツに関する文献を読んだばかりだからな、あたしも勿論知っている。
ギリシャ神話だと確か、ペルセウスのやつは直接やつと目を合わせず、青銅の楯にメデューサの姿を反射させ、倒したって話だ。
なるほどなるほど。
…………… って、ねぇーーよ!! んなもん常備してるわけねーだろが!!!
糞、何てこった。どーすりゃいい? 何か代替になるようなもんはねーか?
あたしは、急いでポケットをごそごそと探ってみるものの、打開策は無し。
こういうとき、女性らしく手鏡の一つでも持ってりゃいーんだろうが、生憎あたしにはそういう女性らしさって奴が欠如しちまってるらしい。
あたしはひたすら地面を睨みながら、考えを巡らせる。
が、相手はメデューサ。そうやすやすと考える時間を与えちゃくれない。
あたしの足元には数十匹もの蛇の群れが忍び寄っていた。
「うげぇ。あたしは別に爬虫類が駄目ってことはねーが、ここまで来ると関係ねーな。なんともおぞましい光景だぜ」
たかだが蛇くらいで恐れをなすあたしじゃねーが、いかんせん数が多すぎる。
ザクザクと切り捨てていくものの、一人ではどうしても裁ききれない。
「いッツっ。… いってーなコンチクショウ!」
業を煮やしたあたしは、奴の足元を見ながら一気に接近する。
勿論、具体的なプランは何もねーが。
メデューサの頭部の蛇達が騒ぎ立てやかましい。
構わず、あたしは右手の秋艶を振り上げる。
が、奴の両手の尋常なくらいに鋭い爪により、あっさりと防がれ、逆に奴の頭部の蛇達からカウンターを喰らう始末。
「ちっクショ。蛇が伸びるなんて聞いてねーよ」
駄目だ。
相手を正面から見据えられずに、近距離でやり合おうなんて自殺行為に等しい。
あたしは、急いでバックステップをとり、メデューサとの距離を稼ぐ。
やつの移動速度が人並みなのはせめてもの救いだろう。
しかしこの状況、最悪だ。
… さっきので右肩から右腕にかけて結構深い傷を負っちまった。
近距離では長く殺人的に鋭く伸びた爪に加え、頭部の蛇達を伸ばしての攻撃。
遠距離では、頭部の蛇を解き放っての攻撃。
その上当然、奴の顔を見たら一発アウト。
こうなってくると、必然的に相手と距離をとりつつ打開策を練るしか方法は無い。
あたしは、メデューサから放たれた蛇の群れ達を真っ二つにしつつ、毒づく。
「糞ッ。こんなんじゃ拉致があかねー。相手の顔を見ずに戦うってのがこんなにもやりづれーもんだとは思いもよらなかったぜ。さっきから防戦一方じゃねーか。かと言って、注意を欠いて奴の顔を見ちまったら一巻の終わり…」
まずいな。
あの蛇、やっぱり毒を持ってたらしい。恐らく神経毒の類だろう。
さっきから頭がふらふらするし、感覚がなくなってきた。気を抜くと意識を持ってかれちまいそうだ。
このまま持久戦に持ち込まれれば、石にされるまでも無くアウトだろう。
まぁ、考えようによっちゃあ、奴の蛇達に即効性の致死毒が無かっただけありがたいと思うべきなのかもしれねーが。
「ねぇ、見て? こっちを見て? わたしの顔を、見て。綺麗でしょ? ねぇ?」
「あぁあ、うっせー。見るわけねーだろが! みすみす石ころにされてたまるかよ」
やはりというか、当然というか、奴から放たれた蛇共を何匹葬ったところで、奴本体にダメージは無いらしい。
かといって、あたしの技量で奴に接近戦を挑めば…。
まじーな。これは本格的にまずい。考えが煮詰まってきちまった。加えてあたしの体力もそろそろやばい。
そんなあたしのダメージに反して、奴にはほぼダメージは入ってないという反則的な素敵仕様。
これはもう、一発逆転を狙わねーと勝ち目は無い。
あたしは、苛立ちながら秋艶に付着した雑魚蛇共の鮮血を振り払う。
どうする? どうするあたし。
いっそ、刀を青銅の楯代わりにして、刀に奴の姿を映して戦うか?
いや、無茶だ。つーか、この妖刀は色んな呪いやら負のオーラを溜め込んじまっていて、お世辞にも美しい刀身とは言えないからだ。
妖刀… 妖刀?
…………… それだ! その手があった!!
いける。これなら、一発逆転ってやつを狙える。
むしろ、あたしが今の技量、今の残された体力で奴を葬れるとしたらこの手しかない。この方法に賭けるしかない。
あたしは、今の位置よりさらに後方へと移動し、メデューサとの距離を十二分に保つ。
やつの足元の姿と音を頼りに、奴の正面へと仁王立ちするあたし。
さぁ、こっからが本当の勝負だぜ、蛇野郎。
「月は村雲花に風、月夜に提灯夏火鉢。… 今宵の我が月は、満月! 喰らえ、メデューサ!!!」
あたしは、紅く煌く我が妖刀秋艶を、メデューサ目掛けて全力で、投げ放った。
奴の顔目掛けてグングンと速度を上げ飛んでいく秋艶。
これは、いけるか?
が、案の定、奴はあたしが放った妖刀を軽々と…… 「掴んだ」
だが、全ては予定通り。これでいい。これがいいのさ。
「……… 掴んだな? 終わりだ、蛇野郎」
カランと、掴んでいた秋艶をその場に落とし、小刻みに震えながら見る見るうちに青ざめていくメデューサ。
「いや、いや、いやああああああああああ。やめて、やめて、ねぇ、やめてよ、やめてえええええええええええええええええ!!!!」
その声が完全に枯れ果てるまで叫び尽くした後、メデューサは、その体を… 石へと変えた。
「ふぃーーっ。何とか上手くいったみてーだな。これもまぁ、あたしの予習の賜物ってやつだぜ」
キーワードは、メデューサは女神アテナの怒りを買った不幸な女だったという事。
とある文献によると、奴は元々髪の美しい普通の人間だったそうだ。
が、女神アテナと美を競おうとして神の怒りを買っちまった。
その罰であんなバケモンにされちまったってのが定説。
そう。
そんな壮絶な過去を持つメデューサだからこそ、今回のあたしの反則技が使えた。
何を隠そう、あたしの妖刀秋艶は、「使用者対してトラウマを見せる」っていう曰くつきの呪われた刀だ。
勿論、その効果はデュラハンとの戦闘時、あたし自身嫌と言うほど経験済み。
相手は、神様によってバケモンに変えられた不幸な女だ。
そりゃ、トラウマの一つや二つあって然りだろう。
ましてや、そのトラウマの一つが、今の自分自身の姿である可能性は極めて高かった。
そう、奴は秋艶によるトラウマ、つまりは 自分自身の姿=メデューサの姿 を見て、石化しちまったんだ。
石になったとは言え、相手は伝承クラス。いつ復活するとも限らない。
だからこそ、ここは一つ全力を持って完膚なきまでに屠ってやるのが、あたしなりの奴らに対する礼儀ってやつだ。
「色即是空、空即是色…… 消えな、この我楽多が」
あたしは奴の足元の秋艶を手にし、そして、眼の前の石像を24分割。その姿を石像から石ころ片へと変えた。
「やれやれ。たかだか一回トラウマを見せられたくらいで、潰れるんじゃねーよ」
あたしなんて、こいつを使うようになってから毎晩うなされてるってのによ…… おっと、びーこには内緒だが。
どうだ? びーこ。あたしはやったぜ。
そのびーこは、どうやら奴が屠られた事で牢から解放されたらしく、こちらへと駆けて来る。
おいおい、そんな全力で走ると転ぶだろ… って、あーあ、言わんこっちゃ無い。
それにしても、さっきからやけに目が霞む。
… どうやら、今更ながら蛇の毒が回ったらしい。
何だよ、奴を消しても、あたしの体内の毒は消えねーのかよ。
まぁ、いいか。
あたしは、びーこのそんな姿を見ながら、ゆっくり、ゆっくりと、その目を… 閉じた。
END