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第二十三話 「ほわほわほわほわ」

第二十三話「ほわほわほわほわ」



 とある日の午後。

 

 この日は、珍しく昼の仕事が無く、びーこを送り出したあたしは唯一人、クーラーのガンガンに効いた部屋でガッツリと昼寝をしていた。

 だが、それがいけなかった。

 どうやらあたしは、そんな冷房全開な地球に全く優しくねー部屋で、下着オンリーな姿で寝てしまったらしく……



 あたしは、今、猛烈な腹痛に襲われている。



「だぁーーっ、くっうっ。腹丸出しで寝ちまって腹を壊すなんて、餓鬼かあたしは!」


 全身に脂汗を滲ませながら、あたしは震える足でトイレへと直行する。

 普段、ちょっとやそっとで体調を崩したりしねーあたしが、よもやそんな下らない理由で脆くも崩れちまうことになるとは…。

 これはあれか? エコが盛んに叫ばれてる昨今にあって、それを尽くガン無視し続けてきたあたしへの罰か? 天罰ってやつなのか?

 

 いーや。ねーな、それは。

 天罰? はん。馬鹿言っちゃいけねーよな。そもそも、まともな神様なんてこの世にはいねーんだから。

 居るのは、そう…。


 無駄に広い部屋を走り抜け、ようやくトイレへと到着したあたしは、光の速さでドアノブに手をかける。


 … が、ドアノブを回そうが、引こうがビクともしないドア。 

 可笑しい。確実に可笑しい。

 びーこは当然まだ学園。と、なると残る可能性は二つ。ドアの故障、もしくは…。

 

「よーし分かった。ドアの故障だろうが、馬鹿が潜んで居ようと関係ねー。悪いが、あたしもギリギリなんだよ」

 お腹とか、人としての尊厳とか、お腹とか、乙女の矜持とか、お腹とか。とにかくギリギリなんだ。


 あたしは懐からいつものナイフを取り出すと、なりふり構わず振り上げる。

 ドアなら、例えあたしが粉みじんにぶっ壊したとしても修理できる。

 だが、この世の中には決して修理できねーものもある。


 そんなあたしのナイフがドアに降りかかろうとしたその瞬間、押しても引いても決して動かなかったその天国へのドアが、突然開かれた。

 そして、その中からぬーっと現れた人物… それは、赤いリボン・おかっぱ頭の一人の少女だった。


「…………… 私、トイレの神様」


「嘘つけえええええええええええええええええ!!!」


 どうみてもトイレの花子さんじゃねーか。いや、もうさんづけすることすらおこがましい。

 こんな奴花子で充分だ。むしろトイレの神様とは真逆の存在。

 だが、今のあたしは例え相手が花子だろうが、山田だろうが相手にしている余裕は無い。一ミクロンも無い。

 全身から滲み出る脂汗は止まらず、眼は血走り、呼吸は荒く、震えが止まらない。

 

 焦るなあたし。ここが踏ん張りどころだぜ。

 … いやいやいやいや。踏ん張っちゃまずい。踏ん張るのはまずい。


「よ、よよ、よし。てめーが誰かなんてあたしは気にしないし、追及しない。な? だからどけ、今すぐそこからどけ。いえ、どいてくださいお願いします」

「………… あなた、トイレしたいの?」

「そうだよ! 限界なんだよ! むしろ臨界なんだよ! ぽぽぽぽーんなんだよ!」


 必死すぎて訳の分からないことを口走るあたし。

 そんなあたしに対して、ポーカーフェイスを崩さず花子が一言。


「………… 1番、花子。トイレの神様歌います。フルコーラスで」


 なん、だと?

 必死の形相のあたしを意に介さず、眼の前の花子は滅茶苦茶音痴な歌声で、かの有名なフルコーラス約10分の曲を歌い始めた。 

 もはやナイフすら持つ事が出来なくなったあたしは、その場で座り込み、ただただひたすらに、聞きたくも無い歌を聴き続ける。


 10分。


 恐怖。ホラー。戦慄。激痛。

 あたしは、かつて、これほどまでの恐怖を感じた事が無かった。


 それは、地獄のような10分間。永遠とも思える長い長い10分間。

 失う事への耐え難き恐怖と、苦痛。そして、全てを諦め、開放してしまいという欲求とのせめぎ合い。

 ああ、流石は「聴く人誰もが泣ける歌」だぜ。あたしも涙が出てきそう。 


 だが、明けない夜がないように、止まない雨がないように、地獄のフルコーラスはやがて終わりのときを告げる。 

 

 ノリノリで全てを歌いきった花子は、ゆっくりとマイクを下ろす。

「………… ふゅー、ご静聴ありがとうございました」


 この野郎。もう我慢の限界だ。何もかも限界だ。色々と。

 あたしは、何とかふらふらと立ち上がる。


「………… え? あなた、トイレの歴史を知りたいの?」


 何やら、誰も尋ねちゃいねーのに、トイレの歴史とやらを嬉々として語り出した花子。

 まずい。

 このパターンはまずいぜ。今度は10分じゃ確実に済まない。

 ここは、一か八か勝負に出るしかない。

 ナイフも握れず、ましてや全身に力も入らねー、限界状態の中、そんなあたしが出来る事。


「あっ、あんなところで植村花菜がトイレの神様歌ってやがる!」

 あたしは、感情の無い棒読みでそう告げながら、咄嗟に窓の外を指差す。

 奥の手がこんな子供だましとは、我ながら何とも情けない。

 だいたい、こんな手に引っかかるようなら苦労は…。


「! どこ? どこですか? 私、サインを、サインを貰わねば」

 掛かったあああああああああああああーーーーーー。


「しゃーこら、今だああああああ」

「………… あっ」

 あたしは、窓辺へとやって来た花子をスルーし、最後の力を振り絞ってヘブンへと駆け込んだ。


         ◆


「……… だって、こうでもしないと、誰も私なんかと遊んでくれないから」

「何だそりゃ? 餓鬼かてめーは! あぁ、餓鬼か」


 びーこにそうするように、あたしは今、花子に説教と言う名の人生勉強の時間を与えている。

 己の生き方を見つめ直すのに、生者も死者も悪霊も妖怪も関係ない。

 と言うか、コイツの場合は妖怪というより幽霊に近い存在。それも地縛霊、憑物の類だろう。要は場所に憑くタイプってわけだ。

 まぁ、どうしてコイツがそんなもんになっちまたかは知りたくもないし、むしろ興味が無い。


「つーか、遊んで欲しかったのかよ」

「うん。……… ねぇ、また遊びに来てもいい?」

「駄目だ」

 そんなあたしの言葉を受け、眼を潤ませながら頬を膨らませる花子。

 おいおい、勘弁してくれ。そんな顔であたしを見るなよ。

 ったく、しょーがねーなーもう。

「ただし、トイレ以外の部屋でなら歓迎してやる。見た感じびーこと同じくらいの年だし。あいつの遊び相手にゃ丁度いいかもしれねーな」

 

 また、この部屋が一段と騒がしくなりそうな予感がして、あたしは小さな溜息を洩らすのだった。

 はぁー、やれやれだぜ。


END


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